第8話 剣の指導




 第二階層:ウルフの住処


「まずは覚えた魔法がどれくらいか試す、でいいか?」

「うん、それでいいよ。僕も試したいし、種族の差でどれくらい違うか確認しておきたいしね」


 ADOには多種族が生きている設定がある。そして種族ごとに能力差が存在する。


『人間』

 よく言えば万能、悪く言えば器用貧乏。


『エルフ』

 魔法が得意だが、体が少し弱い。


『ドワーフ』

 身長が低く、体が頑丈。


『獣人』

 動物の耳や尻尾があるのが特徴で、多くの部族に分かれている。その動物に沿った能力を備えているが、MPが少ない。


『リザードマン』

 頑丈な体で、HPの自然回復能力が高い。ただし、寒さにとても弱い。


『鬼』

 角が生えた人間。頑丈な体を持ち、魔法も得意。ただし、角が折れると大幅に弱体化する明確な弱点がある。


『妖精』

 小さな体で空を飛べる。魔法がとても得意でMPも豊富、自動回復能力が桁違い。ただし、小さな体は致命的なまでに脆弱。


 その他、低確率で癖の強いレア種族も存在するらしい。デスゲームとなった今、それが幸運か不幸かは分からないが。




 単独行動中のウルフの近くまで来た。サトは剣を構えつつ待機し、まずは俺から行動に移す。

 飛んで少し前に出て、祈りのポーズで魔法のチャージ開始。使う魔法は【ファイア】。初歩の魔法だから僅か五秒でチャージが完了し、手を前に出して狙いを定める。


「【ファイア】!」


 気合を込めて魔法を発動させれば、俺の身長よりも大きな火球が目の前に生成されて射出され、ウルフに直撃した。

 弾けるような小さな爆発が起き、ウルフは小さな悲鳴を上げ、毛に火が点いてのたうち回り始めた。それだけでHPゲージは半分を切っていた。


 ……ええー。

 俺の今までの苦労っていったい……。


 カルチャーショックを受けたような気分だ。振り返ると、サトも妖精の魔法の威力に驚いていた。


 うん、まぁ驚くよな。でも今は倒すのが優先だ。


 消火を終えたウルフは起き上がってこちらを睨み、グルルと唸って怒りを露わにしている。HPゲージは消火するまでに少し減っており、これならもう一発【ファイア】を使うか、サトの一撃で倒せそうだ。


「サト、任せた」

「任せて!」


 魔法を使うなら、届かない高さに上昇して撃ち下ろせばいい。だがそれだと今までの俺の努力を自ら否定することになってなんか嫌だし、何よりこれからサトに剣の特訓をする必要がある。経験を積ませる意味でも、任せることにした。

 俺の横を抜けて前に出たサトは剣を振るうが、怒りつつも冷静さを保っているウルフがバックステップで軽く躱した。何度も剣が振るわれるが結果は同じ。というか、この光景は前も見た。


 やっぱりセンスか、センスの問題か……?


 観察していると、サトがまた剣を芝生に突き刺してしまった。大きな隙を晒したことで、ウルフに飛び掛かられる。


「うわっ!」


 咄嗟に腕を出して顔を攻撃されることを防いだが、押し倒されてしまう。剣を手放していないのは、素直に褒めるべき点だ。

 ただ、ここで大怪我をされると時間が勿体ないので助けることにする。


「【ヒーローキック】」


 サトに意識を向けているウルフの横顔に強烈な蹴りをお見舞いし、すぐさま離れた。すると一瞬の隙を見出したサトが剣で殴るようにウルフを斬り、そのまま倒した。

 何とかウルフを倒したサトは、安堵の息を吐いて大の字になり、顔をこちらに向けた。


「助かったよセキレイ」

「どういたしまして。それよりサト、お前は剣のセンスが無い。だから私が教えようかと思っているが……どうだ?」


 強制はしない。やる気のない人間に教えても成長は望めない。


「センスが無いのは自覚してるけど、他人から言われると傷つくなぁ。でも、セキレイって剣を教えらえるほど上手いの?」

「ああ、これでも武術の心得はある」


 学生の頃に国体で優勝するくらいには――は身バレしそうだから言わないけど。


「そっか……なら、お願いしようかな」

「分かった。その前に治療しよう」


 本人もやる気のようで、指導する前に【ヒール】で腕の怪我を治した。




 ウルフのいる第二階層では指導に邪魔が入るので、『第一階層:ブタの平原』に場所を移し、アカンボの実の生る木の傍で手頃な木の棒を拾った俺はサトの前に飛んだ。


「さて、まずは確認だが……サトはどれくらい剣を扱える?」

「こうして持つのも振るうのも初めてだよ」


 初めて……そりゃああなるわ。


「……なら、まずは基礎からだな。最初に質問だ。何故、武術には基本の型が存在するのか分かるか?」

「えっと……丁度いい構えだから?」

「んーまぁ、大体その認識で間違ってはいない。詳しく言うするなら、その構えや動きが最も効率的で、攻撃・防御・移動に移るのに偏りがないからだ。剣を構えろ」


 サトに指示し、俺も剣を構える。基本中の基本。中段の構えでお互いに正対する。


「分かっていると思うが、これは中段の構えだ。西洋では別の言い方があるらしいが、私は知らん。それでこの剣の構えは、攻撃と防御のどちらにもスムーズに移行出来る。この体では合わせてやれないが……今から私の動きを真似するといい。まずは上からの攻撃を防ぐ場合」


 木の棒を横にして持ち上げる。


「この時、視界を防いではいけない。フェイントがあった時にすぐに気付けなくてやられてしまうからだ。それに剣はしっかりと握ること。でないと防いだ上から強引に力で押し斬られる。もし駄目だと感じたらそもそも受けるな、避けろ。いいな?」

「はい!」

「よし次、突きが来た場合は剣を振るうな。剣をぶれさせずに左右に動かして受け流すんだ」


 防御は必要最小限の動き、これは原則だ。大胆に動いたらそれだけ隙が生じてしまう。

 サトは俺の言ったことを素直に受け取って真似してくれる。センスは無いが、人並みくらいにはすぐに扱えそうだ。


「突きが防げるなら、横からの攻撃も同じだ。剣を左右に動かすだけでいい。自然と防御の姿勢に移れる」

「あっ、ほんとだ」


 分かって来たか。基本の型は短い動作で自然と動けるように出来ている。だから基礎をきっちり身に付けた人間は、防御を崩すのが難しい。これは武器を使わない格闘術でも一緒だ。


「次に足への攻撃だが……ぶっちゃけ防ぐより躱した方がいい。そもそも足を攻撃するのは上半身を晒すことになって危険だ。だから余程上手い人間でない限りは正面から狙うものじゃない。もし足を攻撃してくるとしたら、密接した状態で隠し持っている暗器の類になる。でも、もし相手が剣でやってそれを防ぐのなら、普通に下段の構えでさっきと同じ要領でやるしかない」

「なるほど」


 本当は相手してやりたい。対人での動きが分かれば、応用で魔物にも使える動きが多い。ほんと、フィクサーは嫌なことをしてくれた。


「構えは以上だ。攻撃に関しては、当面は縦・横・斜めと突きの四つを素振りなり実戦なりで習得すること。それ以上は今より上手くなってから、誰かに練習を頼んで覚えるしかない」

「はい!」

「よし、最後に足捌あしさばきだ。武術において最も重要で、ゲームにおいても立ち回りという意味で最も大事だ。まず、基本的に人間相手にはすり足での移動だ。これは極力足を地面から離さないことで、次の動作に素早く動く為に行う」


 空中では難しいが、なんとかすり足で移動して手本を見せた。


 前、後ろ、右斜め、左斜め、二歩前進、二歩後退。


 中段の構えで姿勢を保って体幹をブレさせない。ここまでちゃんと伝わればいいが……。


「こんな感じかな?」


 真似してサトがすり足をしてみるが、やはり初心者だからぎこちない。足に意識を集中し過ぎて剣も体もブレてしまっている。


「サト、姿勢が悪い。真っ直ぐに保て。前のめりも後ろに仰け反っても駄目だ。咄嗟に動けなくなる」

「はい!」

「それと剣がブレてる。正面にいるだろう敵から切先をずらしてはいけない」

「はい!」

「後はまぁ……攻撃と移動を組み合わせて素振りを続けて体に覚え込ませろ。というわけで、集中してしっかり一振りずつ、疲れるまで素振り――始めっ!」

「は、はいぃ!」


 興が乗って指導者の真似事をしたら、気圧されたサトはちょっと情けない声で返事をして素振りを始めた。


 ……さて、俺も体を鍛えよう。


 魔法が強いということは分かった。だが、それでもやはり魔法を主体には出来ない。魔法に依存するということは、このゲームでは他人に依存することと同義だ。妖精でそうなったらもうソロ活動は不可能になってしまう。

 だから、無意味かもしれないが、一人でも戦えるように筋トレは続ける。






「はぁっ、もう無理!」


 素振りを延々と続けていたサトは音を上げ、その場に寝転がった。息こそ程々に上がっているが、その顔は汗だくだ。


 思ったより根性あるな。


 大体四時間くらいだろうか、ずっと素振りをしていた。俺も鍛える部位を変えつつもずっと筋トレを続けていたが、中々にハードだ。

 と、ここでサトのお腹が鳴った。それに釣られて俺のお腹も鳴った。


「……あはは、帰ろうか」

「……うむ。いや待て、最後に実戦だ」


 危ない危ない、はにかんだサトの顔が良くて、思わずそのまま帰るところだった。


「ウルフと戦うの?」

「いや、ピンクブタで動きの確認だ。私が連れて来るから、突進する相手を避けて斬る、それをやってみてほしい」

「なるほど。分かったよ」


 立ち上がってやる気を見せたので、俺はちょっと飛んで近くにいたピンクブタの鼻っ面を思いっきり蹴った。微々たるダメージが入り、ピンクブタは怒って前足を掻いて突進の準備を始める。俺は離れ、サトの真上で止まる。

 ピンクブタが突進を始め、剣を構えたサトは引き付けてから真横へ素早く移動し、そのままピンクブタの側面をばっさりと斬ってみせた。斬られたことでピンクブタは体勢を崩して芝生を滑った。サトはそのまま追撃に入り、二撃でピンクブタはHPゲージが無くなって倒れた。


「……出来た!」

「よくやった。今の動きを忘れるな」

「うん! それじゃあ昼食に戻ろうか」

「ああ」


 サトの剣の扱いが人並みになったところで、俺たちは昼食の為のホープタウンへ戻った。


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