第13話 護衛という名の採集手伝い



 実験が成功し、妖精の出汁を使った『アキナ特製ポーション』は高品質の『名品』となった。


 その後、アキナがこの商品を量産したいというので、俺は水分と塩分を補給をしながら幾度となくお風呂に入れられて出汁を取られた。ただ、お湯の中でじっとしているのも飽きた俺は汗を流すことを兼ねて、筋トレを行った。




 翌朝、人生でたまにしか味わえない程の清々しい目覚めとなった俺は、朝のトイレを済ませてからベッドで寝ているサトを起こす為に飛び立ち、閉じているカーテンを開けた。

 朝の眩い光が部屋の中に差し込むと、寝相が悪くお臍を見せているサトは眩しさに僅かに眉を顰めたが、やはり起きなかった。

 だから俺は、起こす前にその可愛らしい寝顔をじっくりと観察した。


「……似合いそうだな。女装」


 サトは中性寄りの顔をした美少年だ。体の方も骨格からして中性寄りで、筋肉もそこまでない。ウィッグを被り、化粧をして体型を隠す女物の服を着れば、立派な男のになれるだろう。


「フフフ、機会があればやらせてみたいな」


 アキナに相談したらノッテくれるだろうか?

 ……まぁ、それは完全に信用出来るようになってからだな。


「おーい、起きろー」


 寝顔を十分に堪能した俺は、この前のようにサトの頬をぺちぺちと叩きながら声を掛ける。すると手で払われるが、警戒していたから回避出来た。


「おーい、起きろー!」


 今度は強めにぺちぺちと叩き、声も大きくする。


「うぅ……お姉ちゃん、あと五分」


 一字一句同じ言葉を前に聞いたな。


 というわけで、起きないサトに対し実力行使に移ることにした。


「せいっ!」

「痛ったぁ!?」


 頭に蹴りを入れ、強制的に起床させる。


「おはようサト、目が覚めたか?」

「……うんまぁ、出来ればもう少し手心を加えてほしいけど」

「加えて起きれば、こんなことせんよ」


 サトは起きたので、次に床に寝袋を敷いて寝ているアキナを起こす。


「起きろー」

「ん……あっ、もう朝ですか」

「ああ、おはよう」

「おはようございます」


 アキナはあっさりと目を覚ますと、テキパキとした動きで寝袋を片付け、浴室へ顔を洗いに移動した。遅れてサトも顔を洗いに浴室へ行く。


 さて、二人が居なくなったことだし……着替えるか。


 サプライズをするつもりで昨日は装備しなかった防具のダンシングフェアリーを、メニューから装備登録した。

 すると、着ているネグリジェや下着が光の粒子となって消えてインベントリに仕舞われ、置き換わるように踊り子衣装を着用した。

 同時に、ピコン♪ とスキルを取得する音が脳内に響いてメッセージが表示された。


 ウェポンスキル【フェアリーダンス】を習得しました。


 扱い方が脳内に流れ込む。

 素手専用で、MPを一割ほど消費して一定時間、飛行による移動速度を強化する。効果の性能や時間はMP最大量に依存し、さらに使用回数が増えるごとに僅かずつスキル性能が上昇していく。

 しかも、他の素手のウェポンスキルとシナジーがあり、スキル発動中は他のスキルの威力が増加する。

 ただしデメリットが一つ。発動中はスキルに使用した分の魔力の粒子を放出し続けるので、美しいが非常に目立つ。


「なるほどな。いいスキルだ」


 気に入った。これは多用して性能を上げたい。


「それにしても……やっぱエロイなこれ」


 自分の姿を確認する。

 大きな胸はなんとかホールドされているが、紐が細くて非常に心許ない。ショーツの方も最低限の布面積しかなく、前と後ろに垂れている布が隠してくれているだけ。あとはシースルーの布と少量の装飾があるだけで、白く綺麗な肌の露出が多い。これで街中を歩くのは痴女そのものだ。


 確認が終わったところで、顔を洗い終えた二人が浴室から出て来た。


「サト、アキナ、どうだ?」


 折角こんなコスプレ染みた物を羞恥心を犠牲に着たのだ。見せなきゃ損だし、早く慣れないといけない。

 だから飛んで目の前で笑顔を作りつつちょっとポーズを取ってみたが、滅茶苦茶恥ずかしい!


「えっと、その……」

「美しいですね。とても似合っていますよ」


 サトは思春期の少年のような初心な反応で視線を逸らしたが、チラチラと俺を見て来る。

 対し、アキナは流石は商人といったところだろか。胡散臭い微笑を浮かべてサラリと褒めてくれた。


「サト、どうなんだ?」


 反応が面白いのでさらに近づき、ちょっとエッチなポーズを恥ずかしくて顔が熱くなりながらも取って、もう一度聞いてやる。


「に、似合ってるよ! でもあんまり揶揄わないでほしいかな!」


 ちゃんと褒めてくれた。ただ見惚れてしまったのが照れ臭いのか、背を向けてしまった。


 ……まぁ、サービスはこれくらいでいいか。俺もこれ以上は無理だし。


「それでアキナ、今日の予定は?」

「朝食を摂り、ダンジョンに潜る準備をしたらすぐに向かいます。道中は寄り道をして素材集めをしつつ、困っているプレイヤーがいたら助けて営業を仕掛けますので、よろしくお願いします」

「ん、分かった」


 というわけで、俺たち三人は宿でいつもの食事を摂り、部屋で次の街へ行く為の後片付けや準備を済ましてNPCの店主に別れを告げ、街中で不要な素材を売って食料を買い込み、アキナをパーティーに入れてダンジョンへ向かった。


 第一階層:ブタの平原


 街以外で最も安全な階層であり、今日も平原をピンクブタがのんびりと闊歩している。


「この第一階層では、薬草が簡単に採集出来るんですよ」


 アキナはそう言って土の道の傍に鎮座している大きな岩に向かった。岩を囲むように小さなヨモギのような草が群生しており、摘んでは魔法のバックパックに仕舞い始める。

 特に手伝う程でもないので、俺とサトは微風が吹く平原をボケッと眺めた。


 ある程度摘み終えると、アキナは言った。


「では、次は鉄鉱石の採掘をしましょう。サトさん、肉体労働なので手伝ってくださいね」

「あっはい」


 移動し、道から大きく離れた場所に錆びついた茶色い岩が幾つか見え始めた。

 その内の一つに近づいたアキナは、バックパックを下ろしてピッケルを二本取り出し、一本をサトに差し出した。


「この錆びた岩が鉄鉱石の塊です。時間経過で勝手に再生するので、じゃんじゃん掘ってください。セキレイさんは怪しい人がいないか見張りをお願いします」

「あいよ」


 指示に従い、俺は空高く飛び上がる。怪しい人影は近くにはない。遠方で数人のプレイヤーがピンクブタを狩っているのが見えるくらいだ。

 真下ではサトとアキナがピッケルをカンカン振るい、塊を砕いて鉄鉱石を素材としてドロップさせている。その音に引き寄せられるような魔物はここには居らず、あまりにも離れているから他のプレイヤーからも狙われない。


 ……暇だな。筋トレしよ。


 というわけで、俺は空中で足を伸ばしたまま持ち上げ、ゆっくり下ろす上下運動を繰り返した。

 飽きたら手を合掌させて互いに押し合ったり、両手の指を互いに引っ掛けて引っ張ったりする筋トレに切り替えた。


 それからある程度の時間が経った。周辺の鉄鉱石の塊は全て崩され、サトとアキナは皮の水筒の水を飲みつつ、大量の鉄鉱石をバックパックに収納しながら休憩していた。

 警戒ももう良さそうなので、俺は高度を下げてサトの左肩に降りた。


 ちょっと汗臭いな。けど嫌じゃない匂いだ。


「お疲れさん。疲労回復の【ヒール】いるか?」

「ん、そうだね。折角だしお願いしようかな」

「でしたら、私もお願いします」

「オッケー。【ヒール】」


 よし、経験値二人分ゲット。


 鎮静作用や疲労回復効果もある回復魔法を二人に掛け、それなりに休憩が必要なところを数分で二人は元気になった。


「では、次の階層へ行きましょうか」


 アキナの言葉に俺とサトは頷き、移動を始めた。


 第二階層:ウルフの住処


 曲がりくねった土の道に芝生の丘が続く階層。ウルフがわんさかいて、油断していると集団に襲われて危険だ。他に特徴があるとすれば、ここにはキャベツっぽい野菜が多く自生している。

 何なのかは知らないが、アキナは近くに生えているそれを一つ摘み取って言った。


「ここで採集するのは、キャベツみたいな見た目をしたこの野菜『ボリボリ』です。解毒作用があり、味と食感が良くてボリュームもある、食料としても優秀な野菜なんですよ。ウルフを警戒しつつ採ることになるので、意外といい値段で売れますしね」

「そうなんだ。美味しいの?」

「味はキャベツに近くて、食感は名前の通りボリボリとしてします。食べて見せてください」


 サトの興味有り気な質問にアキナは答え、持っているボリボリの葉を一枚千切って差し出した。それをサトは受け取り一口大にちぎってから躊躇なく口に入れて咀嚼すると、口の中からボリボリという音がし始めた。


「……確かにボリボリしてて食感がいいね。味もキャベツ……のような何かだね」


 気になるな。


 俺はサトの手に持っているボリボリに近づき、端をちょっと千切って口の中に入れた。


 ボリボリボリボリ……確かにそういう音がして、きゅうりの漬物のようなしっかりとした食感は満足感がある。あと、味はキャベツのような何かだった。残念ながら未知の味で、他に例えようがない。



お金になるなら、今度から僕たちも積極的に採集しようか」

「そうだな」


 まぁ、俺のインベントリの容量は少ないから、採集はサトが単独で行うことになるんだけどな。


 てなわけで、早速俺たちはボリボリの採集を始めた。獰猛なウルフが沢山いるので、流石に分かれて行動なんてしない。採集は主にアキナが行い、サトが傍で護衛、俺は空中で警戒だ。ウルフの群れは避け、単独の奴はサトが倒した。


「これくらいでいいでしょう。次の階層に行きましょうか」


 素材集めも終わり、助けが必要なプレイヤーも見当たらずに次の階層へ移動した。


 第三階層:雄牛の畑


 肥沃な土の道と粗末な板の迷路で作られた、ダンジョンの練習場のような階層。ここでは野菜を背中に生やしたベジタ・ブルという牛型の魔物が所々にある広場に住み着いており、近づかなければ襲っては来ない。但し、その大きな体躯から繰り出される突進は非常に強力だろうことが容易に想像でき、ある意味で初心者キラーな存在だ。


「この階層では米と麦の収穫をしつつ、夜に行動してヨルテルダケを採集します。というわけでセキレイさん、スキル【ガイド】でこの迷路の端まで案内してください。米と麦の群生地がありますから」

「分かった。でも、アキナは道を覚えていないのか? 何回か来ていそうだが」


 正直、案内するの面倒臭い。サトの肩に乗って楽をしていたい。


 だが、アキナは首を横に振った。


「迷路で記憶は当てになりませんよ。次の街の図書館で得られる情報ですが、迷路型の階層は一定周期で構造が変化するのです」

「セキレイ、お願い」


 方向音痴が酷いサトからも頼まれ、俺は渋々と肩から飛び立った。


「【ガイド】……うわっ、本当に構造変わってる」


 脳内に展開されたマップだと、ベジタ・ブルが生息している広間を残して迷路の形がまるっと変わっていた。


 マズイな。思った以上に妖精の需要が高い。用心せねば……。


「こっちだ」


 気を引き締めた俺は、自動検索で導き出された最短ルートのナビに従い、二人の案内をした。

 道中、ソロで活動するプレイヤーや、パーティーを組んでいるプレイヤーの何組かとすれ違った。彼ら彼女らは露骨に俺を見て驚いていた。


 ……スキル目的というより、やっぱりこの格好が問題だな。


 痴女同然の踊り子衣装で飛んでいたら、そりゃ誰だって目に留まる。だって元々そういう目的の衣装だし。


 これからずっと注目されることを秘かに嘆きつつ、目的の場所に到着した。この階層の隅に位置する場所で、目の前にはこうべを垂れるほどに大きく実った黄金色の稲穂が所狭しと群生していた。


「では収穫しましょうか。サトさんもお願いしますね」

「あっはい」


 バックパックから鎌が二本出され、一本受け取ったサトは何とも言えない顔をしながら稲刈りを始めた。

 刈った稲は一束ごとに一合分の白米に変化して女神のベールことラップに包まれてドロップしていた。それを一つ一つインベントリに仕舞って行く。


 ……筋トレしよ。


 放置されて暇な俺は、二人の作業が終わるまでの間に他のプレイヤーが接近して来ないか警戒しつつ、筋トレをして時間を潰した。


 ……これ、護衛か?


 ふとそんなことを思ったが、あんまり深く考えないようにした。

 

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