第4話 この兄にして、この妹あり


 アリス・ワンダーランドが、サーシャ・リングバードからの魔法通話を聞いて思ったことは『神様からの誕生日プレゼントだ』の一点だった。


 アリス・ワンダーランドは幼いころから『勇者』に憧れていた。人々を苦しめる魔王から世界を救う、勇気あるもの。人の為にその身を粉にし、世界の為の存在。誰からも称えられる、正にヒーロー。そんなヒーローに、アリスは憧れていた。



 ……訳ではない。



 アリスは優しい子である。容姿は可憐であり、頭も悪くない。今年十六になったと言う事で、『難しい』と評判の王立学園の入試もパスしている。


 家格だって悪くない。両親は既に鬼籍に入っているとはいえ、アリスの実家はサルバドール公爵家に代々仕えるワンダーランド家だ。祖父は名門サルバドール家の筆頭家令であるし、ヤラシイ話、お金もある。マナーだって厳しいサルバドール家でエリオの『妹』として育てられただけあり、そんじょそこらの貴族令嬢、令息に負けるものではない。誰にだって馬鹿にされることはない、立派な少女である。


『……アリス様? アリス様……おーい、アリス? 聞いてる? アリス、勇者に選定されたんだよ』


「……は! ご、ごめん、サーシャちゃん。ちょっと意識飛んでた。う、うん、聞いてるよ? 私、『勇者様』になれるんだよね!!」


 魔法通話越しのサーシャの声――五歳の頃からの幼馴染、サーシャと話す時は何時だってついつい昔の言葉遣いに戻ってしまう。


『意識飛んでたって……まあ、気持ちは分かるけどさ? っていうか、アリス? そんなにびっくりしなくても大丈夫。今度の魔王は勢力も強いし、討伐ってなると結構大変だけど、アンタが無理して行かなくても良いし。全く、折角のアリスの誕生日、おめでとうから行きたかったのに……ま、『勇者に選ばれました~』なんて一生に一度あるかないかだし、良かったじゃん。これからの長い人生で、話のタネに――』


「……へ?」


『――もなるし……『へ?』へってなに?』


「いや……行くよ?」


『……行く? 何処に?』


「だから……魔王退治」


『……』


「……サーシャちゃん?」


『……』


 受話器の向こうからは何の声も聞こえない。壊れたかな? と思い、アリスが受話器を耳から離して。



『―――はぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?!?』



 サーシャの大声が聞こえて来た。


「っ! もう、サーシャちゃん! 耳が痛いよ! 受話器から離しても耳が痛いってどんなに大声なの? サーシャちゃん、淑女として恥ずかしいよ? 巫女様なんだから、もっとお淑やかにしないと」


『ご、ごめ――じゃなくて!! は? アンタ、何言ってんの!? 行く!? 魔王退治に!? 何考えてんのよ!! 危険だよ、そんなの!! っていうか、そうなると話が変わってくるんだけど!! アリス、止めて! それ、絶対エリオ兄に言わないで!! 私、殺されちゃうんですけど!!』


「大丈夫だよ。お兄様、サーシャちゃんの事大事にしてるし。それに……うん、危険なのは分かってる。分かってるけど……でも、私、行かなくちゃ」


 受話器の向こうでサーシャが息を呑むのが、アリスには分かった。


『……うん、アリスが『そういう』子だってのは知ってる。エリオ兄と同じで正義感も強いし、皆を守りたいって気持ちも分かる。でもさ? 魔王なんてどうせ放っておけば直ぐにいなくなる存在だよ? そんなものの為に、アリスがわざわざ危険を冒してまで――』




「え? 違うよ?」




『――行く必要は……違う?』


「うん。いや、それは確かに魔王は倒した方が良いと思うよ? 人の命もだけど、田畑や建物だって壊れない方が良いし。でもさ? 私が『勇者』になりたいのはもっと我儘な――自分勝手な理由なんだよね」


『自分勝手な理由って……』


「サーシャちゃん、私ね?」




 ――貴族になりたいんだ、と。




『……そんな名誉欲強かったっけ、アリス?』


「名誉欲はそうでもないかな? 今の生活には不満も……まあ、一個しかないし」


『一個? なに? アンタ、そんな恵まれた生活してて不満なんかあるの?』


「あるよ。それも特大な不満。だってさ、サーシャちゃん? 私、平民じゃない?」


『……サルバドール公爵家の筆頭家令の孫娘だよ? そこらの男爵や子爵なんかより、よっぽど影響力があるんじゃない?』


「そうじゃなくて。そんなもの、どうでも良くて。だって、平民だったら」




 ――お兄様のお嫁さんになれないもん、と。




『……アンタ、昔っからそうだもんね。エリオ兄のお嫁さんになるんだーって』


「うん。でも、エリオお兄様は今は私の事を妹としか見てくれない」


『溺愛されてんじゃん』


「それはそれで嬉しいし、幸せだけど……でもね? やっぱり女性として愛されたいよ」


『……まあ』


「今のままじゃ私は一生、お兄様の『妹』でしかないんだよ? でもさ? 勇者になって、魔王を倒したら……どう?」


『……まあ、成長した姿は見せられるかもね。エリオ兄もただの妹とは思わない可能性も……無いとは言えないか』


「でしょ? それに、一代といっても貴族だよ? どれだけお兄様に認められても、私は『平民』でしかない。平民が貴族と結婚することなんて……夢のまた夢だよ」


『……まあね。でも、それに関しては一代貴族も殆ど一緒じゃない?』


「でも、ゼロじゃない」


『……』


「ほんの針の先でも可能性があれば、私はその可能性に掛けたい。だから――」



 私は勇者になる、と。



『……アリス。アンタ――』



「そして、勇者になって魔王を倒したら、エリオお兄様に告白するんだ!! その上でその日の内に婚約して、当日は初夜だよね!! ね、ねえ、サーシャちゃん? エリオお兄様は責めるのと責められるの、どっちが好きかな!? 私、どっちも行けるけど、初めてはやっぱりちょっと強引にお兄様にぃ!!!!」



『――平常運転だね。うん、それじゃ切るわ』



 幼馴染のサーシャは知っている。この少女の『夢』がエリオのお嫁さんであり……シスコンの兄貴を上回るほどのブラコンな上、結構上意な肉食獣であり、その上婚活女子であることを。


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