第4話 食われる
治療が終わった俺は次の階層へ向かった。
第二階層:ウルフの住処
大きな土の道がぐねぐねになっていたり、キャベツっぽい野菜がそこら中に生えていたり、芝生がなだらかな丘になっていたりしている。
まだ妖精の【ガイド】を必要としない見晴らしの良い地形で、魔物もウルフだけで弱い。罠も無さそうだから戦闘というものに不慣れなプレイヤーが経験を積むには手頃な場所だろう。ただデスゲームとなった今では、油断すると死ねるが。
他のプレイヤーに声を掛けられたり、ウルフにちょっかいを掛けられるのを嫌った俺はさっさと高度を上げた。
空高くから階層を見渡すと、ここが巨大なドーム状の屋内だと分かる。天井は明るく外と同じような青空が広がっているが、太陽は見当たらない。
端の方には入り口の門から見えなかった木々が密集しており、ぐねぐねの土の道を辿った先には次の階層へと続く門があった。
門は出入りも多く、ゲームの攻略が進んでいることが伺える。
眼下を見れば、ここでは多くのプレイヤーがウルフ狩りに勤しんでいた。ソロで活動している者は死なないように慎重に動き、キャベツっぽい物を取ったり単独行動しているウルフと戦っている。
パーティーで活動している者は、連携を考えながらもウルフを次々と倒して楽しくやっているようだ。
そんなプレイヤーたちに混じって、大きなリュックを背負ってアイテムを売り歩く、商人プレイをしている者もいた。
俺も、妖精でなければな……。
妖精でなければあのプレイヤーたちのようにやれていた。そう思ってしまった俺は己の無能さや無力感を抱き、気持ちが大きく沈んだ。今の状態で戦えば間違いなく死に繋がるのが分かり切っている俺は、気付け代わりに川に飛び込み、全身を冷やして気持ちを切り替えた。
「ふぅ……やるか」
ヤル気になった俺は軽く髪と服の水気を取ってから飛び立ち、他のプレイヤーがおらず、単独行動しているウルフを見つけて向かった。
「【ヒーローキック】!」
まずは挨拶代わりに直上から脳天に強烈な飛び蹴りを加えた。小さな悲鳴を上げたが、やはりピンクブタと違って本格的な魔物だからかHPは二割ほどしか削れない。
一旦上空へ逃げるとウルフは見上げて俺を発見し、グルルと威嚇を始めながらその場でぐるぐると動き始めた。
警戒しながら少しずつ高度を下げると、ウルフは充分に引き付けたところで飛び掛かって来た。
おっと、危ない!
急上昇することで前足の引っ掻きをギリギリで躱せた。人間サイズなら痛いで済むだろうが、妖精からしたらその爪は極太で致命傷になる。
だが、動きは見切った。
レベルが上がってからというもの、心なしか体の動きや動体視力が良くなっている気がするのだ。
俺は再び高度を下げ、飛び掛かって来たウルフに合わせて引っ掻きを躱して顔に接近し、片目に横蹴りを加えて一時的に潰した。ウルフが着地して怯んだのに合わせ、俺はさらにもう片方の目に蹴りを加えた。
両目が潰れたが、ウルフは狼そのもので鼻が利く。すぐに反撃として噛みついて来た。
またギリギリで躱し、俺はその鼻先に向けて蹴った。ようやくウルフのHPが半分をきった。
一気に決める!
鼻が利くとは言え、素早く動き回れば正確な位置の細くは難しい筈。そう考えた俺はウルフの回りを高速で飛び、そろそろ痛みが引きそうな片目に向かって飛び蹴りの構えを取った。
【ヒーローキック】!
聴覚も良いだろうと思って黙ってスキルを発動し、真っ直ぐに飛ぶ。
――あっ!
どうやら俺の考えは甘かったらしい。ウルフは俺が必ず攻撃してくると分かっていたようで、スキルで突っ込んだ瞬間にパッとこちらに振り向き、口を大きく開いていた。俺は止まれずにそのまま突っ込んでしまい、ぱくりと口の中にホールインワン。ウルフも口の中にすっぽり入ると覆わなかったようで、そのままごくりと俺を呑み込んだ。
「やべぇ、食われた……!」
ヌルヌルでブヨブヨ、嫌な臭いに空気の薄い真っ暗闇の胃の中。強烈な胃酸の液体を被ってはいるが、まだ体の皮膚が溶けるには少しばかりの猶予があり、HPは減っていない。
ただ、蠕動運動とぬめりで思うように動けない。
試しに胃壁を思いっきり殴ってみるが、ヌチャッとしてボヨンとなって、ビクともしない。
……落ち着け。まだ慌てるような時間じゃない。
真っ暗闇で時間制限あり。それに食べられたという事実が動揺を誘い、俺は臭い胃の中の空気を我慢して深呼吸してから、唯一この場から助かる手段を試した。
「【ヒーローキック】【ヒーローキック】【ヒーローキック】【ヒーローキック】【ヒーローキック】【ヒーローキック】!!」
スキルを連打し、俺は一点集中で攻撃した。胃壁に対して効果がなく滑ってしまうが、そのままずるずると移動していると足がどこかに引っ掛かった。
そして圧力が掛かり続けて伸びに伸び、やがてブツリと千切れて血が噴き出した。俺はその中をぐんぐんと進み、幾つかの臓器や筋肉に穴を開けて内側から皮を突き破り、外へと脱出することに成功した。
「出た!」
体内から外への生還に歓喜しつつ急上昇しながら振り返れば、内側から攻撃されたウルフはHPがゼロになって倒れ、光の粒子となって消えたところだった。
「よし! 勝った!」
下手に噛まれずに胃の中に入れたから勝てた。だが、これでは本当に勝ったとは言えない。もっと鍛えないと!
それよりも胃液やら何やらで全身がヌルヌルベトベト、臭いも酷い。
「……うへぇ、川で洗おう」
俺はお金とウルフの肉と皮を回収してからとぼとぼと飛んで近くの川へ入り、念入りに体と服を洗った。ついでに水中ならウルフから狙われないだろうと【潜水】のスキルレベル上げで泳いだ。
「ふぅ、あっ!」
水中から顔を出した瞬間、そこにはウルフの顔が目の前にあった。スタミナが切れ掛けているのと、いきなりのことにちょっと固まってしまい、俺はそのままパクリとウルフに咥えられ、持ち上げられてごくりと丸呑みにされた。
「……またかよ!!」
さっきと同じ要領でウルフの腹をぶち破って脱出。ウルフは死んだ。お金を肉と皮を回収し、俺は再び川に入る。スタミナがもう殆どないので泳がず、体と服を洗ってからスタミナ回復まで筋トレせずに下着を振って乾かす。
「へっくしゅっ! ああ、やっぱ筋トレしないと寒いな」
くしゃみをして風邪の心配をしつつ、スタミナがある程度回復して来たので筋トレを始めようとしたところで、影が出来た。
「ん?」
上を向けば、音も気配もなく近づいていたウルフが一匹いた。
――そっか、血の臭いに惹かれたかぁ。
どうしてウルフが近づいて来るのか気付いた俺は諦めの境地に入り、またしてもぱくりと咥えられ、そのままごくりと丸呑みにされた。
……MPはもう回復してるとはいえ、何度も丸呑みにされてるとちょっと気が滅入るな。
「お?」
面倒臭いけれど確実に死ぬ状況なので仕方なく動こうとしたところで、胃の蠕動運動がピタリと止まり、ウルフ自体が光の粒子となって消え始めた。
誰かが倒したのか……いやちょっと待て! 俺、今、全裸!
隠れる場所も無く、あたふたしている間にウルフが完全に消えて外の景色が映り込む。それは俺の姿が見えてしまうことであり、全裸で胃液塗れの状態で剣を持った一人のプレイヤーと目が合ってしまった。
「あっ」
「あっ」
と、二人揃って固まってしまう。
そのプレイヤーは、中性寄りの端正な顔をした青髪青目の美少年だ。紺色の初期服を着ていて、体の方は細身で強そうには見えない。
そんな彼は、ハッと我に返ると頬を赤くして飛び退いた。
「ご、ごめんなさい! あのっ、見てませんから!」
いや目が合ったからめっちゃ見てるだろ! 今も!
ツッコミを入れたいが、中身男だとしても美少女アバターでこんな状態だと凄く恥ずかしくて、それどころじゃない。自分でも分かるくらいに赤面して顔が熱くなっているのを感じ、自然と手で胸と股を隠してしまう。
ただそれはそれとして、視線を逸らしたり背を向けたりしないむっつりスケベな彼には、ライトノベルや少年漫画のようなお約束という名の物理的制裁が必要だろう、いやすべきだと感じた。
だから俺は飛んで彼の顔の前に立つと、力を込めた右ストレートを眉間にぶち込んだ。
「ふんっ!」
「あうっ!」
彼は情けない声を出して、その場に仰向けに倒れた。
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