第2話 妖精での初戦闘
第一階層:ブタの平原
ダンジョン内では、現状を受け入れて既に行動を開始し、ピンクブタ相手に戦っているプレイヤーが何人もいた。
……あっち行こう。
妖精という立場でソロプレイは恐らく奇異の目で見られるだろうと思った俺は、近場での戦闘は諦めて入り口の門から大きく離れた、赤い実のなる木の一つに向かった。
この体でどうやってピンクブタを倒すべきか作戦を練る必要があるのと、ちょっとお腹が空いたのだ。ゲーム内時間で朝から正午まで活動していたし、空腹具合はアバターが変わっても維持されている。
だから俺は、この木に実っているサクランボ――『アカンボの実』を食べようと思ったのだ。
茎から丸くて赤いアカンボの実をもぎ取り、枝に着地して座る。
「では早速……いただきます」
パクリと一口。自分が小さいせいで大玉スイカ並みに大きいアカンボの実の皮は艶があって張りがある。歯が通るとパリッと破け、さっぱりした甘味の果汁が溢れ出し、程よい噛み応えの赤い果肉が姿を見せた。
「……うん、美味いなこれ」
病みつきになる味だ。食べるのが止まらない。
そのまま黙々と食べ進め、丸々一つ食べきった。
「ふぅ、ごちそうさま」
手を合わせて食事を終える。この小さな体だとアカンボの実一つで満腹となってしまう。低燃費なのは素晴らしいが、これではまともな食事が殆ど楽しめない。
「さて、どう戦うべきか……」
ちょっと飛んで枝葉の中から見えやすい位置に移動し、俺は近くのピンクブタを観察した。
ピンクブタは第一階層に生息する最弱の魔物。攻撃しない限りは何もしない温厚な性格であり、攻撃したとしてものっそりと突進して来るだけ。
だが今の俺は妖精である。小さすぎる体では普通に殴ったり蹴ったりしたところで恐らくダメージは与えられない。
やるならば生物共通の弱点である目を、鋭い枝で突いてやることでダメージは与えられるだろう。でもそれだけで死ぬことはない。せいぜい目が見えなくなるだけだ。あとは一寸法師よろしく体内から引き裂くというやり方もあるが、刃物が無いからそれも出来ない。一度攻撃して岩や木にぶつけるのが限界だ。
戦い方としては目を突いてから誘導して岩にぶつける、これしかない。
「……その前に、トイレ行こう」
水分の多いアカンボの実を食べたせいだろうか、さっきから尿意を感じて仕方がない。女性は尿道が短く尿意を感じやすいらしいが、今それを実感している。正直漏れそう。
男としてのアイデンティティを気にしている余裕もなく、俺は内股になってモジモジしつつ漏れないように堪えながら飛び、近くの川へ向かった。
川の中で水深が浅く、流れの緩やかな場所を発見した俺は、水に浸かっていない大きな石の上に着地した。
「やばい、漏れる!」
安心感から急激に尿意が上昇し、急いでブーツを脱いでからズボンとショーツを脱ぎ、下半身裸になるとしゃがんで用を足す。
「ふぅ……」
無事にお漏らしせずに用を足せた俺は、水で股と手を洗って脱いだものを着る。
それから再び木に戻り、手頃で鋭利な枝を見つけ出した俺は、何となく掲げた。
テッテレー♪
木の槍を、手に入れたぞ!
この木の槍――ぶっちゃけすぐに折れてしまいそうな枝は、真っ直ぐ伸びていて鋭い。目を正確に突いたら失明するだろう。
「あとは……ピンクブタを何処にぶつけるか……あそこがいいな」
ピンクブタが近くにいて、手頃な位置に岩があった。標的を定めた俺は早速傍まで近寄り、呑気に芝をハムハムと食べているピンクブタに対して助走の為の距離を取り、木の槍を構えた。
「突撃イイイイイイイィィィィィ!!」
俺は制御可能なギリギリの速度で突撃した。
ピンクブタは俺の大声にも反応せず、見事に目に直撃して槍が突き刺さった。同時にピンクブタは目を閉じて悲鳴を上げて暴れ狂い始め、槍が根元からポッキリと折れた。
離れて槍を捨て、ピンクブタのHPバーがそれなりに減っているのを見つつ岩を背にする。
「よし来い! こっちだ!」
意味も無く挑発しつつ待っていると、痛みによる怯みが無くなったピンクブタが怒りの形相になり、前足を数回掻いてから突進して来た。
……おそっ!
思った以上に遅い。人間が全力で逃げたら普通に引き離せるレベルだ。それでも岩にぶつかったら痛いだろうし作戦は続行。ギリギリまで引き寄せてから上昇して躱す。
ゴッと鈍い音がしてピンクブタのHPが減り、半分以下になって黄色くなる。おまけに軽い脳震盪でも起こしたのかフラフラになって動きが鈍くなり、俺は潰れた目の方に回って、閉じている目に向かってドロップキックを食らわせた。折れた槍が押し込まれる感覚があった。
するとピンクブタは悲鳴を上げながら再び暴れ出し、HPがさらに減って二割以下になり、赤くなる。
あと、一押し!
俺はすぐさまピンクブタから離れ、木に移動して鋭い枝をもう一度手に入れた。そのまま木を背にして待機していると、痛みによる怯みが収まったピンクブタは再びこちらに向かって突進して来る。
躱して木にぶつけると、ゴッと再び鈍い音がしてピンクブタのHPが減り、数ミリ残しとなる。
さっきと同じように脳震盪を起こしたのかフラフラとなっている。
「うおおおおりゃあああああああッ!」
気合いを入れて潰れた目の方に突撃する。
――あっ。
同じことを繰り返したせいだろうか、フラフラとなって動かなくなる時間がさっきよりも短く、さらに死角から攻撃してくると学習したのか、ピンクブタが急に振り被るように動いて別の部分に槍が当たり、刺さらず折れて、俺は強く弾き飛ばされた。
「がっ」
車に轢かれたような強い衝撃に折れた槍が手から離れ、飛行の姿勢制御が出来ずに俺は落下して地面に打ちつけられた。体が軽いお陰で芝生がクッションになって助かったが、ピンクブタに当たったせいで自分のHPバーは半分以下の黄色になってしまっている。
痛い……一撃でこれか。
全身の痛みに顔を顰めながら立ち上がった俺は、踏み潰そうと迫って来るピンクブタを見上げる。
ここで俺の人生が終わり……?
そんな訳あるか!
俺は前に向かって飛び、ピンクブタの股の間を抜けて目の見えない方に回り込んだ。
「もってけ右足!」
振り向く動作を考慮しつつ閉じている目に狙いを定めた俺は、右足を伸ばして全速力の飛び蹴りを食らわせた。
薄い瞼にめり込むと同時、足が衝撃に耐えきれず折れる音と激痛が襲う。だが、目の中に刺さっている折れた槍がさらに奥へとめり込んだのだろう、ダメージが入ってピンクブタのHPは無くなり、倒れるとすぐに光の粒子になって消えた。
三枚の銅貨とラップに包まれた肉が落ちる。それと同時にピコン♪ とスキル習得の音が脳内に響いてメッセージが表示された。
ウェポンスキル【ヒーローキック】を習得しました。
「ヒーローキック?」
素手なのにウェポンとは……?
脳内にやり方や効果が流れ込んで来る。どうやらこのスキルでの攻撃なら足への負荷を無くして全力攻撃が出来るみたいだ。ただ、MP消費が重い。
「……それより痛い、めっちゃ痛い! 足がヤバイ!」
折れた右足の痛みのせいで嫌な汗がダラダラと出始めている。細かい部分は気にしないことにし、痛みを堪えつつせめてお金だけでも回収し、俺は安全な木の傍に移動した。
「くうううううううっ!」
座る時に少し動かすだけで、ギリギリ耐えて動ける程度の激痛が走り、悶絶して歯を食いしばる。この骨折がゲームの部位欠損と同じ仕様ならば一時間ほどで自然治癒するのだろうが、デスゲームとなった今はどうなのか分からない。自分で実験する気もないので、自力で治す必要がある。
幸い、妖精は武器を持てない関係で最初から回復魔法の一つ【ヒール】を覚えている。
普通の回復魔法は鎮痛作用、スタミナ回復、疲労回復、部位修復の時間短縮効果に、プレイヤーがわざと受けたダメージ以外の回復なら経験値が入る仕様だ。
思考するだけで選択出来る魔法の準備に入り、両手を胸の前で組んで祈りの構えを取る。すると全身が淡く光って魔法のチャージを開始し、視界の隅にチャージ時間が表示された。
このゲームの魔法は特定の構えを取った上でのチャージ式だ。構えを解いたり動いたらチャージが中止されてしまう仕様なので、安全な場所でやるか前衛にしっかりと守ってもらわないとまともに使えない。
素手の場合は、両手を胸の前で組むか合掌して祈りのポーズを取ることでチャージが開始される。構え無しでも可能だが、その場合はチャージ時間が倍増し威力が半減する。
最初の回復魔法だけあって、三秒ほどでチャージが完了した。
「【ヒール】」
声に出しつつ患部に手をかざして発動すれば、ほんのり温かい光が患部を包み、じわりじわりと徐々に回復を始めた。
「おっっっそ!」
HPバー的に五秒に1%程度の回復力。この速度では戦闘中に接触した状態で行うのは時間が掛かり過ぎて危険だろう。
数分後。
時間は掛かったが全回復した。【ヒール】のMP消費量が少なく、MP自動回復が速いお陰だ。
「……あ、骨折が治ってる」
鎮静作用によって痛みが引いたと思ったら、いつの間にか完治していた。部位欠損の一時間が数分に短縮されたと考えれば充分だ。
MPもかなり消費したので少し休憩し、MPが全回復したところで立ち上がった。
「よし、もう一度やるか!」
スキルを試してみたかった俺は飛んで移動し、近くのピンクブタに標的を定めて飛び蹴りの姿勢を取った。
「【ヒーローキック】!」
スキルが発動し、伸ばした右足に魔力が集中して光る。動きは加速し、普通に飛ぶよりもずっと速い速度で真っ直ぐ突き進む。そのまま魔力を強く纏った蹴りが狙っている目を貫いて潰した。血が噴き出ると同時に勢い余った俺はそのまま眼孔の中へと入ってしまった。
やべぇ、溺れる!!
視界が赤くて暗い。恐らく瞼が閉じているので出口も無い。こうなることを想定していなかったから、空気を取り込んでおらず数十秒も持たない。
やばいやばいやばい!
このままじゃ死ぬ!
ブタの体内で死ぬ!
間抜けすぎるぞそれは!!
こうなったら一か八か……!
俺は血と眼球の残骸の中で方向転換し、瞼があるだろう位置で飛び蹴りの構えを取った。
【ヒーローキック】!
ウェポンスキルは発声しなくても発動可能だが、威力が落ちてしまう。
それでも、今この状況を脱するには充分な威力があった。俺は加速と共に瞼を突き破って外に出られたのだ。
「ぶはぁっ! 死ぬかと思った!!」
それにしても全身血塗れのヌルヌルで気持ち悪い。臭いと色が服と体に染みついてしまいそうだ。今すぐ洗いたい。
――っと、そんな場合じゃないな。
すぐに上昇してピンクブタの突進を回避する。そのまま直上で三度目の飛び蹴りの構えを取った。MPはまだ持つ。
「【ヒーローキック】!」
軽いから大した恩恵は無いが、重力の力を借りた加速で急降下した俺はピンクブタの脳天に蹴りを食らわせた。
眼球を潰すほどの初撃でHPが赤くなっていたピンクブタは、今の一撃でHPが無くなって倒れ、光の粒子となって消えた。
「ッシャア! 勝った!」
まさに完・全・勝・利!
高らかに右拳を掲げる。最弱とはいえ、妖精になっても苦戦せずにソロで魔物を倒せた。これは俺にとって大きな自信となる。それに必要な課題と戦法も見えた。これからが楽しくなること間違いない。
それはそれとして、戦いに満足した俺は銅貨とピンクブタの肉をインベントリに仕舞い、急いで全身の血を洗い落とすべく川に移動した。
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