第3話 第一階層突破




 全身血塗れとなったせいで服ごと川に入って体を洗った俺は、裸で石の上に三角座りしていた。傍では石の上に濡れた衣服を広げて乾かし中だ。


「困ったな……」


 予備の衣服なんてあるわけが無く、かといって裸でうろつくのは流石に恥ずかしい。それにプレイヤー全員が善人なわけがないので、こんな姿を晒せば襲われたり捕獲されたりする可能性が高い。


「へっくしゅっ! ああ、風邪ひきそう」


 くしゃみが出て、垂れ始めた鼻水をずずっと吸い込んで戻す。手で腕をさすって摩擦によって熱を得ようと試みるが、面積が小さすぎて焼け石に水だ。


「――そうだ! 筋トレしよう!」


 じっとしているだけでは本当に風邪をひいてしまうと思った俺は閃きを得て、ショーツと妖精用の背中がぱっくり開いたブラトップを手に取ると腕を振りながらその場でスクワットを始めた。

 全裸の美少女が下着を振って筋トレするという酷い絵面だが、体を温めつつ服を乾かせるので、実に効率的なやり方だ。


 どれだけの時間が経ったか……俺は下着を乾かすことに成功した。そのまま下着を身に着けてシャツとズボンも筋トレしながら必死に振って乾かし、ブーツ以外を着ることが出来た。


 ただそこで時間切れ。太陽は無いが外の時間と連動しているのかダンジョン内が徐々に暗くなり始めていた。今日の活動はこれ以上無理だと判断した俺は木へと移動する。

 遠くにいる他のプレイヤーも初日で光源の確保が出来ておらず、ホープタウンへと引き返し始めているのが見えた。

 アカンボの実をもぎ取り、幹から延びる太い枝に座って食べた俺は、少しして川でトイレを済ませてから寝るのに適した寝床を探した。


「おっ、ここいいな」


 太い枝の中で丁度窪みになっていて、絶対に落ちないだろう場所だ。俺は寝相がかなりいい方なので寝床として最適だ。しかもダンジョンという環境だからか、今まで虫を一切見ていないので、就寝中に襲われる心配もない。

 まだ乾いていないブーツを近くの枝にぶら下げ、俺はそこで眠りに就いた……。






 デスゲームが始まって初めての朝。明るくなると同時に目が覚めた。


「……夢じゃないな」


 実にいい目覚めだ。現実のことを一切心配しなくていいからこそ、よく眠れたのだろう。

 伸びをしてから起き上がり、まずはブーツを確認する。


 まだ乾いてない……。


 仕方ないので裸足のまま行動することにし、飛んで欠伸をしながら川で顔を洗い、トイレを済ませる。木に戻ってアカンボの実を食べながら近くのピンクブタを観察する。


 昨日思いついた課題と戦法だが、自分から見て超大型の魔物に対しては目や鼻から体内に侵入し、人食いアメーバの如く脳の物理的な破壊を狙うのがいいと思った。ただそれには体内の臓器や肉を千切るだけの筋力と、収縮して圧迫されるのに耐えられる丈夫さが足りない。

 さらに体液で溺れないだけの潜水能力が求められる。その潜水能力は恐らくゲームのスキルで大きく向上させることが可能だと考えている。簡単にクリアされるのが悔しいと言い切ったフィクサーのことだ、難易度が高い水中ステージを絶対に作ってるだろうから、その為のスキルだってあるに違いないのだ。

 

 というわけで、アカンボの実を食べ終わった俺は「ごちそうさま」をしてから早速近くのピンクブタに近づいた。


「【ヒーローキック】!」


 昨日と同じ要領で片目を潰す。やっぱり威力が高いせいで眼孔に入り込み、血塗れになってしまう。


 【ヒーローキック】!


 方向転換して瞼を突き破って脱出し、上昇して三発目を構える。


「【ヒーローキック】!」


 脳天に重い一撃を加えてピンクブタを倒した。昨日の苦戦が嘘のようだ。それはそれとして、また血塗れになってしまった。お金とお肉を回収して川へすぐに移動する。


「よし、始めるか」


 川に到着した俺は流れの浅い場所に飛び込み、服と体を洗うついでに潜って泳ぎ始めた。スタミナが切れるまで潜水を繰り返し、石の上に上がって休憩がてら【ヒール】でスタミナと疲労の回復を行う。それからまたピンクブタを狩って川に戻り、潜水して泳ぐ。

 これを繰り返すこと五回ほど……レベルが一つ上がり、泳ぎに関するスキルを習得した。


 パッシブスキル【潜水Ⅰ】

 水中での移動能力上昇、無呼吸での活動持続時間上昇の効果がある。


「これなら……出来る!」


 独自の戦法が確立出来ることを確信し、より一層気合が入った俺は再びピンブタ狩りと潜水を繰り返した。

 レベルが3、4、5と上がり、ほんのりピンクブタへのダメージが上がったり、スタミナが上昇しているような気がしつつも、暗くなる前に服を乾かす必要があるので程々のところで狩りは終了した。


 それにしても、どうしようかな……肉。


 全裸でスクワットをしつつ下着を振って乾かしながら考える。

 数十体もピンクブタを倒しているが、この妖精の体ではインベントリに仕舞えるのはせいぜいニ十個程度だ。余った肉はラップに包まれて腐ったりしないので木の下に集めて放置しているが、正直なところ使い道がない。焼く為の魔法も器具も無いし、焼けたとしてもあの大きさは一つでも食べきれない。街に戻って売りに行くのもいいが、まだもう少しだけレベルを上げたりスキルレベルを上げたい。

 数字が付いてるスキルはレベルが上がる仕様で、もう【潜水Ⅱ】に上がっている。


 ……ま、そのうち思いつくか。


 特にいい案は思いつかず、今は肉のことは深く考えないようにして黙々とスクワットを続けた。





 それから同じ日々を続けて一週間が経った。結局お肉の処理は何も思いつかず、インベントリに入っているお肉も捨てて木の回りに肉の山が出来た。


 レベルは10まで上がり、ピンクブタも【ヒーローキック】で目を狙えば、もう片方の眼球まで貫通して一撃で倒せるようになった。潜水のスキルも【潜水Ⅴ】まで上がり、追加効果として水中での視界がクリアになったり、どんな液体の中でも失明せずに目を開けていられるようになった。沁みるが。


 そろそろ第二階層に移るか……いや、まだスキル無しの素手のみで倒してないな。


 アカンボの実を食べながらそんなことを思い、俺はスキル無しで殴り倒すことを第一階層での最後の試練とした。


「よし、やるか!」


 食べ終わった俺は飛び、近くのピンクブタの正面に浮いた。相変わらずプレイヤーのことなど一切気にせず、芝生をハムハムと食べ歩いている。人間だったならペット感覚で戯れるのも一興だろうが、今の妖精の姿では巨大な怪獣だ。ここがゲームの中で、最弱の魔物だからこそ質量差を物ともせずに倒せているが、現実でこれほどの差があったらどうにもならないだろう。


 俺は拳を構え――動いた。


「おらぁっ!」


 気合の籠った拳で眉間を殴る。小さな拳による衝撃がピンクブタの顔を揺らし、僅かにダメージが入った。


 イケる!


 俺はそのままピンクブタの顔に取り付き、何度も殴り始める。

 ピンクブタも攻撃されたことで敵と認識し、すぐに振り払おうと頭を勢い良く振るうが、ずっと飛んでいた俺はその程度の動きでは吹き飛ばされない。


 殴る殴る殴る殴る殴る……!!


 殴打の連続で徐々にHPバーが減っていく。振り解けないと判断したピンクブタは全力で走り始めた。


 むっ、この動きは!


 意図に気付いて振り返れば、岩に向かって一直線に進んでいた。だが元が遅い為にまだまだ猶予は有り、俺は続けて何回か殴ってからタイミングを見計らって上昇し、岩とピンクブタの間で潰されるのを回避した。

 岩に激突したピンクブタはHPを大きく減らして、以前のようにフラフラとなって動きを止めている。大きなチャンスを得た俺は、利き手である右手を極限まで力ませ、壊れるのを覚悟で歯を食いしばって直滑降に飛んでピンクブタの脳天を殴りつけた。

 ゴッ、と硬い骨に当たる音と同時に自分の右手の骨が折れる生々しい嫌な音と感覚がし、強い痛みに襲われる。


「くううううううっ!! 痛い!!」


 現実であればこんなことは絶対にしないし、まず痛みに耐えられない。だがこの無茶の甲斐あってピンクブタのHPは無くなり、倒すことが出来た。

 悶絶して涙目になりつつも落ちた銅貨をインベントリに仕舞い、肉は放置で寝床にしている木へと移動する。それから痛みを我慢して無理矢理に手を組んで魔法の構えを取り、チャージを完了させる。


「【ヒール】!」


 右手の治療を初めて痛みが緩和され、ようやく落ち着けて一息ついた。


 これでウルフと戦えるな……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る