第6話 辻番所

 

 町奉行所の入口付近に戻り、例のせっかちな小男を探す。玄関奥の小部屋でせわしく事務作業をしている数人の男女の中に、例の小男を見つけた。


「失礼、御奉行様より仕事内容を事務方に聞けと言われたのだが……」

「はいはいはい、こっちの部屋に来てくださいね」


 剣弥が喋り終えるのを遮るように、近くの部屋の襖を開け入っていった。小男に続いて六畳間に入る。せっかちな小男は、また忙しく部屋から出て行くと、何やら布地を乗せた木箱を持ってきた。


「はいはいはい、これが衣服と防具ですね。執務中はこれを身につけておいてくださいね」


 小男は息をしているのかと心配になるほど早口に、辻番の仕事内容を説明し始めた。


 町の各所に辻番所という詰所があり、昼番と夜番の交代で勤務する。番所には基本四人で詰め、巡回等で周辺の警備に当たる。

 交番の様なものだ。


「給料はいかほどで?」

「日当三百文で支払いは一月毎ですね。税金を引いてこの額って事ですね、はいはい」


 日当9000円程だ。

 昼と夜の交代という事は12時間労働か。四人で休憩しながらとしても時給1000円も無い。


 ――まぁ……そんなものなのか。


「悪人を成敗する事もあるだろう? その時に押収した刀などはどうすれば?」

「はいはい、それは各自で売るなり捨てるなりお好きになさってください、はいはい」


 ナマクラでも一両で売れる代物だ。結構美味しい仕事なのかもしれない。元々真剣での経験を積む為に受けた仕事だ、多少条件が悪くても受けるつもりではいた。


「仕事は、明け六つ、暮れ六つで交代です。早速明日の明け方からお願いします、はいはい」


 朝六時と夕方六時でそれぞれ交代か。時計は無いだろう、日の長さで適当に決まる。

 連れのサチと同じ時間の勤務でお願いしたいと伝えると、少し待てと言われて三十分ほど経っただろうか。小男が紙を持ってきて手渡された。

 勤務表か、こよみに勤務日が書き込まれている。希望通りサチと同じ日時の勤務だ。さすが忙しなく動いている男だ、仕事が早い。


「長屋も用意しております。こちらが辻番所と長屋の地図です。ではよろしくお願いしますね、はいはい」


 小男は元いた小部屋に戻って、仕事をし始めた。忙しい男だ。

 思ってもみなかった事に、宿まで用意してくれているらしい。とりあえず当面の生活は問題なさそうだ。あとは死なずに職務を全うするだけだ。


 

 適当に夕食を済ませ、地図を頼りに長屋を目指す。

 四層の天守が近い。城の周りを囲む様に武家屋敷が建ち並んでいる。身分が上がる程、天守に近い住居が与えられるようだ。

 剣弥達の寝床はそんな武家地の端っこ、藩の下級武士達が住む長屋らしい。二人で一部屋という所が気にはなるが、早速入口の引き戸を開けた。

 竈門かまどのある広い土間に面して、小上がりに並びで六畳間が二部屋ある。


「え……下級武士でこんなに広い部屋に住めるのか……?」


 サチとは部屋を分けることが出来る。少し残念ではあるが。

 外には共同のかわやと井戸がある。割と汗をかいたが風呂は贅沢だ。明日は仕事終わりに湯屋へ行こう。

 土間にある木桶に井戸から水を汲み、濡らした手拭いで身体を拭く。フンドシ一丁で身体を拭き終えた。


「サチ、綺麗な浴衣を出してくれ」


 サチの方に振り向くと、大きな乳を放り出し、半股引はんだこ一丁で身体を拭いている。


「うぉい! 何をしとる!」

「あ? お前の真似してるだけだろ。気持ちいいなこれ」


 全く恥じらう事なく、乳房を持ち上げて下乳を拭いている。目のやりどころに……は、困らない。眼福である。


「何ジロジロ見てんだよ、このスケベ野郎」

「いや、すまん……気に入ったのなら明日は湯屋に行こう」

「へぇ、楽しみにしとこう」



 ◇◇◇



 サチが先に起きれば起こしてもらうように頼んでいたが、自然と目が覚めた。外はまだ暗い。木桶の水で顔を洗い準備をする。

 昨日受け取った服は、裁着袴たっつけばかまという股の部分がズボンの様に縫い付けられた物と、小袖と羽織だ。 

 黒っぽい小袖に、縦縞をあしらった濃灰色の裁着袴。木箱の中に入っていた革製の胴と小手、頭には鉢金はちがねを身につけた。

 最後に真紅しんくの羽織に袖を通す。背中には、丸の中にひいらぎの葉が二本並んだ家紋が入っている。色は違うが、新撰組の様でかっこいい。サチも同じ格好だ。

 革製の防具は心許ないが、無いよりはマシだ。金属製なら少し安心だが、何せ重い。この格好で12時間も過ごすなら革製の方が楽ではある。

 

 足袋たびを履き脚絆きゃはんをつけ、草鞋わらじを締めた。サチから刀を受け取って腰に差す。

 さぁ、辻番所勤務初日だ。


 地図を頼りに職場を目指す。徒歩で十分足らずの所だった。瓦葺きの建物の入口は広く開け放たれ、二メートルほど入ると、小上がりに十畳程の畳敷きの部屋があるのみの簡素な建物だ。

 成程、大きさは町の交番という感じだ。


「おはようございます。前原です。今日からお世話になります」


 中で座っている同じ格好をした四人に、一礼と共に挨拶をする。


「おう新人か、こりゃ助かる。女連れとは珍しいな、よろしく頼むよ」


 一人はにこやかにそう答えたが、他三人は無愛想にあくびをしている。

 辺りはすっかり明るくなっており、明け六つを知らせる鐘が鳴り響いた。およそ午前六時、始業の鐘だ。


「さて、俺らは帰るわ。あと二人はじき来るだろ」


 そう言って四人は帰って行った。

 小上がりの畳に腰掛ける。何をしたらいいのかがよく分からない。


「ワシらの他に後二人来るんだな?」

「あぁ、そう言ってたな」


 開け放たれた入口を出て左右を見ると、遠く左側に赤い羽織が二人目に入った。少し後ろを歩いているのはどうやら女だ。


 前を歩いている男と目が合った。


 ――キィィィーン


 例の共鳴だ。男は同類か。

 

 目の前に立った男は剣弥より少し背が低いが体格が良い。丸顔の坊主頭で、口の周りに黒々と髭を貯えている。太眉の下のギョロリとした目をこちらに向け、口元を緩ませた。


「おうおう、同類がいるじゃねぇか! しかも同僚ときたもんだ!」


 豪快そうな見た目通り声がでかい。


「俺ぁ、つじ 月丹げったんだ、よろしくな!」


 この世界で会う二人目の剣豪は、仕事仲間だった。

 

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