第9話 アンナの酒場はブラック企業!! 二十四時間働けますか!!


 美味しそうにパクパクとお菓子を頬張るユメリア・フェイトの姿をジト目で見つめた後、ロナは視線をアンナに向ける。


「……それで? 今度はどんな無理難題を突き付けるつもり? スモロア皇都まで一週間で行って帰って来い? ロシーア領で起こっている連続幼女誘拐事件の解明? 後は……ああ、ポロト港の密輸者でも見つけてくる?」


 煽る様なロナの発言。そんな発言に、アンナはきょとんとした表情を浮かべて。


「え? 出来んの? んじゃ、よろ」


「全部アンタが無茶振りしてきた案件だろうが!! もう解決済みだ、タコ助!!」


 ロナが切れた。そんなロナの姿に、アンナは『おお』と手をポンっと打って見せる。


「そだそだ。全部ロナとユメリアが解決してくれたんだよね~。いや、助かったよ~。特にポトロ港の密輸者に関しては国からの依頼だったからね~。流石、アンナの酒場が誇る若手のエースだね! まさかあんな短時間で解決するなんて!」


「ったく、調子の良い……」


「でもアレ、結構給料良かったでしょ? その腰に佩いた剣、結構な業物じゃないの?」


 アンナがロナの腰に佩いた剣を指さす。ロナの顔が少しだけ忌々しそうにゆがんだ。


「……っち。まあね。あの仕事で貰った給金で買ったよ。正直、まあまあ良い値段はしたけど……懐も暖かったからちょっと奮発した」


「でしょ? 守銭奴守銭奴言ってたけど、払うものはきっちり払ってるじゃん?」


「それ以外がケチすぎんの!! 言ってみればアンナさん、私たちの雇い主みたいなもんだろうが! たまには酒のいっぱいでも奢れよな!!」


「アンタ未成年だからお酒、飲めないでしょうに。そもそも、私はそういう無駄な事にお金使わないの。誰かさんが言った通り『いきおくれ』だからね。金の無い年寄りにはなりたくないんだよね、私」


 そう言って笑うアンナをもう一度忌々しそうに睨み、ロナは視線をユメリアに向ける。両手にクッキーを持って頬張るユメリアの姿にため息を吐き、ロナは口を開いた。


「おい、ユメリア」


「はんでふは」


「食ってから喋れ!」


「……ごく……ぷは! やっぱりここのクッキー、美味しいですね!! それで? どうしました?」


「どうしましたもこうしましたも……お前も文句、なんか言ってやれよ!」


「えー」


「えーってなんだよ、えーって。なんだ? お前、まさか納得してんのか?」


 ジト目を向けるロナにフリフリと手を振って見せるユメリア。


「まっさか~。納得してる訳、ないじゃないですか。でもね、ロナさん? さっきも言いましたけど、どっちにしろ一緒なんですよ」


「一緒?」


「どうせここに来た時点で受けるとか断るの選択肢は無いんですって。アンナさんが気持ちの悪い猫撫で声だして、高級なお菓子と紅茶まで出したんですよ?」


「……断るのは私たちの権利だろ? どの依頼を選ぶも選ばないも、私たちの権利だ」


「ま、そうですね。でもね? 依頼断ったらアンナさん」


 依頼、回してくれますかね? と。


「……」


「ロナさんだって分かってるでしょ? アンナの酒場で『ハブられた』ら私達なんて生きていけないじゃないですか? なんの能力もない、剣と魔法がそこそこ使える程度の私たちに。まあ、私と二人で盗賊でもすれば生きていけるかも知れないですけど……嫌じゃないです?」


「……っち」


 ユメリアの言葉にロナが舌打ちをする。『上司』の依頼を『部下』が断れば働き辛くなるのは道理、そして剣と魔法しか取り柄がなく、加えて国軍に所属するほど強くはない二人にとって、アンナの酒場の指名依頼が無いと生きていけないのは事実だ。『そんなバカな』と思われるかも知れないが、ブラック企業を辞めない理由が『此処で職が無くなれば他で働くほどのスキルも無いし……嫌だけどあの上司の言葉聞いておくか』という理由なので分かってもらえると思う。


「……一応、訂正しておくけど……依頼断ったくらいでハブったりしないよ? そりゃ、全然ペナルティがない訳じゃないけど……命が掛かっているしね。むしろ、無理なもんは無理って断れるくらいじゃないと」


 アンナが少しだけ心外だと言わんばかりにそう言葉を添える。なんだかんだ言ってもアンナだって酒場の主、自身の依頼で命を落とす冒険者などいて欲しくはない。


「……そうかい。それじゃこの依頼を断っても私達には実害がないって事でいいんだね? それじゃ話を聞こうか?」


 そう言って心持椅子に深く座りなおすロナ。そんなロナに、アンナは首を振る。



「――無理」



「……は? ちょ、あ、アンナさん!? アンタ、さっき断っても大丈夫っていったじゃんか! 舌の根も乾かないうちに――」


「今回ばかりは無理なの!! だってこの依頼、エリオット・サルバドール宰相から直々に降った依頼なんだよ!? アンタたちだって知ってるでしょ!! あの悪辣宰相、エリオット・サルバドールのこと!!」


「さ、宰相? 宰相ってあれか? 『邪教徒』とか『黒い悪魔』とか言われている、あの悪辣宰相か!?」


「そうだよ!! その悪辣宰相様からのご依頼だよ!! いいよ? 別に断っても!! でもね!! あの宰相の依頼を断ってアンタら、この国で生きていけると思ってんの!! 無理に決まってるじゃん!! 絶対、死んだ方がましな目に合うに決まってるじゃん!! だからもう、断るとか断らないとかの次元じゃないの!! 仕方ないでしょ!! 誰か出さなくちゃいけないんだから!! 私だっていやだよ、こんなの!!!!」


 アンナの絶叫が酒場に響く。常にはないアンナのその姿に、思わず息を呑むロナ。そんなロナをちらっと見た後、ユメリアがのんびり手を上げた。


「それで? 依頼の内容はなんですか? 依頼内容によっては、そこまで無理な――」


「魔王討伐」


「――……え?」




「だから!! 魔王討伐!! 宰相様の義妹で勇者の女の子と、魔王六号を討伐しに行くの!!」




 アンナの絶叫に時が止まり。


「……ロナさん」


「なんだ?」


「やっぱり、盗賊になります? 思った以上にブラックですよ、此処」


「……そうだな。真剣に検討しようか?」


『やめてー!!! おねがい、かえらないで!!!』というアンナの絶叫が、二日続けて酒場に鳴り響いた。


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