第26話 接触
「さて、お洒落をしましょうか」
シャワーを終え、部屋着に着替えて神が異界から取り寄せたという設定の道具、ドライヤーで髪を乾かした直後にアキナが言った。
「お洒落?」
「それって私も?」
いきなり意図の読めない発言に、私もエリカも首を傾げる。
「ええ、エリカさんのお仲間に会うのでしたら……折角なら綺麗な自分たちを見て欲しいと思いまして。エリカさんも普段とは違う自分を見せるというのは、悪くないと思うでしょう?」
「そうね。私も普段は防具を着てるし、偶にはお洒落したいわね」
「というわけで、コスチュームの方は私がお貸ししましょう。気に入って頂けたら、後程購入の検討ということで」
「いいわ。服を見せて頂戴」
そういうわけで、私の意見なんて聞かずにお洒落の為の服選びが始まった。
まぁ私は女になったばかりだから女性の服の知識や流行なんて皆無だし、アキナとエリカに全面的に任せた訳だけど……。
「……アキナ、エリカ、本当にこれを着るの?」
手には一着のワンピースがある。
元男として、まだ着るのは早い気がする。
「はい、妖精らしくてお似合いかと」
「凄く可愛いわよ。あなたみたいな妖精を連れて歩いたら、周りからさぞ羨ましがられるわね」
「……」
拒否権は無さそうなので、私は黙ってそのワンピースを着た。
リアルだったら手間の掛かる服だとしても、ゲームシステムを使ってインベントリから"着用する"を選択すれば、一瞬にして服を着られる。
「どう?」
「……可愛いですね」
「……ええ、思った以上に」
「そう」
二人は私に見惚れてまったようだ。
着用したコスチュームというのは妖精加工された『ホワイトワンピース』という、シンプルな白いワンピースだ。
ホルターネックタイプで、リアルだったら大きな胸のせいでカーテンみたいになるところを、しっかりと胸の形に沿っていて見栄えが良い。流石はゲームの中だ。
背中は羽の関係で丸見え。
因みに下着は、白いスケスケのショーツと貼り付けるタイプの白いブラを着けさせられた。
「後は髪型ですが……下ろした状態で横にリボンでも付けましょうか」
「それいいわね!」
二人により、私の髪型は下ろした状態で右側面に普通の赤いリボンを付けることになった。
私のお洒落が案外早く終わると、続いて二人がお洒落を始めた。
アキナは、流石は商人と言うべきか……ファンタジーの貴族っぽい白と紫のドレスを着た。畏まった場に行くわけでもないので、動きやすさも確保された比較的カジュアルなドレス。リボンとかヒラヒラも少なめ。
ただし、しっかりと化粧をしている。
宝石類や貴金属のアクセサリーは身に付けていない。まだ低階層だから美しい宝石などが無いのだろう。
エリカも髪色に合わせた、アキナのような見た目の白と薄緑のドレスだ。化粧もばっちり。
思った以上に様になっていて、然るべき場で澄まして佇めば、エルフの貴族や王族と言われても納得する。
でも、エリカはエリカだ。
「こういうの、一度着てみたかったのよねー」
スカートの裾を摘まんでひーらひーらと翻して遊んでいる。
楽しそうで何より。
きっと、お仲間もさぞ驚くことだろう。
それが見惚れるほどの美しさから来るものか、騙されて高い買い物をしたんだ、と思われるかどうかは知らない。
「準備は整いました。エリカさん、お仲間を呼んでください。集合場所は街の中央の大広間、噴水がある場所です」
「分かったわ。ちょっと席外すわね」
仲間に連絡する為、エリカは洗面所の中へ入って扉を閉めた。
それを見届けたアキナは私の方に向いた。
「レイさん、ぶっつけ本番になりますが女性らしい仕草をする時が来ました。フォローはするので頑張ってくださいね」
「……その為のお洒落だったのか!」
「はい、そうです」
今更気付くなんて、私はまだまだだな。
「あと、今のうちにどういう演技をするかは考えておいた方がいいですよ。積極的に相手から話を聞き出す為に小悪魔的な女性を演じるか、ボロを出さない為に物静かで落ち着いた女性を演じるか……挑戦するなら前者、安全にやるなら後者といったところですね」
「エリカがいるけど、バレない?」
「女性が相手によって態度を変えるのは当たり前ですよ。組織や恋愛での立ち回りの時以外、誰も気にしません」
「そ、そうなんだ……」
男でも態度を変える時はあるけどさぁ、なんか生々しく感じるのは気のせい?
私はどちらの方向で接するか悩んで黙り、その間にアキナが帽子と日傘を二つずつ用意した。
……うん、アキナに全部任せよう!
結論、演技は面倒臭いので黙ってアキナに丸投げしよう、になった。
「お待たせ。集合してから向かうから、先に行って待ってて。だって」
「分かりました。行きましょう」
洗面所の扉を開けて報告したエリカに、アキナは帽子と日傘を渡して部屋を出た。私とエリカも付いて行き、外に出る。
朝からそれなりの時間が経ってダンジョンに潜る人が増えたのか、思ったよりも人が少ない。
ただ、帽子を被って日傘を差すドレスを着た二人の女性と、お洒落なワンピースで飛ぶ妖精という構図は非常に目立った。
通りすがりのプレイヤーたちは物珍しげに視線を向けて来るので、落ち着かない。でもアキナは堂々として全く意に介さず、エリカは注目されていることに気を良くしているのか、澄ました顔をしているがドヤ顔が隠しきれていない。
ヒールのシューズを履いている二人のゆったりとしたスピードで、中央の大広間の隅にある噴水に到着。
噴水はシンプルな造形で目立った特徴は無いが、それなりの大きさで存在自体が待ち合わせにするのに十分な目印となっている。だからか、今日はダンジョンに潜らない、所謂休日にしているのだろう、防具ではなくコスチュームを着ているプレイヤーたちが多くたむろしていた。
そんな中に貴族の令嬢っぽい格好をした二人と妖精の私が現れ、噴水の縁に座って待つという光景は特異に見えただろう。ヒソヒソと話す人たちが多くいる。
だが、声を掛けて来る勇気ある者はいない。
……アキナ、そういうことなのか?
私はアキナの思慮深さに感嘆した。
お洒落をし、明らかに違うという印象を周囲に与えることで私たちが誰かと会った、という目撃者を増やすと同時、会う前に変な虫が寄って来ないように敢えてそういう服装をしたのだろう。
そうすれば、万が一エリカの仲間が何か仕掛けようとした時、周囲からの目というのは充分な牽制になり、実行を躊躇わせる。
さらに、これから会うお仲間にはこちら側が話をするのに本気であるという印象を与えられる。しかも、権力者らしい立ち居振る舞いをすることで手を出し辛く、もし手を出したら後ろにいる組織に目を付けられるかも、という存在しない脅威を誤認させられる。
これは相手の一挙手一投足を試す為のセッティングなのだ。
恐らく、アキナはこの後に食事をしながらの商談を提案し、高級店に連れて行くと予想する。
高度な政治的なやり口だ。
そこでどういう人となりか見極めるつもりなのだろう。
アキナの隣に座って機嫌の良いエリカは、そのことを多分、全く分かっていない。
私はアキナの右肩に乗りつつ黙って待っていると、エリカのお仲間が通話をして来た。
エリカはすぐに繋いで、さらに音量を大きくして言った。
「どうしたの?」
「今、俺たちは噴水の近くに来たところだ。ただちょっと……声を掛ける自信が無くてな。エリカお前、なんか貴族っぽい格好していないか?」
「ええ、してるわ。隣に座っているアキナに貸して貰ったの」
「貸して……そうか。そりゃあ良かった。今からそっちに行く」
「うん」
通話が切られる。
対応としては減点。
自信が無くても、本人だと思ったら声を掛けるべきだろう。
少し待つと、三人の男がやって来た。
「エリカ、少し待たせたな」
「ううん、大丈夫よ」
リーダー格らしいエルフの男が声を掛け、エリカが立ち上がって出迎えた。
そのエルフは動きやすさ重視の皮鎧を着ており、弓矢を担いでいる。金髪ロングストレートをオールバックにした美形だ。切れ長の目の中にある青い瞳はまずエリカを見て、次にこちらを見た。
その視線が胸に向いていたのが、なんとなく分かった。
後ろに控える二人は、犬耳の獣人と人間だ。彼らも私たちの胸を見ている。
獣人は茶色いツンツン髪に茶色い瞳、ピンと立った犬耳をしている。お尻辺りからはフサフサの尻尾が見える。
彼はウルフの毛皮をふんだんに使った防具を着ており、顔が犬そのものだったら人間サイズの犬にしか見えないだろう。腰の左右にはダガーがある。
人間の方は黒髪黒目、特徴が無さそうな普通の顔をしている。三人の中で最も高身長で、全身を重そうな分厚い金属鎧に包み、背中に身の丈ほどの大盾を背負っている。
今は街中だからか兜を被っていないが、大盾を背負いっぱなしなのは余程気に入っているのか、相手を威圧する為か……。
アキナは動かない。
日傘を差したままわざと目深く被った帽子で顔を見せず、敢えて紹介されるのを待っているようだ。なので私も動かない。
「あっ、紹介するね。この人は商人のアキナ。妖精はレイ。二人が私を助けてくれたの」
「初めまして、俺はエルフのファルス。こっちの獣人はレックス。人間の彼はライアン。エリカを助けていただき、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
エリカが私たちを紹介し、リーダー格らしいエルフのファルスはスマートに頭を下げた。それに倣って後ろの二人も頭を下げる。
そこで漸くアキナは動いた。
日傘を畳み、帽子を脱いで立ち上がり、いつもの胡散臭い微笑を見せつける。
「ご紹介に預かりました、商人のアキナです。エリカさんのような見目麗しい方を守る騎士の皆様にお会い出来て光栄です。以後よろしくお願いします」
スカートを両手で摘まんで軽く持ち上げ、片足を下げて、もう片足の膝を曲げて……見事なカーテシーをして見せた。
……わーお。
アキナってリアルでは本物の上流階級の人間か?
男三人が呆気に取られている中、今度は私が自己紹介する番だ。
「私は妖精のレイ。アキナとは親しいご友人として、共に旅をしています。お見知りおきを」
出来ているかどうかは分からないが、優しい微笑を浮かべつつアキナと同じようにカーテシーをした。空中にいるからどう見えるのかは分からないが、アキナ以外が呆気に取られているところを見ると好印象を与えることには成功しているようだ。
「――っ! すいません、あまりにも二人が綺麗で……つい見惚れてしまいました」
ハッとしたファルスが作り笑いを浮かべているが、顔色を見る限り私たちの態度に動揺しているように見える。その証拠に、後ろの二人はどうしようと言わんばかりに顔を見合わせ、私の視線に気付いて居心地悪そうに別の方向を向いた。
「フフ、そうですか。立ち話もなんですし、私のオススメするレストランで食事でもしながら商談でも如何でしょう? 食費はこちらがお持ちしますよ」
「そう、ですね……」
「では行きましょう。こちらです」
ファルスは言葉が詰まったように同意し、アキナは再び帽子を被って日傘を差して歩き出した。私ははぐれたりしたら事なので、アキナの右肩に乗った。
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