第10話 商人アキナ
休憩を終え、俺とサトはひたすらにベジタ・ブルを討伐していた。
やり方としては、まず俺が飛んで接近して【ダーク】で目を潰し、一体の体内に侵入して内側から攻撃して倒す。その間にサトが一体を魔法で釣り出して倒す。残った奴は少し休憩してから二人で一緒に倒す。これを繰り返した。
どうやらベジタ・ブルのリスポーンは大部屋からプレイヤーが離れない限り行われない仕組みのようで、こうして万全の状態からのびのびと戦えるのだ。
流石は低階層、ゲームらしい優しさだ。もっと深い階層は地獄だろうがな!
空腹になりダンジョン内の空が暗くなり始めるまで戦った結果、俺のレベルは10から15に上がった。下の階層に来たから経験値効率が上がっているのだろう。猪突猛進しかしない戦いやすい相手だから、数をこなしやすいというのもある。
ドロップ品もたんまり、お腹もペコペコ……というわけで俺たちは今日の成果に満足しながら第三階層から出る為に帰路についている。
――が、駄目。服も体も濡れているのでサトの後ろを飛んで付いて行っているのだが、残念なことにサトは方向音痴らしい。ベジタ・ブルを狩るついでにちょっと軽く探索して奥に移動したのだが、それが駄目だったようだ。
体感で十数分ほど彷徨っているのだが、一向に出口に到着する気配がない。他のプレイヤーも既にダンジョンから抜け出しているのか見当たらない。
これ以上は明かり無しで動くのは危険な為、俺は光属性魔法を行使した。
「……【ライト】」
祈り、魔法を発動して光球を出して浮かし、周囲を照らす。
この光球は超低燃費で効果時間も魔力によって変動するが、大体三時間と長い。
「ありがとうセキレイ」
「いい。それよりサト、大丈夫か?」
「だ、大丈夫だから!」
声震えてるぞ。
「へっくしゅ!」
ああ、また風邪ひきそう……。
くしゃみが出て体が冷え始めたのを感じながら、もう少しだけ粘らせてみたが……やはり駄目だった。数分するとさっき来たであろう通路に戻っていた。
仕方ない。そろそろ助け舟を出そう。
別に妖精の固有スキル【ガイド】を忘れていたわけじゃない。サトなら普通に戻れると思っていただけだ。
声を掛けようとして、サトが通路のど真ん中でピタリと立ち止まった。
「……ごめんセキレイ、迷った」
「うん知ってる」
今にも泣きそうな顔で言われ、俺は呆れるしかなかった。
今度からしっかりと案内してやろう。
そう心に決め、サトの肩から飛んで目の前に移動する。
「じゃあ、妖精らしく仕事しますか。【ガイド】!」
スキルを発動した瞬間、まるで閃いたかのようにこの第三階層の地形を含めたマップの構造が分かった。次の階層への門と戻る為の門の場所も分かり、自分の現在地と向いている方角まで分かった。
また、上の階層に戻るという意思があるからか、そこへ行くまでの最短経路が自動で検索され、道が示された。
……これは便利だ。罠は感知出来ないけど、複雑化するだろう下の階層ほど役に立つ。
「こっちだ」
そう言って俺は光球を追従させつつサトの先導を始めた。
「ん?」
「なんだろう?」
出口の近くまで来た時だった。近くでベジタ・ブルが怒りの鳴き声を発したのが聞こえ、激しく壁を壊す音を立てながらこちらに近づいて来ているのが分かった。
「サト!」
「うん」
警戒しろと声を掛けると、サトは剣を抜いて構えた。俺も祈りのポーズでチャージに入り、魔法の【ファイア】をいつでも発動出来るようにした。
待つこと少し……先の曲がり角から【ライト】の光球を追従させつつ一人のプレイヤーが全力で走って来た。大きなバックパックを背負った女性だ。
「そこの人! すいませんが助けてください!」
そう言った直後、彼女の背後から怒り狂ったベジタ・ブルが走って来た。そいつは曲がり切れずに木の板の壁を破壊したが、すぐに元の通路に戻ると彼女の背中を狙って突進して来る。
チャンスは一度ってところか……。
「【ファイアボール】!」
彼女に当たらないように放物線を描いて火球を飛ばし、ベジタ・ブルの顔面に直撃する。俺のレベルが上がったことで威力も増し、これだけでHPバーの三分の二を削った。しかも衝撃でベジタ・ブルの背中に生えている立派な南瓜の一つがポロッと落ちた。
だが、それでも怒り狂ったベジタ・ブルの勢いは止まらない。俺は“まだ”ベジタ・ブルを正面から止められるだけの力はないので、後はサトに任せた。
サトは前進し、彼女の隣を通り過ぎると完璧なタイミングでベジタ・ブルの側面に素早く回り込み、剣を横一閃に振るって頭からお尻までを斬ってみせた。ベジタ・ブルは残りのHPが無くなって力が抜け、足がもつれてこけると通路を少し滑り、止まると粒子となって消滅した。
倒せたか。それよりも幾つか聞かないといけないな……。
彼女は膝に手を着いて荒い息を吐きつつ汗を流していた。
サトが剣を鞘に納めてこちらに戻って来たところで、俺は声を掛けた。
「なぁあんた、幾つか聞きたいことがあるが、いいか?」
「ああ……はい。ちょっとだけ……お待ちを」
彼女は何回か深呼吸をし、汗を袖で拭いつつインベントリから皮の水筒を出してゴクゴクと飲んで仕舞い、姿勢を正した。
「助けてくださりありがとうございます。自己紹介が遅れました、私は商人をしている『アキナ』と申します。一応雑貨屋として色々な品を扱っております。以後お見知りおきを」
アキナと名乗った彼女は、白い初期服の上からフード付きの黒いコートを羽織り、左腰に剣ではなくステッキサイズの木の杖を携えた妙齢の女性だ。髪はシルクのように滑らかで綺麗なプラチナブロンドをしており、後頭部で纏めてシニヨンにしている。白磁のような艶のある美しい肌で、顔は恐ろしいほどに整い妖艶さを感じさせる。ただそういうキャラを演じているのか、常に微笑を浮かべ、切れ長の目は閉じている。でもさっきはしっかりと走っていた。不思議だ。
体の方は長身で、サトより高い。しかも服の上からでも分かる、芸術作品のように抜群のメリハリ体型をしている。要するに胸とお尻が大きくて腰がすっごく細い。
……正直、めっちゃ胡散臭い!
第一印象はともかく、名乗られたからにはこちらも名乗る。
「私はセキレイ」
「僕はサトっていいます」
「セキレイさんとサトさん、ですね。こちら、助けてくださったお礼です」
そんな彼女はインベントリから手の平サイズの二本の小瓶を取り出した。装飾も無くシンプルな小瓶に、中は青い液体が入っている。名称は『アキナ特製・回復ポーション』だ。
「これは?」
と、受け取ったサトが聞いた。
「自家製の回復ポーションです。NPCが店で売っているポーションはプレイヤーのレベルやスキルによる補正が一切無い、最低値の能力で作成された粗悪品です。それに対してプレイヤーが作成したポーションは補正が入り、質が良い物となっています」
説明の通り、彼女の回復ポーションは質が良い。公式サイトに書かれている方法だが、見分け方は液体の色の濃さだ。サンプル画像で見た市販のポーションは凄く薄く、水に近い。対して彼女のポーションはそれなりに濃い色をしている。とは言っても、低階層で取れる素材を使い、低レベルのプレイヤーが作成したものだからか、透明度はまだまだ高い。
「そうなんだ。有り難く貰っておくね」
「もし気に入って頂ければ、適正価格でお売りします。それで、聞きたいこととは?」
ようやく本題。アキナとサトの視線が俺に移る。
「アキナ、君は何故、こんな時間にダンジョンに潜っている?」
今こうしてここにいる俺たちが言えたことではないが、商人が暗くて危険な夜にわざわざ活動するのは理由が無いとおかしい。
「……助けてくれましたし、大した情報でもないのでお答えしましょう。『ヨルテルダケ』という光るキノコの採集をしていました。回復ポーションの効果を高める素材でして、夜限定で、非常に肥えた土壌からしか生えません。それでこの第三階層は穴場なんですよ。ただ、今回はちょっとへまをしまして、採集中に寝ているベジタ・ブルに気付かれて追い掛けられていたんです」
ちょっと手間で危険だからこそ、自ら素材採集をして費用の削減をしていたということか。
その情報が本当なら、であるが。
「では次、どうしてベジタ・ブルは通路まで追い掛けて来ていた?」
「それはベジタ・ブルの習性ですね。昼間は大広間でのんびりとしていて、襲われたとしても大広間から出ると襲っては来ません。夜になると寝てはいますが、一度起こしてしまうとより獰猛で、相手が死ぬまで追い掛けて来ます」
「そうか」
昼と夜で魔物の行動が変化するのか。ゲームらしい要素とも言えるし、夜行性や昼行性の違いの表現とも言えるな。
疑問は解消された。見た目は胡散臭いけど、話しは整合性があって嘘を吐いてるようには思えない。胡散臭いけど。
だから最後に、気になっていることを質問する。
「最後に、どうしてずっと目を閉じているんだ? それで見えているのか?」
「ああ、この目ですか……この目は所謂、糸目キャラという奴です。意識して目を開けようとしないと、ずっと閉じたままなんですよ。目を閉じた状態でもしっかりと周囲は見えますし、突然光を浴びせられても眩しくないっていう、ちょっとしたメリットはあります。ただ、非常に胡散臭く見えるせいで、若干、いえかなり商売に影響しているんですよね。まともな人からは警戒され、そもそも買ってくれない場合が多いです。クズなプレイヤーからは、顔と体が無駄にいいせいで性的行為を交渉として迫られて、まともに商売出来ないんですよ」
アキナは薄っすらと目を開けてアメジストのように美しい紫色の瞳を見せつつ、少し視線を下げて自嘲気味に微笑み、儚い雰囲気を醸し出した。
おおう、思ったよりお労しい……。
それにやっぱり、そういうことをする悪い人がいたか。警戒せねばな。
サトの方をチラリと見れば、手は拳を作り眉間に少し皺が寄っていた。実の姉がこのゲームにいるのだ。そういう目に遭っていないか心配で気が気じゃないのだろう。
「聞きたいことは以上だ」
「そうですか。では、こうして会ったのも何かの縁ですし、フレンド登録をしませんか?」
フレンドか……贔屓にしている商人が一人いれば、情報収集、アイテムの入手や素材の売却経路になるな。ただ相手の能力と人柄次第で、大損の可能性と、利用されるだけされて捨てられる可能性もある。
俺だけなら、まだ出会ったばかりという理由で反対だが……。
「サトはどう思う?」
「いいと思うよ」
「決まりですね」
俺がサトに意思決定を投げ、サトが乗り気なのが分かるとアキナはすぐにメニューを開いてフレンド登録に取り掛かった。俺とサトの目の前にフレンド登録のメッセージが表示され、俺たちは「はい」のボタンを押して承諾した。
「それでは改めて……セキレイさん、サトさん、これからよろしくお願いします」
「ああ」
「よろしく」
お互いに握手をし、俺たちはアキナをフレンドとして迎え入れた。
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