注意:深刻なエラーが発生しました。プログラムを再起動することを推奨します
「教授、聞こえますか?」
ハーナだった。通信はひどいもので、ノイズが混ざり、音声変換プログラムが正常に起動しておらず、機械的な声であった。
「ハーナか」
「教授、ゴイムですよ。まさか、こんな大群だなんて」
ハーナの声はひどく焦燥していた。
「教授、僕たちは死ぬんですか?」
なんと答えればいいのかわからなかった。だから、この際ハッキリということにした。
「ああ、死ぬ」
ショックからか、ハーナから返事はなかった。僕は続けた。
「ハーナ、よく聞いてくれ。今すぐに電力プログラムをこちらのラボに集中するようにアクセスできないか?」
「……そんなこと、無理に決まってますよ」
ひどく低い声だった。絶望した者にしか出せない声。最後に耳にしたのは、シンギュラリティの時だろうか。
「君は優秀なハッカーなんだろ? いま、《マザー》の管理は不完全になった。君なら、送電プログラムをクラックして、こっちに回すことができるはずだ」
「でも、そんなことをすれば、自動砲塔システムはダウンしてしまいます。奴らの侵入を許すことになる」
「彼らはすでに侵入している。もう、間に合うわけがない」
「そんな……」
もし、僕たちにまだ肉体があったとしたら、ハーナの鼻をすする音や嗚咽する声が聞こえたと思う。
僕は力強く言い直した。
「ハーナ、よく聞けよ。もう時間がないんだ。イエスかノーではない。やるんだ。これは命令だ。やれ」
「ああ、クソっ!」と悪態を吐くと、しばらく通信が途絶えた。
僕はハーナに賭けた。これまでの彼の実績を評価したわけじゃない。これまでの彼自身の態度に信頼を得る部分はなかった。
でも、やってくれると信じていた。
そして、期待通りに生命維持装置や大気装置といった機械の電力ゲージが安定していくのが見えた。ついには照明まで煌々と灯った。ハーナがやってくれたのだ。
「教授、やりましたよ。いわれたとおりやりました」
「よくやった、ハーナ。君は優秀なやつだ」
僕は存分に褒めてやった。だが、ハーナの焦燥は止まらない。
「これで僕たちは助かるんですか?」
ハーナは懇願した。
「いや、助からない」と否定した。
「レネイをこの部屋から解放してやるんだ。彼女は、もうここに留まる理由がないから」
「そんな」
ハーナは言葉を失ったようだ。ハーナには悪いことをしたと思う。だが、僕たちの運命はどうやっても変えることができない。
「僕、言われた通りにやりましたよ。だって、そうしろって教授がいうから」
「すまない、ハーナ。本当に」
「イヤだ、こんなの嫌だ」
「ハーナ。終わりにしよう。もう、僕たちの役目は終わったんだ」
「教授、死にたくない。僕は、死にたくないんです。イヤだ。死にたくない」
悲痛な声だった。だが、その声もブツンと途切れ、ノイズへと変わった。
真っ白な電灯の光に晒されたハーナの前に立ち、僕はいった。
「僕は愛する者をふたりも失った。でも、それでわかったんだ。リザやアレックスが、本当に残そうと思っていたものが」
僕はこの部屋と外界を塞ぐものの解除を行っていった。拘束プログラム。脱走感知システム。災害対応センサー。たかが数メートルの先にある外の世界への扉は、何十ものロックがあった。僕はそれらをひとつひとつ、丁寧に解除していく。
ほとんどのロックを解除するころには、視界のあちこちにエラーを警告するウインドウが出始め、レネイの姿が見えなくなっていた。もう意識通信の遮断が行われる。僕もここで終わる。
「君は行くんだ。ここで得たものを、外の世界へ紡ぐんだ」
〈あなたはなにを残しますか?〉
エラーウインドウを掻き分け、レネイの部屋と外界を紡ぐ扉のロックを解除する。
「君を残すことにしたんだ」
エアロックが開かれ、外の景色が広がる。
見えたのは、青だった。
空の色。
なんだか、懐かしい気がした。
「アレックス、リザ」
思わず、ふたりの名前は出た。
僕はシンギュラリティ以前のこと思い出した。三人でグリーンマウンテン国立森林公園を歩いた時だ。幼いアレックスが先を歩き、僕らに向かって手を振っていた。隣でリザがいった。
「遠くまで行かないでね」
アレックスは元気な声で返事をした。それは、どこまでも永遠と響きそうなほど。晴れ晴れとする青空の下で、僕は二人を交互に見た。
あの日の、青空だった。
そんな一瞬の時間はすぐに終わった。
清々しい青は蠢くゴイムたちの身体によって遮られる。ゴイムたちの手が伸び、レネイを優しく引っ張り上げていく。
見えるはずのない青空に、レネイが吸い込まれていくように消えていく。
〈あなたは残した。私は、行く〉
視界が完全にノイズで埋まり、僕の世界は真っ黒になった。
あるいは、メリエスの中で見る夢か 兎ワンコ @usag_oneko
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