二年前のマンハッタン遺跡
二年前のことだ。各遺跡に設置されていたモーションキャプチャーセンサーのシグナルが点灯し、六名の若い調査員がもっとも近い中継基地から捕獲ドローンを飛ばした。マンハッタン遺跡は背の高いビルがいくつにも生えるいわばコンクリートジャングルで、まだ死滅していない小型の哺乳類が発見されることが稀にあった。
ドローンはセンサーを設置したブライアント公園へ飛び、それから周囲を捜索した。クライスラー・ビルを抜け、グランドハイアットホテルまで引き返した時、エントランスの中で動く四つの影を捉えた。
エントランス内に侵入すると、その影があまりにも大型だったことに気付いた。あまりに巨体なので、彼らは二足歩行で歩く大型の猿だと思ったそうだ。それだけでも彼らにとっては大いなる功績だが、それだけに留まらなかった。
四体のうち、鈍重な動きをする一体を捉えようとした。ほかのドローンも到着し、捕獲を開始すると残りの三体が妨害を始めた。
彼らの攻撃はとても文明的であった。近くにあった鉄パイプやブロック片でドローンを攻撃したのだ。その武器の扱い方は人間のそれであったという。映像を見たが、シンギュラリティ以前でよく見た暴動者のよう。知性のある野蛮さ。
十五分ほどの戦闘が行われ、一台の捕獲ドローンが犠牲になるものの、四体の野蛮な新種の生命体を捕獲した。
彼らには睡眠剤が投与され、《データセンター》に唯一ある旧型の無人輸送機によってここまで運ばれてきた。《データセンター》にいたすべての人々にこの情報はリアルタイムでシェアされており、誰もが輸送機の到着を待った。
そうして、捕獲された新種の生命体が運びこまれるライブ映像がすべての人類に生中継され、人々の関心を攫った。そのおかげで様々な憶測が飛び、研究者たちは様々な学説を引っ張りだした。サブカルチャーではシンギュラリティ以前のような創作が活発化し、新種生物の共存や脅威などをテーマにしたムービーやコミックなどが横行した。
そうして、1級国民であり、かつて人類学者もしていたガバリャン卿がゴイムと名付けた。ガバリャンは人類統括卿という地位にあり、旧文明時代に繁栄していた宗教学から引用したものであった。
そして、数多くの研究者の中から僕と数名を選び、ゴイム研究に専念するように任命したのだ。
捕獲された四体のゴイムのうち、衰弱していた一体は数日のうちに息を引き取った。
生き残った三体のうちのコードA-34――レネイは四体の中でただ一体だけ女性型のゴイムであった。
女性、とはいってもゴイムは人間ではない。ただ、他のゴイムと比べて毛髪が長く、体型としても他の個体と比べて細身で小柄であること。胸部も女性の乳房のように膨らんで、乳首も発達していた。誰の目から見ても女と捉えるだろう。だが、僕ら研究に携わるものが目視だけで“断定”はしてはいけないのだ。
おかげで、ガバリャンは当初「人間と思わしき生物を回収した」、という調査員の報告に激怒した。
「それで、カーツ君。ゴイムの研究はどこまで進んでいるだね?」
「はい」と答え、僕はこれまでのデジタルデータを呼び起こし、ガバリャンと共有した。
「まず彼らはこちらの言語を理解しています。言語学者のリン博士をお招きし、コミュニケーションを開始したのですが、彼らは発話言語をある程度認識していると確認しました。そこでA-34のことをレネイと名付けて、コミュニケーションを図っています」
「レネイとは、女につける名前だ。A-34は生物学上でいえば雌なのかね?」
「いいえ」と僕はアバターの首を横に振った。「最初の精密検査で生殖器は見つかりませんでした」
「だろうな」
「確かに、彼ら――ゴイムの雌雄を区別するものは明確にはありません。ですが、四体のゴイムの骨格は人間を含む霊長類と類似している部分があります。鎖骨や肩幅も違いますし、臓器を覆うあばら骨も、骨盤にしてもそうです」
僕としてはもっとゴイムをアピールしたかった。それに研究の進展は着実であり、時間さえあれば、ゴイムたちの生態や生物学的構造に加えて社会性なども把握できるだろう。僕らにはその何百、何千という時間がある。だが、ガバリャンと彼を崇拝するの一部の管理者はゴイムを快く思っていないのだ。
「君はなにが言いたい? 彼らは猿の進化だとも?」
「そうとも言えます。ですが、人間とほぼ同じ炭素や窒素を有しております。分析データを《マザー》に送りましたが、解答はありませんでした。そこで、細胞学研究のリュウ博士にお願いしてデータを渡したのですが、回答は人間に酷似していると」
「人間だって?」
ガバリャンが目を丸くさせた。目を丸くさせたとはいっても、メンタルに反応して自動でAIがアバターに処理を施しただけなのだが。どうも、人間的生物という言葉が気に喰わなかったのだろう。
「彼らのどこが人間だというんだね、カーツ君。彼らは心臓を二つ持ち、生殖機能もない。眼球も頭部もこんなにも大きく、指も昆虫のように長い。これが、肉体を持ち続けた人間の成れ果てか? 言葉も通じんのだぞ」
「ですが、メラビアンの法則に基づいたコミュニケーションには反応しております。大声をあげれば身体をびくつかせますし、笑顔を示すと警戒心を緩める一面もあるのです」
「だが、それはあくまで仮想的実体化した我々を見てだろう? 仮に真の人間を前にして、同じ反応をするという確証はあるのかね?」
反論できない。それもそのはず。僕らは遥か昔に肉体を捨ててしまった。いま、この地球上で肉体を持った人間など、他にいるのだろうか?
「実証はできんだろうな」
ガバリャンはいう。そこから僕らの間には会話がなかった。レネイはといえば、積み木を床においては持ち上げるを繰り返して遊ぶばかり。先に口を開いたのはガバリャンだ。
「そもそも、ゴイムはどこから来たのか。きみの考えは?」
「予測ではいくつかのパターンがあります。まず彼らの体表面に――」
「違う」とガバリャンが遮った。「私はきみ個人の考えを聞きたい」
「……僕は、この生命体が人間の進化とは思えません。別の生物が人間化した、という可能性を視野にいれてます」
嘘だ。また捲し立てられるのが億劫だったから。この男の神経を逆なでしても、メリットなどない。
「ふむ」、とガバリャン。
「では逆に、古代人が退化したという可能性はどうだろう?」
意外だった。あれほどゴイムは人間ではないといったのに。ガバリャンは饒舌に続ける。
「文明を失い、生活環境が著しく低下した。劣悪な環境下に晒されたことによる環境適応化した結果がゴイムである、というのは?」
かぶりを振る。
「その可能性は低いと思います。かつて人間がアウストラロピテクスからネアンデルターレンシスと四つの段階に区分された進化を遂げています。仮に、彼らの進化が我々がいうところの退化だとして、脳頭骸の肥大化は矛盾しています」
本音だった。ガバリャンの表情は変わらないが、一瞬の沈黙こそが彼の立腹を表している。
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