第6話 パーティー結成



 サトからフレンドになった記念も兼ねてご飯のお誘い。


 俺も寝起きでお腹が減っているが、それよりも尿意を感じていたので先にトイレを済ませることにした。

 妖精サイズの個室トイレの中は、洋式便器で水道が繋がっていない筈なのに水が流れる不思議なトイレだった。


 手を洗ってトイレを出て、洋服箪笥を開くと俺が着ていた初期服以外に幾つかのネグリジェが入っていた。


「サト、着替えるから後ろ向いてくれ」

「あ、うん。分かった」


 サトに後ろを向かせて着替え始める。ネグリジェを脱いだ時点で予想はしていたが、下着が初期の地味な白いものではなく、色気のある水色のレース下着を着用していた。


 ……ふーん。こういうのが趣味なんだ。


 とにかく俺は着慣れている初期服を着て、サトの左肩に乗った。


「もういいぞ」

「そう。じゃあ行こうか」


 移動を始め、食堂へ一緒に向かう。時間は丁度正午頃であり、他のプレイヤーも宿の食堂へ集合していた。サトは隅のテーブルに座り、俺は肩から降りてテーブルへ着地する。

 テーブルには妖精用の小さなテーブルと椅子が用意されているようで、俺はそこに座った。

 宿の従業員らしい女性がキッチンから料理を運び、次々とプレイヤーの前へ置いていく。ピンクブタのステーキ定食だ。パンと具沢山スープとサラダとステーキで、普通に美味しそう。

 サトの前にも置かれ、妖精の俺にも小さな定食セットが置かれる。パンとステーキはサイコロに刻まれ、スープの具は細かく刻まれた状態だ。


「それじゃあいただこうか」

「ん」


 二人で手を合わせて「いただきます」をして一緒に食べ始める。恐る恐る妖精サイズのスプーンを持ってスープを飲む。


 温かくて……美味しい。

 あっ、ちょっと涙が……。


 久々のまともな食事に感極まり、少しばかり目に涙が浮かんだ。涙を拭ってからゆっくり味わって食べていると、サトが一旦食事の手を止めて口を開いた。


「セキレイ、この後はどうする? 僕はまたダンジョンに潜ろうと思ってるけど」

「ふむ……付き合おう。病み上がりのリハビリをしたい」

「分かった。じゃあ行こうか」


 後は食事に集中し、二人で「ごちそうさま」をしてからサトの左肩に再び乗って宿屋を出る。



 他のプレイヤーからの視線を感じつつ、俺たちはダンジョンに潜り第二階層に入った。


「……なんか、人が少なくないか?」


 すりガラスのような門の中を通り抜けた先では、集団や単独で行動するウルフが多く見えるが、それに対して戦っているプレイヤーの多くが明らかに少なかった。


「ちょっと前に『ADO攻略組』っていうギルドが第五階層のボスを倒して、プレイヤーの多くが次の街に移動したんだよ」

「そうか」


 どうやら俺が寝込んでいる間に色々とあったみたいだ。


 ADOのダンジョンの階層は、五層ごとに次の階層を守るボスが存在する。ボスは専用のエリアがあり、そこでプレイヤーの誰かが戦って勝利することで次の階層へ進む門が開く仕様だ。

 ただ次の階層へ進む前に、魔物が出現しない0.5層とでもいうべきダンジョン内の街がある。様々なコンセプトを基に作られており、ホムンクルスという人造人間が最低限の施設を運営しているとか。


 ギルドについては、様々なゲームで言うチームやクランのことだ。ステータスや経験値等に恩恵は無いが、組織に所属することでアイテムや装備の融通が利いたり、パーティーを組みやすいというメリットがある。死ぬかもしれない今となっては、生き残る為にギルドに所属するのは一つの手段だろう。


 でも、人が少ないなら丁度いい。俺も周りをそこまで気にせずに戦える。


 俺は道から外れた場所に居る、単体のウルフを指さして言った。


「サト、まずはあいつと戦うとしよう」

「あいつだね。でもその前にパーティーを組もっか」

「むっ、そうだな」


 パーティーを組むと、倒した魔物の経験値がパーティーメンバーに等分される仕様だ。パワーレベリングが出来てしまうが、経験と技量が伴わなければどの道死ぬだろうからオススメしない。公式でもそのことを注意していたし、フィクサーはそれを分かっていてそのままにしたのだろう。

 また、視界内にパーティーを組んだプレイヤーの名前とHPが常に表示されるようになるので、立ち回りもしやすくなる。


 サトがメニューを開いて操作し、俺にパーティー申請のお知らせが来る。すぐさま承諾すると視界の隅にサトの名前とHPが表示された。


「さて、病み上がりでどれだけやれるか……」


 肩から飛び立って先行し、軽くストレッチしつつウルフに近づく。ウルフがこちらの接近に気付き、俺を食らおうと飛び掛かって来たところで上昇して躱す。

 それから飛び蹴りの構えを取って、スキルを声に出す。


「【ヒーローキック】!」


 直上から急降下した強烈な蹴りをウルフの脳天に入れる。ゴッと鈍い音がしてウルフは小さな悲鳴を上げてふらついた。それを逃さず、俺はウルフの片目に力を込めた右拳を振るった。

 ぬるっとした表面と弾力のある目に拳が当たり、その痛みにウルフは反射的に目を閉じた。

 ウルフのふらつきはまだ治まらず、俺はそのままウルフの顔面にまとわりついて殴っていく。体調が良いからだろうか、やはり以前より強く殴れている気がする。

 ある程度HPを減らしたところでふらつきが治まったウルフが噛みつこうとし、前足を上げて叩き落そうとしてくるが、頭も冴えている俺はそれらを易々と躱した。


 俺が戦っている中、視界にサトが剣を手に走って突っ込んでいるのが目に入った。その接近にウルフも気付いて顔が横を向き、俺は顔に一発蹴りを入れてこちらに意識を向けさせる。


「せいっ!」


 充分に接近したサトが声を上げ、持ち上げた剣を振るった。だが、動物としては機敏なウルフはギリギリのタイミングで躱し、剣の切先が芝生に突き刺さった。

 サトは剣の向きを変え、そこから踏み出して横に振るうがそれも躱される。

 ブンブンと連続して振るうが、ウルフはバックステップで攻撃範囲から逃げ続けた。


 サト、お前…………センス無いな!


 俺からすれば、サトの剣を振るう動きはド素人そのものだ。俺だったら無闇に剣を振るわないし、そもそももっと太刀筋が鋭くて速い。彼の褒められるところと言えば、へっぴり腰でないことぐらいだろう。


 後で剣の振るい方を教えよう。


 そう心に決めつつ、今はウルフを倒すことを優先して俺は動いた。ウルフに気付かれないように大きく上昇してから移動し、背後に回り込んだ。


「【ヒーローキック】」


 小声でスキルを口にし、高速の飛び蹴りで後ろ足に当てて大きく体勢を崩させた。ウルフは横槍に驚いて振り返り、その一瞬の隙でサトの剣がウルフを斬った。HPが大きく減ったが、まだ少し残っている。


「【ヒーローキック】」


 トドメを貰うべく再度スキルを使い、俺はその横腹に蹴りを入れた。

 が、ミリ単位でHPが残ってしまった。瀕死のウルフは動きが鈍り、トドメはサトに持っていかれた。


 ……くそっ。圧倒的に力が足りない!!


 調子が良くなっても大したダメージを与えられないことに俺は悔しさを抱き、荒れる心を落ち着ける為に深呼吸をした。


「サト、妖精はどうやったら強くなれる?」

「え? 魔法を使ったらいいんじゃないかな?」


 俺の質問に、お金と肉と毛皮を拾ってインベントリに仕舞っていたサトは困惑しながら答えてくれた。だが、それは求めている解答ではない。


「物理で強くなるにはどうすればいい?」

「そんなの分からないよ。本当に殴ったり蹴ったりを主体としている妖精なんてセキレイぐらいだろうし……意味があるかどうか分からないけど、やっぱり体を鍛えて敵を倒しまくるしかないんじゃないかな?」

「……そうか」


 やはりそれしかないか。あとは【ヒーローキック】みたいな必殺技っぽい強力なスキルを習得して、それ主体で戦うしかないか。


「それにしても、セキレイって凄く強かったんだね」

「嫌味か?」


 純粋な気持ちで言ったのだろうが、そう思って不快感を露わにした俺の言葉にサトは慌てて首を振った。


「違うよ。僕は戦いがあんまり得意じゃないけど、動きを見ればそれが凄いことくらいは分かる。もしセキレイが妖精なんかじゃなかったら、きっとウルフの一体くらい余裕で倒してたんだろうなって思ったんだ」

「……まぁ」


 その通りだ。妖精じゃなかったら普通に戦えていたし、ここまで苦労していない。フィクサーの思惑通りなのがマジでムカつく。


 でも、認められている気がして少しだけ心が軽くなった。


「次、行こうか」

「うん、行こう!」


 そうして俺とサトは暫くウルフ狩りを続けた。


 俺は変に意地を張らず、ウルフを誘導したり横槍を入れるサポートに徹してサトに倒させる立ち回りをした。そうした方が速く倒せて、結果的に経験値効率がいいと思ったからだ。

 時にはサトが凡ミスしてウルフから攻撃を貰うこともあり、回復魔法で治療して経験値を稼げた。


 その甲斐あって、ダンジョン内が暗くなり始める頃には俺のレベルも少し上がった。

 現在、レベル12。


「そろそろ戻るか」

「そうだね。これ以上はちょっと無理かな」


 サトも俺も疲労が溜まってくたくたであり、暗いとこれ以上の活動は危険だ。もう少し強くなれば夜も動けるが、まだまだ低レベルで無理をする段階ではない。


 ……明かりを出す魔法を覚えてもいいかもな。


 そんなことを考えながら一人だけ楽をする為にサトの肩に乗り、二人でホープタウンへと戻った。

 その後は、サトがウルフの肉と皮を夜も営業している店で売却し、宿で食事を摂ってお風呂に入ったり歯を磨いて一緒に寝た。

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