第10話 法外な報酬には裏があるもの。


「……んで?」


 アンナの泣き声が響き渡ったアンナの酒場。未だ目の端に涙を浮かべてグズグズと泣いているアンナにロナが非常に面倒くさそうに喋りかける。


「……つうか、四十代のババアがグズグズ泣いても可愛くねーよ。つうか、結構キツイ」


 辛辣。あまりにも辛辣なそのセリフにアンナが潤んだ瞳でロナを見つめる。


「うわ……」


「うわとか言うな!! 私だって泣きたくて泣いている訳じゃないやい! でもでも、宰相閣下に言われた以上、やるしかないじゃん! 誰かをいけに――じゃなかった、推薦しないとアンナの酒場、つぶされちゃうよ!!」


「おい、今、生贄って言い掛けなかったか?」


 ジト目で睨むロナにアンナがうっと言葉を詰まらす。そんなアンナを見やり、ユメリアが口を開いた。


「まあ、宰相閣下に目を付けられたのはアレですけど……でも、フツーに考えて無理じゃないですか? 私達レベルの冒険者で魔王を倒すって」


「だな。普通の魔物相手くらいならなんとかならなくもないかも知れないけど……流石に魔王はキツイよ、アンナさん。討伐なんて出来っこないって」


 無理無理と手をひらひらと振って見せるロナ。そんなロナにアンナは死んだ目をして答える。


「……別に無理に倒さなくて良いって」


「「……は?」」


「だから! 魔王を倒すのは宰相閣下になんか考えがあるんだって! アンタたちは宰相閣下の義妹である『勇者』と魔王討伐の旅に出ろってこと! どうせ魔王なんて放っておいても消えてなくなるんだし、無理して危険な事しなくても大丈夫なの!!」


「……なにそれ?」


 ポカンとしたロナの声。ユメリアも同じなのか、こちらもポカンとした表情を浮かべて見せる。そんな二人に深くため息を吐いてアンナは言葉を継ぐ。


「……宰相閣下の義妹ちゃん、勇者に選ばれて随分……そうだね、『燥いで』るんだって。宰相閣下としちゃ、危ない目に合わせたくないらしいけど、本人の希望を優先して魔王討伐の旅に出させるんだってさ。だから、魔王討伐なんて言っているけど実態は護衛よ、護衛。貴族の娘さんを安全に魔王『見物』に連れて行って、怪我一つさせずに帰ってくるお仕事」


「……はぁ」


「……なんというか……まあ、うん、なんと言うかって感じだな。まあ、貴族らしいっちゃらしいのか? そういう訓練もあるって聞くし。度胸試しみたいな」


「たまに危険な冒険をしてみたいっていう貴族令息はいますからね~。まあ、女の子では珍しい気がしますけど……」


 ロナの言葉をユメリアが継ぐ。魔王討伐と聞いて怯えたが、聞く話ではそこまでリスクが高そうな案件ではない。いやまあ、魔王の近くまでは行く必要があるので危険といえば危険だが……ロナもユメリアも冒険者としてはそこそこ腕が立つ。進行方向考えれば危険な魔物や盗賊はいないし、魔王自体はこちらが攻撃仕掛けない限り攻撃を仕掛けてこないのは有名な話だ。その『お姫様』が満足するまで付き合ってあげれば良い話ではある。決して攻撃を仕掛けず。


「……いや、待てよ、ユメリア? そんなリスクが少ない案件なのに、アンナさんがこんあサービスしてくれるわけがない。きっとなんか裏があるぞ、おい」


「……そうですね。意外に良い話かな? とか思いましたけど……アンナさんの依頼ですし、絶対何か裏があるに決まってますね。報酬が馬鹿みたいに低いとか」


「……酷くね、お前ら? 泣くぞ? いい年した女性がわんわん泣くぞ?」


「散々わんわん泣いてたじゃねーか。それで? アンナさん、報酬はどれくらいだ? どうせ雀の涙程度のもんだろ?」


 ユメリアに倣うよう、紅茶を飲みながら問いかけるロナの言葉にアンナは目を瞑り、一枚の紙を差し出す。その様式は良く見慣れたもので、紙の上部には『依頼書』と書かれており、その下に依頼内容、依頼者、そして報酬額が――


「「――ぶふぅ!!」」


 紅茶を噴出した。


「な、なんだこの金額!? お、おい、アンナさん!? マジかよ、これ!!」


「そ、そうですよ!! アンナさん、この金額、本気ですか!? こんな金額、王都で屋敷どころか城が買えるほどの金額ですよ!? 貴族の妹様を守りながらピクニックするだけでこんな法外な金額貰えるワケないじゃないですか!! う、裏は!? どんな裏があるんですか!!」


 パニックになるロナとユメリア。そんな二人にアンナは白けた視線を向ける。


「……裏もなーんにもないよ。このお金は宰相閣下のポケットマネー。可愛い可愛い義妹の為なら、これぐらいは払うんだってさ。いや、流石王国随一の名門公爵家サルバドール公爵家だわ。こんな金額、ポーンと出しちゃうんだしさ?」


 あやかりたい、あやかりたいと拗ねた様に天井を見つめるアンナとは対照的、ロナとユメリアのテンションはぶちあがる。そらそうだ。今までこんな報酬の依頼、見たこと無い。いや、実際は世界のどこかにはあるのかもしれないが、それが自分たちのモノになるとなると話は別だ。


「お、おい、ユメリア!! こんだけあれば当分仕事しなくて良いぞ!!」


「な、何言ってるんですか、ロナさん!! 当分じゃないです!! 慎ましく暮らしていけば下手すれば一生暮らせますよ!! 凄い!! 本当にすごいですよ!!!」


「ああ、そうだな!! いや、アンナさん、申し訳ない!! こんないい仕事回して貰ったのに守銭奴だの、クソババアだの、行き遅れだの言って!! いや、流石アンナさん!! 素晴らしい!!」


「私もアンナさんを見直しました!! いつもはただの化粧の濃い年増のおばさんだと思っていたのに、聖女様みたいですね!! いや、本当にごめんなさい!!」


「……そーかい」


 二人で手を合わせてきゃっきゃと騒ぐロナとユメリアをじとーっとした目で見つめて――


(やっぱ言うの、やめとこ)


 ……常識的に考えて、それだけ溺愛される義妹の護衛、傷一つでも付けた日にはサルバドール王国に二度と住めないほどに『つめ』られるからこその法外な報酬額であり、加えてお姫様のご機嫌を終始取り続けないといけないというストレスフルな職場環境でもあるのだが……


「何買おっかな~! また新しい剣でも買うかな~!!」


「王都で流行りのスイーツ店、食べ放題ですね! 貸し切りにしてやりますよ~!!」


 ま、納得してるなら良いか、と思いながらアンナは自分の分の紅茶を啜った。

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