第一章 佐久島

第4話 口入れ屋


 着いた。

 佐久島さくしまの町だ。


 時代劇のセットのようだ。木造の建物がずらりと並んでいる。平屋が多いが、二階建ての立派な屋敷も時折見かける。通りは大小の石などは無く、さほど歩きにくさは感じない。

 道行く人は、頭頂部を剃った丁髷ちょんまげ茶筅髷ちゃせんまげや坊主等様々だ。女性は時代劇でよく見るあの髪型だ。髪飾りを器用に使って丸髷まるまげを結っている。服装は小袖や浴衣が多く、股引ももひきを履いた職人や、肩衣かたぎぬはかまを着用した身なりの良い者も時折見かける。 

 他の町を見たことが無いのでなんとも言えないが、かなり大きな町という印象を受けた。


「刀は質屋にでも売るのか?」

「そうだな、刀剣商もあるけど、どうせこれはナマクラだ。普通は質屋に売り捌く」


 道行く人に質屋の場所を聞き、言われた通りに道を進む。

 思ったより簡単に見つけることが出来た。看板があるから分かりやすかった。

 中に入り、主人に刀を差し出す。


「鞘は無いが、買い取ってくれ」

「はいはい、ちょっと待ってね」


 質屋の主人は、手持ち眼鏡を目に当てて刀を鑑定し始めた。


「これなら一両だね」


 サチを見るも異論は無さそうだ。


「あぁ、それで構わん」


 くすんだ金色の小判を受け取り外に出る。5~6cmくらいだろうか、意外と小さい。


「サチ、価値が分からん」

「一両=4000文だ。お前に分かるように言うなら、一文は30円程だね」


 一両小判で12万円程だ。だとしたら当分は暮らせる金額だ。


 太陽がてっぺんをとうに超えている、とにかく腹が減った。もう何でもいい、目に付いた店に入り適当にお任せする。

 草鞋を脱ぎ捨て足を洗い、小上がりの座敷で解放された脚を伸ばした。


 主人の妻だろうか、ご婦人が膳を二つ持ってきて前に置いた。テーブル等は無い、畳に置かれたものを食す。

 まず、白飯であることで心が晴れた。膳には煮物と汁物、香の物が乗っている。この身体を維持するのにタンパク質が欲しいところだ。

 椀の中を箸で探ると豚肉が入っている、豚汁か。煮物には鶏肉だ。周りを見渡すと、豚の生姜焼きの様な物を食べている人もいる。


「これは美味いな。見たところ時代背景は江戸時代の中後期あたりだと思ったが、食文化は発達している様に感じる」

「だから歴史は関係ないって言っただろ。剣豪の多くはこういう時代に生きたんだろ? ケンヤも幼少期はさほど変わらなかったんじゃないか?」

「あぁ、ワシの子供の頃よりよっぽど良いもんが食える」


 剣弥は晩年は脂っこいものが食べられず粗食だった。この若い身体に投資しないといけない。それにはやはり金がいる。

 食後の茶を飲みながら、剣弥は自分の考えをサチに伝えた。


「ここに来る道中で色々考えたんだが、ワシに足りないのはやっぱり真剣勝負の経験だ。あのチュートリアルで、初めて人を斬ったくらいだからな。だから仕事をしながらその経験を積む」

「アタシの意見は要らんだろ。ケンヤの思う様にしてくれ」


 サチは無表情にそう答えた。

 かなりの放任主義だ、もっとかまって欲しいものだと剣弥は口を尖らせた。


 

 仕事を斡旋している場所があるはずだ。帯刀している武士を多く見かけた、刀を使う仕事があるのは間違いない。主人に聞いてみよう。

 茶を飲み干して草鞋を履く。


「ご主人、美味かったよ。また来る」

「おおきに! 五十文ですわ」


 約1500円、一食750円。確かに価値は似た様なものだ。


「ご主人、一つ聞きたいんだが、この辺りに仕事を斡旋してくれる所はあるか?」

「あぁ、それなら『口入くちい』だね! 大きい声じゃ言えやせんがね、殺しの仕事も有るとか無いとか……」


 やはりそういう場所があるらしい。道を聞くと、そう遠くないようだ。

 腹も満たした、早速口入れ屋に行ってみよう。飯屋の主人に言われた通りに道を進む。


「あったな、これか」


 平屋建ての入口が広い屋敷だ。

 中に入ると、カウンターに数人のまげを結った男性が忙しく帳簿の処理をしている。そのうちの一人に声を掛けた。


「失礼、仕事を斡旋してもらいたいのだが」

「どういった仕事をお探しで? 大まかな分類はこんな感じですわ」


 渡された帳面に目を通す。

 要人護衛、屋敷の警備あたりが狙い目か。他にも賊の退治、誘拐された人の救出などがあるが、それらの難易度は高そうだ。治安はあまり良くは無いらしい。

 さすがに暗殺など露骨な依頼はこの帳面には無い。


 ――ん? これは。


辻番つじばんというのは?」

「あぁ、元は辻斬りを取り締まる為に出来たんだけどね、簡単に言うと町の治安維持だよ」


 辻斬り。

 仕事を失った浪人等が、通行人などを斬りつける行為だ。武芸の鍛錬の為や、刀の試し斬り、憂さ晴らし等の理由だったという話を聞いた事がある。

 町の厄介者を斬り捨てる仕事。真剣での経験を積むのにはもってこいだ。


「これで頼む」

「はいよ、二人で行くかい?」


 そうだ、サチもいる。

 腕を組んで立っているサチに振り返る。剣弥と男の視線でサチが口を開いた。


「アタシはコイツの従者だ。当然一緒に行くよ」


 随分と横柄な従者もいたものだ。サチもこの仕事に文句は無いようだ。


「という事だ、頼むよ」

「じゃあ、町奉行まちぶぎょう様の所に行ってくれ。これが紹介状だ」


 行ったことは無いが、ハローワークはこういう所なのだろう。昔版ハローワークの男は、わざわざ外に出て町奉行の場所を教えてくれた。


 言われた通りに来た道を戻っていく。

 

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