第22話 修行開始




「……始めるか」


 折れた右手の回復も終わり、私は魔法の【ウォーター】で血塗れの体を洗ってから木の上から飛び立ち、岩を探した。【ガイド】によって取得した脳内マップは細かい描写がされているが、これだけ草木が多いと流石にマップ上で見つけるのは難しい。

 けれど、意外とすぐ近くにあった。

 しかも岩肌がつるりとした丸い奴で、今から始める修行にはうってつけだ。

 さて、今から私がこの岩で何をするかと言えば……ひたすら殴るのだ。殴れば当然痛い。でも、ADOがリアルに近い環境に変化していて、普通の人間が痛いのを嫌がって冗談みたいな修行をやらないと考えれば?

 性格の悪い製作者だ。恐らくだが、素手による攻撃での痛みや負傷を緩和するスキルが用意されている。痛みの先へ到達したプレイヤーしか手に入らない嫌がらせだ。

 もしスキルは無くても、痛みに慣れてしまえば似たようなものなので、やる価値はある。


 私は岩の前に浮き、両手を拳に変えてからゆっくりと深呼吸をする。心を落ち着け、打ち込みに専念する為の準備だ。

 それから拳を構え、カッと目を見開いて声を上げた。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」


 一度、某漫画みたいなノリでやってみたかったんだよね。

 それに黙ってやるのはモチベーションが続かないだろうし、真面目にふざける必要があった。

 硬い岩を殴っているので手は凄く痛い。でもゲームの中なのである程度は抑えられ、悶絶して飛び跳ねたりする程ではない。

 耐えられる、堪えられる……。

 息継ぎをしながら延々と「オラオラ」していると、連打の邪魔にならない位置にメッセージが表示された。


 スキルヒント:このまま硬い物を殴り続けていると・・・?


 フッ、予想通りだ!


 製作者の思考を正確に理解し、攻略しているという達成感を抱いた私は笑みを浮かべた。

 手から血が滲みだして痛みも増して来たが、無視して「オラオラ」を続ける。息が切れ連打の限界に達した私は、そこでようやく手を止めて近くの木の上に移動し、魔法の【ハイヒール】で手の傷を治してからメニューを開く。

 スキル習得の通知は切っているので、自分でスキルが習得出来たか送られてくるメールで確認する必要があるのだ。

 メニューを開くと、インベントリ、ステータス、コミュニティ、オプションの四つのうち、コミュニティに光る点が表示されていた。

 指でタップして開く。


「おっ、あった!」


 コミュニティ内のメールの項目に"1"という数字が小さく表示されており、着信を知らせていた。

 ぬか喜びせずに開いて確認。



 スキル【ステゴロ】を習得しました。


 素手で硬い物を長時間連続して殴り続けることで習得可能。

 素手による攻撃に伴う痛みを全て無くします。

 素手による攻撃に伴う肉体的負荷を全て無くします。

 素手による攻撃の威力が増加します。

 全ての近接武器による攻撃の威力が減少します。



「ッシャァ! うわっと!」


 喜びのあまりガッツポーズをしたら、バランスを崩して座っていた枝から落ちた。

 咄嗟に飛んで浮くことで転落を免れ、私はホッと息を吐いてから落ち着いて再度枝に座った。


「まさかここまでドンピシャとは……」


 もしかして製作者はアニメとか漫画の修行シーンが好きだったのかな? 性格悪いけど。

 まぁどうでもいいことだ。

 それよりマイナス効果があるのが気になる。

 スキルは一度習得した後、捨てたり出来るってことだろうか?

 ……あり得る。

 ちょっと試してみよう。


 メールからステータスの項目を開き、スキル一覧を開いた。ウェポンスキル、魔法、スキルの順で分別されている。

 試しに今さっき習得した【ステゴロ】をタップしてみると、メッセージが表示された。


 このスキルを捨てますか?

 注意:一度捨てると、特別なアイテムを使用しない限り、再習得が不可能になります。


「普通にあったわ……」


 勿論、捨てる気はなので「いいえ」を押してメッセージを消し、メニューを閉じる。


 ちょっと休憩したら、修行を続けよう。


 私は魔法の【ウォーター】で乾いた喉を潤し、汗だくの体を洗って充分な休息をしてから次の修行に臨むことにした。




 数十分後。

 MPもスタミナも回復して休憩を終えた私は、出来るだけ広くて水平で安定感のある木の枝へ移動した。


「じゃあ始めようか。感謝のヒーローキック……一万回」


 私は宣言無しで【ヒーローキック】を発動し、魔力を纏った飛び蹴りを一回一回真剣にやって、同じ場所を往復し始めた。


 一度やってみたかったんだ、決めた回数を無我夢中でやり続けるの。

 空腹で死にはしないし、やれると思ってのことだ。

 勿論、やる理由はある。

 前々から連続してスキルを宣言して繰り出すのが面倒に感じていた。

 素手のウェポンスキルだからクールタイムとか攻撃後の硬直とか全く無いが、ウェポンスキルは本来必殺技のようなもので、同一スキルを間髪入れずに使えない。しかも宣言無しだと威力は減少するので、しっかり宣言しないと発動損だ。

 これについて、製作者の性格の悪さを加味して考えた結果、宣言無しでも威力減少をある程度軽減するスキルがあるんじゃないかと思った。

 勿論、普通の人が思いつかない習得方法なのは想像に難くない。

 だからこうして、私は普通じゃないやり方を試している。無駄だとしても、達成感は得られるから問題ない。




 ……これ、思ったよりキツイ。五十回目で既にヤバイ。


 正拳突きとかじゃなくてMPをしっかり使うので、妖精のMP自動回復が追いつかない。しかも飛び蹴りなのでスタミナも消費する。

 仕方ないのでスキルが発動するギリギリのMPが回復する程度の小休憩を挟んで、時間を掛けて行った。




 ……百! これきつ過ぎる!


 既に汗だく、MPも枯渇寸前のまま。疲労が半端なく、喉が渇き、時間が掛かったせいで空腹感まで襲って来ている。

 続けているとスキルヒントのメッセージが表示された。


 スキルヒント:MP枯渇状態を維持すると・・・?


 ……まだまだぁ!


 違うスキルも習得出来そうなので、気合を込め直した。




 ……千回。きつい。


 きつ過ぎて何も考えたくない。




 ……五千。


 ただただ虚しい……。

 と思ったら、スキルヒントのメッセージが出た。


 スキルヒント:あと半分、頑張れ!


 ヒントじゃなくて応援メッセージじゃん。頑張る!!




 …………一万、終わりっ!!


 自分で決めた回数をこなし、私はその場に倒れるように仰向けになった。空は一度暗くなって、また明るくなり、そして再び暗くなり始めていた。

 正直、もう動きたくない。

 けれど喉はカラカラで、汗臭くて、お腹がぺこぺこ、疲労はMAX、超眠たい。

 少し横になったお陰でMPがちょっとだけ回復し、私は起き上がると祈りのポーズを取った。


 なんかもう色々と……マジ感謝!!


「……【ウォーター】」


 悟りを開いた気分で魔法を発動。頭上に水球を生成し、私はそのままゆっくりと落として水に包まれた。スキル【潜水Ⅴ】があるので溺れる心配はあまり無く、私は水を飲み、続けて体を丁寧に洗う。


 ――やばっ、ちょっと寝掛けた。


 水の気持ち良さに一瞬意識が飛び、私は急いで体を洗い終えると飛び、木の上で寝るのに適した場所を探した。

 すると一つあった。

 枝が別れる部分が丁度広くて平らで、ちょっとやそっとじゃ落ちない。私はそこにインベントリに仕舞っていた妖精用のベッドを取り出すと、防具『ダンシングフェアリー』のまま濡れた状態でベッドにダイブして眠りに就いた。




 翌朝、ぐっすり眠れた私は目を覚ました。

 疲労感こそ残っているものの良い目覚めだ。ただ、凄まじい空腹感がある。

 でもそれよりも先にスキルが習得出来たか気になり、私はメニューを開いてコミュニティ内にあるメールを確認した。

 三つ、着信が来ていた。


 一つ目。



 スキル【魔力のコツ】を習得しました。

 MP枯渇状態を長時間維持することで習得可能。

 MPを消費するあらゆる行為で、消費MPを少し軽減する。

 MPを消費するあらゆる行為で、威力や効果が少し上昇する。

 MP自動回復能力が少し上昇する。



 ……よくよく思い返せば、数千回やった頃からちょっとだけMP消費が少なくなって、MP回復が速くなっていた気がする。


 二つ目。



 スキル【無声の型】を習得しました。

 素手限定。

 ウェポンスキルを宣言無しで凄まじい回数連続で素振りすることで習得可能。

 素手専用のウェポンスキルを宣言無しで、宣言有りと同じ威力で発動することが出来る。

 なお、この効果は別スキルによって宣言有りのスキルの威力が上昇した場合、威力上昇分は適応されない。



 ……やった価値があった。報われた!


 少し涙が出た私は手で拭い、三つ目のメールを確認した。

 アキナからのメールだ。



 暫く泊る宿が決まりました。

 名前は『レディーガード』

 店主曰く、女性アバターのプレイヤーを不埒な輩から守る為に始めた宿屋だそうです。

 パステルピンクの扉と前壁が特徴。

 場所はスタータウンの南口の大通り……前の階層の門から真っ直ぐ入った方角ですね。そこから中央の大広場に近い場所にあります。

 戻ってくる際に返事を下さい。

 では。



「『レディーガード』か。覚えておこう」


 私はメニューを閉じ、空腹からお腹が鳴ったので木の実か果実を探しに飛び立った。

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