第2話 真剣勝負


 長閑のどかな田園風景が広がっている。周りを見渡した後、目線を自分の身体に移した。

 服は小袖の着流しか。いわゆる着物を帯で締めただけの格好で、はかまは無い。足には草鞋わらじ、頭は総髪を後ろに束ねている。

 そして腰には、人間国宝の志垣左門が打った刀『白波左門しらなみさもん』。逆丁子さかちょうじの刃紋が白波に似て美しい事からつけられた名だ。志垣氏の最高傑作として名高い。


 まぁ、この姿には慣れているから良い。


 しかしだ。

 こんな所にいきなり放り出されて説明もなしとは……。


「おい! 小娘! チュートリアル的なやつはないのか!」

「うるさいな、デカい声出すな。今から説明するんだよ」


 後ろを振り向くと、小娘は茶屋で団子を食べている。

 艶のある黒い髪の毛を後ろで束ねてポニーテールに、桃色花柄の小袖こそでを膝上で切り、その下には白い半股引はんだこが覗いている。漫画等で見る、くノ一の様な格好だ。

 動きやすそうで、そして可愛らしい。


「ワシの団子は?」

「自分で頼めよ。お金の管理はアタシがしてるよ、色々な金儲けの方法がある。手持ちは多くないから、人に聞いて金儲けしな」


 本当にリアルなオンラインゲームだ。MMORPG要素のあるFPS剣術ゲームといったところか。曾孫の剣太郎に色々教わった、もはや得意分野である。以前はコントローラーなんぞで若者共に遅れを取ったが、今度は刀だ。腕が鳴る

 

 主人に団子と茶を所望し、小娘の隣に腰掛けた。


「で、小娘。名前は?」

「特に無い」

「小娘と呼ぶのもなぁ」


 ――何か良い名は無いものか……婆さんの名前にしよう。乳が無いのを気にしてたしな。

 

 呼び慣れた名だ、そういえばどことなく似ている。剣弥は妻の顔が好みだったのだと気付いた。

 

「では、『サチ』と呼ぼう」

「何でもいい、ではそう呼んでくれ」

「ワシは前原剣弥だ」

「わざわざ自己紹介せんでも知っている」

「ならお前はやめてくれ。剣弥と呼んでくれ」

「あぁ、分かったよケンヤ」


 ――確かにワシは、Mっ気のある巨乳好きだ。これから虐めてもらうには名前を呼んでもらいたい。

 

 暫し、サチと共に団子と茶を楽しむ。

  

「キャァァーッ! やめてください!」


 悲鳴が響き渡った。振り向くと、茶屋の娘が男に腕を掴まれていた。


「よしケンヤ、行って来い」

「雑なチュートリアルだな。斬っても良いのか?」

「構わん、娘を助けろ」


 茶を飲み干し、娘の腕を掴んでいる浪人風の男に声をかける。


「おい、娘さんが嫌がっているぞ。離してやりなさい」

「あぁ? 何だテメェは? 俺はコイツの旦那だよ」

「違います! 助けてください!」

「娘さんはこう言ってるが?」

「うるせぇ野郎だな……覚悟は良いんだな?」

「うむ、表へ出ろ」


 茶屋の外に出るやいなや、男は刀を抜いた。剣弥も刀を抜き、両手で正面に構える。

 正眼の構えだ。


 相手は背が低い、剣弥は180cmを超えている。背が高くて有利というわけでもないが、威圧は出来る。

 刀が軽い。若い体は反応がいい、気持ちが若返る。


 しかし、初めての真剣勝負だ。

 その時、腕に震えを感じた。心は異常なほど落ち着いている。これは武者震いだ、身体が興奮しているのか。一度刀の柄を強く握り込み、震えを止める。


 ――九十年の集大成をこの世界にぶつけるんだ。オレは強い!

 

 相手の動きを観察する。

 八相の構えからジリジリと近づいてくる。剣弥も徐々に近づき、切っ先を相手の顔面に向け突き出すと、男はフッと息を吐き、袈裟斬りに斬りかかってきた。

 高い金属音が鳴り響き、男は体勢を崩す。返す刀で両腕をぶった斬った。

 ゴトッと鈍い音と共に、腕と刀が地に落ちる。


 前原一刀流 ひとがち


 相手の太刀を切り落とした後、一太刀を浴びせる。一刀流の最も代表的な形で、幼少期から何度も反復した。真剣勝負であっても、身体が勝手に反応する程に染み付いている。


「ヒィィィーッ!!」


 両腕を無くした男は、何が起きたか分からぬといった表情の後、両腕から血を垂れ流しながら奇声を上げて逃げて行った。


「逃がして良いのか?」

「あの出血だ、すぐに野垂れ死ぬだろ。死体の処理が省けていい」


 しかし白波左門、驚くほど斬れる刀だ。人間の腕二本を、まるで小枝でも切るように切断した。


 二本の腕と共に刀が落ちている。サチはそれを拾い上げ、一振した。


「コイツを売り払うのも金策の一つだ、アタシが預かっとくよ」


 成程、刀は高級品だ。いい値で売れるだろう。サチは刀を手品の様に何処かへ消した。異空間の様な物か。

 

「ありがとうございますお侍様。さっきの男には、いつも付き纏われていたんです……村でも厄介者で……」

「なら良かった。もう心配ない」


 初めての真剣勝負は、拍子抜けするほど呆気ないものだった。


「手入れするから刀を貸せ」


 刀を良く見ると、血とあぶらがついている。このまま鞘に納める訳にはいかない。

 サチに渡すと、ビュッと血振りしてから異空間に刀身を突き刺して引き抜いた。

 ただそれだけで刀は光っている。


 本来なら、布で血を拭いて懐紙でぬぐう等の手入れが必要になる。それをサチは一瞬で終わらせた。


「へぇ……便利だな。ありがとう」

「ケンヤは勝負に集中すればいい。他の雑用はアタシらの仕事だ。刀が曲がっても刃こぼれしても直してやる」


 専属の鍛冶師兼案内人といったところか。刀のメンテナンスは結構面倒臭い。まさに剣に生きる者の世界だ。至れり尽くせりだ。

  

「さっきの娘も茶屋の親父も、生きてる人間なんだろ? オレらと意思の疎通は出来るんだな?」

「あぁ、気の合う奴もいるだろう。ケンヤのいた世界と何ら変わらん」


 なるほど、友人も出来るという事だ。


「ケンヤ、今『オレ』って言ったな」

「あぁ、この体で動くと昔を思い出した。すっかり気持ちが若返ったよ」

「そうか、そのツラだ。今の喋り方のほうがいい」

「オレもそう思う」


 ――志垣さん、あんたの刀は凄いぞ。オレはこの世界を、この刀で成り上がる!

 

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