第25話 情報交換



 門を潜って街に戻ったところで、私たちはようやく足を止めた。


「あああ、疲れたー!」

「そうですね。エリカさんの仲間にお会いする前に、宿で少し休憩しましょう。シャワーを浴びて身嗜みを整えたいですしね」

「あー、そうね。走って汗掻いちゃったし。その方がいいわね」

「では、私の泊っている宿にご案内しましょう」


 アキナの提案にエリカは同意し、私たちは移動する。




 事前にメールで教えられた通り、南門の大通り、大広間に近い場所に『レディーガード』という宿屋があった。

 パステルピンクの外壁と扉が凄く派手だ。

 中に入れば玄関扉に取り付けられたドアベルがチリンと鳴った。

 シンプル且つ小綺麗な狭いロビーが出迎え、壁に掛けている絵画の角度を調整中だったのだろう女性が振り返って声を掛けた。


「いらっしゃい。と、なんだアキナか」


 うおっ、でっっっか!


 身長180㎝を越えているだろう種族オーガの女性だ。

 赤いツンツンした長髪をポニーテールにし、ツリ目で青い瞳をしている。凛々しくて美人だ。

 おでこには反りがあって鋭いシンプルな一本の角が生えている。

 でかいのは身長だけじゃない。

 胸が人の頭を超えるほどの大きさで、本人は腕を組んで支えるようにしている。

 胸がその大きさなのに腰はしっかりとくびれており、お尻もかなり大きい。リアルだと極稀にしかいないような体型だ。

 ただ、体の次に目に留まったのは服装。

 パンプスにぴっちりした黒い長ズボン、白いTシャツの上からパステルピンクのエプロンを付けている。

 ここまでは別にいい。ステータス的に何の影響も与えないフレーバー要素『コスチューム』に過ぎない。

 でもそのエプロンには『私は中身男です。』とデカデカと書かれていた。


「ただいま。フレンドと、先程知り合った方を連れて来ました」

「ふーん、妖精にエルフねぇ。どっちも美人さんだな」

「妖精の彼女はレイ。私のフレンドです。こちらのエルフは先程知り合ったエリカです」

「どうも、レイです」

「エリカよ、よろしく」


 エプロンが気になり過ぎる……!


「俺はエンキ。宿屋『レディーガード』の店主をしている。このエプロンに書いてある通り、中身男だからよろしくな!」


 ニカッ、とサッパリした笑顔で自己紹介してくれた。


 なんで……そこまで男だとハッキリ言える?


 男であることを捨てた自分にとって、エンキは対称的で眩しく見えた。


「エンキ、二人を私の部屋に連れ込みます。構いませんね?」

「ああ、泊るんじゃなければ金は取らない」

「ではこちらへ」


 店主との挨拶も終わり、私たちはアキナに連れられて階段を上り、幾つかある部屋の一つに入った。


「エリカさん、そちらにお風呂があります。先に入って来てください」

「いいの? じゃあ遠慮なく」


 エリカが扉の奥へ消えたのを見届け、アキナはバックパックを下ろして部屋の隅に設置されている小さなテーブルの椅子に座り、私に手招きした。

 呼ばれたからホイホイと近づき、テーブルの上に立つ。


「なに?」

「彼女は暫く出て来ないでしょう。そのうちに情報交換をしておこうかと」

「ふむ」

「聞かれている可能性もありますので、シャワーの音がするまでお待ちを」

「分かった」


 少し待つと、浴室からシャワーの音がし始めた。エリカの鼻歌も一緒に。


「それでは私から。図書館へ行って次の階層までの魔物の情報を仕入れました。ホブゴブリンのように進化したり、特殊個体の情報は流石にありませんが、スクリーンショットで写しを作りましたので後でメールで送信します」

「ありがとう。助かる」

「いえ、商人として情報は商品であり命綱ですから。次に、恐らく殆どの人が把握していない情報、魔法の仕様についてです。魔法は回復魔法を含め、習得している属性が多い程に全ての魔法の威力と消費MPの効率が落ちます」

「それって!」

「はい。最初の街――ホープタウンの図書館で全ての属性魔法を習得するのは罠だったんです」


 ほんと、このゲームの製作者は性格悪いなぁ!!


「まだあります。魔法の種類が多い程、魔導書以外で覚える魔法の習得時間が大幅に伸びます。そして数が多い程、属性魔法ほどでないにしろ威力と消費MPの効率が少し落ちます」

「つまり、特化型で覚えている魔法が少ない程いいってこと?」

「はい。より上位の魔法を早く覚えて効率よく使うなら、属性を一つか二つに絞り、補助系の魔法なども数を絞った方が良いということです」

「うわぁ……」


 徹底して情報弱者が不利なように出来てる。


 アキナからとても重要なことを聞けた。

 今度はこちらの番だ。


「私はスキルについて幾つか分かった」

「修行の成果ですか?」

「うん。漫画とかアニメとかでやる冗談みたいな修行をして、習得した。どうもウェポンスキルも他のスキルも、普通やらないだろうって行動をしたり、とんでもない回数をこなすことで強力なスキルが手に入るっぽい」

「なるほど。参考までにどういった方法でスキルを習得しましたか?」

「ん、素手で延々と岩を殴り続けた、とか。ウェポンスキルを一万回連続で素振りした、とか」

「……」


 アキナが目を見開き、嘘でしょ!? って顔をした。


「ね? 冗談みたいでしょ?」

「……そう、ですね」


 微笑に戻ったアキナは、表情が引き攣っていた。


「それともう一つ。このゲーム、オプション設定が不親切な状態になってるから一度徹底して見直した方がいい」

「と、言うと?」

「他人のレベルがデフォルトだと表示されていないけど、実は表示出来る。暗闇補正で暗い場所をちょっと明るく出来たり、視界に捉えた相手に輪郭を映して、暗い中でもどこに居るかはっきり分かるようになったり」

「……その情報、私が多くのプレイヤーに売ってもよろしいですか?」

「いいよ。私は商売なんて向いてないし、そういうのは全部アキナに任せる」

「ありがとうございます」


 調べれば誰でも分かる情報だし、アキナが売らずともいずれ誰かが同じように広めるだろう。

 それに、こういう情報が早く広がればADOの攻略は進むし、少しは死ぬプレイヤーが減ると思う。


「あっ、そうだ。一つ聞きたいことがあった」

「なんでしょう?」

「アキナってどうやってレベルを上げてる? 商売なんてやっていたら、魔物を倒している暇はなさそうだけど」

「ああ、それでしたら……これです」


 アキナが胸元から一つのペンダントを取り出した。吊り下げている銀色のメダルには馬車が描かれている。 


「ホムンクルス経営の装飾品屋で売っている『商人の証』という装飾品です。これを装備していると、魔物を倒しても経験値は得られなくなりますが、商人として取引をすることで経験値を取得出来るようになります」

「へぇー」

「それぞれの職業に対応した物があるので、戦いが本当に苦手なプレイヤーにはこちらをオススメします。ただし、魔物を討伐するよりも経験値の取得効率は悪いですし、余程その職業を上手く熟せないといずれ前線で戦うプレイヤーに追いつけなくなるでしょう。また、これらを一度装備すると、外した場合に魔物から得られる経験値が一年間は大幅に下がります。着脱を繰り返すとその回数だけ累積、期間も延長されます。だから装備するならよく考えた方がいいでしょう」


 そりゃそうか。


 誰だって危険を冒さずに経験値が得られるなら、そっちに進みたいだろう。

 当然、二足の草鞋による経験値の複数取りの対策がされているみたいだ。


「……他に聞きたいことは?」

「無いかな」

「そうですか。ではエリカさんのシャワーが終わるまで待ちますか」

「ん」




 情報交換が終わり、アキナがオプションを弄ったりしてそれなりの時間が経ち、エリカがコスチュームのTシャツにショートパンツという姿で出て来た。


「シャワー終わったわ」

「レイさん、行きますよ」

「えっ?」


 完全に気を抜いていたせいで、私はアキナの手に捕まれた。


「ちょっと、アキナ?」

「面倒なので一緒に入りますよ」

「面倒って……」


 風呂桶にお湯を張るだけだが?


「レイさん、あなた自分が思っているよりも臭っているんですよ」

「えっ!」


 そんなに臭う!?

 ――あっ、石鹸使って無かったわ。


「だから念入りに私が洗ってあげますから、覚悟してください」


 開いた目が笑ってない。

 これマジだ……。


 私はアキナに連行され、一緒にシャワーを浴びることになった。

 全身を石鹸塗れの手で念入りに洗われ、羽が思った以上に敏感で色っぽい声が何度も漏れた。特に付け根が耐えられないのなんの……。

 さらに股も優しく丁寧に洗われたが、男だった時には無い変な快感があって、今度から他人には絶対に触らせないと誓った。そうじゃないと性欲に溺れそうで怖かった。


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