Not Found《エデン》
ガバリャンはひとしきり考える素振りを見せたあと、いった。
「……《エデン》の生存者という可能性は?」
「えぇ、私もそう思ったので《マザー》に照会しましたが、どうにも該当する人物が見当たらないのです。それに、彼女には識別マーカーもありません」
「じゃあ、ネオ古代人という可能性は?」
ネオ古代人とは、シンギュラリティ以前の古代人が《エデン》の残骸から得た技術や知識、環境などから進化した人類のこと。これまででシンギュラリティ以前の古代人が生存していた根拠や証明などは一切ない。なので、ネオ古代人は創作として生まれ、一〇〇年前にメタバースの世界で流行話題となった。フィクションの中の生命だが、ほんとうに存在すると妄信し、研究議題にする研究者も出たほどだ。
「わかりません。もし、そうならば、これは人類史始まって以来の最大の発見になるでしょう」
なるほど、とガバリャンは頷いた。だが、納得したわけではないだろう。進化論を真っ向から否定してくる堅物の石頭が、人間の進化など考えるわけがない。
ましてや、一介の研究員の話などまともに聞いてもくれないのだから。
「報告はすべて私のところにあげてくれたまえ。オープンDMなら意識直結で見れるから。すぐに然るべき対応もとれる」
妙に改まった態度だ。然るべき対応というのがどんなものか。焼却処分か、神経ガスによる殺処分か。怪訝に思うが「わかりました、ありがとうございます」と礼をいった。
これで彼はログアウトするだろうと思ったが、そうではなかった。堂々と居座り続けた。
「カーツ君、配偶者はいるかね?」
唐突だった。気後れしながらも、頷く。
「います。……いえ、正確にいえば、いました。妻と息子です。妻はシンギュラリティのときに亡くなりました。あと、一緒に《データセンター》に入った息子です。ですが、一二八年前に《データセンター》から出ました。古代人の研究をすべく、《エデン》に出向して……」
「それは気の毒に」
「えぇ」と僕は頷いた。一二八年前など、この四〇〇年という時間軸ではつい最近のように思えてしまう。我々は今後、数千年、いや数億年先も生き続けるかもしれないのだから。
あの当時、意識の構成アルゴリズムを再構築し、命令コードを受けた擬似肉体を得ることができると《マザー》が二級国民に通達した。しかし、それは同時に莫大なストレージのせいでバックアップの取れない電子データである僕らにとって、一種の無謀な探検でもあった。
息子のアレックスは私の心配を他所に、擬似肉体に意識を移し、外の世界へと歩き出した。まだ生存しているかもしれない古代人を捜索すべく。そして、事故に巻き込まれた。
《エデン》に意識を移した一万二〇〇〇もの人々は、《マザー》を含む高性能な量子コンピュータの予測を外した大型の嵐に襲われた。建築されたコロニーのシールドは易々と破壊され、育てられていた農作物や合成畜産物はことごとく破壊された。データ・サーバを保有するコントロール・センターは電磁波の波に呑まれ、太陽光パネルもバイオ燃料生成機も機能を失った。精密作業ロボットを搭載した緊急救助ドローンがいくつも発進したが、データの復旧はできず、疑似肉体に意識を転送した人々を救うことはできなかった。
エネルギーの死は、魂の死。僕らは改めて死を実感した。
人口タンパク質や炭素で形成されていた肉体は動作を停止させ、バクテリアによって腐敗し、徐々に土へと還っていった。強化プラスチックと金属処理されていた頭部と骨格だけは残り、いびつな骸骨だけが《エデン》の中に取り残されていた。
〈どこからきたのか、知りましたか?〉
「……嫌なことを聞いてしまったね」とガバリャン。「だが、マンハッタン遺跡から《エデン》はさほど遠くはない。もしかしたら《エデン》の生存者が遺したロスト・テクノロジーという可能性だってあるわけだ」
「そうかもしれません」
「……どちらにせよ、ゴイムがシンギュラリティ以前の人類の成れ果てなのか、それとも以後なのか。君の推測どおりならばこの発見の重さが変わるぞ、カーツ君」
褒めているようで、警告しているようにも思えた。彼のアバターはレネイに向き、妙にギョロついた眼が怪しく彼女を捉えていた。
「もしこのゴイムが純粋な古代人ならなおさらだな。カーツ君」
アバター越しで、尚且つ合成音声といえど嫌味だとわかる。満足したようでガバリャンはログアウトした。
残された僕は眠るまで積み木で遊ぶレネイをずっと見続けた。時折、レネイは腹部を愛おしそうに、優しく撫でる。
ガバリャンには告げていないことがある。それは、レネイの腹部が肥大化しており、そこに新たな生命体が確認されたということだ。
レネイはしばらくして横たわり、睡眠に入りはじめた。僕にも睡眠というプログラムがあるが、本来ある睡眠ではない。電子データの一時的な休眠。スリープ。
レネイがぐっすりと眠ったのを確認すると、僕もログアウトした。
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