緊急エラー;緊急エラー
「なんだというのだ」
この緊急事態がなにを意味するのか、僕は理解した。
やはり、あの群れはこの《データセンター》に向かっていたのだ。そして、その目的は――
僕はすぐにログアウトを選択する。だが、ガバリャンの制限は掛かったままで、エラーメッセージだけが返ってくる。
「どこへ行くんだ、カーツ君!」
「レネイのところです! 彼女を解放しなければ!」
「よせ、カーツ君」
「彼らは捕らえられた仲間を助けようとしているんです」
「違う、あれは知能指数の低い動物だ。イナゴと一緒で、ただ無差別に食い尽くすだけだ」
「あなたに何がわかるというんですかっ!?」
軍事AIが操作するロボットや機銃座が動き、蠢くゴイムに向けて発砲を開始した。この数百年で銃の発砲なんか、過去のメディアでしかなかった。
外で争いが起きている。僕はガバリャンを憎んだ。
隠していたんだ。ゴイムの群れがここに来ることを。
「早すぎた。なにもかも。我々は、間に合わなかった」
ふざけるな。感情の濁流が溢れてきて――
〈あなたはどちら側ですか?〉
「あなたはどっち側の人間なんですか?」
モニターには《データセンター》を覆い尽くさんばかりによじ登るゴイムの群れであった。彼らから発せられるのは、怒り。憤怒。憎しみ。憎悪。
純な怒りだ。僕らに向けられた殺意。それを受け止められる肉体を僕らは持ち合わせていない。
「なんだと?」
「あなたはどっち側の人間なんですか?」
ガバリャンは押し黙った。それどころじゃないし、僕の怒りもゴイムと同じくらいボルテージは最高潮だった。
「……カーツ君、最近になって別のアクセスがあったかのように音声が流れてこないか?」
「なんだと?」
今度は僕が聞く番。
「君は、声が聞こえるんだな? そうじゃないか?」
「だから、どうしたっていうんだ?」
ガバリャンはまさか、という表情をしていた。そんな顔がプログラムにあるなんて驚きだった。
「それは肉体があった頃、幻聴と呼ばれていたものだ。だが、そんなことが起きるわけがない」
「なんだ? ガバリャン、あなたはなにが言いたいんだ?」
「我々がこの《データセンター》に魂そのものを移動した時点で、あらゆる病からは解放されたのだ。我々を縛るものは当にないんだよ。病気も、怪我も。我々は、超越した存在になったんだ」
もうどうでもよかった。僕らは死ぬに違いないのだから。
僕はすでに結論に到達していた。
この《データセンター》に入ったときから、僕らの命などとうになかったのだ。この四百年もの時間は、意識の延命。惰性的な時間の流れにすぎなかったのだ。
僕らの進化は、もう当に終わっていたのだ。
それに比べて、外にいるゴイムと比べたら――
〈どっちが人間なんだろう〉
「どっちが人間なんだろう」
次の瞬間、視界にザザザ、とノイズが走った。どこからともなく厚紙を破くような不愉快な音も聞こえる。ガバリャンが狼狽えだした。
「あぁ、そんな! そんな馬鹿なことが! 我々は、ここに存在し続けなければいけないのだ。終わりだ、私たちは」
モニターには、《データセンター》の外壁を剥がし、中に侵入していくゴイムたちの姿があった。視界のノイズは、ゴイムたちがサーバーを破壊しているに違いない。
「ガバリャン、ルームの制限を解除してくれ。なぜ彼らがここに来たのか、僕にはわかるんだ」
制限が解除され、僕はすぐにログアウトした。すぐにレネイのラボにアクセスするが、処理が追い付かない。データのラグを体感したのは初めてで、普段は感じないデフラグや処理しきれていないデータの洪水が目の裏を通して突き刺さる。息が詰まる気分だった。
ラボに入ると、カメラを通してレネイと目が合った。まるで、僕が来るのを待っていたかのように。
「僕たち人間は、驕っていた。君たちのように、命を紡ぐことを怠った。僕らの軌跡は……いや、人間の歴史や文明といったものはいずれすべて消え去るだろう。レネイ、君のお腹の中に宿しているものは、ただの子どもなんかじゃない」
レネイはまっすぐ僕を見据えていた。そして、ハッキリと声が聞こえた。
〈残りますか?〉
僕らには、脳がない。考えることはすべて脳を模した高性能の処理サーバーで作られた疑似プログラムなのだ。そこに、さっきの言語がダイレクトに介入するのだ。
こんな素晴らしいことは、こんなすごいことは、いままでなかった。
「僕は、どこにも行けない。残念ながら、この《データセンター》にいる人間全員が、だ。肉体からの解放こそが、無限の探求だと思ってた。終わりのない命に甘えていた。それは間違いだった。僕らには、限りがあった」
エコーに映った影は、ただの胎児じゃない。ハーナは、無から有の存在だと推測したが、それは間違いない。ただ、ハーナが予想するよりも、まだ大それたものじゃないが。
視界はひどいノイズで、レネイの顔も歪む。
レネイの部屋への電力供給も不安定で、あちこちでエラーメッセージが起きていた。
照明はチカチカと点滅し、レネイの顔が見えたり見えなかったり。それでも、レネイは僕から目を離さなかった。
そんな時だった。
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