第11話 お買い物




 商人のアキナをフレンドとして迎え入れ、握手を終えたところで彼女は言った。


「……さて、フレンドになってくれたことですし、商人としてお聞きします。何かご入用はありますか? 適正価格で色々な物をお売りしますよ」


 ご入用か……あっ、二つあるな。


「それなら、石鹸と妖精用の服はないか?」

「石鹸と妖精用の服ですね」


 アキナは背負っていたバックパックを下ろすと、サイドポケットに丸めて収められていた布シートを取って端を掴んで横向きに投げた。布シートはコロコロと転がって、商品を汚さない置き場所が出来た。

 次にバックパックの固定具のバックルを外して開口部を開き、中に手を突っ込んだ。


「石鹸は幾つかのフレーバーがありますが、どれにしますか? これは普通の石鹸、これは花の香り、これは炭の香り、これはアカンボの実の香りです。香り付きは普通の石鹸より少しだけお高いですよ」

「ふむ……」


 ADOではほぼ全てのアイテムは加工が出来る。恐らく、ホープタウンで神様がお情けで生成してホムンクルスが経営する店で売っている普通の石鹸を、アキナが加工してフレーバーを作ったのだろう。


 布シートの上に置かれた石鹸は全て紙に包まれているが、フレーバー石鹸は紙の質も良い。購買意欲をそそる工夫だからこそ目が向いたが、小物で贅沢をするのはまだ早い。我慢だ。


「とりあえず、普通の石鹸で」

「30マニーとなります」

「ん」


 ちょっと高い気がする。

 ……移動販売価格だからか。


 メニューを開き、所持金に触れてメッセージを出し、数字を入力してインベントリに仕舞っていたお金を出した。30マニーなので、大銅貨三枚が実体化された。

 それを両手で持ち、アキナが差し出した手の上に置いた。


「受け取りました。どうぞ」

「どうも」


 出された石鹸を受け取る。普通の人間なら手の中に納まるサイズだが、妖精だと持つにはかなり大きい。だからすぐにインベントリに仕舞った。


「お次は妖精用の服ですね。お洒落用ですか? 戦闘用ですか?」

「戦闘用」

「分かりました」


 聞きたいことを聞いたアキナはまたバックパックに手を突っ込み、商品である妖精加工された衣服をハンガーに掛けられた状態で出した。


 一着目。


「これは妖精加工された『冒険者の服』。所謂、初期服ですね。性能は最低、付与された効果も何もありません」


 二着目。


「これは『ウルフスーツ』。ウルフの毛皮を使った防具です。最低限の防御力があり、素早さにある程度の補正があります。また、【保温Ⅲ】のスキルの効果があります」


 三着目。

 貴重品なのかメニューを開いてインベントリから出した。


「これは『ダンシングフェアリー』。妖精専用の踊り子の服です。ユニーク防具の限定品。偶然ダンジョン内の隠し部屋で見つけた物です。防御力は皆無ですが、全能力を満遍なくそれなりに補正してくれます。また、【汚れ防止】【保温Ⅴ】【保冷Ⅴ】のスキルの効果に加え、素手のウェポンスキル【フェアリーダンス】を自動取得します。ただし、見た目が扇情的で、かなりお高いですよ。出せる商品は以上です」


 ユニーク……ゲーム内で唯一つしかない物だ。

 でも踊り子の服かぁ……うわ~、これは際どい!


 布シートの上に着地して手に取ってみれば、ダンシングフェアリーは布地が少ないエッチな衣装だった。

 一見するとホルターネックタイプの紐のビキニ水着のようであるが、妖精の羽を邪魔しないように紐のベルトが斜め下に伸びていたり、背中側でボトムスの側面から伸びた紐と繋がって固定する力を補強している。

 そのボトムスには股間の大事な部分を隠す為に前後に布が垂れていて、側面にはシースルーのヒラヒラする布が付いている。

 腕や脚にもシースルーの布がカバーのように付いている。

 靴はリボンを巻いて固定するぺたんこのパンプスのようだが、蹴ることを想定しているのか爪先部分が硬い。

 装飾の金属や宝石類は少なく、下品さはあまり無い。

 総じて、踊り子としての艶めかしさと着用者自身の色気が感じられるデザインとなっている。


 う~ん……性能面を考えればこれ一択なんだがな……。

 これを自分が着ることを考えると……うん。保留!


 というわけで隣のウルフスーツを確認する。


 これは……あっ、駄目だ。こっちもエッチだ!


 ウルフスーツは、例えるならバニースーツだった。

 胴体はオフショルダーのぴっちりレオタードで、毛でフワフワしている。

 尻尾がある部分には大きなリボンが付いていて、ウルフのモフモフ尻尾が伸びている。

 頭に付けるカチューシャはウルフ耳で、首にはペット用の首輪。

 ロンググローブには鋭い爪と肉球が付いている。手首のモフモフのファーカフスがいい感じ。

 ロングブーツもグローブ同様に鋭い爪と肉球が付いていて、足首にモフモフのファーカフス。

 総じて、布面積こそ踊り子よりマシだが、コスプレ感が強くてむしろエッチだ。


「……アキナ、因みにそれぞれの値段は?」

「冒険者の服が100マニー、ウルフスーツが1000マニー、ダンシングフェアリーはその希少性から100,000マニーとなっています」

「……」


 十万か~…………これはキツイ。

 でも欲しい。

 でも着るのは恥ずかしい。

 でも強くなりたい……むむむ……。


「……分割払いとか、支払いの代替手段はないか?」

「ありますよ」


 アキナは薄っすらと目を開き、胡散臭い笑みを浮かべた。


「一つ、私の実験に協力して成功した場合、成果の恒久的な手伝いをしてくださると約束するなら、無償でお譲りしましょう。勿論、失敗した場合は分割での支払いを認めます。これでどうでしょう?」


 ……滅茶苦茶怪しい!


「その実験とは何だ? 流石に命の危険が付き纏うことは了承しかねる」

「大丈夫です。命に関わりませんし、セキレイさんにとってはむしろ都合の良いことですよ」

「……内容は?」

「秘密です♪」


 了承してからのお楽しみってか?

 いいだろう、やってやろうじゃねぇか!


「分かった。付き合おう」

「ありがとうございます。では、防具は実験の後にお渡ししますね」


 アキナは出した商品をリュックに仕舞い、ずっと黙っていたサトに向く。


「サトさんは、何かご入用ですか?」

「それなら……剣はある?」

「ありますよ」


 アキナはバックパックの中から、明らかに入りきらない長さの剣を取り出し、次々と布シートの上に置いた。

 その数、五本。


「これらの剣は、私と取引している鍛冶師のプレイヤーから預かった物です。まだ低階層の為、性能差はそこまでありません。ご自身のフィーリングで選んでよろしいかと」


 説明を受けたサトは五本のうちの一本を手に取ると、鞘から引き抜いて確認し始めた。


 一本目、何の変哲もない両刃の鉄の剣。

 サトが今持っている初期武器と同じデザインであり、目利きをする為のスキルが無いと何処がどう変わっているのか分からない。


 二本目、骨と鉄を組み合わせた片刃の剣。

 峰の部分が骨のギザギザになっていて、間違って肩に乗せたりしたら刺さりそう。ただ、日本刀に近い形状なのでよく切れそうだ。


 三本目、刀身が青い両刃の剣。

 見た目は非常にシンプル。薬品を混ぜ込んで青くなったのか、元から青い鉱石を使ったのか……とにかく頑丈そうだ。


 四本目、鞘がウルフの毛皮に装飾されて尻尾のようになっており、鍔がウルフの頭になっている両刃の剣。

 幅広で短く、分厚くて頑丈そう。分類としてはショートソードだ。


 五本目、ナックルガードが付いたシンプルな見た目の細い剣。突きに特化したレイピアだ。

 突きは出が速く躱し難いので対人ではとても強いが、扱いには相応の修練が必要。センスが無いサトにはオススメ出来ない。


 一通り見終わったサトは、剣を戻して俺の方に向いた。


「ねぇセキレイ、どれがいいと思う?」

「どれって……レイピア以外なら、何でもいいんじゃないか?」


 こういうのは他人から勧められた物を使うより、自分の好みで選んだ方がいい。愛着は力になる。


「そっか……なら、この青い剣が欲しいかな」

「ブルライト鉱石を混ぜ込んで作られた『ブルライトソード』ですね。作成難易度が少し高く、品質こそ平凡ですが、素材は良いので暫くは使えますよ。4,000マニーです」

「げっ、高い……!?」


 サトがメニューを開いて所持金を確認したので、横から覗き込む。


 ……約二千マニーか。


「……半分足りない」


 項垂れるサトに、アキナはクスリと笑った。


「それなら、私の依頼を受けてくださればお譲りしますよ」

「いいの?」

「ええ。そろそろ護衛が欲しいと思っていたんですよ。期間はおよそ三日、私の素材集めに付き合いつつ護衛し、第五層の先にある街へと一緒に行くこと。どうです?」

「僕はいいけど、セキレイはどう?」

「私も構わない」


 もしアキナが悪い商人で俺たちを売るような素振りを見せれば……その時は殺す。


「決まりですね。では、クエストを発行しますので少々お待ちを」


 アキナはメニューを開き、クエストの項目をさらに開いて色々弄り始めた。


 ADOでは、プレイヤー自らがクエストという形で他のプレイヤーに依頼を出すことが可能となっている。形式こそシステマチックだがお互いにログが残るので、何かしら問題があった場合は運営に訴えやすい。

 騙して悪いが――という偽のクエストも仕様として作れる。その場合は終わった後に種明かしがあるので、騙された側も分かるようになっている。

 まぁ、今は運営がいないしデスゲームの真っただ中なので、プレイヤー同士のクエストでトラブルが起こった場合、第三者の誰かが調停役をしないと殺し合いに発展しかねないのが恐いところだ。


「お待たせしました。私、商人のアキナからお二人に護衛依頼です。内容はさっき言った通り。ご確認ください」


 アキナがクエストを発行し、俺とサトの目の前にメッセージが表示された。



 クエスト『商人護衛』

 依頼主:プレイヤー『アキナ』

 期間:三日

 報酬:剣『ブルライトソード』(前払い)

 内容:アキナに同行して素材を集めつつ、第五階層の先にある街まで護衛する。尚、食料等は依頼主側で負担する。



 ……ふむ、問題無いな。


 というわけで承諾ボタンをポチッとな。クエストを受託した。

 するとアキナの方にクエスト受諾のメッセージが表示された。


「クエストの受諾を確認。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく」


 サトは差し出されたブルライトソードを報酬として受け取り、所持している初期武器をインベントリに仕舞ってから装備した。

 口元が緩んでおり、明らかに嬉しそうだ。


「では、今日はもう遅いのでホープタウンに戻りましょうか。人目の付かない場所で実験もしたいですし」

「分かった。任せて!」


 サトは自分の実力なんて考えずにサムズアップする。


 不安だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る