第19話 俺から私へ



 転移した先は、砂色の石畳の床と壁が特徴の『罠の迷宮』の通路だった。

 すぐ傍には大きなバックパックを背もたれにして蹲るアキナがいて、気配を察知して顔を上げた。

 微笑を浮かべているが、胡散臭さは感じず悲しみが隠しきれていない。


「セキレイさん、無事だったんですね」

「……サトが死んだ」

「………………そうですか」


 悲痛な顔で少し沈黙して何とか言葉を絞り出したアキナは、冥福を祈るように目を閉じた。俺もそれに倣って石畳の床に降りて座ると、魔法を使うわけでもなく手を組んで祈りを捧げるポーズを取った。


 サト、どうか安らかに……。


 今まで押さえていた感情が溢れ出し、堤防が決壊するように涙が流れ始めた。


 どうして……お前は死んだ?

 まだ若いだろうに、希望を抱いていただろうに……。

 短い付き合いだが、少なからず好意は抱いてたんだぞ。

 姉がいるんだろう?

 会いたかったのだろう?

 なのに何故死んだ?

 ……お前が弱かったからだ。

 俺が弱かったからだ!

 もっと、俺が強かったら助けられた。

 もっと、俺がお前を鍛えていれば生き残れた。

 力が足りなかった、指導が足りなかった、慎重さが足りなかった、時間が足りなかった……。

 やり直せない。

 これはゲームであってゲームでない。

 死んだら終わり。

 こんなの、あんまりじゃないか……。


 殻に閉じこもるようにうつ伏せに蹲り、目をきつく閉じて嗚咽する。悲しみ、後悔、無力感、それらの思いが内から出て抑えられない。泣き疲れて涙が枯れるまでこのままだろう。


「セキレイさん、持ち上げますね?」


 アキナの問い掛けが聞こえた。

 返事をしなければならないが、今はしたくない。沈黙を肯定と受け取って欲しい。

 その思いを察してくれたのか、アキナはそっと俺を手に取って持ち上げると、胸に優しく押し当てた。


「まだ深い関係という訳ではありませんが、胸ぐらいはタダでお貸しします。我慢せずに吐き出してください」


 ……いいのだろうか?

 大人の男が見っともなく泣いていいのだろうか?

 今は妖精で、女だ。恐らくいいのだろう。

 それに、リアルでも親しい人が死んだら男も泣く。

 なら、泣いていいんだ。この思いを声に出していいんだ。

 でも……吐き出さない。

 これは俺の力の無さ、甘さが原因だ。

 抱えるべき、背負うべき記憶だ。

 二度と目の前で仲間と認めた人を死なせない為に。

 二度と自分の無力さで後悔しない為に。

 それでも……それでも……今だけは、ちょっとだけ……胸を借りよう。


 俺は何も言わず、アキナの胸を借りて自然と涙が止まるまで泣き続けた。




 一体どれくらいの時間がったのだろうか、泣き続けてある程度スッキリした俺はアキナの胸から離れた。


「……ありがとう。もう大丈夫」

「そうですか。私からもありがとうございます。お陰で生きてますし、あなたと悲しみを共有出来て、サトさんの死に向き合えました」

「そっか」

「セキレイさんはこれからどうされますか? 私は予定通り『ADO攻略組』に接触してから、暫く街に滞在して商売をするつもりですが」

「私は暫くレベル上げを兼ねて修行することにする」


 強くならないと、守りたいものも守れないから。


「なら、偶にでいいので私の所に帰って来てください。特製ポーションを作りたいので」

「分かった」


 それも本音だろうし、そういうことにしておく。

 でも、その前に一つだけアキナに話しておきたいことがある。

 結局、サトには打ち明けそびれてしまったことだ。

 俺の決意の為でもある。


「それよりアキナ、一つ打ち明けたいことがあるんだが……いいか?」

「ええ、お聞きしましょう」


 アキナは俺を床に降ろし、姿勢を正した。


「実は私――いや俺は、中身男なんだ」


 サトにこれを言えなかったのは、出会ってぶっ倒れて介抱され、タイミングを逃してしまったのが大きい。

 こんな綺麗な妖精の中身がおっさんとか、知られたら嫌われそうだと思って不安だったのもある。


 アキナは小さく溜息を吐いた。


「そんなことですか、身構えて損しました」


 意外な反応だ。てっきりドン引きされると思っていた。


「嫌じゃないのか?」

「オンラインゲームで『ネカマ』や『ネナベ』一々気にしていたら、精神的に持ちませんよ」

「そ、そうか」


 過去に何かあったのだろうか、アキナが凄くうんざりした表情を見せた。

 ただ、すぐにいつもの表情に戻った。


「そもそもセキレイさん、一人称を"私"に変えているだけではネカマとは呼べません。推測になりますが、女性を演じるのが恥ずかしい、けど男だと明かすのは不安、そういう思いがあったのでは?」

「……その通りだ」

「そうでしたか。まぁ、デスゲームになって望まぬ異性アバターを強制されたら、そういう思考になりもします。あなただけでは無いでしょうし、安心してください」

「ああ」


 聞いて良かった。

 これで俺は、心置きなく進める。

 でも最後にもう一つ。


「サトは、俺が男だって気付いていただろうか?」

「恐らくは。私から見てもあなたは女性らしい仕草がありませんし、男だと思われていた可能性は高いでしょう。今後女性の演技をする必要があるかもしれませんし、私が女性の仕草を教えましょうか?」

「是非頼む」

「はい。え?」


 願ってもない提案に即乗っかると、アキナの微笑が驚きに変わって目が大きく開かれた。


「……冗談で言ったつもりでしたが、本当に女性の仕草を覚えたいのですか?」

「ああ、実はその為にわざわざ中身が男だと打ち明けた」

「理由は何です?」

「今の自分を捨てたい。今まではこのゲームに本気で向き合っていなかった。自分が生き残ればそれでいいと……。でも、それでは駄目だ。仲良くなった大切な人を守れない。目の前の困っている人を助けられない。だから自分を捨てる。アキナには俺が私に変わる宣誓を聞いてほしい」


 唐突で一方的なのは分かっている。

 自分を捨てるという行為が、ケジメ以外に意味がないとことも。

 けれどもう決めたことだ。

 アキナには当事者としてしっかりと聞いてもらう。

 商人なら、証人になっても問題ないだろう。


 はアキナの目線まで飛ぶと、一度深呼吸してからハキハキと言った。


「俺は――私は、今これをもって人間の男であることを捨て、妖精のセキレイとして生きていく。ただ、大切な人を守れなかった後悔を胸に刻む為、同時に名前も捨てる。私セキレイは今後、普段はレイと名乗る。商人のアキナ、これを聞いたあなたは私の証人となってくれるか?」


 黙って聞いてくれたアキナは小さく溜息を吐き、苦笑した。


「……ずるいですね。共通の友人の死の直後、全ての責任は自分にあると言いたげな独りよがりです。ですが、拒否したところであなたはもう止まらないのでしょう? だったらなってあげましょう。私、商人のアキナは妖精のセキレイの宣誓を認め、レイの証人となることを誓います」

「これからよろしく頼む」

「こちらこそ」


 握手を交わし、ここに宣誓は成立した。


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