第12話 順応
辻番の仕事に就いてはや三ヶ月。
季節は夏だが、異常気象の近年日本とは違いそこまで暑くはない。アスファルトではないのもあるのだろうか、体感は30度も無い様に感じる。不快だった梅雨が終わり、汗ばむ陽気が続いた。
町でのトラブルが絶える事は無く、仲裁に入った剣弥に斬りかかってくる者もいた。刀で対処はするが余計な殺生をすることは無く、生け捕る事が出来た時には奉行所に引き渡した。
辻斬りも、試し斬りや快楽目的で町民を斬り捨てる輩もいたが、殆どが剣術修行によるものだった。そんな気概を持って斬りかかってくる輩を生け捕るのは難しく、やむなく斬り捨てた。
宿代も必要無く、給料も出る。辻斬りを斬り伏せて得た刀を売ったりと、貯えは結構な額になった。
こうして当初の目的通り真剣勝負の経験を積み、剣弥はこの世界に順応していった。
月丹との手合せは、剣弥がかなり勝ち越している。
内に孕んだ狂気を、目の前の相手にぶつける。常に真剣勝負、刀だろうが竹刀だろうが相手を殺さなければ自分が死ぬ。そういう心持ちで相手の前に立つ。
「おぉ……お前ぇ、前とは別人だな……何て気魄だよ。その目だよ、狂気に満ち溢れてるぜ」
歩を進めると月丹は後ろへ下がった。剣弥に気を呑まれている証拠だ。だが気負わない、狂気の中に冷静さを同居させる。
月丹の鋭い袈裟斬りを切り落とし、脳天に一撃を打ち込んだ。
「あ……すまん、大丈夫か?」
袋竹刀を落とし、頭を抱えてうずくまる月丹に声を掛けた。
「いでで……鉢金があって良かったぜ……俺ぁとんでもねぇ
小袖と裁着袴は夏仕様になっている。羽織を脱ぎ捨てて立ち会っているとはいえ、季節は夏だ。大汗をかいて団扇で涼んでいると、朝一の見廻りに出たサチとボタンが帰ってきた。
「おい、また出たみたいだよ。例の辻斬り」
「えぇ……町じゃその話で持ちきりでしたね。ここの管轄内ではまだ被害はないみたいですけど……」
二人の言う例の辻斬りとは、ここ最近町中の噂になっている異常者の事だ。夕暮れ時に出没し帯刀した男を狙う。それだけならそこまで騒がれはしない。問題はその異常な手口だ。
発見された遺体は、身体中がズタズタに斬り刻まれていた。顔まで斬り刻まれている場合もあれば、無傷の時もあるらしい。
「またかよ、まぁ暗くなったら出歩かなけりゃ良いだろうが、俺たちはそうはいかねぇからなぁ」
「藩の武士も結構殺られてるんだろ? そろそろ町奉行が動くんじゃないか?」
辻番所は主に城の周辺、武家地とその周りの町人地の一部に設置されている。
更にその周りを囲む町人地には、土地を持つ地主達が建てた長屋を庶民が借りて住んでいる。彼らは『自身番』と呼ばれる、いわゆる自警団を設置し町の治安維持に当たっているようだ。
自身番屋は、町奉行所の監督下にある組織だ。町人地での事件等も奉行所に届けられる。
「町人でも帯刀してる者はいるからな。自身番屋の管轄内でも被害者が出てるみたいだ」
日が沈み始め、もうすぐ暮れ六つの鐘が鳴り響くだろう。交代が来る頃だ、番所の小上がりに四人で腰掛けている。
赤い羽織の代わりに、肩衣袴を纏った武士が訪れた。
「前原と辻だな? 百地様がお呼びだ。引き継ぎ後、従者と共に町奉行所に来るようにとの仰せだ」
――百地が? 何事だ……?
「分かりました。引き継ぎ次第向かうとお伝え下さい」
彼らは町奉行の『
「おい月丹、何かしたのか?」
「おいおい、問題起こすならお前ぇだろうがよ。俺ぁ身に覚えはねぇよ」
剣弥達は藩の武士ではない。言わばフリーターのバイト侍だ。月丹の発言は心外だが、二人とも身に覚えがない所を見ると、やはり例の異常者の事だろうか。辻番皆に直々にお言葉を頂けるのかもしれない。
やがて交代が到着し、四人で町奉行所に向かった。
奉行所の立派な門と玄関をくぐり、声を掛ける。例のせっかちな小男が出てきた。
――またこいつか。急かされてる様で気に食わん……。
「前原と辻だが、御奉行様に呼ばれて来た」
「はいはいはい、聞いてますよ。刀をこちらで預かりますね、付いてきてください。はいはい」
草鞋と足袋を脱ぎ、板敷を進む。前回の立派な襖の部屋より手前に案内され、部屋に入ると座布団が並んでいた。
「こちらでお待ちくださいね、はいはい」
そう言い残して、小男は出ていった。
「相変わらず
「お前もあの小男に案内されたのか。なぁ、これ座っても良いのか? 作法が分からん」
「まぁ、勧められてから座るのが礼儀だな。あのせっかち野郎は何も言わなかったな……誰が来るか知らねぇけど」
立ったまま待っていると、例の無口な武士と共に百地が入ってきた。
四人で二人に向け頭を下げる。
「やぁ、座って待ってれば良かったのに、律儀だね。まぁ、座ってよ」
「ははっ、失礼致します」
言われて目上の二人が座った後に、座布団の上に胡座をかいた月丹を真似て剣弥も座る。ボタンも胡座をかいて座った。サチもそれを真似て座った。
――へぇ、正座じゃないのか……。
剣弥のコピーであるサチは、そんな事を知る由もない。
「四人は大活躍だね。捉えた罪人の数は君らが群を抜いてるよ。町民からの声に関しても君ら四人の話しか入ってこない」
「恐れ入ります」
百地が目配せをすると、無口な部下は部屋から出て行った。
「番所の勤務終わりだ、腹が減っただろ。楽しんでいってくれ。もちろん無礼講でいい」
百地がそう言うと、着物の女達が膳を運び込みそれぞれの前に置いた。更に徳利を傾け、それぞれに注ぐ。すっかり酒好きのサチは思わぬ振る舞いに顔が綻んでいる。
――百地の意図は何だ……。
成績が良いとはいえ、ただのアルバイトを会社の取締役が呼び出して食事を振舞っている状況だ。有り得ない。
怪訝な表情を見せる訳にはいかない。
百地の後に続いてお猪口を口に運んだ。
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