第17話 罠の迷宮
門を潜り第五階層に入った。
この階層は床も壁も砂色の石畳になっている。道幅は五人が並べる程度に広く、3Dダンジョンのように直角な道の迷路が続いている。空は無い。代わりに長物の武器を縦振りしても余りある高さの天井があり、明かりとして等間隔に魔法の光球が浮いている。
「ここは名称の通り、罠が沢山ある迷宮です。出現する魔物は擬態するタイプばかり。ダンジョン本番前の最後の試練といった趣で、横だけでなく縦にも広がっています。しかも一日おきに構造変化し、罠も刷新されます。気を付けてください。というわけでセキレイさん、案内をお願いしますね」
「ん。【ガイド】」
アキナから説明を受けてお願いされ、俺はスキルを発動してこの階層を把握した。
はー……迷路が三階もあって立体構造だ。
横にも広い。
……ん?
「アキナ、マップ上に何処とも繋がっていない部屋が幾つかある」
「それはモンスターハウスですね。他プレイヤーから盗み聞きした話ですが、転送トラップでそこに送られると、その階層より強い魔物を殲滅しないと出られないそうです」
「それは怖いな。サト、気をつけろよ」
「え、僕だけ!? 二人も気をつけてよ!」
と、言われてもなぁ。
「妖精だと、そもそもが小さいし飛んでるし軽すぎるしで、殆どの罠に引っ掛かりようがない」
「私は商人ですし、罠に掛かると大事な商品を失う可能性があるので、常に細心の注意を払っています」
「……むぅ。ほら、行こう」
拗ねたサトが移動を促すように先を歩き出した。
「――あっ!」
サトの進む足元、石畳のタイルの一つが僅かに濃い色をしていた。
だが、止めるには気付くのが些か遅かった。
カチッ。
サトが踏んだ少し濃い色のタイルからスイッチのような音が聞こえ、踏んだ場所を起点として壁の左右から鋭い鉄の槍が複数飛び出して反対側の壁に刺さった。
「ひぃっ!?」
小さく悲鳴を上げたサトがビクッと体を跳ね上げる。
「サト、大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫!」
運のいいことに、槍は踏んだ場所以外の前後から飛び出していて、サトには一本も刺さっていなかった。
サトが感圧トラップから足を上げると槍は数秒遅れて引っ込み、沈んでいた色の違うタイルも元の状態に戻った。
「気を付けてくださいね。まだ低い階層とはいえ、ADOの罠は殺意が高いみたいですから」
「気を付けるよ。ほんとに……」
アキナに言われ、流石に肝が冷えたらしいサトは俺の後ろに回った。
これ、俺の責任重大だな。
「よし、ゆっくり行こうか」
気を引き締めた俺は、床や壁の僅かな違いや違和感を見逃さないよう、周囲に気を配りながらいつもより遅いペースで飛んで門への最短ルートの案内を始めた。
残念ながら【ガイド】は階層の全体図が分かるだけで、罠の類は一切分からない。
慎重に進んだ結果、俺は短い距離で罠を幾つも発見した。
床と壁の感圧トラップ。
足元に張られたワイヤートラップ。
タイル一枚分の小さな魔法陣。
床と同じ模様をした開閉式の落とし穴。
光が反射しているツルツル床。
恐らくこれらはまだまだ甘めの罠だ。どれも注意して進めば素人でも発見出来るレベルで分かりやすく作られている。
「……罠、多くない?」
「罠の迷宮ですから」
罠の多さが嫌になって思わず口に出し、アキナが冷静に返してくれる。
「いや多いでしょ。まだ少ししか進んでないのに、幾つ罠を見つけたと?」
「同じ罠を含めると十五個ですね」
「やっぱり多い。あっ、また床にトラップ。気を付けろ」
「うわ、また?」
会話中にも罠を見つけて指摘すると、サトが嫌そうな顔をして感圧トラップを避けるように歩く位置をずらした。
大丈夫なことを俺も見届け、前を向いた俺は天井に一瞬光が反射するのが見えた。
「むっ。止まれ」
「何かありました?」
「また罠?」
「……いや、魔物だ」
二人を制止させてじっくりと見れば、それは不定形な魔物――スライムだった。薄い青色の液体の体に、真っ赤な核があるだけのアメーバみたいな不思議な生物。
それは天井に薄く広く貼り付いており、時々体を下に伸ばしては縮めて、暇そうに獲物が来るのを待っているように見えた。
「……スライムですね。大体のゲームでは雑魚敵ですが、このゲームではそれなりに面倒な相手ですので気を付けてください。見ての通り壁や天井に貼り付いて奇襲して来ますし、赤い核以外は物理攻撃が効きません。魔法も水属性は当然無効、火属性も生半可な火力では意味がないです。また、取り込まれた場合は身動きが非常に取り辛く、呼吸が出来ず、HPとMPの両方をかなりの速度で吸収されます。注意してください」
説明を聞いた限り普通に強敵だな。
でもそれより、攻撃方法がグロテスクじゃなくて安心した。強酸や強アルカリで皮膚を溶かされる光景なんて見たくない。
「で、どうする? 倒すか? 避けるか?」
「僕は戦ってみたいかな。これからもそういう奴を相手にしないといけないだろうし、今のうちに経験を積んでおきたい」
「『スライムの粘液』はポーションの素材以外に、装備の強化素材としても要求される場合があるそうです。つまり、とても高く売れますから、私も倒すのは賛成ですよ」
「決まりだな」
サトもアキナも倒すことに乗り気なようで、戦闘準備に入った。
「【フェアリーダンス】」
「【ウィンド】」
俺はスキルで移動速度を強化し、アキナが先制で風球を飛ばした。圧縮された空気の風球はしっかりとスライムに飛んで行き、薄い青色の液体の体に着弾した瞬間に爆ぜた。杖によって強化されている風球の威力は薄く広がっているスライムに大きな穴を開け、貼り付く力が弱まったスライムはそのままべちょりと床に落下した。
体を持ち上げようとする核の動きは鈍い。動揺しているのだろう。
その隙を見逃さない俺は真っ直ぐに飛んで、液体の体を突き抜けるつもりで蹴りの構えを取った。
「【ヒーローキック】!」
気合を込めてスキルを宣言し、魔力の込められた飛び蹴りでスライムの体内に侵入。先のアキナの魔法で体積が減ったお陰で勢いが削がれることなく突き進み、的確に赤い核を貫いた。
勢いのまま体内から抜け出て振り返れば、核を失ったスライムはHPゲージがゼロになっており、ブルブルと震えて形を維持出来ずに水溜まりへと変化。光の粒子となって消滅し、ドロップ品となった。
スライムの粘液
銀貨五枚
銀貨はともかく『スライムの粘液』は科学の実験で使う三角フラスコの瓶に入っており、ガラスの栓がされていた。
「僕の出番は?」
あっ、忘れてた。
俺とアキナで倒してしまい、サトが何も出来ずに突っ立っていた。その顔は第五階層に来てすぐに見せた時と同じく、拗ねていた。
「ごめん」
「次があれば、ちゃんとサトさんに戦ってもらいますから」
「……それならいいけど」
俺とアキナの言葉に、サトはムスッとしたまま剣を鞘に納めた。
すまんなサト。正直、お前に頼るより自分で動いた方が速いんだ。
まぁ、お前を鍛える必要もあるから次は譲る。
移動を再開し、罠を回避しながら進むと通路の間にある小部屋に通り掛かった。扉は無く、先行して警戒しつつ中を覗けば、薄暗がりの中にぽつりと一つ、中心に頑丈そうな木の宝箱が置かれていた。錠前付きで、大きさは人間一人が入れる程度だ。
……あからさますぎる!
この階層は『罠の迷宮』。如何にも開けて欲しそうな宝箱があるだけの部屋というのは、どう考えても罠だ。或いは宝箱に擬態する定番モンスター、ミミックだろう。
「セキレイさん、どうしました?」
「何かあった?」
少し遅れて二人がやって来たので、宝箱を指さして聞いてみた。
「アレ、どうみる?」
「罠ですね」
「罠だね」
二人して即答である。
そもそも、あんな見え透いた罠に誰が掛かるのだろうか?
気にはなるが、ADOがデスゲームとなってしまっている以上、無駄な危険は冒せない。
「じゃあ、無視でいいか?」
「お待ちを。ミミックだった場合、倒すとランダムドロップで装備品が手に入るので、魔法を一発撃ち込んでください」
「分かった」
「サトさんは念の為に剣を構えてください」
「はい」
アキナの指示に従い、俺は魔法を撃ち込むべく祈りのポーズでチャージを始める。
「【ファイア】」
火球を飛ばして当てると、宝箱から少し減ったHPゲージが表示され、ガタガタと揺れ出して蓋がパカリと開いた。中からは粘液に塗れた無数の触手が飛び出し、目や耳や鼻がないのにも関わらずしっかりとこっちに向かって跳ねて来た。
「やはりミミックでしたか。食われたら助け出すのに苦労するので気を付けてください。弱点は外殻を砕くほどの打撃か、口の中です」
「刺せばいいの?」
「はい」
弱点をアキナから聞いたサトは恐れることなく正面から近づき、無数の触手に絡め捕られる前に剣をミミックの体内に突き刺した。
すると内側から血を噴き出したミミックはHPゲージを一気に減らしつつ触手を暴れさせて怯んだ。
サトはすぐさま飛び退き、剣を構え直してミミックの出方を窺い、また動き出したミミックにもう一度剣を突き刺した。
二度の弱点攻撃によってミミックのHPは無くなり、粒子となって消滅してドロップ品を落とした。
おっ、防具だ。
ドロップ品はサトに丁度良い、軽量でそこそこの防御力があると思われる『ハードレザーアーマー』だった。
「アキナ、ドロップ品の防具はどうする?」
「サトさんに譲りますよ」
「いいの?」
「はい。先行投資だと思って受け取ってください」
「うん、それじゃあ遠慮なく」
防具を譲られたサトはドロップ品を取得し、すぐにメニューを開いて装備登録した。
一瞬サトの衣服が光って置き換わる。肩パット付きの硬い皮の胴鎧に加え、籠手と脛当て、肘と膝に皮のパッドが付いた姿になった。インナーとして初期防具の『冒険者の服』よりも上質な衣服を着ており、より優秀な冒険者っぽい風貌だ。
サトは軽く体を動かして着心地を確かめ、満足したようで頷いた。
「いいね。これ動きやすいし、ちょっとだけ安心する」
「それは良かったですね。では進みましょう」
ここにはもう用は無いとアキナが促し、俺を先頭に移動を再開する。
また罠だらけの通路を進んで曲がり角を覗き込むと、今度は石畳の迷宮に似つかわしくない物を見つけた。
「……なぁ、なんか花が咲いてる」
少し先、壁と床の間からピンクの可愛らしい花がにょきっと生えていた。これが街の大通りの隅とかならば素直に愛でるのもいいかもしれないが、ここはダンジョン……どう考えても罠である。
「ああ、アレはフラワーワームですね。チョウチンアンコウみたいに花のように見える疑似餌で人を誘き寄せ、床や壁から出て来て丸呑みします。ただ、フラワーワームは後のことを考えていないようで、仲間がいれば簡単に倒して救出が出来るそうです」
「だとしても、食べられたくないな」
「同感。迂回しない?」
アキナの説明を受けて思ったことを口にすれば、サトが厄介な魔物なのに避けることを提案した。
「……サト、戦うとなったら自分が釣り出して食われる可能性があるから、嫌なのか?」
「えっ、いや、ソンナコトナイヨ?」
そんなことあるんだな。
「警戒していれば躱すのは容易なので、戦いましょう。それに『フラワーワームの肝』はお酒のおつまみにピッタリで人気食材なんですよ。ついでに『フラワーワームの疑似餌』は『魔物誘引剤』というアイテムの素材になります」
ほう、お酒のおつまみとな!
これは是非とも倒して、食してみたい。
「アキナ、肝は私たちで食べたいんだが?」
「いいですよ。食材の類は数を揃えないと売り難いですしね」
「決まりだな。サト、頼む」
「……分かったよ。やればいいんでしょ」
許可が下り、アキナは渋々と剣を抜いて戦闘態勢に入った。
俺も巻き添えを食らわない距離で進み、アキナは遠くから魔法のチャージに入っていつでも発動出来るようにした。
「……行くよ」
合図を出し、サトがいつでも逃げられる姿勢で花に向かって剣でチョンと触った。その瞬間、バゴッと石畳を割りながら大きな口を開けてフラワーワームが襲い掛かった。が、既にサトは充分な距離まで飛び退いていて、地面から出て来たフラワーワームは石畳にその姿を晒して倒れただけだった。
フラワーワームは全長三メートルほど、人一人を丸呑み出来る大きさだ。体表は砂色で乾いており、肉厚でブヨブヨしているように見える。目や鼻といった器官は無く、頭部には鋭い牙に覆われた大きく丸い口があるだけだ。
「【ウィンドスラッシュ】!」
背後からアキナが知らない魔法を宣言し、俺とサトの頭上を飛び越えて半透明の風の大きな刃が回転しながらフラワーワームに降り注ぐ。風の刃は胴体に刺さって大きな傷を作ると瞬時に消えたが、HPゲージの半分を減らす大ダメージとなっていた。
いい魔法だ。
後に続かなければ。
「【フェアリーダンス】」
スキルを発動し、魔法の光を発して粒子を撒き散らしながらサトより速く接近し、フラワーワームの側面に回り込む。
「【コメットパンチ】! むっ!」
こいつ、ゴムみたいな体だ。
スキルを使った渾身のパンチはぶにょんとめり込むと、めり込んだ分だけ押し返された。ダメージも与えられていない。
お手上げだ。サトに任せよう。
斬撃系の魔法や攻撃をまだ持っていない俺は潔く下がった。
「はぁっ!」
遅れてやって来たサトはフラワーワームのもっさりした飛び掛かりを最低限の動作で躱しつつ、その側面に剣を突き刺した。そこからさらにしっかりと両手で柄を握ると、魚でも捌くかのように走って尻尾の先まで切断した。
オーバーキル気味な攻撃でフラワーワームのHPは無くなり、特に暴れたりもせずそのまま粒子となって消えるとドロップ品が落ちた。
フラワーワームの肝
フラワーワームの肉
銀貨五枚
「終わりましたね。それではセキレイさん、近くの安全そうな場所へ案内してください。そこでちょっとした焼肉パーティーと洒落込みましょう」
「分かった」
ドロップ品を回収したアキナの指示により、俺は近くの小部屋まで案内した。
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