大修行
第21話 オプション設定
「まずはこれを結ばないとな……」
アキナと別れた私は手にしている『勝利の赤リボン』を髪に結ぶ為、空高く飛んで適当な建物の屋根に来た。
ここなら殆どのプレイヤーは易々と来れないし、来ても妖精の私はすぐに空中に逃げられる。
それでも万が一があるので辺りを見渡して誰も居ないことを確認し、屋根の縁に腰を下ろして綺麗な長い白髪にリボンを結ぶ。
……結構むずい。
元が男だから長髪なんてしたことがないし、ましてや髪を結ったことも無い。
それでも頑張って結び、私はなんとか後ろ髪を一本に結ぶことが出来た。
「ふぅ、こんなものかな?」
髪を結ぶだけで精神的な疲労を感じたが、首を振って髪が後ろで揺れる感覚は新鮮だった。
「なんか、いいな。ポニーテールとか三つ編み、今度やってみようかな?」
どうせこれから女として生きていくのなら、お洒落くらいは楽しまないと損だ。
「と、それはさておき……」
屋根の上に来て腰を下ろしたのは、なにも髪を結ぶ為だけじゃない。戦闘中にも空気を読まずに通知して来る、レベルアップやスキル習得時の設定を切ろうと思ったからだ。
メニューを開き、さらにオプションを開いて多数ある項目を調べて問題の通知設定を発見した。
「あったあった……これ、普通に罠でしょ」
通知はオン/オフのどちらか。
オフにすると、習得したことをメッセージに表示せず、脳内に情報も流れず、メールでこっそりと教えてくれるようになる。
なのに最初はオンの状態で、見つけ出すのに項目をじっくりと調べないといけない程の奥に隠されていた。
戦闘中に集中を乱してやられろ、という悪意しか感じない。
「フィクサー……一発ぶん殴ってやりたい」
握った拳を屋根に軽く叩きつけ、私は今のうちにオプションを全部調べて、余計な機能がオンになっていたり必須の機能が切られていないか調べた。
――すると、幾つもあった。
マネー自動収集機能がオフになっていた。
オンにしたことで魔物討伐時にマネーが散らばらず、データとして懐に直接入るようになる。しかもパーティー編成時は自動で分割される。
暗闇調整機能がオフになっていた。
オフの状態だとリアル指向で暗いところは真っ暗だが、オンにすると地形が薄っすらと分かる程度に明るくなる。
ターゲット機能がオフになっていた。
魔物やNPCやプレイヤーを視界内に収めると、輪郭が薄い白枠で表示される。これは光の無い暗闇の中でも機能する。ただし、擬態している魔物やスキルで隠蔽しているプレイヤーには機能しない。
スキルヒント機能がオフになっていた。
特定の行動をした時、未収得のスキルに関するヒントがメッセージとして表示されるようになる。
なお、そのメッセージは別枠のメッセージ機能で戦闘時の表示をオフにしないと、戦闘中に表示されてしまう仕様だった。
アイテムスロット機能がオフになっていた。
よく使うアイテムをスロットに指定することで、インベントリを開かなくてもアイテムを取り出せる。スロットは三つ。
レベル表示機能がオフになっていた。
オンにすることでプレイヤーと魔物のレベルが分かるようになる。
「ほんと、これ作った奴は性格悪い」
オプションは全て調べ終えた。
次に、少し前に習得したスキルを確認する。既に情報が脳内に流れ込んで来ているとはいえ、あの時は戦闘中で鬱陶しくて、殆ど忘れてしまったからだ。
スキル【ジャイアントキリング】
自分より圧倒的に巨大且つレベルに差がある魔物を、物理攻撃による一撃で倒すと習得出来る。
効果は【経験値効率上昇Ⅴ】と【体格差補正Ⅹ】がある。
【体格差補正Ⅹ】は、自身と相手の体格差が大きければ大きい程、物理攻撃による威力を上昇させ、自身への被ダメージを抑える。
「……これ、人間を基準に地上の外の巨大魔物を倒す想定のスキルっぽい」
明らかに破格の性能だ。しかも経験値がより上がりやすくなる効果があるということは、外の魔物を倒すことはゲーム的なエンドコンテンツではなく、ストーリー的に途上の可能性が高い。
「それとも、私のような妖精の間違った戦い方をするプレイヤーを想定していた?」
どちらかは分からない。でも、今は強くなることが先決なのでどうでもいい。
「……行くか。【ガイド】」
スッキリしないが、これ以上考えても仕方ない。私はスキルを発動してこの階層の全体を把握し、次の階層へと続く門に向かって移動を始めた。
上空を飛んで街から出て、大きな山から流れる川に沿って舗装された道を辿った先……そこに次の階層に続く門があった。
周辺では商人プレイヤーが露店を開き、最後の安全確認と言わんばかりにプレイヤーたちにポーションや矢や投げナイフなどの消耗品を売りつけている。
門の方はプレイヤーの出入りが非常に激しく、順番待ちの列が出来ていた。日本人が大半だからか左側通行で、しっかりと並んでおり揉め事などは起きていない。
こういう時、妖精って楽だなぁ。
ソロで行動している妖精は見られないが、私は順番待ちしているプレイヤーたちの頭上を悠々と飛んで門を潜った。
第六階層:ゴブリン大森林
すりガラスのような膜を抜けた先は、大小様々な草木が生い茂る森の中だった。ダンジョンらしいはっきりとした道はなく、プレイヤーたちが踏みしめて出来た獣道があるだけだ。
「なんだあの妖精?」
「迷子か?」
「さぁ?」
三人の男の声が下から聞こえて振り向けば、鉄と皮を組み合わせた如何にもファンタジーらしい鎧とシンプルなロングソードを装備した、明らかにパーティーを組んでいるだろう三人の男が私を見ていた。
……とりあえず、ここを離れよう。
今はまだ他の誰かと組んだりするつもりは毛頭ない。
「あっ」
「おい!」
「あらら」
後方から三人組の声がしたが足音は聞こえず、追って来ている気配は無かった。
ある程度離れたところで私は一度止まって周辺を確認し、安全であると確信してから言った。
「【ガイド】」
階層が移っているので再びスキルを発動。第六階層の全体を把握する。
これは……思ったより広い。
ダンジョン in ダンジョンって感じだ。
まず地表の森は非常に広大だった。
道らしい道はなく、どこもかしこも草木で生い茂っている。ゲームの職業的に斥候が重要な階層だ。でなければ、この階層の魔物『ゴブリン』に奇襲されるだろう。ADOのゴブリンがどういう存在かは図書館で調べていないので分からないが、製作者の性格の悪さから油断ならない。
次に地下だ。
この大森林には洞穴が無数にある。恐らくゴブリンの住処。その内の一つの最奥に次の階層の門がある。
妖精が居なければ
まぁ、今は洞穴に入らないしどうでもいい。
それよりも修行だ!
強くなるんだ!
「で、どうしよう?」
気合を入れたものの、どういう修行をするかは未定だった。
うーん、と唸りつつ腕を組んで考え始めるが、腕が胸に当たり、むにゅんと柔らかくモチモチした感触が気になって視線を下げてしまう。
「……うわ」
エロイ。
小さく驚きの声が漏れる。
立派な自分の胸が寄せて上げられている光景は、まだ男としての意識を捨てきれていない今の私には刺激が強かった。そのせいでちょっと閃き掛けていた思考が止まってしまった。
腕組むのやめよう。
一息吐き、腰に手を当てて上を向いて再度考える。
修行、修行…………そういえば、デスゲームとは言えここはゲームの中。現実じゃない。ならいっそのこと、漫画やアニメみたいなぶっ飛んだ修行をするのはアリかもしれない。
「うん、アリだな」
スキル習得という意味でもなんかいけそうな感じがして頷いた私は、早速思いついた修行を始めようと岩を探した。
「むっ」
だがその前に、やるべきことが出来た。
近くの茂みからガサガサと音が聞こえ、続いて「ぎゃあぎゃあ」と不快な声が複数聞こえたのだ。
次の瞬間、茂みから三体の魔物が飛び出して来た。
ゴブリンか。
緑色の体表に妖怪の餓鬼のような体格、尖って長い耳に醜い顔をした人型の魔物。エルフの失敗作のようだ。
ゴブリンたちは動物の皮で作られた
設定でレベルを表示させたから分かるが、ゴブリンのレベルは20だ。因みに私もあの忌まわしいモンスターハウスのお陰で21に達している。
斥候だろうか?
彼らは最初から私を狙っていたようで、すぐに動き始めた。数の有利を理解しているのか、三方向に別れて攻めて来る。
ただそれは人間に対して有効な手段であり、小さくてすばしっこくて空中を自在に飛ぶ妖精相手には不適切だ。物理主体の私にはなおのこと。
ゴブリンが意外な跳躍力で私の高さまで飛び掛かって来たところをサッと躱し、着地した瞬間を狙って私は蹴りの構えを取る。
「【ヒーローキック】」
魔力を纏った高速の飛び蹴りがゴブリン一体の頭部を容易に貫いた。大分強くなった結果だ。
ただ、ゴブリンの血を全身に浴びて、鼻にツンと突く悪臭に顔を顰めた。
臭っ!
それよりも――。
次の一体を倒す為に動き、今度はスキルを使わずに渾身の力を込めた右手で頭を殴りつけた。
ゴッ、と鈍い音がしてゴブリンはよろめいた。同時に自分の腕の骨が折れる音が聞こえた。
「ぬうっ、やっぱり駄目か! 【ヒーローキック】!」
痛みを堪えつつゴブリンの振り返りざまに振られたナイフを躱し、スキルによる蹴りを鳩尾に入れて貫く。
最後の一体が私の強さにビビって逃げ出し始めた。
「【フェアリーダンス】【ヒーローキック】」
移動速度を上昇させ、魔力の粒子を撒き散らしながらすぐに追いついてその後頭部に魔力の纏った飛び蹴りを入れて貫いた。
ゴブリンたちは粒子となって消滅し、ドロップ品が落ちる。
ゴブリンハート
名前の通りゴブリンの心臓だ。
マネーはオプション設定で自動収集をオンにした為、落ちていない。
「これで終わりか。美味いのかな?」
ゴブリンの心臓の味が気になる。
でも、妖精の体では調理は出来ないし、焼いて食べるには大き過ぎて残りを処分するのが面倒だ。女神のベールで包まれているので、誰かが拾うだろうとそのまま放置しておく。
「あー……痛い」
リアルで力の入れ方を理解している私だからこそ、骨の限界を超えた殴打を繰り出せる。だがそれは諸刃の剣だ。案の定、私の右手は見たくもない状態になっていた。
安全な場所として近くの木の上に移動し、片手で祈りのポーズを取る。
「……【ハイヒール】」
魔法のチャージが完了して右手に回復魔法を掛け、暫しの休憩に入った。
痛いけど……お陰で改めて私に必要な物が見えた。
素手用のスキルがあるんだ。なら予想しているスキルもある筈。
むしろ無いとおかしい!
必ず手に入れる!
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