第20話 新たな歩み




 宣誓を終えた私とアキナは移動を再開した。

 相変わらず罠だらけの階層だが、私が飛んで先行して注意深く進むことで罠に掛かることもなく、魔物に奇襲されることもなかった。

 早朝からそれなりの時間が経った為かソロやパーティーを組んだプレイヤーと何度かすれ違ったが、私の痴女みたいな格好とアキナの胡散臭い微笑に驚きや奇異の目を向けるだけで、襲われたり尾行されたりすることはなかった。



 そうして、私たちは遂に次の街へ続く門の手前まで辿り着いた。

 今目の前には階層を移る門とは違う、豪華な金の意匠が施された大きな門ある。それは開きっぱなしになっており、すりガラスのような膜なども無く中が見えた。


「ここがボス部屋だった場所ですね。殆ど利用する人はいませんが、中にある転送陣を起動することでボスと再戦することが可能ですよ」

「へぇ」


 アキナの説明を聞きつつ中に入れば、だだっ広いだけの四角い空間が広がっていた。天井は非常に高く、魔法の光球が複数浮いて部屋全体を照らしている。

 奥にある階層を移る門との中間地点、その隅には転送陣がポツンと設置されており、壁には『ボス:ファントムウルフ』という看板が貼り付いていた。


 ファントムウルフ……強そう。


 今挑んだところで勝てる気がしないので、黙って通り過ぎる。


 いよいよ次の街か……。


 時間が経ってプレイヤーたちの出入りが始まっている門の前に来た。門上部には街の名前が刻まれている。


 第一の街:スタータウン


 サトの死があっても新しい街というものにワクワクを感じずにはいられない私は、アキナと一緒に門のすりガラスのような膜を潜った。


 おおっ、ファンタジー……!


 門を潜った先は、緑の平原が広がる丘の上だった。

 空は青く白い雲が流れ、適度な温かさの太陽が昇っている。足元の芝は微風によって揺らめき、草の匂いを運んで来る。

 視線の先、少し離れた低い位置の平原には大きな星型の白い街が見える。白い石壁に覆われた内側は白を基調とした明るく綺麗な建物が並び、中央にはそれぞれの大通りへと通じる広場と、街で一番立派に見える大きな洋館がある。

 奥の山からは川が流れ、街の中と外周を通ってから近くの湖に流れている。

 街の外側の周辺には村が点在し、しっかりと舗装された道に沿って家が並んでいる。立派な風車もあり、それなりの面積の麦畑の他に、広く設けられた柵の内側では乳牛や羊や馬が放牧されている。

 人の姿もある。セミロングの白髪に紅い瞳のアルビノ少女――人造人間のホムンクルスたちだ。彼女たちは全く同じ体と顔をしているが、役割に合った衣装を着て、与えられている仕事を黙々とこなしている。


 私が景色に見惚れていると、アキナが隣に立った。


「ようこそスタータウンへ。ご感想は?」

「……過ごしやすそう」


 人間だったら――ってまだ思ってしまう。駄目だな。


「実際過ごしやすいですよ。自然も街も綺麗ですし。行きましょう」

「ん」


 アキナに促され街へ向かう。階層の門と街までの間に村があり、しっかりと道があるので迷うことはない。

 すれ違うプレイヤーたちの視線にもいい加減慣れて来たところで、飛んでいるのも面倒になってアキナの右肩に乗って楽をすることにした。

 これから人が多い場所に行くので、突然の誘拐を防止する為でもある。




 それなりに歩き、跳ね橋を兼ねた街の門の一つに到着。剣と防具を装備し門番をしているホムンクルスはプレイヤーたちには目もくれず、ただ立っているだけ。プレイヤーたちも赤の他人と関わる者は少なく、出入りは非常にスムーズだ。

 街の中へ入れば、大通りが出迎えてくれる。

 まだ攻略が進んでいない序盤で、しかも最前線の街だからかプレイヤーの数が非常に多い。それよりもダンジョン攻略以外に生きる術を見つけたプレイヤーたちが様々な店を開いているのが目に入った。

 大通りに面しているだけで武器屋、防具屋、装飾品屋、道具屋、情報屋などがある。

 また、ゲーム攻略に直接関わらない服屋、喫茶店、宿屋、料理屋、雑貨屋、家具屋などの店もある。

 空き店舗も幾つかある。『空き家』と書かれた看板が扉にぶら下がり、ゲーム的なメッセージで一ヶ月借りるのに必要なマニーが表示されていた。


「まさにMMOだな」


 活気のある街に、つい感想がそのまま口から出てしまう。


「これがデスゲームでなければ、素直に楽しめたでしょうね」

「アキナ、それは分かっているけど水を差さないでほしい」


 折角、一瞬でも忘れることが出来たのに……。


「それは失礼しました。それで、レイさんはこれからすぐに修行へ向かうのですか?」

「うん、まぁ……女性の仕草の練習もあるから、たまに戻って来る予定だけど」

「では……ここでお別れですね」


 突如そう言ったアキナは立ち止まった。別れを告げることを意識していたのか、人通りの邪魔にならない空き店舗の前だ。


「っ……そっか。そう、だね」


 これ以上アキナと一緒に居ても、私は時間を浪費するだけだ。

 強くなる為には商人のアキナに付いて行ってはいけないし、連れて行けない。


 私はアキナの右肩から飛び立ち、目の前に移動した。


「レイさん、私の護衛依頼はこれにて完了です。ありがとうございました」

「……ん。こちらこそ」


 頭を下げてお礼を言われ、私も頭を下げる。


 ヤバイ、サトを思い出して涙が……。


 堪え、目に涙が溜まっただけで零さずに済んだ。


「それと、私から一つ餞別です」


 アキナはメニューを開き、インベントリから出したのは妖精加工されて小さくなった一本の赤い紐リボンだった。


「これは?」

「『勝利の赤リボン』という装飾品です。ホープタウンの市場でホムンクルスがやっている掘り出し物の露店で見つけたんですよ。装備しているとスキル【経験値効率上昇Ⅰ】が付与されます。今のあなたには必要でしょう。髪を纏めるという意味でも」


 経験値効率上昇……確かに強くなるのに必要だ。それに髪も背中が隠れるくらいに長くて邪魔だったから、丁度いい。


「ありがとう」


 私はお礼を言い、赤い紐リボンを受け――取れなかった。寸でのところでアキナが手を引っ込めたのだ。


「アキナ?」


 ちょっとムッとした。こういう意地悪は好きじゃない。


「餞別とは言いましたが、一つだけ約束してください。『必ず生きて帰って来る』と」


 アキナは再び手を差し出した。

 本当のことを言うなら、その約束は守れない。デスゲームである以上は生きて帰って来る保障はどこにもないからだ。

 けど、それでも……私は約束を守ろうと思う。


「約束する。何があっても、必ず生きて帰るよ」

「……宿が決まったらメールを出します」

「分かった。行って来ます」


『勝利の赤リボン』を受け取った私はアキナと別れ、街中を飛んで行った。

 振り返りはしない。少しの間だけのお別れだから寂しくはないのだ。


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