アクセス〉〉〉ガバリャン:ルーム


 それからまた半月が経った。

 僕が呼ばれたのはガバリャンのプライベート・ルームだった。

 ガバリャンは与えられたルームを教会を模した造りに仕上げだ。飾り付けられた十字架もステンドグラスも白で統一されており、床のタイルも、彫刻されたマリア像も、すべて白。強迫観念にも近い潔癖。ガバリャンの性格が垣根見えた気がする。


「わざわざ悪いね。カーツ君」

「申請していた許可はどうなりましたか?」

「ニューヨーク全域の航空探査の件だね。その件はまだ保留中だ。呼んだのは別の件だ」


 ここ最近、規制ばかりが多い。アクセス制限にプロトコル構築の時間制限。権限の縮小。

 南極の《データセンター》の建設は相変わらず遅延ばかりしていた。だが、それ以上になにか重大ななにかを隠しているようであった。


「大事な話なんだがね」


 改まった態度をとるなり、「君は今日付けでゴイム研究から外れてもらう」

「なんですって?」


 ガバリャンはルームに制限を掛け、僕を閉じ込めた。次に共有フォルダが開かれ、以前に出したレポートを見せてきた。


「君のレポートは読んだ。実に良い内容で、ゴイムは人間的であるが、まだ人間の域には達していない。実に研究しがいのある生物だと」

「僕はそんなこと書いていません」

「いいや、君は書いた。ゴイムは両生類に近い存在であり、彼らは長い年月と環境変化によって霊長類に近づいた生物である、と」


 ガバリャンはレポートを呼び寄せ、僕の前で読み上げる。ふわふわと浮いたA4サイズの用紙を模したレポートに目を通しながらいう。


「君のレポートでは『A-34は私を見て体内で胎児を作り上げ、新たなゴイムを妊娠した。これは実に驚くべきことで、彼らの体内にあった生殖器は退化したものでなく、雌雄の存在がなくとも自ら子孫を繁栄させるものである可能性が高い』ここはいい。だが、ここはダメだ。『また、それに合わせた高度な知能を有している可能性が高い。そこで別の研究をしているリュウ博士に依頼し、A-34の精密な検査を願い出た。リュウ博士からの報告を簡潔にまとめると、A-34の染色体、身体構造などからほぼ人間である。中枢神経系のニューロンなどは人間のほぼそれであるが、人間の脳と比べて前頭連合野、ウェルニッケ野の大きさがあまりにも大きい』」


 ガバリャンが修正したレポートが送信される。さっと目を通したが、指摘した部分はごっそりと消されていた。


「ゴイムは人間でもなんでもない。霊長類の一種だ。それも、極めて知性の低い」

「ガバリャン。あなたは私の研究データを抹消するつもりか?」


 きっと僕がデータ量子の身体でなく生身の肉体であったら、ガバリャンに飛び掛かっていただろう。


「私は、いつだって自分が正しいと思うことを信念にしている。君がやろうとしていることは、データセンターにいる人間を絶望に落とすことだ。我々は量子データの中にアップデートしたが、人間であり続けなければいけない。ゴイムは、人間ではない」

「それは科学への冒涜だ。これじゃあ、ガリレオ裁判といっしょじゃないか? マザーが黙っているわけがない」

「いま現在でマザーからのセキュリティは発動していない。つまり、マザーは同意したのと一緒だ。もし、君がこれ以上事を荒立てようとするなら、私も然るべき対応するだけだ」

「三級国民への引き下げですか?」


 ガバリャンはなにも答えなかった。その沈黙こそが返事であった。三級国民に引き下げられれば、レネイへのアクセス権限を失う。


「君は百年前のエデン喪失で子どもを失い、この数百年間メンタルが不安定だった。そこにゴイムが捕獲され、個体番号A-34を見て、ご子息アレックスの子孫を宿していると妄信したのだ。君は非常にまずいメンタル思考になっている」

「そんなわけがない」

「それに」とガバリャン。

「ハーナからの報告にもあったが、突如意味不明な言葉を発するとも」

「ハーナが?」


 そんな馬鹿な。ひどく裏切られた気分だった。


「だが、ここ最近の私も君の異常な発言を目の当たりにした。君は検査で感知されないタイプのメンタルバグを起こしているんだ。早急に《マザー》の検査治療を受けろ」


 ガバリャンは諭すように優しくいうが、僕はショックから抜け出せずにいた。むしろ、その空虚な気持ちが怒りへと増幅しかけていた。その時だった。


 :エマージェンシー。エマージェンシー。

 :急速に接近する生命体多数。


 それは真っ赤な文字で、不快なほどピカピカと点滅し、警告アラートを僕の中で響かせた。

 緊急エラーコードに触れ、アクセスコードを入力する。発信は《マザー》からだった。映像データで、《データセンター》の四km先に設営された監視カメラのものだった。カメラは草原を駆け抜ける人型のなにかの群れを捉えていた。それが数えきれないほどのゴイムだとわかり、僕とガバリャンは言葉を失った。

 映像が切り替わり、上空から群れを捉えたものになった。発進した偵察ドローンが撮影したようで、ドローンの広角カメラですらゴイムの大群は見切れてしまうほど。機械音声とともに《マザー》からの指令が入ってくる。


 :認識不明の生物を感知。敵対行動の可能性大。

 :管理員、研究員はすぐにしかるべき対応をしてください。

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