妖精の間違った戦い方

覇気草

ゲームスタート

プロローグ



 意識と全ての感覚を電脳世界へ持って行くフルダイブ技術が生まれた昨今、VRMMOが大流行して多くのゲームが生まれた。

 そんな中、新たなVRMMORPGのサービス開始が予告された。ジーニアス社が開発した《アビスダンジョン・オンライン》――略してADOという。


 王道の剣と魔法のファンタジーで、多種族の人類が大規模な戦争をした結果、眠っていた巨大な魔物たちが一斉に怒り狂って暴れ回り、全てを破壊して何もかも無くなってしまった世界。神々は人類の自業自得な結果に呆れつつも、助けとして資源が無限に手に入る地下百層の深淵まで続くダンジョンを作った。百層を突破した時、願いが叶う秘宝を授けるとも。ただし、そのダンジョンは魂を持たない凶暴な魔物が巣くっており、一筋縄ではいかない。人類は最後の拠り所として集まり、挑戦者が今日もまたダンジョンに潜る……。という設定らしい。


 このゲームの特徴は、ステータスの煩わしい数字は全て隠されていること。見えるのは自分の名前とHPとMPとレベルとスキルだけ。また、自身の行動によって成長する方向が変わる仕様となっている。


「……面白そうだな」


 働き詰めで仕事が嫌になっていた俺は、たまたまネットで見たADOの広告から公式サイトを調べ、やろうと決めた。





 ――予告から数カ月、いよいよサービス開始の日となった。


 この日をどれだけ待ったか……今日から一週間は溜まりに溜まった有休を使って休みにしているし、公式サイトの方でアバタークリエイトも事前に終わらせた。今日やることも全部済ませ、電脳世界へ旅立つ身支度も出来ている。


 ピピピ、ピピピ、ピピピ――。


 スマホに設定していたアラームが開始時刻を知らせた。


「……時間だな」


 アラームを止め、初めての体験に胸が高鳴るのを感じつつVR機器を頭に装着してベッドに横になる。電源を入れればジーニアス社のロゴと《アビスダンジョン・オンライン》のタイトルが映って、ゲームが起動した。

 そして俺は眠るように電脳世界へと旅立った……。





 ――ハッ!


 居眠りからビクッとなる現象のように、俺は急に目が覚めた。


 毎度思うけど、これ心臓に悪い。


 内心愚痴りつつ現状把握に入る。

 視界にはゲームらしく自身のレベルやHPとMPのバーが映っている。だがそれ以外には何も映っていない。


 周りには様々な種族の多くのプレイヤーが立っていた。サービス開始直後の定番風景として、全員が同じデザインの初期服を着ている。


 初期服はファンタジーらしい中世の庶民服みたいな格好で、シャツに長ズボン、腰にベルトを巻いて革のブーツを履いている。ただ色だけはアバタークリエイトで変更可能だったので、非常に彩り豊かだ。

 また、その左腰には初期装備として両刃の剣が一本ある。


 辺りを見渡せば、ここが地上で人類最後の安全圏『ホープタウン』の大広場だと分かった。石畳の整えられた平らな床で、数千人が集まれるスペースがある。

 正面には黒くて四角い巨大な塔が雲を突き抜けて聳え立っている。これが神が創りしダンジョンであり、ホープタウンを安全な場所にしている魔物除けの結界装置である。

 建物の方は西洋風で三階建てや四階建てが多い。結界の範囲内に作られた街として、少しでも多くの住人を入れる為だろう。


 次に自分の体を確認。性別は現実と同じで固定、種族と大まかな年齢以外はランダムなのでどうなるかと思っていたが、現実の自分とあまり変わらない細マッチョな体型だ。

 ただやはり顔が気になったので、ちょっと歩いて鏡になりそうなショーウィンドウのある店の前に立った。


「ふむ……普通だな」


 現実では三十代のおっさんだが、そこには種族人間の十代後半の若々しい青年が立っていた。髪の色は紺色で、目も青い。だが印象に残りにくい普通の顔をしている。初期服は黒を基調としていて、目立たないが落ち着いた雰囲気がある。


「よし、早速ダンジョン行ってみるか」


 確認を終えた俺はダンジョンの入口へ向かった。大広場から向かって正面、塔の側面に四メートルほどの大きな門がある。常に開かれた門は中がすりガラスになっていて、次の階層が薄っすらと見えている。門上部には階層の名前が刻まれていた。


 第一階層:ブタの平原


 既にプレイヤーが列をなして挑んでいるので、俺もそこに並んで中に入った。すりガラスを通る時、なんかヌメッとした感触があったが特に濡れたりはしなかった。


 第一階層は名称の通りの平原が広がっていた。門からは一直線に大きな土の道が続いており、左右にはくるぶしの高さの芝生が何処までも広がっている。点々と赤い実のなる木が生えていたり、岩があったり、小川が流れていたりするが、その程度で非常に視界が開けていた。

 既に何人ものプレイヤーが剣を手に、何体もいるこの階層の魔物討伐に入っていた。


 その魔物は公式サイトにも載っていた『ピンクブタ』という豚型の魔物。全長50㎝ほどで、淡いピンク色の体表をしており、デフォルメされた豚で可愛い。凶暴な筈の魔物の中でこっちから攻撃しない限り何もしない大人しい奴である。


 ……あっち行こう。


 他のプレイヤーとまだ関わる気が無い俺は、人の居なさそうな場所に移動した。結構な距離を歩いたが、そのお陰で周りにプレイヤーが少ない。


「さて……ヤルか!」


 左腰に携えている普通の剣を引き抜き、少し前を横切ろうとしているピンクブタ目掛けて走り、その首筋に鋭い突きで刺し込み、ぐりっと捻じって引き抜いた。切り傷から赤いダメージエフェクトが散る。

 ピンクブタは情けない声を上げつつHPバーが一気に無くなると、光の粒子となって消えた。


「弱いなぁ。流石は最初の階層」


 一瞬の戦闘が終了し、数枚の銅貨と一緒にべちょっとステーキが一枚落ちた。よく見れば透明なフィルムに綺麗に包まれている。

 設定によると『神のベール』という、大層な名前が付いたラップだ。多少雑に扱っても破れない程度に頑丈で、完全に開封するまで鮮度が保たれて腐らない効果がある。


 俺は銅貨とステーキを拾うと、このゲームの仕様通りにインベントリに仕舞うイメージを持った。すると手からそれぞれインベントリ内へと転送され、取得したお金とステーキの名称が視界の隅に映った。


 3マニー

 ピンクブタの肉×1


「……まぁ、最初だしこんなものか」


 俺は次のピンクブタの場所へ向かう。途中、プレイヤーに狩られまくっているからか、人がいない別の場所で次々とピンクブタが出現しているのが見えた。

 ただ位置が悪いので無視し、目標に定めたピンクブタをさっきの要領で一撃で倒す。




 それを繰り返すこと少し、脳内でレベルアップを知らせるテテテテン♪ と軽快な音が響いた。


「おっ、レベルが上がったか。でもスキルが習得出来ていないな。戦い方が間違っているのか?」


 このゲームでのスキル――特にウェポンスキルは武器種ごとに設定されている。特定の動作や戦い方を繰り返すことで覚える仕様だ。魔法は手に入れた魔導書を読んで覚えるか、下位の魔法を繰り返し使って上位の魔法を覚えていくようになっている。


 ……まぁ、そのうち覚えるか。


 楽観的に考え、俺はピンクブタの狩りを続けた。するとピコン♪ と脳内で音が響き、目の前に小さなメッセージが表示された。


 ウェポンスキル【ハイスタブ】を習得しました。


「ハイスタブ?」


 やり方が脳内に流れ込んでくるので、とりあえず試してみることにした。

 深呼吸し、胸の位置まで持ち上げて少し引いて突きの構えを取る。


「【ハイスタブ】!」


 気合を入れてスキル名を口にすれば、構えと名称の発言をトリガーとしてスキルが発動し、MPを僅かに消費して魔力を剣に纏わせ、そこから素早く突いて引き抜かれた。

 以上終わり。威力が高いだけの単純な突きだ。


「ふむ……ブタ相手にはどうだ?」


 近くのピンクブタの側面に立ち、その胴体に狙いを定めた。


「【ハイスタブ】!」


 ズドンと胴体に突き刺す。素早く引き抜かれた傷跡は一回り以上の傷になっており、ピンクブタは一撃で倒れた。


「……つよ……いのか?」


 ピンクブタが弱過ぎて判断がつかず、首を傾げてしまう。


 ……まぁいいか。


 無いよりはマシなので気にしないことにし、再びピンクブタ狩りに戻る。

 かなりの数を狩って4レベルに上がり、流石に飽きて来たところで少し先に変わったピンクブタが出現した。


「うわ、すっごい光ってる!?」


 そいつは見た目がピンクブタなのだが、黄金の体表を持っていて自ら光っていた。ちょっと眩しい。

 ジッと注視するとゲームの仕様として名前が表示された。


「……ゴールデンピンクブタ? 変な名前」


 とにかく、目立つし他のプレイヤーに横取りされかねないのでさっさと倒す。


「【ハイスタブ】!」


 ゴールデンピンクブタの首筋にスキルで剣を突き刺すと、一撃で倒せた。


「よわっ!?」


 どうやら個体としてはピンクブタと変わらないらしい。テテテテン♪ とレベルアップの音が脳内に響いた。


「ん? 14!?」


 さっきまで4レベルだったのが、一気に上がって14になっていた。


 こいつまさか……経験値ボックスか?


 ゴールデンピンブタが光の粒子となって消滅してお金とアイテムを落とした。金貨三枚に、なんかキラキラ光ってるステーキ。

 拾ってインベントリに仕舞う。


 30,000マニー

 ゴールデンピンクブタの肉×1


「三万!?」


 これアレだ、ボーナス個体という奴だ!


 出現率が一桁以下なのは容易に想像がつき、俺はこの場にちょっと居辛く感じて剣を鞘に仕舞い、そそくさと移動して次の階層へ行く門を発見して中に入った。


 第二階層:ウルフの住処

 

 第二階層は第一階層とあまり変わらない景色だった。大きな土の道がぐねぐねになっていたり、キャベツっぽい野菜がそこら中に生えていたり、芝生がなだらかな丘になっていたりしているぐらいだ。

 魔物の方は、階層名になっている通りのウルフ。公式サイトに記載されている犬型の魔物で、灰色の体毛をした大型犬だ。顔はちょっと間抜けなように見えるが普通に凶暴なようで、離れた位置にいるプレイヤーがビビって変に逃げ回ったせいで十匹の集団に襲われ、囲まれて食われて今やられたところだった。


 ……ちょっと難易度高くない?


 そう思いつつ、第一階層と同じく俺は人の居ない場所に移動した。


「あっ、ヤバ」


 移動先に居た五匹の集団と目が合った瞬間、こっち目掛けて走って来た。


 逃げる?

 無理だな。レベルが高くなってもまだ人間の域を出ていない。あっちの方が速い。それに門の方へ引き返したら他のプレイヤーの迷惑になる。初っ端から目立ちたくはない!

 なら――やるしかない!


 鞘に仕舞っていた剣を抜き、待ち構える。自分の運動神経とセンスを信じ、飛び掛かって来た一匹目を横に躱しながら斬って頭を刎ねた。その後はもうやられる前にやる覚悟で、噛まれたり引っ掛かれたりするのを気にせずに狙いを一匹ずつに絞って剣を振るい、確実に仕留めていく。

 三十秒も掛からない戦闘は、俺のHPバーが半分を切ったところでウルフが全滅して勝利となった。レベルも上がって15になった。


「はぁ、わんこ強い……!」


 犬と猫の両方が好きな俺としては出来れば抱き締めてみたかったが、こうまで凶暴ではもっとレベルを上げておかないと駄目だと実感した。

 これ以上の戦闘は危険なので街に戻ることを決意し、俺は散らばっている数十の銅貨と、ウルフの肉と皮を回収した。それから第一階層への門をくぐって、とりあえず安全を確保した。


「そういえば、今何時だ?」


 VRMMO共通となっている動作、親指を内に畳んだ片手を前に出して横に振るとメニューが開かれた。

 そこにはインベントリ、ステータス、コミュニティ、オプションの四つが並んでいて、現実の時間とゲーム内時間の両方が表示されている。

 ゲーム内時間は丁度正午になる直前で、現実の時間は一時間ほど経っていた。


「……休憩がてらログアウトするか」


 ログアウトすれば、最後に訪れた街からスタートとなる。ダンジョン内にもセーフポイントとして街が存在するらしいが、どうせ地上のホープタウンしかまだ行けていないので、気楽にオプションを開いてログアウトボタンを押す――筈が、無い。


「あれ?」


 本来あるであろう場所の項目が空白になっている。


「場所間違えたか?」


 少し戻って別の項目をアレコレ展開してログアウトボタンを探してみるが、無い。全く無い。

 頭に沢山のハテナマークを浮かべて首を傾げていると、メニューのゲーム内時間が丁度正午になった。

 その途端、階層の中だというのに大きな鐘が鳴り響き始めた。


「なんだ!?」


 辺りを見渡せば、プレイヤーたちも困惑している。魔物が動作を停止しており、実体を持たないかのように半透明になっていた。

 さらに、状況を把握する前にプレイヤーたちが次々と光となって消えていくのが見えた。


 これは強制転移!


 直感的に理解したのも束の間、俺も強制転移させられて視界が真っ白になった。

 次に視界が戻って目にしたのは、街の大広場。全プレイヤーが集められたのか人口密度が酷いことになっており、何が起こったのかとざわついている。運営が秘密にしていた突発イベントだろうか、なんて呑気な事態とは思えない。

 とにかくこの場でじっとしていると、大広場の空中に巨大なホログラムが投影された。それは黒いローブを羽織り、黒い手袋をし、フードを深く被ってさらに顔は編集したのか真っ黒に塗り潰され、性別の判断がつかない人だった。

 そいつは演技っぽく歓迎するように両手を広げて、見えない口を開いた。


「ようこそ《アビスダンジョン・オンライン》へ!」



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