第27話 見極め
移動した先は、この大広間を形作る建物の一つ『ロイヤルレストラン』という名称のあからさまな高級料理店だった。
中に入れば上品さのあるウェイトレス姿のホムンクルスが出迎え、食事の人数を伝えると席へ案内してくれる。
赤絨毯のフロアを通り、奥にある純白のテーブルクロスが敷かれた大きなテーブルに到着。
普通のサイズの人たちが椅子に座る中、アキナの隣に陣取った妖精の私には専用の椅子とテーブルがすぐに用意された。流石は高級料理店。
因みにエリカはアキナを挟んで隣に座っている。
全員が座ったところでアキナは五人と妖精一人分のコース料理を注文し、サービスで出されたよく冷えたレモン水を一口飲んでから言った。
「……さて、まずは確認したいことがございます。エリカさん」
「えっ、私?」
「はい。どうしてあなたは、一人でダンジョンに潜ったのですか? 彼らのような立派な仲間がいるのに」
最もな疑問だ。
エリカのレベルは15。それに対し三人のレベルは22。
仲間内で情報を共有しているならば、互いのレベルは分かっている筈。
それならばわざわざ危険を冒して一人でゴブリン退治なんて考えないし、やるとしても誰かが見守っている状況で行うものだ。
「えっとー……それは……」
おいエリカ、何故そこで言い淀む!?
嫌な予感を抱いた瞬間、エリカは気まずそうに答えた。
「……ちょっと一人で戦ってみたかったの」
……一回殴った方がいいんじゃないかな?
エリカが考え無しの大馬鹿野郎だったことが判明し、男三人はやっぱりなと言わんばかりに小さく溜息を吐いた。
「エリカ……そういうことはやめてくれって言っただろう」
「そうだぞ。俺たちにとってお前は姫なんだ、せめて俺たちの誰かを誘ってくれ。そしたら対応だって出来るんだから」
「俺たち、そんなに信用無いか?」
「……ごめん。不用心だったわ」
シュンッとなって謝るエリカ。
一見正しいことを言う三人だが、おかしい点がある。
お前ら三人、エリカがダンジョンを潜っている間に何をやっていた?
そんなに大事な姫なら、何故誰もエリカを気にして連絡を寄越さなかった?
雰囲気が悪くなり、ファルスはふと気付いてこちらに視線が向いた。
「あっ、すいません。他人がいる前でするやり取りではなかったですね」
レックスとライアンも遅れて気付き、軽く頭を下げた。
「いえ、構いませんよ。それほどエリカさんを大事に想っているのだと伝わりました。エリカさん、良い仲間を持ちましたね」
「……ええ、ありがとう」
アキナの言葉にさっきまでの落ち込みはどこへやら、鼻高々といった感じにエリカは胸を張った。
それでいいのかエリカ?
お前の為の報連相がこの三人は出来てないぞ?
そうは思ったが、それはアキナが追求するだろうと私は口にしない。
「ところで、三人はその時何をされていたのですか?」
「それは……」
アキナの鋭い質問に、ファルスはチラリと他の二人に視線を送った。
「街で情報収集をしてた。な? ライアン」
「ああ……ゴブリンについて調べてた。三人で分かれて……その時エリカには街の中で遊んで待機しているように言っておいた。筈なんだ」
「……そうですか」
アキナがエリカの方に振り向くと、罰が悪そうにエリカはそっぽを向いた。
「エリカさん、流石にそれはあなたが悪いかと」
「ごめんなさい」
またシュンッとなって落ち込むエリカ。
そこに「失礼します」とホムンクルスのウェイトレスがカートを押してやって来た。
「……どうやら食事の準備が整ったみたいですね。乾杯をして少し食べから商談をしましょうか」
「そうですね」
ファルスがアキナの言葉に同意し、一旦話が終わる。
ウェイトレスがテキパキと前菜を並べ、ワインが注がれる。全員の食事が行き渡ったところでアキナはワイングラスを掲げた。
「では、私たちはこの出会いを祝して。ファルスさんたちは?」
「……なら、エリカが無事だったことを祝して」
乾杯、と全員でワインをあおる。
……久々に飲んだけど美味しい。
でも、ワイン用の葡萄なんてダンジョンで見た覚えがない。
それにこの料理……魚なんて何処で取れた?
「アキナ、どうしてこのレストランには、現状では取れない食材が使われている?」
「いい質問ですね。今からそれを説明しようかと思っていました。実はこの『ロイヤルレストラン』――もといホムンクルスが経営する高級料理店は、ダンジョン探索を行う方たちの士気を落とさない為、異界の食べ物を取り寄せてお金さえ払えば食べられる設定なんですよ」
へぇー、やっぱり国産ゲームだから、製作者も日本人として食には手を抜けなかったと見える。
というか、自分も味わいたいが為に作った気がする。
食事をしながら三人を観察していると、緊張しているのか動きも表情も硬い。しかも態度がちょっと悪い。
対してアキナとエリカは上品な振る舞いで食事を楽しんでいた。
エリカ、もしかしてお嬢様か?
そんな疑問を抱いたが、料理の美味しさにどうでもよくなった。
ある程度食事が進んだところで、アキナは手を止めて口を開いた。
「そろそろ商談を始めましょうか」
その言葉にファルスは慌てて手を止め、レモン水ではなくワインを一気に飲み干した。
「ああ、そうしよう」
大丈夫だろうか?
ワインを飲んでいる頻度が高いせいか、頬が赤くて明らかに酔っている。
ただ、ここから先はアキナの独擅場なので私が何か言う必要も無く、自分は黙々と食事を摂った。ファルスの両隣りに座るレックスとライアンも私と同じように黙々と食事を摂っている。
酔って判断力が鈍っているファルスはアキナの巧みな話術に嵌まり、色々な物を買わされた。
特製ポーション、状態異常を治すアイテム各種、補助的な効果を持つ装飾品、ちょっと質の良い矢を数十本、研ぐと一時的に大きく切れ味が増す質の良い砥石、アキナが自分で料理して纏めた『簡単で美味しいレシピ集』のデータ、第五階層までの採集素材のデータ、第五階層までの魔物を読みやすく編纂したデータ、武器に塗布して使う即効性の高い睡眠毒。
これらを三人がお金を出し合って買ったが、最後に出した睡眠毒が不穏だ。まるで何か仕掛けることを先読みし、犯行に走らせようとしている気がする。
あと、エリカが着ているドレスの購入は流石に渋った。一着四十万マニーは分割払い可能でも高かったようだ。
「いやぁ~、皆様とは良い取引が出来ました。今後とも是非私を贔屓にしてくださると嬉しく思います♪」
「ああ……こちらもいい品を沢山買えた。ありがとう」
どちらもいい顔で商談を終え、互いにワインを掲げて飲んで祝い合う。ファルスがまた一気飲みするのに対し、アキナは一口飲んだだけ。明らかに酔いをセーブしている。
それを三人が気付いていない様子を見るに、アキナとエリカの美しさ、店の雰囲気による緊張、料理の美味しさで意識を逸らされ続けていたのだと分かる。
……ちょっとレモン水飲み過ぎたかも。
商談がそれなりに時間が掛かったのもあり、私は尿意を感じた。
店の中とはいえ一人で行動するのは少し恐く思い、アキナに言った。
「アキナ、ちょっと……お手洗いに」
「フフ、そうですね。皆様、申し訳ありませんが少々お手洗いに行かせていただきます」
「気にしないでいい。俺たちは食事を楽しんでいるし、エリカとも少し話しておきたいことがあるからな」
「ありがとうございます。レイさん、行きますよ」
「うん」
酔って上機嫌なファルスに見送られ、私はアキナに連れられて店のトイレに移動した。このトイレ、地味に妖精用の出入り口と個室があり、他の変わった種族用まで完備されていた。
早速入ろうとしたところで、アキナが手で個室の入り口を塞いだ。
「トイレへのお誘い、いいタイミングでしたよ」
「そう思うんなら早く退いて」
漏れそう。
「いえその前に、結論と、これからやるべきことをお伝えしておこうかと」
「なら早く言って」
「ええ。結論を申し上げますと……彼らはこれ以上関わるべき人間ではありません。酔っている時の態度が傲慢で、目にイラつきと警戒心がありました。典型的な仮面を被った悪い人たちです。ですから、食事が済んで別れた後、レイさんにはエリカさんと三人の動向を監視してください。恐らくですが、酔って思考が鈍っているのと私たちの存在という不安要素から、焦って今日動く可能性が高いですから」
「それって睡眠毒?」
「はい。ゴブリンに使って眠らせて、エリカさんを強くするのにどうか、という触れ込みで売りましたが、アレはプレイヤーにも効いてしまう代物です。エリカさんが私たちと関係をより深める前、事を起こして逃れられないようにするには今しかありません」
「で、事が起こったら助けろと?」
「そうです。ただし、突入せず私に連絡を入れてくれるだけで結構です。私が警察の仕事をしているギルドに連絡して、現行犯逮捕させますから」
「分かった」
「くれぐれも、突入しないでくださいね? でないと逃げられてしまう可能性が高いですから」
「分かったって」
釘を刺して来るアキナの手がようやく退いて、私は漏れる前に用を足すことが出来た。
それから二人でテーブルに戻ると、アキナは胡散臭い微笑でエリカと三人に声を掛けた。
「ただいま戻りました。お話は出来ましたか?」
「ああ、出来たさ。な? エリカ」
「……ええ」
同意を求められたエリカの元気がない。少し俯いていて、何か迷っているような表情だ。
席に着くと、アキナがウェイトレスを呼んでコース料理のデザートとは別に、デザートの杏仁豆腐を注文した。
杏仁豆腐が運ばれて来て舌鼓を打つが、それでもエリカの表情は変わらず食べるスピードも遅い。
食事はこれにて終了となり、約十万マニーを表情一つ変えずに支払ったアキナに驚きつつ、店を出る。
「では、私たちはこれで失礼します。エリカさん、ドレスは後日好きな時に返しに来てください」
「あっ、うん。またあし――またね」
エリカは明らかに言い直して軽く手を振った。
「では、俺たちもこれで」
ファルスが軽く頭を下げ、二人も頭を下げてエリカと一緒に去っていく。だがその時、ファルスの手がエリカの腰の後ろに回っていた。まるで急かすように、立ち止まらせないように……。
しかも、他の二人は逃げ出せないように左右を挟んでいる。
「……レイさん」
「分かってる」
見送るアキナに言われ、私は空高く飛び上がる。メニューを開いて着慣れてしまった『ダンシングフェアリー』の踊り子衣装に着替え、エリカと三人の監視任務に就いた。
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