第24話 悪い気配
アキナを待っている間、何度かゴブリンの襲撃があった。私一人で何とでもなったが、何度も襲われると巡回ルートの真上なんじゃないかと思ってしまう。
エルフの女を掴んで動かそうとしてみたが、スキルで筋力は強化されていないので、残念ながら今の私では引き摺ることすら出来なかった。
筋力強化を次の課題に見据えつつ引き続き待っていると、プレイヤーが一人やって来た。
「お待たせしました」
胡散臭いいつもの微笑を浮かべているアキナだ。レベルは25もあった。どうやって経験値を稼いでいるのか気になる。
ただそれよりも今気になるのは格好だ。普段とは違い、全体に土汚れと草を付けてカモフラージュしていた。顔にも土が付いている。
「アキナ、その格好は?」
「これですか? ゴブリンは鼻が利いて女性やエルフの匂いに敏感なので、こうして土や草で臭いを消しつつ隠れられるようにカモフラージュしているんですよ」
「なるほど」
だからゴブリンが私たちを何度も襲って来ていたのか。私は小さいしゴブリンの血を何度も浴びているからともかく、エルフの女はゴブリンからしてみればフェロモンがむんむんに出ているのだろう。
「それで、倒れているのが麻痺している方ですね?」
「うん、お願い」
「分かりました。レイさんは周りの警戒をお願いします」
「ん」
指示に従い、私は声の届く範囲で周りの警戒を始めた。
アキナは魔法のバックパックを下ろして開くと、中から小さな円柱形の缶を取り出した。蓋を開けて直径一センチほどの緑の丸薬を一つ取り出すと、それをエルフの女の口に入れ、口を手で閉じさせた。
すると、エルフの女は目を見開いて「うー、うー」と呻き出した。
「呑み込まないと効果を発揮しませんよ、我慢してください」
言われたエルフの女は涙目になりながらゴクリと丸薬を呑み込み、それを確認したアキナは手を離した。
「どうですか?」
「……あっ、治った」
「そうですか」
「ありがとう。けど一つ言わせて。今の薬、ものすっっっごく苦かったんだけど!」
「"良薬口に苦し"ですよ」
エルフの女の苦情に
「これはこの階層で採集出来る『ニガキノコ』と『ピリリの葉』を加工して作った『麻痺治しの丸薬』です。途轍もなく苦いのでプレイヤーの多くは魔法で治していますが、魔法が使えなかったり、回復役がやられた場合を考えると持っていて損は無いでしょう。これは市場で売れ残っていた十個で一つの缶です。まだまだ在庫はありますからお安くしておきますよ。一つ2,000マニーでどうでしょう?」
説明かと思いきや商品の宣伝だった。
転売と移動販売の両方を考えると確かに値段は良心的……かもしれない。
私はアキナとフレンドなのでいつでも買えるが、一期一会なエルフの女が買うかどうか気になった。
「そうね……流石にこんな目に遭ったら、買わないわけにはいかないわね。買うわ」
「ありがとうございます」
エルフの女が支払いを済ませて腰の後ろに備えているポーチに仕舞うと、アキナは次の商品を取り出した。
「それと、こちらも如何でしょうか? 私が自作した特製の回復ポーションです。通常のポーションよりも品質が高く、HPを15%回復します。一本700マニーのところ、三本買ってくれたならおまけして1,800マニーでお売りしますよ」
さらっと一本の値段を変えて三本買わせようとしてる。
元の値段と変わらないのはアキナの良心だろうか?
「へぇ……ならそれも頂戴。仲間にプレゼントするわ」
「ありがとうございます」
マジか……。
今は不要だろうに特製ポーションを購入し、それはインベントリに仕舞った。
アキナは彼女がチョロイと見るや、鞘に剣が収まっていないのを見てちょっとだけ剣を出して仕舞い、ふと思い出したように言った。
「次は――と、エルフのお嬢さん、今マニーの手持ちはどれくらいですか?」
「え? えっと……あと二千マニーくらいね」
レベルの割に結構持ってるな。
仲間って言ってたし、もしかして貢がれてる?
「そうですか。でしたら……今は剣を無くしてしまっていますし、当座をしのぐ為にこちらはどうでしょう? 品質は保証します。1,000マニーです」
アキナが出したのは初期武器の『鉄の剣』だ。以前サトと一緒に買い物した時の物と同一であれば、品質がいい奴なのだろう。
「買うわ。予備の剣が無いと、こんなに不安になるのね」
「ありがとうございます」
嘘だろお前!?
置いて来たブルライトソードはまだ近くだぞ?
戦える私が居るんだし、買うのは探しに言ってからでも遅くないだろ!
ツッコミたくてもアキナが商売中なので言うに言えず、私は彼女の見えない位置で頭を抱えた。
支払いを済ませ、エルフの女が剣を装備したところでアキナもバックパックを背負った。
「では、私はこれで」
「ちょっと待って!」
「……何か?」
「あの、一緒に付いて来てくれない?」
「何故? 私は商人です。何のメリットもなく赤の他人と一緒に行動する理由はありません」
「えっと……そう! 一緒に来てくれたら私の仲間を紹介するわ。今は別行動をしてるけど、色々な物を私にくれるから、きっとあなたとはいい取引が出来ると思う」
「……」
アキナが薄っすらと目を開いた。値踏みをするような、疑いの目だ。
数秒沈黙が続いた後、アキナは小さく溜息を吐いた。
「分かりました。街に戻るまでは付き合いましょう」
「ありがとう! ならまずは私の落とした剣を拾いに行きましょう」
エルフの女はご機嫌な足取りで歩き出した。
私は呆れつつ声を掛ける。
「道間違えてるよ。こっち」
「……」
指摘されたエルフの女はピタリと足を止め、振り返ると少し恥ずかしそうにしながら私の指さした方向に歩き出した。
私とアキナは互いに肩を竦めつつ、後ろを歩いた。
道中、アキナが私に手招きしたので右肩に乗ると、少しだけエルフの女から距離を取って小声で言った。
「彼女大丈夫ですか? 物を売りつけて思いましたが、かなり心配です」
「分かる。それに仲間っていうのも怪しい。残念さを考えると貢がれているというより、狙われてる」
「そうですね。関わりたくはありませんが、素直そうな人なので、せめて仲間というのを見極めてからどう動くか決めようと思います」
「ん、場合によっては彼女を保護するってことでいい?」
「はい。レディーガードという、うってつけの宿屋もありますからね」
「ねぇ、後ろでコソコソ何話してるの?」
話が終わったタイミングでエルフの女が私たちに気付いた。
「いえ、随分綺麗な方だと思いまして。二人でどんな格好が似合うか相談していたんですよ。ね?」
「うん、ゲームらしく鎧ドレスとか良さそうだし、綺麗なドレスを着て杖を構えたら、似合うだろうなぁって」
「そう? でも鎧ドレスは間に合ってるかも。ほら」
エルフの女はマントの留め具を外し、中に着込んでいる防具を見せた。
腕にはシンプルな籠手が装着されており、胴体は女性のラインをしっかりと成形した鎧になっている。ただし、オフショルダーで肝心の首と肩と胴体上部が丸裸。
腰には防御力が皆無の赤いミニスカート、膝と脛に装甲が付いたロングブーツを履いている。
見た目はいいけど、これ防具としてどうなんだ?
疑問に思ってアキナがどう評価を下すのか振り向けば、目を開いて真剣な表情で観察していた。
そして、冷めた表情で口を開いた。
「……それ、品質が最悪の『粗悪』ですよ。性能も品質分ただの鉄の鎧よりも劣っています。価値は見た目くらいですね」
「嘘っ!? これ仲間に凄くいい防具だって貰った物なんだけど!」
うわマジか。
だとすると善意から貢いでいるというより、体目的で狙われている可能性がかなり高い。
その証拠に、防具の上からでもエルフの女の体は顔同様に非常に美しく、男だったら是非とも抱きたいと思うグラマラスな体型をしている。
「その仲間とは早々に縁を切るべきですね。どういう人柄かは知りませんが、装備の品質すら保証せずに相手にプレゼントするなど、あなたの命を軽視しているのと同義ですから」
辛辣だ。
でも、その意見には全面的に賛成。
「うーん、でも……彼らには色々良くしてくれたし」
仲間と呼ぶほどに時間を過ごした相手と、出会ってすぐの人間ではやはり信頼度が違う。
「決めるのはあなたですから、これ以上私からは何も言いません。ちゃんと、自らの頭でよく考えてくださいね。何かが起こった後ではどうにもなりませんから」
「え、ええ……」
ちゃんと、の部分を強調して圧のある微笑でアキナから言われ、エルフの女はたじろいだ。
釘を刺したところでアキナはふと何か思い出したのか、手をポンと叩いた。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私は商人のアキナと申します。暫くはスタータウンの『レディーガード』という宿屋に滞在していますので、何かご入用の際は訪ねて来てください」
確かに自己紹介してなかったな。
私もアキナに続いて自己紹介。
「私はレイ。見ての通りの妖精で、今はちょっと一人で修行中。アキナとはフレンドでたまに一緒に行動してるからよろしく」
私の自己紹介が終わると、エルフの女はマントを着直して言った。
「エルフのエリカよ。剣の腕には自信があるわ。臨時の仲間として前衛は任せて!」
任せられないです。
ゴブリン三体にあっさり負けたの忘れたの?
それにエリカって……本名じゃないよね?
もう色々と残念過ぎて、今までどうやって生き延びて来たのか不思議なレベルだ。
暫く歩き、私とエリカがゴブリンたちと戦った場所に到着した。
倒した二体のゴブリンのドロップ品、ゴブリンハートが落ちたままだ。
「あれ? 無い! なんでぇ!?」
エリカが辺りを見渡して剣が無いことに叫ぶ。
むしろ残っている可能性の方が低いと何故思わなかったのだろうか?
あと、あんまり叫ばないでほしい。ゴブリンが声を聴きつけて寄って来るだろ。
そう思った直後、近くの藪がガサガサと音を立てたと思ったらゴブリンが飛び出して来た。その数、十数体。
アキナが今日何度目かの溜息を吐いて腰に提げている杖を構えた。
「ゴブリンは馬鹿ですが人間の子供程度には知能があります。落とし主が戻って来ると踏んで、待ち伏せされたみたいですね」
あっという間に私たちは囲まれ、遅れて剣を構えたエリカと一緒に出方を窺う。
と、ゴブリンたちが飛び出して来た場所から、遅れて堂々と出て来るゴブリンがいた。
「ああっ! 私の剣!!」
エリカが叫んで指さしたそいつの手には、ブルライトソードが握られていた。それだけじゃない、人間の大人と同じサイズで筋骨隆々な体をした『ホブゴブリン』だった。
「ホブゴブリンですか……厄介ですね」
「知ってるのアキナ?」
「ええ、ゴブリンがプレイヤーの武器を手にすると進化する、と噂で聞いたことがあります。かなり強いですよ」
「……」
アキナが説明してくれた通り、恐らく強い。
ホブゴブリンはゴブリンから一回り強くなって、レベルが30になっている。
体格と筋肉の付き具合から、相当鍛えた人間と同等かそれ以上の身体能力があると見て間違いないだろう。剣の腕次第では並のプレイヤーが一人では勝てないかもしれない。
それに、奴がこの場の指揮官で間違いない。
他のゴブリンが今すぐにでも襲えるのにも関わらず、どいつもこいつも隙を見せたら襲うと言わんばかりに虎視眈々と待機している。
「さて、こういう時は"三十六計逃げるに如かず"です。エリカさん、レイさん、逃げるので合わせてください」
「分かった」
「えっ、逃げるの!?」
お前はどこまで馬鹿なんだ!
不利な状況での逃走が選択肢にないエリカに心の中で悪態を吐いた直後、アキナは懐から真っ白なボールを取り出して足元に投げつけた。
ボフンッ!
と大量の白い煙が一瞬で広がって周囲の視界が奪われる。
「こっちです!」
アキナの声が聞こえる。ホブゴブリンとは反対側だ。
声を頼りに私は飛び、視界が殆ど無い中でアキナを発見。その前方に子供サイズのゴブリンの輪郭が薄っすら見えた。
【フェアリーダンス】!
移動速度を上げつつ目印代わりに魔力を纏って粒子を散らし、前方のゴブリンの撃破に動く。
ゴブリンも私たちを捉えて動き出すが、遅い。
【ヒーローキック】!
今は火急を要するのでスキルの飛び蹴りで一撃。
ゴブリンの頭部を貫いた私はそのまま真っ直ぐ進んで白い煙から抜け出した。
後ろを振り返るとアキナが走って煙から抜け出し、遅れてエリカも抜け出して来た。
「レイさん、そのまま街まで案内を!」
「ん、了解」
「わ、私の剣があああ!」
名残惜しそうに叫ぶエリカにイラつきを覚えつつ、私はアキナの指示を全うする為に辺りを警戒しながら案内を始めた。
幸い追手は来ず、街へ戻る門からは近かった為に他のゴブリンにも遭遇せず戻ることが出来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます