第5話 初めてのフレンド
さて、とりあえず殴ったはいいが、この青髪青目の美少年はどうしようか?
…………放っておこう。
関わっても面倒だと思った俺は、辺りを見渡して自分がいた川を見つけてそちらへ移動した。胃液でヌルヌルして臭くて早く体を洗いたかった。
ウルフはそこまで移動していなかったようで川にはすぐに到着し、自分が脱いでいた衣服が石の上にちゃんとあった。
安堵の息を吐きつつ、濡れたままの服を手間取りながら着ていると背後から足音。振り返れば彼がこちらにやって来ていた。
お前マジか……裸の女性が移動した先をすぐに追うか普通?
思わず呆れ顔をしてしまう。因みにまだ下着しか着られていない。
彼もそれが分かると、今度こそ視線を逸らした。
「あ、ご、ごめんなさい! まだ服……着てたんだ」
謝るのはいいけどさぁ、チラチラ見るなよ。
こいつは何がしたいのかよく分からないが、小さなため息が漏れてしまう。
とりあえず服を着てから、俺は口を開いた。
「お前、何なんだ?」
「えっと、初めまして。僕はサト。君は?」
「セキレイ――っくしゅっ!」
ううっ、寒い。
「よく見たら服が濡れてるじゃないですか! 風邪引きますよ?!」
「気にするな」
「気にしますよ!」
サトは俺に手を伸ばすと、握り潰さないように優しく掴んで歩き出した。
「おい、掴むな!」
くそっ、抜け出せない。
「駄目です。宿に戻りますから」
「……女を連れ込むのか?」
そう言った瞬間、サトは「うっ」と小さく声を漏らして気まずそうな顔をした。でもすぐにキリッとした顔になった。
「……でも、濡れた人を放っておけない」
「その優しさは評価するが、嫌がる他人を無理矢理連れて行くのは駄目だろう」
サトがピタリと足を止めた。
「じゃあ、セキレイは風邪を引きたいと言うんですか?」
「いや別に。ただ」
「なら温まってください。ADOはそこら辺がリアルに近い仕様にされているんですから」
「……」
駄目だこいつ、何言っても話聞かない。
俺が黙ると、サトは納得したと勘違いしたのかニッコリ笑顔を向けて歩き出した。
サトは器用にウルフに襲われないギリギリの距離を迂回しながら進み、第二階層から第一階層、外のホープタウンへと戻って来た。そのまま迷うことなく街中を歩いて宿屋の一つに入ると、NPCの店主と二三世間話をして泊っている部屋に入った。
「じゃあお風呂の準備をするので、少し我慢してください」
サトは俺を棚の上に降ろすと、浴室に向かった。
俺はというと、初めての宿屋の部屋に辺りを見渡していた。何処からどう見ても、現代的な模様のホテルの一室だ。
これはアビスダンジョンを作った神が、挑戦者に万全な状態で挑んでもらう為に異界の技術を取り入れて作った部屋、という設定だ。
だから天井には電気が通ってないのに点くLED電球があったり、スプリングマットレスが敷かれたフカフカのベッドがあったり、別室に上下水道完備の洋式トイレや浴室があったりする。
「へっくしゅっ!」
動かずに待っていたせいか、またくしゃみが出た。寒気も感じて鳥肌が立ち、体が震えてくる。少しでもこの寒さを緩和しようとその場に座って蹲り、外気を触れる面積を減らしつつ自分の体温で温まろうとする。
マズイ……マジで風邪引く。
寒さに耐えること少し、サトが風呂桶を持って戻って来た。
「お待たせしました。って、大丈夫ですか!?」
「ああ、ダイジョブ」
立ち上がって飛び、横に置かれた風呂桶に服ごと入った。不用心にも程があるが、丁度良い湯加減だった。
あぁ~温かい。
顔がへにゃっとなってしまう。
だが、残念ながら手遅れだったみたいだ。温かさを感じても寒気は収まらず、何だか頭がフワフワして、体も重いような軽いようなよく分からない状態だ。耐え難い眠気もあり、意識を保てずそのまま目を閉じた。
目が覚めたら、サトの部屋の天井があった。
辺りを見渡せば誰も居らず、近くには妖精サイズのミニチュアテーブルと椅子があり、洋服箪笥と個室トイレがある。俺自身はフワフワな布団のベッドで横になっていて、ここが人間用のベッド横の小さな棚であることが分かった。
起き上がって布団を捲れば着ている服が白くて可愛らしいネグリジェに変わっていた。妖精の羽があるせいか背中がぱっくりと開いているデザインで、ちょっと色っぽい。
「……何が起こったんだ?」
呟きつつ思い出そうとするが、お風呂に入った時までの記憶しかない。
とりあえずベッドから立ち上がって軽く伸びをしようとして、足に力が入らずその場に膝を着いてしまう。
体が凄い鈍ってる?
でも、凄く調子がいい!
足にしっかりと力を入れて立ち上がり、改めて伸びをする。現実では久しく味わっていなかった絶好調な状態だ。
試しに拳の構えを取って素振りをしてみると、今までで一番素早くて力強いストレートを放つことが出来た。
「……強くなってる?」
自分の手をグーパーして眺めつつレベルを確認するが、以前の記憶から全く上がっていない。
首を傾げていると、青髪青目の美少年であるサトが部屋の玄関ドアを開けて入って来た。
彼は体中に噛み傷や引っ掻き傷を作っており、痛みに表情を歪ませ、顔色も悪かった。だが、起きている俺と目が合った瞬間、無理して笑顔を作って歩み寄り、ベッドに腰掛けてから口を開いた。
「おはようセキレイ、調子はどうだい?」
「……おはよう。調子はいいが、その傷はどうした?」
「ああ、これかい? ちょっとウルフを狩ってた時にへましちゃってね。集団に襲われたんだ」
「そうか。とりあえず治そう」
俺は飛び立ち、最もダメージの大きそうな左腕の噛み傷に近寄ると、祈るような構えをして魔法をチャージして発動させた。
「【ヒール】!」
癒しの光により、数十秒掛けて噛み傷が塞がる。それと同時にピコン♪ とスキルを習得する音が脳内に響いた。
回復魔法【ハイヒール】を習得しました。
魔法の扱い方が脳内に流れ込んで来る。【ヒール】よりも回復量が多く、体全体を覆う回復を行える。その分チャージに掛かる時間とMP消費量が多い。
「丁度いい。サト、新しい回復魔法を覚えた。試しに使ってみたいがいいか?」
「うん、頼むよ」
「分かった。…………【ハイヒール】!」
倍以上の時間が掛かって魔法を発動し、サトの体が淡い光に包まれて全体の傷が徐々に治り始めた。かなり近づかないと駄目なのでやはり戦闘時には使えそうもないが、充分に実用出来る回復魔法だ。もしかしたら、レベルが上がったり魔法を鍛えれば【ヒール】でも充分な回復力になるのかもしれない。
回復が終わり、MPがそれなりに減ったことを確認しつつ俺はベッド横の棚の上に戻って着地した。
「ありがとうセキレイ。お陰で痛みも無くなった」
「どういたしてまして。それより聞きたいことがある。私は何故、こんな服を着ている?」
中身男として、心の準備も無しにこんな可愛らしい服を着るのはちょっとどころか普通に恥ずかしい。今も落ち着かないせいでちょっと脈が速い。
「あれ? 覚えてないの?」
「? 何を?」
意外そうな顔をされて言われたことに、俺は首を傾げた。その反応にサトは可笑しいと思ったのかくすりと笑った。
「セキレイ、君はここ三日間高熱で殆ど横になっていたんだ。時々起きていたから、僕がご飯を食べさせたり体を洗っていたんだけど……本当に覚えてない?」
「全く」
本当に俺そんな状態だったの?
だとしたら恥ずかしいな。
「そうなんだ。じゃあ意識もはっきりしているようだから聞くけど、セキレイは今までどういう生活をしていたの? 三日間も動けなくなるって、相当酷い状態だったと思うけど」
「今までか……第一階層に留まって果実を食べつつピンクブタを殴ったり蹴ったりで倒して、後は川で泳いで服を乾かしつつ筋トレ。その繰り返し」
思い返すと酷い生活だな。そりゃ風邪引くわ!
サトの顔も引き攣ってるし。
「……果実って言うとアカンボの実だよね? 他に何か食べなかったの?」
「妖精の体だと残すから、食べてない」
「……妖精で殴ったり蹴ったり、本当にしてたの?」
「ソロで活動するなら魔法だとまともに戦えない。必然的に素手で戦うことになった」
「妖精として戦い方間違ってるよ! よく死ななかったね!」
今更ながら俺もそう思う。
「でも生きてる」
「うん、そうだね。それで泳いで服を乾かしつつ筋トレって、どういうこと?」
「毎回ピンクブタの目を潰して血を浴びていたから、川で服も体も洗うついでに泳いでた。で、乾かす時には体を温める目的で筋トレもやってた」
「……そう、なんだ。でもそんなことしてたら、熱を出して倒れるのも当然だよ」
「ああ、そうだな」
ゲームだからって無茶をし過ぎたようだ。これからは多少の危険を冒しても出来るだけ街に戻って、体を温める為にお風呂に入ることにしよう。
「じゃあ、暫く一緒に行動しよっか」
「は? 何故そうなる?」
「いやだって、セキレイって放っておくとまた無茶しそうだし」
「……」
くそっ、否定出来ない。
「それに、僕としても話し相手と回復要因として傍に居てほしいんだ。どうかな?」
「……」
握手の為の手が差し伸べられる。
本当は断った方がいいのだろう。誰かと行動を共にするということは、それだけ目立ってしまう。さらに街への出入りの頻度も上がって、他者との関りも増えて何者かに狙われる可能性も上がる。
だが、サトは恐らくいい人で、記憶に無いが寝込んでいたお世話をされた恩もある。話し相手と回復要因として傍に居てほしいというのは、ソロでの活動に限界を感じている自覚があるということ。彼が本当に若い人間かどうかは分からないが、困っている人や助けを求めている人を見捨てられるほど、俺は腐ってはいない。
だから、俺は不承ながら渋々と、差し出された握手の指に触れて同意することを示した。
「よし、仲良くなった証にフレンド登録しよう!」
「ん」
サトが手早くメニューを開いて操作すると、目の前にメッセージが表示された。拒否する理由は最早ないので即座に「はい」を押して承諾した。
「これからよろしく、セキレイ」
「ああ、よろしくサト」
挨拶が終わったところで、サトのお腹が空腹を知らせるように鳴った。
「……あはは。フレンドになった記念を兼ねて、食事にしよっか」
彼は照れ臭そうにはにかんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます