第3話 八永レイ

「はい、診察は終わりだよ。八永君。」


八永の目の前に座っていた老医者はゆっくり口を開いた。


「中々、いい数字を出せるようになってきたじゃないか。八永君。最初に比べたら大違いだよ。」


八永は診察台のすぐ横の棚の中に入っていたバスケットから、自分のジャケットを取り出し、袖を通しながら老医者の話を聞いていた。


「ありがとう、ございます、。」


八永はジャケットを着終えると老医者の方を真っすぐ向きながら、そう答える。


「それじゃ、これで診察は終わりだから。気を付けて帰りなさい。」


老医者は落ち着いた口調で帰宅を促した。


「ありがとう、ございました、さようなら。」


八永はそう答えると、バスケットからバッグを取り出し、肩にかけると診察室の扉を開け、部屋を後にした。


「本当に、状態いいんですか?八永さん。」


扉が完全に閉まると同時に、診察室の奥から、白衣を着た女性が姿を現した。


「うーん。数値自体は悪くないんだがねぇ、如何せん治ってきているかと言われれば、完全に首を縦に振ることはできないよ。」


「彼がああなってしまったのは、エルドライブシステムの実験によるものですか?黒嶋先生。」


診察室が一瞬静まり返った。


「…芳賀君。その話はあまりしない方がいい。彼周辺じゃよく、軍の情報局が出没するとの噂だ。」


「情報局といえど診察室までにも盗聴器や盗撮用のカメラを仕掛けるわけではないでしょう?黒嶋先生。」


黒嶋は腰を重たそうに持ち上げながら口を開く。


「そういうことをどんな場であれ安易に喋ってしまうのが問題なのだよ。八永君に関してはこちらでも調べたし、他にも情報を求めたよ。だがね、どうにも彼の周りはかなりきな臭い。もちろん情報局だけじゃない。下手すると、火星連合にまで辿り着く可能性もある。」


「情報局?火星連合?八永さん一人に、彼らはなぜそこまで執着するのですか?」


「分らんよ。情報は寄こさない。無口を貫く。かと言って詮索されるのも嫌だ。彼らがそのスタンスである限り、こちらとしてはできることは限られる。」


「例えば何でしょう?黒嶋先生?」


芳賀はわざとらしく口調を上げ尋ねる。


芳賀君。」


黒嶋は立ったままパソコンの電源を落とすと、芳賀の隣を通り、診察室を後にした。


「…消極的。あれで患者を治せるのかしら。」


芳賀は不満げな顔をしながら診察室の壁に沿うように置かれたベッドに勢いよく腰かけた。

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