剣豪バトルロワイヤル ～仮想現実世界で有名剣豪達と真剣勝負～

序章

第1話 剣豪大往生

「前原さん本人のご要望により、延命処置は致しません。お別れの準備を」

　もう体は動かない。

　皆のすすり泣く声が聞こえるだけだ。

　誰かが力強く手を握っているが、見る事も握り返す事も叶わない。子供達と孫、曾孫達に囲まれて天寿を全うする、なんと幸せな最期だろう。

　95年の人生、全てを剣に捧げた。

　剣道は最高段位の八段に達した。しかし、そんな物に興味はない。あのような大層な防具に守られて何が剣の道か。

　――ワシはあくまでも剣術家である。

　伊藤一刀斎の流れを汲む前原一刀流の十六代目当主、前原（まえはら） 剣弥（けんや）。

　父親が早くに亡くなったため、23歳から当主として道場を守り続けた。才能にも体格にも恵まれた。そして『現代剣豪』と呼ばれるまでに剣の道を極めた。

　人間国宝の刀匠、志垣（しがき） 左門（さもん）の遺作を拝受した後は一心不乱に刀を振り続けた。

　剣に生きたこの人生に悔いはない。

　心残りはただ一つ。

　――この命……真剣勝負で果てたかった……

「……………………ぉぃ」

「…………ぉぃ 」

「……おいって！」

　女の呼ぶ声で開くはずのない目を開けた。

「なに一人でブツブツ言ってんだよ。早く起きろよ！」

「……え？　ワシ、死んだのでは……？」

　――ここは……どこだ？

　ゴツゴツとした感触を背中に感じる。確かベッドに寝ていたはずだが。上体を起こし状況を理解しようと試みる。

　野鳥の囀りと共に川のせせらぎが聞こえる。立ち上がり周りを見渡すと、緩やかに川が流れている。恐らくこれが三途の川だろう。どうやら死んだ事は間違いない。

　――で、この気の強そうな、乳のデカい小娘は誰だ……？

　川べりの大きな石の上に脚を組んで腰掛けている女に目をやる。

　線の細い身体には不釣合いな乳が、組んだ腕に乗っている。見てくれと言わんばかりに白装束をはだけ、谷間があらわだ。

「まぁ、お前らの価値観で言えば死んだってのがピッタリだろうね」

「で、ここはどこだ？　あんたは誰だ？」

　乳のデカい娘は、さも面倒くさそうに説明を始めた。

「ジジイに言っても分かるかどうかだけどね。手を見てみな」

　手？　言われて視線を落とし、自分の手を見てみる。

「おぉ！　手が若い！　前腕に筋肉が！」

「あぁ、お前の身体の全盛期は二十代半ば頃だろ？　その時の体だよ」

「なるほど、今から四十九日でなんやかんやするのか？　申し訳ないが宗教には疎（うと）い」

「なんの話だよ。そんな事する訳ないだろ」

　呆れ顔の巨乳小娘は、溜息を交えながら更に話を続けた。

「まず、死んだって表現は適切じゃない。お前がさっきまで居た世界はバーチャルリアリティー、作られた世界だよ。この景色もお前のイメージだ。まぁ、お前に理解出来るとは思わないけどね」

　辺りを流れる三途の川にはおよそ似つかわしくない横文字が耳に入ってくる。ただ意外にも、年老いて果てた剣弥にとって知らない話ではなかった。

「舐めてもらっては困る。ワシの八十代は、曾孫の剣太郎とのオンラインゲームで形成されていたと言っていい。仮想現実の事だろう？」

「あぁ、そうだ。けど詳しく説明はしない。言っても理解できないだろ」

　――これは何だ？　死後の世界ってこんなにもITなのか……？

　さっき家族に看取られて息を引き取ったと思えば、今度は巨乳小娘が講釈を垂れ流しているのを聞くばかりである。

　全く理解が追いつかない。

「結論から言うと、お前が次に行くのは『剣豪』が集まる世界だよ。各時代に名を馳せた剣豪達が仮想現実世界に集う。お前のしたかった真剣勝負が出来る訳だ」

　歴史に名を刻む剣豪たちと手合わせが出来る世界。にわかには信じ難い話だが、老衰で死んだはずの剣弥が今若い身体で立っている事を考えると、嘘とも言いきれない。

　確かに剣弥は死ぬ前に、真剣勝負で果てたかったと心残りを吐露した。曾孫の剣太郎から聞いた事がある。死後に自身が望む異世界に転生する物語を。

　――という事は……この巨乳小娘は神か！？

「さっき、お前は誰だと聞いたね？　アタシもお前の案内の為に創られた存在だよ。外見はお前の好みでね。こんなに乳のデカい女が好みなのか？　とんだエロジジイだな」

「……」

　――だって……婆さん乳が無かったんだもん……。

「しかし、もっと優しく案内ができんのか？」

「当然、内面もお前の好みで出来てる。その強い口調はそう悟られないためか？　このドＭジジイが。気色の悪いヤツだよ」

「……」

　――偉くなりすぎて、誰も叱ってくれなくなったんだもん……。

　神ではなかったらしい。剣弥の好みで作られた相棒という事だろう。

　剣豪達が一堂に会する世界。

　さしずめ『剣豪達のバトルロイヤル』といったところか。

「まぁ、説明はそんなもんだ。刀は志垣の『白波左門（しらなみさもん）』でいいね？」

「うむ、それでないと困る」

「お前が生きた世界の歴史とは全く関係ない。けど、人は実際に生きている者たちだよ」

「うむ、分かった。」

「とりあえず、お前の体は二十代なんだ。ジジイのような喋り方はやめな。では、行くぞ！」

　空間が歪み、周りの景色が光に包まれていく。二人でその中に吸い込まれた。