第14話 救助


 稲刈りが終わり、俺が【ヒール】で二人を癒しつつ休憩。それから麦畑を探して移動を始め、すぐ近くで小麦畑を発見。二人がそのまま麦刈りを始めたので、俺はまたプレイヤーの接近を警戒しつつ筋トレを過ごした。




 それなりの時間が経ち、また【ヒール】で癒しつつ休憩。お腹が減ったのでそのまま昼食タイムとなった。

 アキナが出した食事は、硬いパンとウルフの干し肉だ。妖精である俺はサトから小さく分けられた物を食べつつ、次の行動をどうするか気になってアキナに聞いた。


「なぁアキナ、次はどうするんだ? このまま次の階層を目指すのか、それとも夜を待ってヨルテルダケを収集するのか」

「後者ですね。妖精の体液を使った特製ポーションの大量作成で在庫も心許ないですし、人手があるうちに一気に収集しておきたいですから」

「分かった。じゃあ夜まで待機だな」

「はい。そういうわけなので、食後は仮眠用のキャンプを設営しましょうか」


 宣言の通り、食後は二三人が横になれる小さなテントがアキナとサトの手によって組み立てられた。

 完成した直後、サトがテントの中にダイブして寝転んだ。


「おっ、土が柔らかいから寝心地がいい!」

「周りも静かで麦畑の匂いがしますから、キャンプをするにもそこそこいい場所なんですよ」


 アキナも靴を脱いでテントの中に入り、バックパックを下ろして寝床の準備を始めた。サトは靴を脱いだのを見て自分も靴を脱ごうとする。

 だがその時、ベジタ・ブルが「モオオオオオオオッ!」と怒る鳴き声が近くで聞こえ、直後に女性の悲鳴がした。


 誰かがしくじったか。


「っ! アキナ!」

「先に行ってください。すぐに追いつきます」

「セキレイ、案内して!」

「……ああ、分かった」


 即座に反応したサトの目つきが変わっていた。普段は穏やかなのに、誰かが助けを求めていると判断した瞬間にこれだ。はっきり言って、損な性格をしている。悪いことが出来ない生粋のいい人だが、それは逆に悪い人たちからしたら騙してくれと宣伝しているようなものだ。

 でも、そういった正義の味方的な思いが俺にも無いわけではない。だからサトの思いに応え、速く正確に何かがあった近くのベジタ・ブルの大広間に案内した。



 現場に到着すると、プレイヤーが三人いた。


 他人を守るにはあまりにも小さい盾――ラウンドシールドを両手で構えた緑のリザードマンの大男がベジタ・ブルの一体を必死に抑えている。着ている防具は初期の冒険者の服だ。腰には片手斧があるが、両手が塞がっていて持てていない。

 その背後の足元では冒険者の服を着た金髪の青年が倒れており、傍には木の長杖を持ったピンク髪の少女が目に涙を浮かべながら必死に【ヒール】を発動させて治療していた。

 幸いなことに、大広間にいる他の数体のベジタ・ブルは離れた位置でのんびりとしている。


 なるほど。釣り出したけどミスしてやられたか。


 俺が状況を把握していると、サトがブルライトソードを鞘から抜いて走り、リザードマンが抑えているベジタ・ブルを横から斬った。

 鋭く重い一撃により、急所の首を深く切られたベジタ・ブルは一撃でHPが無くなり、粒子となって消滅した。

 戦闘が終わると、サトは素早く三人に振り返った。


「大丈夫ですか!?」

「あ、ああ……お前は?」

「僕はサト。偶々近くに居ただけです。それよりそっちの倒れてる人は?」

「大丈夫だ。正面から突進を受けて瀕死になっただけで、まだ生きてる」

「……そうですか」


 ほっと胸を撫で下ろし、サトは剣を鞘に仕舞った。出るタイミングは今しかないと思い、俺は飛んでサトに近づき、右肩に乗った。


「終わったみたいだな」

「うおっ、凄い格好してるな!?」


 うん、やっぱそういう反応するよな。


 リザードマンは不快にならない驚きを見せたが、すぐに表情を切り替えた。


「っと、そうだ! 妖精ってMPの自動回復があって魔力も高いだろう? 怪我したこいつに回復魔法を掛けてくれないか? 勿論、相応の礼はする!」


 どうしたものか……。


 助けてやりたい気持ちはある。

 サトもやって欲しそうな目で見つめてくる。


 くっ、やってやりたい。でも駄目だ!


 元々、アキナはこういう状況に陥った人に自分の商品を売りつけるつもりだ。護衛中の俺たちが勝手な行動をしてそのチャンスを潰してしまうのは、遂行中のクエスト内容に反する。


 早く来てくれアキナ……いや来た! 商人来た! これで丸投げ出来る!


「サトさん、アキナさん、お待たせしました!」


 バックパックを担いで走ってやって来たアキナは三人を見て、今現在まともに会話出来る大男を取引相手に捉え、いつもより三割増しの胡散臭い微笑を浮かべた。


「初めまして、私は商人のアキナと申します。そこのお二人は今、私の護衛をして貰っているのですよ。随分とお困りのようですが――」


 敢えて言葉を区切り、わざとらしくチラリと負傷している青年を見つめ、視線をリザードマンに戻した。


「即座に回復効果のあるポーションなどは如何でしょうか?」

「……幾らだ?」


 回復魔法を使わせずに物を売りつけようとすることに明らかな不快感を示したリザードマンだが、人間一人の【ヒール】では回復が遅すぎることが分かっており、背に腹は代えられないようだ。

 値段を聞かれたことで、アキナは明確にニヤリと笑みを浮かべた。


「通常ポーションで一本、400マニーとなります。私が作った回復量の高い特製ポーションなら一本600マニーです」

「高いな。効果量は?」

「通常ポーションは10%、特製ポーションは品質的に15%の回復です」

「買った。特製を二本だ」

「ありがとうございます」


 必要な情報を得てから即決。思い切りがいいな。


 アキナはインベントリから特製ポーションを二本取り出し、実体化されたお金を受け取ってから渡した。


「ほらジーク、飲め」


 リザードマンはジークと呼んだ青年を抱えると、その口にポーションを流し込んだ。すると、即座に体が淡い光で包まれ、消えた。他人のHPはパーティーを組まない限り見えないが、顔色がさっきよりも良くなって瀕死からの状態から抜け出したようだ。

 もう一本ポーションを飲まされると、ジークの容体は完全に落ち着いてある程度は動ける状態まで回復した。


「……ごめん、ミド、セリア。心配掛けた」

「ジーク……!」



 彼の謝罪にセリアと呼ばれた女性は抱き着き、ミドと呼ばれたリザードマンは胸を撫で下ろした。ただその尻尾は、仲間の生還を喜んでちょっと揺れていた。


 仲がよろしいことで。


 ちょっと感動しそうな場面を見せられていると、アキナが「コホン」とわざとらしく咳払いして視線を集めた。


「感動のところ申し訳ないですが、ここは魔物が近くにいます。まずは安全な場所に避難するのが先かと」

「そうだな。ジーク、立てるか?」

「まぁ、なんとか」

「支えるわ」


 セリアに肩を貸され、ジークは立ち上がった。


「では、私たちが野営している場所まで案内しますね」


 来た道を戻るだけなので、アキナが先頭で移動する。俺はサトの右肩に乗って楽をさせてもらう。


「さて、移動中ですが改めて自己紹介を。私は商人をしているアキナと申します。こちらの青年がサトさん、妖精はセキレイさん。私のフレンドであり、今は護衛クエストをしてもらっている最中です」

「初めまして」

「どうも」


 アキナに紹介され、サトは会釈し、俺は軽く手を挙げて挨拶した。


「俺はミド。見ての通りリザードマンだ。こっちの怪我人はジークで、彼女はセリア」

「ジークです」

「セリアです。さっきは助けてくださり、ありがとうございます」


 緑のリザードマンの大男、ミドは大人っぽい冷静沈着な雰囲気がある。

 対して金髪青眼でまだ傷が癒えていないジークは、アバターの見た目相応な若さを感じる。

 桃色のセミロングをした少女もジーク同様、中身は相応に若い人間だろう。でなければあんな悲鳴は上げないし、泣きながら回復魔法なんて使わない。


「三人はどういう関係で?」


 と、アキナが質問。


「俺はこんな見た目で一人だったところに、二人にパーティーに誘われただけだ。つい昨日のことだから、まだ関係らしい関係は無い」

「私とジークも、ちょっと前にパーティーを組んだだけです」

「そうですか」


 ちょっと前にパーティーを組んだ……ね。

 それにしては二人の距離近くない?

 あれか、どっちかが惚れてるのか?


 思ったが、それで相手の関係が崩れたりしたら面倒臭いので聞く気にはなれない。


「あんたらがフレンドになった経緯は?」


 今度はミドから質問。


「少し前に私が二人に助けてもらって、仲良くなっただけですよ」

「こちらとそう変わらないということか」

「そうですね」


 自己紹介の流れでお互いに聞きたいことが無くなり、会話が途切れた。

 その間にも移動はしており、テントを張った麦畑に到着。


「ジークさんは怪我をしていますし、私たちのテントを使って休憩してください」

「すいません、助かります」


 ジークは軽く頭を下げ、セリアに連れられてテントに入った。


「さて、私たちも休憩しましょうか」


 アキナはバックパックを下ろすと、人数分の簡素な木の椅子を出して円形に設置し、その中心にアイテム化された焚火セットを設置した。まだ明るいので火は起こさない。

 さらに少し離れた位置に調理台と調理セットを設置し、沢山の野菜と肉を出して刻んで料理の下拵えを始めた。


「手伝おうか?」

「いえ、大丈夫ですよ。お客様をもてなすのも商人のやることですから」


 ミドが手伝いを申し出たが、アキナはやんわりと断った。

 どういう料理を作るのか気になった俺はサトの肩から飛んで、調理台の前から観察した。


 ……ふむ、これは……ただの具沢山スープだな!


 大きな鍋に適当な大きさに刻まれた様々な野菜が投入され、脂の乗ったピンクブタとベジタ・ブルの肉が一口大に切られて入れられる。あとは魔法の【ウォーター】で綺麗な水が鍋に満たされ、調味料として塩コショウが適量振り掛けられた。

 それを焚火セットに持って行って設置すると、魔法の【ファイア】で着火して煮込み始める。あとは椅子に座ってのんびりじっくり、時々お玉で灰汁を取りつつ煮込むまで待つことになる。

 ただ、待っている間は暇だった。出会って間もない俺たちに気の利いた話題があるわけもなく、でも、こうした静かでゆったりとした時間はデスゲームということをひと時でも忘れさせれてくれるので、悪い気はしない。

 それはそれとして、手持無沙汰な俺はちょっと飛んで人目の付かない調理台の後ろに回り、そこで筋トレをした。



 筋トレを始めて数十分。程よい疲労とそれなりの汗を掻いたところで、足音が近づいて来るのが聞こえて動きを止めた。


「セキレイ、ご飯出来たって」

「む、そうか」


 呼びに来たのはサトだった。飛んでサトと一緒に焚火の所に戻れば、そこにはすっかり元気になったジークとセリアが、追加された椅子に座って俺たちを待っていた。

 空席の一つに妖精用の椅子とテーブルが載せられており、そのテーブルの上には既に具を小さく刻まれたスープのが置かれている。俺がそこに着地して座ると、隣にサトが座った。

 全員が席に着いたところでアキナは言った。


「では、皆さん揃ったようですし……いただきます」


 揃って「いただきます!」と言い、具沢山スープを食べ始める。


 あっ、美味しい。

 程よい塩と胡椒に、入れた野菜が互いの味を邪魔せず肉の旨味と合わさって見事に調和している。


「……美味いなこれ」

「うん、美味しい」

「アキナさん、料理が上手なんですね」


 ミド、ジーク、セリアの三人からも好評なようだ。


「おかわりは一杯ありますから、遠慮せずに食べて……いますね」


 作った本人からすれば嬉しいくらいに三人はがっついており、あの胡散臭い微笑がいつもよりも柔らかくなった。


 俺も妖精にさえなっていなければ、料理の一つでも披露してやれたのだが……残念だ。


 食事中、アキナは商人らしく物を売る為にあれやこれやと商品の営業を始めた。だが三人は手持ちが少なく、非常用にと『アキナ特製ポーション』を数本しか買わなかった。その代わり、また何か物が入り用になったらアキナから買うという約束をし、フレンド登録することになった。何故か俺とサトも一緒に。




 食事が終わり、食器の片づけが済むとジークが言った。


「じゃあ、俺たちはそろそろ行くよ。本当に助かった。ありがとう」

「本当にありがとうございました。料理美味しかったです。またお会いしましょう」

「世話になったな」

「いえ、これも今後の利益の為ですから」


 ジークとセリアは別れを告げ、ミドはアキナと握手を交わしてから離れ、行ってしまった。


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