第12話 ポーション作成
アキナがバックパックから出した商品の剣を片付ける中、サトが興味深げに見つめつつ言った。
「ねぇアキナ、そのリュックってもしかして、ファンタジーで定番の魔法の鞄?」
「ええ、『魔法のバックパック』です。すぐに取り出さなくていい物、失くしても最悪問題無い物を仕舞っています。容量は加工する鞄と、加工した人の力量によって変わりますが、最低限の品質ならホープタウンの魔法道具屋で売っていますよ」
「そうなんだ」
そうなんだ。
公式にそういう情報が無かったから初めて聞いた。
「あと、魔物の素材が結構貯まってるから、買取とかしてくれる?」
「いいですよ」
アキナが快く応じ、サトはインベントリから大量の肉と皮と野菜を実体化させた。
「ふむ……ピンクブタ、ウルフ、ベジタ・ブルの肉と皮……あと野菜ですね。これだけの量なら屋台販売をしているプレイヤーにも確実に売れますので、これくらいでどうでしょう?」
マニーを取り出すメッセージを反転させ、俺たちに額を見せる。
おおっ、約千マニー!
「うん、じゃあそれで」
「ありがとうございます」
取引成立。提示されたマニーが入金され、アキナは出された物をバックパックへ仕舞った。
「お待たせしました。ではホープタウンへ戻りましょう」
そうして俺たち三人はホープタウンへ戻る為に歩き始めた。
道中に数体のウルフの群れに襲われたりもしたが、それだけだ。俺とサトで簡単に倒せた。
ホープタウンに無事帰還。
「お二人とも、お疲れさまでした」
「お疲れさまでした」
「お疲れ」
門を潜ってすぐアキナから労いの言葉を貰い、サトも俺も労いの言葉を返す。大したことはしていないが、オンラインゲームではこの手の挨拶はとても大事だ。こういう部分をしっかりしていると、お互いに気分よく遊べる。
「ところで、一つお願いがあります。もし宿に泊まっているのであれば、一緒の部屋に泊めてくれませんか?」
てっきりここで解散すると思ったら、アキナがそんなことを聞いて来た。
「僕はいいですけど……セキレイは?」
えっ。
サト、俺に振るの?
「……私は問題無い。というかサトこそ本当にいいのか? アキナは女だぞ?」
「……あっ!」
あっ、て……。
どうやらサトは、男女が同じ部屋で寝泊まりする危険性が頭から抜け落ちていたらしい。
「えっと、僕は襲いませんよ!」
えっ!?
「それは私が言う側では?」
焦ってあべこべなことを口走ったサトに、アキナが冷静にツッコミを入れてくれた。
「え? あれ? じゃあ、襲わないでください!」
「はい、襲いませんので泊めてください」
「いいですよ」
「ありがとうございます」
あべこべ直った。ヨシ!
「それじゃあ、案内しますね」
サトが先導し、俺たちは宿へ戻る為に移動を始めた。
夜の街を出歩くことは今までなかったが、街灯が無いので思ったよりも暗い。でも、夜が始まってまだそれほど時間が経っていないからか、殆どの建物の窓から照明の光が漏れ出ており、薄っすらと道を照らしてくれている。それが夜の平和な街並みという、趣のある芸術的な風景に見えて暗闇の恐怖を感じない。
そうして静かな夜の街を歩き、サトと俺が寝泊まりしている何の変哲もない普通の宿に到着。NPCの店主に事情を説明し、遅めの夕食を摂ってからアキナを俺たちの部屋へ招き入れた。
「ここがお二人の部屋なんですね」
部屋に入ったアキナはそう言いながら奥へ行き、ベッド横の小さな棚の上……俺が使っている妖精用の家具をまじまじと見つめた。
「……セキレイさん、これは実際に使っているのですか?」
「ああ、使っている」
ずっと飛んでいて結構疲れたので、羽休めついでに俺はベッドに腰掛けて見せた。
「何だかドールハウスを見てる気分になりますね」
「……」
その言い方は不愉快だ。
睨みつけると、アキナはハッとして頭を下げた。
「すいません。失言でした」
「ん、構わない」
どうせこれから言われ続けることになる。
いちいち怒っていられないし、謝ったから許す!
不快な気持ちを水に流すついでに、俺はベッドから立ち上がると妖精用のトイレの個室に入って用を足した。実はちょっと尿意がヤバかったのだ。
ふぅ、スッキリ!
「セキレイさん、これからお風呂ですよね?」
「ん? ああ」
トイレから出てすぐアキナの質問に肯定すると、アキナは荷物を下ろし、床に布シートを広げてからポーションの空瓶とポーションに使うのだろう薬草やヨルテルダケ、煮出しに使う機材一式を出した。
俺もサトも黙ってその様子を見ていると、準備を終えたアキナは言った。
「ではセキレイさん、体を綺麗に洗ってからお湯に浸かってください。その間に私はポーションの作成をしていますので」
「……ああ」
よく分からんが、早く綺麗になりたいしいいか。
サトにお湯の入った桶を持って来てもらい、まずは石鹸で頭を洗い、次に全身を洗う。妖精加工された小さなタオルで肌を傷つけない程度にゴシゴシと拭き、いつもより入念に綺麗にした。それから桶の中で泡を流し、お湯を入れ替えてもらって浸かる。
「ふぅ……」
今日の疲れが吹き飛ぶ。あ~極楽……ん?
この青臭さは?
変な臭いがしたのでお湯から立ち上がり、桶から大事な部分を出さないようにしつつアキナの方を見れば、アキナが小鍋を三脚台に載せてアルコールランプで熱し、沸騰したお湯の中に薬草とヨルテルダケを投入して煮出しを始めていた。ぐつぐつと煮込まれて立ち込める湯気からは草とキノコの、あまり良いとは言えない青臭い香りそこからしており、サトが窓を開けて喚起を始めたところだった。
これがポーション作りか。思ったより面倒だな……。
いや、面倒だからこそ需要があるのか。
そんなことを思っていると、ある程度の煮出しが終わって余裕が生まれたのだろうアキナが顔を上げ、目が合った。
「セキレイさん、もっと充分にお湯に浸かっていてください。そのお湯をポーションに混ぜる為に使いますから」
「はぁっ!?」
素っ頓狂な声が出た。
「なんだその使い道!? 私が浸かっているお湯をポーションに混ぜる? 出汁か? 妖精の出汁なのか!?」
変態のやる所業だぞ、それは!
「落ち着いてください。ADOにおける妖精は、神がダンジョン攻略の為に生み出した種族です。MPの自動回復能力が非常に高いのが種族的な特徴の一つで、私はそこに目を付けたのです。もし妖精の体液をポーションに混ぜたら、何か起こるんじゃないかと」
「そ、そうか」
だとしても、プレイヤーの妖精から取った出汁を使うのって……なんか嫌だろ。使われる本人も、それを飲む相手も。
ただ、実験として有意なのは確かだ。俺としてもどうなるかは興味がある。だから拒否はせずに再びお湯に肩まで浸かった。
それから数分、変な臭いにも鼻が慣れた頃、アキナが口を開いた。
「……出来ました。セキレイさん、もうお湯から出ていいですよ」
「分かった」
俺は桶から出て、予め用意しておいたバスタオルで体を拭く。その間にサトが桶を持ってアキナの元へ移動し、それを渡した。
どうなるかの結果が気になる俺は服を着替えるのを諦め、バスタオルを体に巻いて飛行して二人の元へ移動する。
既に煮出しは終わっており、網と布を使って薬草とヨルテルダケを取り除いて濾し、『アキナ特製ポーション』と同じ濃さの青い液体がもう一つの小鍋に溜まっていた。
「では、いきます」
合図を出し、アキナは桶の中の妖精の出汁を布で濾しつつ、慎重に投入した。
全ての出汁の投入が終わり、俺もサトも注目している中で濾している布が退かされる。
その液体は非常に濃い青色をしていて、鍋底が見えなかった。
「……どうやら、実験は成功のようですね」
よし!
これで防具が手に入る。
アキナの成功宣言に、俺は小さくガッツポーズを取った。
その間にサトが言う。
「このポーション、凄く濃いね。どれくらい効果があるの?」
「通常の『普通』品質の特製ポーションはHPの10%を即座に回復しますが、これは最高品質の手前の『名品』。HPの15%を回復する効果がありますね。私の【鑑定】スキルはまだレベルが低いので、どうしてこのような結果になったのかの理由については分かりません。ですが恐らく、妖精の体液にはポーションの品質を大幅に向上させる効果があるのだと推測します」
なるほど。品質の向上か……。
ADOではアイテムや装備に品質の概念がある。これは隠しステータスの為に【鑑定】系のスキルが無いと見ることは出来ないが、品質には六段階のレベルがある。それぞれ『粗悪』、『低品』、『普通』、『良品』、『名品』、『絶品』だ。品質によって効果量が減ったり増えたりし、装備は性能に大きく差が生じる。ただし、ユニーク装備に関しては全て『絶品』の扱いとなっている。
実験の結果が成功したことで、アキナはメニューを開いてインベントリからユニーク防具『ダンシングフェアリー』を出し、俺に差し出した。
「そういうわけでセキレイさん……今後ともよろしくお願いします」
「……ああ」
若干躊躇いつつ、俺は約束の報酬を受け取った。
これから毎日、出汁を取らされるのか……。
大勢に出汁入り特製ポーションが飲まれる光景を想像し、俺はぶるりと身震いした。
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