第15話 深夜のPVP
ジーク、セリア、ミドの三人を見送ってから各々好きに過ごし、夜になる。
三人それぞれ魔法の【ライト】で光源を確保し、アキナがバックパックを背負って出掛ける準備が整った。
「行きましょうか。セキレイさん、ベジタ・ブルのいる大広間まで案内をお願いします。ヨルテルダケはそこにありますから」
「分かった」
俺は二人の前を飛んで、近場の大広間へと案内を始めた。
妖精専用スキル【ガイド】は一度発動すると、その階層にいる限りは持続する仕様だ。
迷うことなくベジタ・ブルが生息している大広間の一つに到着。複数いるベジタ・ブルは好きな場所で寝ており、青白く淡く光るキノコ――ヨルテルダケが広範囲にポツポツと生えていた。
「サトさん、スニークスキルはお持ちですか?」
「いや、持ってない。セキレイは?」
「持ってない。でも、飛んでるから足音はしないし、羽音も殆ど無いから実質的にスニークは出来る」
「ふむ。なら採集はセキレイさんにお願いしましょうか」
「ん、行ってくる」
指名され、俺はベジタ・ブルを起こさないように【ライト】を解除してから飛んで大広間へ入った。相変わらず臭い場所で長居はしたくない。さっさと済ませる為にヨルテルダケに近づいた。
……思ったより大きいし、触りたくないな。
ヨルテルダケの見た目は青白い椎茸だ。全長七センチほどだが、妖精の体だと巨大で不気味。アキナがポーション作成の時に触っていたから接触による毒の危険性はないだろうが、それでも見た目と大きさから来る恐怖心や嫌悪感は拭えない。
「……よし!」
小さな声で覚悟を決め、傘の下に潜り込んで茎を掴んで引っこ抜く。土が柔らかいからあっさりと取れたが、長く持っていたくないのですぐにインベントリに仕舞った。
それからは飛んで引っこ抜いて仕舞い、インベントリの容量が一杯になったところで二人の元に戻るという行動を繰り返した。
そうしていると脳内でピコン♪ と音が響きメッセージが目の前に表示された。
スキル【隠密Ⅰ】を習得しました。
効果の程は、動いて出る音の軽減、呼吸を止めて息を潜めた場合は衣服ごと体が少し透明になる。透明度はレベルに応じて強くなる。レベルが高ければ高い程に探知能力の高い魔物や探知系の魔法やスキルに看破され難い。
試しに息を止めてスキルを発動させれば、ちょっとだけ体が透明になった。
使えるな。これもレベル上げ確定。
俺は出来る限り【隠密Ⅰ】を発動させながら採集を続けた。
「これくらいでいいでしょう。セキレイさん、ありがとうございます」
「お疲れ様」
「ふぅ」
充分な数が集まったところでアキナから終わりを告げられ、サトから労われて思わず安堵の息が漏れた。隠密よりも、これ以上ヨルテルダケを触らなくて済むという安心から出てしまったものだ。
「それと一つお聞きします。スニークスキル、習得されましたね?」
「ああ」
「おめでとうございます。体の小さい妖精とは相性がいいスキルですから、是非伸ばしてください」
「……そうする」
こいつ、元からそのつもりで俺を指名したな?
わざわざ聞くのは野暮なので黙っておく。
「僕も習得しようかな」
サトがそんなことを言うので想像したら、盛大にへまをしている姿が幾つも思い浮かんだ。
「……お前はやめとけ」
「なんで?」
「なんかドジ踏みそうだし」
「酷くない!?」
ショックだろうが許せ。隠密行動というのは一歩間違えたら致命的な事態に陥ることが多いんだ。これは死んだら終わりのデスゲーム。安易に不得手なことをさせるのは得策ではない。
「機会があればサトさんにもお願いしますよ。それよりやるべきことも済みましたし、戻りましょう」
「あいよ」
「うん」
アキナの指示で俺たちはキャンプを設置した麦畑に戻った。
その後はアキナが用意したドラム缶風呂での入浴。俺は桶でお風呂となり、また妖精の体液を取らされた。
時間が経って深夜。
俺は人間サイズの木の椅子に座って、自分のサイズだと家一軒が燃えているような焚火をボーっと眺めていた。
夜番だ。
寝る前に夜番の順番を賭けて俺とサトでジャンケンをし、チョキで選ぶ権利を勝ち取った為にこうして起きているのだ。
それにしてもやっぱりサトはセンスが無い。ジャンケンなんて相手よりコンマ数秒遅れて後出しすれば、確実に勝てるのだ。それに気付けない方が悪い。因みにアキナは依頼主だから普通に寝ている。
「……む?」
敵……か?
何も起きない静かで平和な時間になるだろうと思っていたのだが、どうやらそうもいかないようだ。
この麦畑唯一の通路から、何かの視線を感じた。
相手に悟られないように顔を向けずに視線だけ動かして姿を確かめようとするが、焚火程度では通路まで明かりが届かず暗くて見えない。
魔法の【ライト】は既に発動済みで頭上にあるが、動かせば相手に気付いたことが悟られる。
もし仮に相手が明確な敵意を持ったプレイヤーだった場合、気付かれた時点でこちらに強襲を仕掛けて来る可能性が高い。数が分からず、勢いのまま来られたら非常に危険だ。俺だけなら飛んで何処へなりとも逃げられるが、寝ているサトとアキナはそうはいかない。
さて、どうしよう?
気付かないフリをしつつテントに入って二人を起こすか?
トイレに行くフリをして麦畑に身を隠し、迂回して相手の裏に回り込んで奇襲を仕掛けるか?
………………あっ、これ最低でも二人いるな。ジリジリと近づいて来てる。
マズイ、俺一人だと抑えられないかもしれない。サトとアキナを起こしたいけど、その猶予が無い。
……やるしかない、か。
戦う覚悟を決めた俺は光球を操作し、近づいて来ている何者かの頭上へと飛ばした。
すると二人のプレイヤーの姿が見えた。
一人は褐色肌でスキンヘッドの男。ウルフの毛皮をふんだんに使ったワイルドな防具を着ており、肩パッドがウルフの頭になっている。両手には骨と金属で作られた禍々しい見た目の片手斧が握られている。
もう一人は赤いバンダナを頭に巻いた茶髪の青年で、見るからに盗賊らしい軽装の格好をしている。腹筋の割れたお腹が丸見えだ。両手にはウルフの顔を模した鍔のダガーが握られている。
どちらも敵意を剥き出しにしており、話し合いによる平和的解決が出来そうな雰囲気じゃない。
「チッ、バレたか」
「だからさっさと襲った方がいいって言ったんだよ」
スキンヘッドの男が舌打ちし、それに青年が愚痴を零した。
「……まぁいい。お前は妖精を抑えろ。俺はテントの中で話し合いをして来る」
「あいよ」
男は話し合いを強調し、少し距離を開けて迂回するようにテントに向けて移動を始めた。
青年は男の指示に従って俺の前に来ようとする。
……チャンスだな。
相手は妖精である俺を完全に油断している。妖精は非力、貧弱、魔法しか使えない種族。接近戦を仕掛ければ負けることはない。
そう思ってくれているからこそ、俺はこの場で戦えることを確信した。
祈りのポーズを取り、魔法のチャージを始める。
「させるかよ!」
青年は釣られて一気に詰め寄って来る。それを待っていた俺は魔法のチャージを即座に止め、こちらから前に詰め寄った。
「なっ!?」
遅い!
驚いた青年は俺の動きに反応してダガーの片方を振るうが、虚を突かれたのを加味しても大したことがない。余裕で躱し、間合いの内側に入った俺はその右目に強烈な蹴りをお見舞いした。
「ぐあっ! 目がああぁ、目がああああぁぁ……!」
青年は痛みに後退り、片手で目を抑えた。そこからは血が流れ落ち始めている。
「どうしたライル!?」
「ぐうぅ、クソ妖精が……接近戦を仕掛けて来やがった!」
「何っ!?」
そんなに声を荒げていいのか?
俺の仲間が起きるぞ?
それに、こっちはもう動いているんだ。悠長だな。
俺は青年からすぐに離れて闇に紛れ、呼吸を止めて【隠蔽Ⅰ】を発動させて姿をくらました。
だがこのままジッとしている気は無く、素早く移動して警戒を始めた男の真上から三十センチも離れていない至近距離に姿を見せた。
「うおっ!?」
男は驚きのあまり、後退りながら咄嗟に片方の手斧を振った。振ってしまった。
反射的な動作というのは非常に動きが読みやすい。易々と躱して隙が生まれたところで、俺はこの男の右目にも強烈な蹴りをお見舞いした。
「ぐうっ、目がっ……!」
「ゴウン、大丈夫か!?」
男が右目から血を流しながら怯み、青年が気遣ううちに俺は再び闇に紛れる。
「大丈夫だ。だが――」
「何事ですか!?」
男が続きを言おうとした時、テントからアキナが杖を持って出て来た。続いてサトが飛び出して青年に剣を振るうが、それは大きく後ろへ跳ばれたことで空を切った。
チッ、とスキンヘッドの男がまた舌打ちをした。
「これだけ騒いでしまえば、流石に起きるか」
「どうするゴウン? 目が痛てぇし、ムカつくから殺してやりたいんだが?」
「……撤退だ。片目をやられた状態じゃあ分が悪い」
「……あいよ」
二人はあっさりと逃げることを選択し、サトとアキナに武器を構えつつ離れ、ある程度の距離を取ったところで背を向けて走り出した。
逃がさんよ。
今ここで生きて帰したら妙な妖精の噂が広がる。
まだ無名で居たいから殺す。
「セキレイさん、追わなくて結構です!」
追跡して殺そうとしたところでアキナの張り詰めた声が聞こえ、俺はピタリと動きを止めた。それからアキナと逃げる二人を見比べ……護衛対象である依頼主から許可無く離れるわけにもいかないと冷静になり、大きく息を吐いて【隠蔽Ⅰ】を解いた。
それから光球を傍に寄せて追従させながらアキナとサトの元へ戻り、興奮冷めやらぬ状態を自覚しながら言った。
「いいのか? あいつらまた狙って来るぞ」
「分かっています。ですが私は、無益な殺生は好みません」
「甘いな。馬鹿は死ななきゃ治らない」
「それでもです。それに、私はあなたに殺人を犯して欲しくはありません」
……こんな状況で、そう望むか。
アキナ、お前は随分とお人好しなんだな。
「……分かった」
だが、もし命のやり取りをするほどの状況になれば、今度は制止を聞くつもりはない。
「セキレイ、なんか怖いよ?」
アキナとの話が終わったと思ったら、サトから困惑した顔で言われた。
……どうやら頭を冷やす必要がありそうだ。
「【ウォーター】」
魔法で水球を作った俺はその中に入って体の力を抜き、全身を冷ましつつ落ち着くことに努めた。
数十秒だろうか、いつもの自分に戻れたと思ったところで水球から抜け出し、水球を適当な場所へ発射してから改めてサトと向き合った。
「もう大丈夫。心配させたな」
「うん……いつものセキレイだ」
良かった。人間関係にヒビは入らない感じだ。
それよりも、いつもの調子に戻れたところで気になったことがある。
「ところでアキナ、一つ聞きたい」
「何でしょう?」
「あの二人は何が目的で夜襲を仕掛けて来た?」
殺すつもりなら、そもそも近づく必要性は無い。弓とかボウガンで遠距離から狙撃して夜番を暗殺し、それから静かに近づいて残りをじっくり殺せばいい。
「あの二人はゴウンとライル。腕は確かなのですが、リアルではないのをいいことに、お金と目的の為なら人殺しも辞さないアウトローな迷惑プレイヤーですよ。私たちを襲って来たのも、商人である私のアイテムが目当てでしょうね。一度襲われて、今度も
やっぱり居たか、ゲームの中だからって何をやってもいいと考える連中が。
「ならどうする? 今から引っ越すか?」
「それなら心配いりません。撃退したとなれば、相手はそれを上回る為の準備が必要となります。警戒するに越したことはないですが、暫くは大人しくしているでしょう」
「分かった。それなら今の態勢のままで行こう。ということでサト、さっさと寝ろ」
「あっはい」
唐突に発生したPVP――プレイヤー対プレイヤーによる戦闘は無事に終わった。
サトとアキナはテントに戻って再び眠り、俺は【ライト】で光源を増やして警戒態勢を強化しつつ、交代の時間になるまで静かな夜を過ごした。
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