第1話 デスゲームの始まり
そいつはヘリウムガスを吸ったような、編集された声で俺たちに歓迎の挨拶をした。
全然嬉しくないが、これをしでかしたであろう元凶の話を聞かないことにはどう立ち回ればいいか分からない。
仮にそいつが男だと仮定して、彼は両手を広げるのをやめてから言葉を続けた。
「プレイヤー諸君にこうして話すのは最初で最後になりそうだが、一応名乗っておこう。私はフィクサー、今回の騒動を引き起こした元凶だ。君たちの時間を使うのは惜しいから手短に話そう。まずこの時を以てここに宣言する。私フィクサーは、プレイヤー諸君の生命を掛けて協力型のデスゲームを開催する!」
……この展開、有名なライトノベルで読んだことあるぞ?
俺がそう思っているのだから、周りのプレイヤーの反応も意外と落ち着いている。
「もう気付いている者もいるかもしれないが、ログアウトボタンは私の手によって削除した。これから行われるのはゲームであってゲームでない。HPが無くなって死ねば、君たちは電脳世界に意識を移した状態でVR機器の接続を切られ、現実の体とおさらばし、意識は電子の海の中へ消えることになる。細かい説明はいらないだろう。単にこの世界での死が現実の死に直結している、とだけ覚えておいてくれ」
やっぱりライトノベルで読んだ展開通りだ。この人も読んだのかな?
「勿論、これはゲームだからクリア条件はある。ダンジョンの第百階層を誰でもいいから一人でも突破することだ。そうすれば私は敗北を認め、プレイヤーのログアウトボタンを復活させることを約束しよう」
ほんとに? すんごい疑わしいんだけど?
「それと、現実の体の方は安心してくれて構わない。既にゲーム内の時間は可能な限り加速し、ここの一日は現実では一秒にも満たないようになっている。数百年の猶予はある計算だ。万が一の対策もしている」
百層までの攻略にそこまで掛かるか?
いや、掛かるかも。
「デスゲームの話は以上だ。これよりシステム変更を行う。死んだらそれっきりだというのを前提に、よりリアルに寄せる。激しく動けば息が上がって汗を流し、喉の渇きや空腹を感じるようになり、下着が脱げて排泄行為や性行為が可能となる。流血もするようにした。また、痛覚も感度を良くした。一定値以上の痛みは出ないが、上限はかなり高めに設定しているから大ダメージとなる攻撃をまともに受けないことをオススメする」
フィクサーはメニューを開き、そこからさらにゲームマスター用のデバックらしきものを開いて色々と操作した。残念ながら隠蔽処理されている為に霞が掛かっていて何をやっているかは見えない。
「――これで良し。最後に、デスゲームが始まるまでの間をチュートリアルとし、全プレイヤーのステータスをリセットする。さらにアバターを十代から三十代までの年齢設定で固定し、それ以外を完全なランダムとして再生成する。それに伴い名前を一度文字化けさせ、ネーム変更チケットを一枚配布とする」
マジか!?
流石に他のプレイヤーも驚き、周囲がざわついた。それもそうだろう、折角自分の好きな種族と見た目になっているのに、強制的に変えられるのだから。
フィクサーは「なお」と続けて言った。
「ゲームを簡単にクリアされたら悔しいので、私は実力のあるプレイヤーをまともに戦わせるつもりはない。具体的には、このチュートリアルの間に十五レベル以上に到達した者、或いは魔物の戦闘を避け切って第五階層に到着した者は、強制的に種族を妖精に固定とする」
なん……だと……!?
アバターとして選択可能な妖精という種族は、公式サイトでプレイ難易度が高い種族として紹介されていた。
妖精はダンジョン攻略の手助けとなる種族として、神が生み出したという設定だ。特殊スキル【ガイド】という階層内を正確に案内出来る唯一無二のスキルを持ち、飛行が可能、魔法が得意でMPの自動回復が異常に速いという特徴を持つ。だが、それ以上にデメリットが目立つ。
そもそも身長が人間の十分の一、手の平サイズ程度しかない為、紙耐久且つ超低筋力なのだ。武器や防具などの装備もほぼ不可。間違って他のプレイヤーに踏みつけられただけでも即死しかねない。
しかも、インベントリの容量もかなり少ない。このゲームの仕様として、インベントリの容量は人間の平均を基準に身長と体重の割合によって増減する。流石にお金は仕様の適用外だが。
「では、始めよう!」
呆けている間にフィクサーが操作し、まず名前が文字化けを起こした。俺のアバターネームはアランだったが、見事に分からなくなってしまった。
次に体が光に包まれ、視界も一時的に真っ白になった。数秒ほどで光が収まって視界が戻ると、フィクサーの宣言通りレベル15だった俺は妖精になっていた。
うわっ、こわ!
辺りを見渡せば、水平方向に見えるのはプレイヤーのブーツばかり。見上げればビルのような高さのプレイヤーに囲まれていて非常に圧迫感と恐怖があった。
さらにそこからレベルが1に戻った。
「プレイヤーのステータスも初期化した。私のやるべきことはこれで終わりだ。プレイヤー諸君、良いゲームライフを!!」
フィクサーは両手を広げて高らかに言うと、そのままホログラムが消えた。
――ヤバイ、今すぐ動かないと!
皆は呆気に取られて静かだが、すぐに我に返った誰かが悲鳴なり上げて連鎖的に騒動になる。そうなると小さい妖精の俺は踏み潰されてしまう。
それを直感的に理解した俺は慌ててプレイヤーの足の間を走った。
確かこっちが壁に近かった筈!
幸い大広場にいた時に自分の立っていた場所はある程度把握していた。大広間の隅の方だ。今は目印になる物すら見えないプレイヤーというビル群の中を移動しているが、方向感覚は優れている自信があり、記憶を頼りに一直線に進んでいる。
飛べればいいのだが、残念ながら俺は飛び方を知らない。他のゲームで空を飛ぶアバターを使ったことが無いのだ。デスゲームとなった今、ぶっつけ本番はリスクが高過ぎる。
……それにしても、走り辛い!
移動に必死ですぐには気付かなかったが、胸が女性らしい膨らみのあるものになっていた。気にはなるが、今は生きることに必死で自分に欲情している暇もなく、正直邪魔である。
体のバランスも変わっていたが、そちらの方は元々持っているセンスでどうにかなっている。
遠くの方で、誰かが悲鳴をあげた。それによって波紋のように動揺が広がり、次々とプレイヤーたちが自分の姿や置かれた境遇に感情を発露し、一気に騒然となり始めた。
「よし、間に合った!」
大広場の範囲を形成している建物の一つに無事到着。砂や土で汚れた壁に背を預けて荒くなった息を整えつつ、プレイヤーたちを見上げれば、遅れて今いる場所も騒がしくなり始めていた。
種族や性別が変わったことに喜ぶ者、戸惑う者、悲鳴を上げる者……。
現実に戻れなくなったことに悲しむ者、フィクサーに怒る者、むしろ喜ぶ者、そそくさと大広場から抜け出そうとする者……実に様々だ。
……これは暫く近寄れないな。
息もある程度整った俺は混乱に陥っている大広場から離れることを決め、誰かに蹴られたり踏みつけられないように建物の壁に沿って移動した。
人間ならすぐの距離だが、今は一歩が非常に小さい妖精。それなりの時間を掛けて建物をぐるっと回り、人間だった頃なら入るのすら躊躇する建物と建物の間の狭い道に来た。薄暗い場所で、人一人が何とか通れる狭さだ。
ここなら誰かが通る心配もなく、飛行の練習にはうってつけだ。
「さて、まずは……説明書の確認だな!」
メニューを開き、オプションからヘルプ画面を展開する。そこからゲーム内での妖精の飛行について書かれた説明書を読んだ。
このゲームの妖精は魔力で体を浮かして飛んでいる設定だ。背中の羽で直接飛んではおらず、加速や方向転換や姿勢制御として使っている。
飛行は微量ながらMPを消費し続けるが、妖精のMP自動回復の方が消費より上回っているので、余程追い詰められた状況でなければ飛べなくなることはない。ただ、羽を動かし続けるとスタミナも消耗するので、そこら辺は注意が必要だ。
肝心の飛び方だが、ラジコン操作のような感じらしい。
「やり方は分かった。あとは挑戦あるのみ!」
メニューを閉じ、飛び立つ前に自分の羽を確認する。細長い四枚羽で、透明でガラスのように綺麗だ。虫っぽさはない。
大丈夫……行ける筈!
深呼吸して緊張を少しでも和らげ、説明通りのイメージをする。すると体がふわりと浮き、羽がパタパタと動き始めた。
「おお、浮いた……」
初めての経験に高揚する。ただ、無重力に近い感覚があって地に足が着いていないから落ち着かない。
浮くことは出来たので、次の段階としてそのままゆっくりと前に進む。空気抵抗に加えて背中を押されるような感じで飛ぶので、自然と体が前傾寄りになってしまう。
「よし、いいぞ……今度は加速だ」
加速すればより前傾姿勢になり、それなりの速度になった。だが体感では人間が全力疾走した程度の速度で、スタミナの消費もそれなりにあって長い時間この速度を維持出来そうにない。
通路も抜けそうになったので俺は飛ぶのを止めて着地した。
「これなら何とかなるか。あとは……この体の確認だな」
通路を抜け、他プレイヤーやNPCに踏まれないように道の隅を歩く。鏡を探すが屋外に設置されていることなんて無く、仕方ないのでそこら辺の店の窓に立って確認した。
「……うわ、凄い美人」
見た目年齢十代後半、白い肌に青い瞳をしたツリ目の美人だ。羽を確認した時に見えていた美しい白髪は、背中を隠すほどに長い。
体の方は頭身が高く、身長は縮尺が小さいせいではっきりとは分からないが恐らく高め。胸とお尻が大きく腰がしっかりとくびれた、男にとっては是非とも彼女にして抱きたい理想的な体型をしている。
初期服は他種族と共通だ。『妖精加工』という特殊な加工で縮小されたものになっている。
……けど困ったな。これは狙われる。
色々な意味で身の危険を感じた俺は窓から飛び立ち、家の屋上へ移動した。
「ここなら大丈夫か。自分の名前、変えとかないとな」
視界に映る名前は文字化けしたままだ。流石にこれでは相手から何て呼べばいいか分からないし、折角のアバターが台無しだ。
俺はメニューを開いてインベントリを展開した。初期化されたせいで手に入れたドロップ品は全部消えているが、中に『ネーム変更チケット』という課金アイテムが一つ入っていた。
使用する為にタップして確認のメッセージで「はい」を押すと、名前入力用のウィンドウが目の前に出現した。
「…………駄目だ思いつかん」
名付けが苦手な俺は何も思い浮かばず、天を仰いだ。青い空に白い雲、
「……鳥か。白い鳥……シマエナガ。は、可愛過ぎるな。ハクセキレイ……セキレイ……うん、セキレイがいいな」
偶々通り掛かった怪鳥から着想を得て、俺は『セキレイ』を名前として入力した。
「よし! これで準備は出来た。改めてゲームを始めるか」
俺は再び飛び立ち、早速ダンジョンへと向かった。
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