第23話 エルフの女



「おっ、食べられそう」


 木の実か果実を探して森を彷徨うこと数分。私は濃い紫色の小さな果実が沢山実っている低木を発見した。


「見事なハート……」


 近づいて見れば、その実は全て綺麗なハート型をしていた。名前は『パープルハートベリー』とまんまだ。


 食べられる……よね?


 恐る恐る手に取る。妖精的にはスイカ並みの大きさで、これ一つで満足出来るだろう。


「女は度胸! いただきます!」


 最悪毒は自力で治すことにし、思い切ってかぶりつく。


 っ、美味い!


 酸味が強いけど、ジューシーでマスカットのような芳醇な風味がする。

 それに毒も無いっぽい。


 食事中は誰もが無防備になるので、私はパープルハートベリー略してパプベリを持って木の上へ移動し、枝に座って食べ始めた。




「……ふぅ、ごちそうさま」


 パプベリを完食して手を合わせた後、腹休めにのんびりしていると、私の座っている木の下から一人のプレイヤーが通り過ぎた。

 薄緑の綺麗なロングストレートの髪をした、耳が尖って長いエルフの女性だ。白いマントを着ていて服装は見えないが、右手に青い剣――ブルライトソード持っていた。

 彼女のレベルは15。

 そんな彼女の少し後、「ぎゃあぎゃあ」と騒ぎ立てながらダガーを持ったゴブリンが五匹通り過ぎた。どうやら彼女を獲物として追い掛けているようだ。


「さて、どうしよっかな……」


 ぶっちゃけ赤の他人を助ける義理は無い。それに私は現在修行中の身、余計なことに首を突っ込むと修行する時間が短くなってしまう。もっと修行をして強くなってから彼女のようなプレイヤーを助けても遅くはない。


「うーん……」


 私の中にある正義感が収まらない。

 サトなら迷わず助けに向かうだろう、という思いがそうさせている。


「あーもう、仕方ない!」


 気になって我慢出来ず、私はエルフの彼女を追う為に飛び立った。


【フェアリーダンス】!


 彼女に追いつく為にスキルを発動し、私は魔力を纏い、粒子を撒き散らしながら高速で移動を始める。

 草木で生い茂った森の中を高速で飛ぶのは危険だが、あのモンスターハウスでの経験から動かない木を避けて進むのは造作も無かった。

 すぐにゴブリンたちを頭の上から追い抜き、私は薄緑髪のエルフに追いついた。


 うわっ、すっごい美人……。


 彼女の横顔を覗いたら、それはもう美しかった。深緑の瞳、綺麗な白肌、シュッとした輪郭に凛とした顔立ちをしている。


 コホン、と咳払いを一つして気を取り直し、私は女性らしい口調をしっかりと意識して声を掛けた。


「……ねぇ、助けが必要?」

「えっ、妖精!?」


 声に振り向いた彼女は驚き、追われている筈なのに何故か足を止めた。


「……あの、ゴブリンに追われてるんじゃ?」

「はっ! そうだったわ!」


 素かよっ!?


 どうやらこのエルフ、本当に驚いて足を止めただけだったようだ。

 呆れつつ、ゴブリンが追いついて来たので彼女と一緒に構えた。

 ゴブリンたちは私たちを見て脅威でないと判断したのかいやらしい笑みを浮かべ、逃がさないようにじっくりと遅い足取りで囲むように動き始めた。


 ふむ……実力を測る比較対象もいるし、修行の成果を試すのには丁度いいか。


「エルフさん、先に聞いておくけど……どれくらい戦える?」

「え? えっとまぁ、三体ならなんとか。そういう妖精さんは自信がありそうだし、二体は引き受けてくれるの?」

「ん、いいよ」

「じゃあ、よろしくね!」


 彼女は立ち位置の関係で最も近い、左側へ動き始めた。

 ならばと私は右側へ動く。


【フェアリーダンス】!


 スキルの効果が切れそうだったので掛け直し、素早くゴブリンに接近。振るって来る毒が塗られたダガーをあっさりと躱し内側に潜り込む。


【コメットパンチ】!


 スキル【無声の型】による宣言無しの攻撃に寄り、魔力を纏った突撃パンチがゴブリンの顔面に直撃し、醜い顔を貫いて倒した。


 次!


 スキルによる攻撃は一撃、ならばスキル無しはどうかともう一体に接近。ゴブリンは仲間が一撃でやられたことに動揺しつつもダガーを振るって来る。

 こいつらは所詮低能な魔物。ダガーの剣筋など鈍くて読みやすく、またあっさりと躱して内側に入り込み、頭部で最も硬いだろうおでこに向かって強烈な右ストレートを叩き込んだ。


「ぎゃっ!」


 ゴブリンは短い悲鳴を上げ、まるでそれなりの大きさの投石をぶつけられたかのように血を噴き出しながら勢いよく倒れた。


 ……思ったより効果あるな!


 スキル【ジャイアントキリング】に内包している【体格差補正Ⅹ】の為か、少し前まで全く効果が無かった普通のパンチが有効打になっている。

 ゴブリンのHPも一撃で半分程度になっており、頭を押さえて痛がっている。

 私は空高く飛ぶと、勢いをつけてゴブリンの鳩尾に落下した。


「ぐえぇっ!」


 ゴブリンから声が漏れる。

 落下地点の皮が押し込まれるように伸び、一点集中で伸び切った皮は圧力に耐え切れずに破けて私はゴブリンの体の中を落下。そのまま背骨に当たって踏み砕いた。

 HPが無くなったゴブリンは粒子となって消え始め、私は体の中から飛び立ってエルフの方を見た。


 ……えぇー……。


 彼女のレベルが15と低いから、相応の実力があってソロでここまで来られたのだろうと思っていた。

 でもどうやらそれは私の思い込みだったみたいだ。

 彼女はゴブリンを一体も倒せておらず、それどころか、囲まれた状態で倒れて動かなくなっていた。


「た……すけ……」


 どうやら意識はあるらしい。

 でも口があまり動かない。


 麻痺毒か!


 ダガーの毒が判明したところで、三体のゴブリンは彼女を担ぐと、えっほえっほと走ってこの場から逃げ出した。


「……追わないと!」


 一瞬の出来事に呆気に取られてしまった。

 でもやっぱりゴブリンは馬鹿だ。

 私が自分たちより遥かに速いことを知っていてなお逃げを選択するのは、あまりにも愚策だ。


【フェアリーダンス】!


 再度スキルを掛け直し、エルフの女を担いで逃げるゴブリンたちを追う。ここはゴブリンたちにとって庭だからか木々をすいすいと避けて移動するゴブリンが見える。

 ただ、自在に飛べる妖精の私も殆ど変わらない。


【ヒーローキック】!


 射程圏内に入ったところで一体に魔力を込めた飛び蹴りをし、その体に風穴を開けた。

 急に一体が力を抜いて倒れたことで残りのゴブリン二体はバランスを崩し、エルフの女がべちゃっと地面に落ちた。

 凄く痛そう。

 それはそれとして、起き上がったゴブリン二体は腰蓑に仕舞っていたダガーを抜いて私と向き合い、襲い掛かって来た。

 二体掛かりでダガーが連続して振るわれるが、間合いさえ把握していれば後ろに下がるだけで問題ない。あとはよく動きを見て懐に入り込み、攻撃するだけ。


【コメットパンチ】!


 ズドンと一発、ゴブリンの体を貫いて距離を離しつつ一体を倒す。もう一体は果敢にも飛び掛かって来たが、空を飛べない存在がわざわざ回避不能な状況を作るのは頂けない。

 こっちから接近してダガーを振るう隙も与えずに間合いの内側に入り込み、そのまま顎に強烈なアッパーを食らわせた。

 顎にクリーンヒットしたゴブリンは跳ね返るように飛び、私は追撃として素早く上に回り込むとお腹目掛けて蹴りを入れ、地面に押し付けるように落下した。

 最後の一体もHPが無くなり、粒子になって消滅する。

 ドロップ品のゴブリンハートが落ちる中、ゴブリンが使っていたダガーの一本が消えずに残っていた。『パラライズダガー』と、まんまな名前だ。


「これは……アキナに買い取ってもらおう」


 珍しい物かもしれないので、それだけ拾ってインベントリに仕舞う。

 スキル【フェアリーダンス】も解除し、動けないエルフの女の顔の前に着地した。


「大丈夫?」

「……くさ、い……」


 助けたのに、開口一番がそれか……。


 イラッとした私は深呼吸をして気持ちを抑え、血で汚れた自分の白髪を触ってゴブリンの血を手に塗り付けると、エルフの女の鼻の下に血を塗った。


「ちょっ……やめ、て……!」

「臭いって言った仕返し」

「う……ごめ……なさ……」


 謝罪したのでやめる。

 でも麻痺した相手に水をぶっかけるのは危険なのでそのままだ。


「それでエルフさん、麻痺の状態異常だろうけど、治すアイテムとかは持ってる?」


 あるんなら自力で使って欲しい。魔法のバックパックの類を所持しているなら、私が出すのを手伝って飲ませてやってもいい。


「……な、い。なお……して……」

「そうは言われても、麻痺を治す魔法はまだ覚えてない」

「そ、んな……!」


 どうしたものか……。


 どうもこの麻痺、かなり持続時間が長いように思える。

 性格の悪い製作者のことだ、毒と一緒で、アイテムや魔法で治さないと自然回復には相応の時間が掛かるようにしているのかもしれない。

 でなければゴブリンが麻痺したプレイヤーを担いで逃げるだろうか?

 否、数十秒や数分ならまずやらない。


「困ったな」


 このまま放置するわけにもいかない。それに彼女、麻痺したせいでブルライトソードをあの場に置いて来てしまっている。

 私が取りに行くのはいいが、果たしてロングソードに分類される物を持ち運べる筋力があるかどうかが分からない。

 それに、少し目を離した隙にまたゴブリンがやって来て連れ去られでもしたら私の気分が悪くなる。


「……わた、し……いい……から……はな、れて……」


 回らない口で健気なことを言う。

 でもここまで助けておいて、今更見捨てるのは人としてやりたくない。これが差し迫った状況ならお涙頂戴だが、今は別に余裕がある。


 ――あっ、そうだ!

 アキナに連絡しよう!


 ADOはVRMMOだ。従来のオンラインゲームのチャットの代わりに、いつでもどこでも話せる通話機能がある。

 ただし常時スピーカー状態であり、ひそひそ話す時は音量を調整する必要がある。


 それを思い出した私はメニューを開き、コミュニティ内にあるフレンドリストを開いてアキナをタップした。すると幾つかの機能が表示され、そのうちの一つに『通話』があって押した。


 正面に通話用メッセージが表示され、プルルルルル……と電話みたいなコール音が鳴って、一回で繋がった。


「レイさん、何かありましたか?」

「うん、あった。ちょっとエルフの女の人が麻痺して動けないから、なんとかならない?」

「麻痺、ですか。それなら丁度、麻痺治しの薬を仕入れたところですので、そちらに向かいましょう」

「お願い。場所分かる?」

「ピン留め機能を使いますので、ご安心を」

「ん、ここはゴブリンが沢山いるから気を付けて」

「大丈夫です。私はこれでも逃げたり隠れたりするのは得意ですから。では後程会いましょう」

「また」


 通話が切れた。


 ピン留め機能とは、広い街中やダンジョン内でフレンドと合流する為の機能だ。パーティー編成中のプレイヤーにも同じことが可能で、ピン留めした相手の大まかな方向が分かるようになる。

 スキル【ガイド】を持つ妖精の場合は、正確に位置を把握して案内が可能だ。


「麻痺治しの薬、私のフレンドが持って来てくれるって」

「ありが……とう」


 お礼を言われて悪い気がしない私は、少し離れて魔法の【ウォーター】で体を洗い流し、エルフの女がダガーで斬られて多少怪我しているだろうと【ハイヒール】を掛けてから守る為にその場に留まった。



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