第3話 流石にそれはオーバーキル


 ずーんと影を落とすエリオ。そんな姿に、慌ててサーシャはエリオのフォローに入る。流石に見てられないし……正直、面倒くさい。


「そ、そんなに落ち込まないでよ、エリオ兄。ほ、ほら、アリスだって勇者に選ばれて張り切ってるだけだって! ほ、本当にエリオ兄のこと嫌いになったわけじゃないから」


「……本当か?」


「当たり前じゃん! エリオ兄とアリス、何時からの付き合いだと思っているの! そんな事でアリスがエリオ兄のこと嫌いになる訳ないってば!」


「…………本当に本当か?」


「本当! 大丈夫! アリスの幼馴染でエリオ兄の妹分である私が保証するから!!」


「………………本当に本当に本当か?」


「……めんどくさいシスコン」


「なんか言ったか?」


「言ってません!! それよりも……アリスを説得、ね~」


 エリオの縋るような瞳を受けながら、サーシャは思う。アリスに魔法通話で勇者選定の『神託』を伝えた時の、アリスの嬉しそうな声を。




『本当ですか、サーシャちゃん!! 私……私、勇者に選ばれたのですか!! う、嬉しいです!! これで……これでやっと、私の夢が叶うのですね!!』




 エリオの心配は分かる。魔王との戦闘は非常に危険だ。サーシャだって五歳から十年以上の付き合いのあるアリスにケガなどしてほしくは無いし……最悪、二度と会えない可能性だってあるのだ。止められるものなら、止めたい。彼女がもし、もう少し不道徳的な巫女であれば、きっとアリスに伝える事すらしなかったのである。アレクシア聖教の巫女という聖職者であっても、彼女だって人間だ。親しい、それこそ姉妹の様に育った友人に無理はして欲しくない。


「……エリオ兄の気持ち、分かるよ」


「サーシャ?」


「そりゃ、勇者は良いよね? 世界を救う――って程でもないけどさ? 皆に応援されて、皆に愛されて、そうやって戦いに赴く勇者は良いよ。自身は女神に選ばれて、その為に戦うって……そんな自分に、『酔え』て」


 そう。

 勇者は、良いのだ。


「……残された人は溜まったもんじゃないよね? 心配して、心配して、『そんな事辞めなよ』って、『別に貴方がしなくても良いじゃない』って、本当は言いたいけどさ? でも、そんな事も」




『―――――私の夢が、叶うのですね!』




「……うん、でも、そんな事、言えないよ。『勇者』に選ばれる事はアリスの昔からの夢だったんだからさ? 今回の魔王は勢力も強い、強力な魔王だけど」


 いや、そんな魔王だって、関係ない。


「人生で何回も『勇者』に選ばれる事なんて無いから。これがアリスのチャンスって言うなら……私は、応援するよ、アリスを」


「……サーシャ」


「それに、女神アレクシアは仰ってます。『友の進む道が幾ら困難でも、真の友ならその道を歩むのを止めていけません』と。『友と共にその困難な道を歩んでこそ、真の友です』ってね? アリスが魔王討伐って道を選ぶなら……私はその帰りを待つよ。辛くても、悲しくても……不安で、泣きそうでも」


 そう言ってにこっと笑うサーシャ。そんなサーシャにきょとんとした顔を浮かべた後、エリオは少しだけ困ったように笑う。


「……参ったな、サーシャ。随分強くなった」


「……ふふふ。私だって何時までもエリオット様の背中に隠れて泣いていた『泣き虫サーシャ』では無いのですよ? こう見えてもアレクシア聖教サルバドール大司教区の巫女ですよ? それに、エリオット様? 折角アリス様が成長されようとしているのです。それを見守るのも『兄』としての役割では?」


 先ほどまでの姿はどこへやら、そこには立派に『巫女』をこなすサーシャの姿があった。


「そうだったな。何時までも『泣き虫サーシャ』扱いはダメか」


 その言葉に、サーシャが先ほどの凛々しい表情を辞めてふにゃっとした顔を浮かべて見せる。


「……あ、あの、エリオ兄? そうは言っても、たまには童心に帰って甘やかしてくれても――」




「――ああ、そう言えばおめでとう。サーシャ、戦術級の魔法を使える様になったらしいな?」




「――わ、私は別に……へ? 戦術教? う、うん……使えるようになったけど……」


「戦略級の一個下、戦術級の魔法を使えるという事は国軍で言えば旅団長クラスの力はあると言う事だな? 腕の一本くらいは欠損しても回復させることが出来るんだろう?」


「へ? い、いや、そんな事は……」


 何を言われているか分からない。そんなサーシャに、エリオはにっこりと微笑んで。



「辞令だ、サーシャ・リングバード。この度アレクシア教皇庁サルバドール大聖堂はサルバドール王国よりの要請により、サーシャ・リングバードを勇者の仲間『賢者』に認定。アリス・ワンダーランドと共に『魔王六号』の討伐命令が出ている」






「………………は?」






 ひらひらと辞令の紙を振って見せるエリオから紙を慌てて引ったくり、そこに書かれている言葉を必死に咀嚼。そこにはエリオの言う通り、サーシャが賢者に認定されたこと、アリスと共に魔王六号の討伐することが国王であるクリスと聖女の連署で署名がしてあり。


「……『ごめん』って……」


 そこには聖女の自署で『マジでごめん……』と書いてあった。


「サーシャ、君は言っていたな?」


 にっこりと笑ったまま、エリオはサーシャの肩に腕を回す。片やいたいけな聖女、片やインテリヤ〇ザ、明らかに絵面が悪すぎる。サーシャが震えているから猶更だ。


「『友と共にその困難な道を歩んでこそ、真の友です』だったか。いやいや、ご高説、誠に立派だ。このエリオット・サルバドール、非常に感心した。流石、サーシャだ。次代の聖女様の呼び声は伊達では無いな」


「……エリオ兄……流石にこれはひどくない!? っていうか聖女様に何したのさ!!」


「何もしていないさ。ただ、『オハナシ』はさせて貰った。よくもまあ、アリスを勇者になど認定したな、と」


「そ、それは別に私たちのせいじゃ――」


「だが、アレクシア聖教などというものが無ければ、アリスが勇者に選ばれることは無かったと……そうは思わないか、サーシャ?」


「……」


「勿論、このアレックス大陸に根付くアレクシア聖教を否定などせん。せんが……」



 腹は立つ、と。



「だからまあ、『オハナシ』をさせて貰った。サルバドール王国は勿論、サルバドール公爵家がどれだけ大聖堂に寄進しているか……サーシャ、君も知らないわけじゃないだろう?」


「そ、そうだけど……で、でも! それじゃ私はどうなるのさ! 私だって危険じゃん! そりゃ、アリスより私の事が大事じゃないってのは分かってるけどさ! それでも流石にこれは酷くない!? 私ってそんな――」




「何を言っている」




「――軽い扱い……え?」


「私の一番はアリスだ。それは認める。だが、仮にも『兄』と慕ってくれる妹分が危険な目に合うのを黙って見ていると思うか?」


「……」


「信じろ、サーシャ。君に危険な目は合わせない。さっきのは辞令だが……これは、『裏』の辞令だ」


 そう言ってもう一枚の紙を懐から取り出してサーシャに手渡す。その紙をサーシャは受け取って。




「……は? な、なにこれ!? 王国陸軍二個師団と、魔法師団一個が護衛!? それに大聖堂騎士団の第一番隊も!? っていうか、神聖魔法大隊!? これ、教皇庁直轄だよ!? エリオ兄、なにしたのさ!?」




「何も。ああ、『オハナシ』はしたが」


 その『オハナシ』がヤバい香りしかしない。


「……アリスが魔王を倒したいと言っている。危険な目に合うのは心配だが……それでもサーシャ、君の言う通り、これもアリスの成長として捉える。兄としては非常に、ひじょーーーーーーに寂しいが……アリスもそろそろ兄離れをしなくてならないだろう。だが、それでも幼い女性が一人で旅など不安で仕方ない。その点サーシャ、君ならアリスと幼馴染だし、アリスの心の安定剤にもなってくれるだろう」


 いや、お前が妹離れしろ、とはサーシャも言えない。怖くて。


「魔王に止めを刺せるのは神託で選ばれた勇者だけだ。だが、魔王に辿り着く前の魔物や魔族相、或いは魔王を弱らせる程度の事は軍でも十分できる!」


 そう言って力強くサーシャの肩を抱きしめて。





「安心しろ、サーシャ。君たちの安全は私が守る!!」





 ……かくして、アレックス大陸史上最大の『魔王討伐軍』が此処に結成されるのであった。いや、確実にオーバーキルやんとか、流石に勝手に軍隊動かすのはどうよとか、エリオ兄の職権乱用じゃんとかサーシャに言いたいことはたくさんあったが、とりあえず黙った。



 ……だって、怖いもん。


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