第18話 静馬改良_1

 汪麻と絶が加わる琳の研究グループは、初夏に設定された宝条君雄とのコンペディションに備えて動き出していた。


「資金がないから『静馬』をベースにするしかない」


 琳は言いながらも、口惜しい様子だった。

 教導用に払い下げられた静馬では、他はともかくとして、基礎骨格と魔導オリジン炉の出力。

 特に後者は、設計全体に影響の出るもので、型落ちした静馬ではMAGWSに求められる能力様々に問題が発生する。

 それらすべてに解決策を打ち出すのは不可能に近く、頭の痛くなる難題だった。


「一応、どうにかできないことはないけど」


 絶はそんな風に、いつもの茫洋とした表情で言った。


(何か嫌な気が……)


 汪麻はそんな予感を覚えたが、止める暇はなく。

 絶はすっと物陰に消えると、少しして、その手に光輝く剣を手に取って現れた。


「オリジン炉……っていうのは、ようは強力な遺物から霊力を抽出するエンジンでしょ。つまり強力な遺物に交換すれば出力の課題はある程度解決が……」


 そういいながら、手にした光の剣をテーブルに置く。


 ゴトッ


 ただ置くだけで鳴り響く重厚なその音は、コスプレイヤーが作った装飾品ではなく、実用的に使われたものだと如実にわかった。


「ここここここれ!? すごい霊力なんだけど!?」


 琳が全身の毛を逆立て声をうわずらせた。

 琳や絶ほどの魔導力がない汪麻にはどれぐらい凄いのかまではわからないが、内包する理力の多寡はとてつもないことがわかる。


「私がむか」


「おおおおおおおお、これは十王司家で秘伝される宝物でないか!? 絶いつ持ち出した!?」


「いやこれは私が昔旅で」


「こここここっちにこい!」


 しゃべらせるとどんな迂闊なことを言い出すかわからないので、汪麻は絶を引っ張っていった。

 汪麻は絶の肩をつかんで尋問した。


「言いたいことと聞きたいことがある」


「なに」


「あれはどこから取り出した?」


 もちろん、絶はあんな宝剣を持っていなかったはずだ。

 召喚系の秘術で、呼べば手元に来るのだろうか?

 絶は、もっともわかりやすい答えを出した。


「マジックポーチ」


 いつも通りの無表情で言うと、空間に揺らぎが生まれ。

 絶はそこから色々な物を出したり直したり。


「ななななな!? 異次元倉庫だと!? 馬鹿な!? 第六世界魔法で封印されたはずでは!?」


 空間と位相をつなぐ魔術。

 転送や転移魔術は非常に高度な術分野ながら、その便利性を語るまでもなく、多くの魔術師が太古から取り組んできたテーマだ。

 絶の時代にはまだ全然普及にまで至ってはなかったが、絶の突出した力で使用可能になり、救世魔法《勇者》の試練を受けていたころはこの転移魔術で仲間とともに世界各地の霊地を訪れ、数々の幻想種に拝謁した。


 が。


 《勇者戦争》が終結し、それから数百年。

 少しずつ空間と位相の研究が進み、それらの使用が現実的になりだしたころ、とある賢者が危惧して呼びかけ、それに同意した様々な者の手によって第六世界魔法《楔》が埋め込まれた。

 世界魔法というのは、一度発動した後世界全体に作用するほどの秘蹟であり、第一世界魔法《聖歌》、第三世界魔法《魔王》、第四世界魔法《勇者》などもそうである。

 その第六世界魔法《楔》を発案した賢者が危惧したのは、転移魔法を利用した様々なテロ行為である。

 転送魔術が普及し、誰しもが自由に空間と位相を操られるとすれば、とても便利なことであるが、敵国に爆弾を送りつけたり、気に入らない人間の寝所に入って暗殺したり、やりたい放題。

 人間社会は混沌を迎えるだろうと危惧したのである。

 そこで第六世界魔法《楔》を打ち込み、世の中の万物は空間を越えられないようにした。


「私も不思議で疑問なんだけど。たぶんその《楔》って世界魔法は、発動した瞬間から世界にある物に楔を打ち込むわけで。それ以前に別次元にあったものは、別次元の存在だと認識しているのだと思う」


 そういうと、絶が自身のスマホを次元の穴に放り込もうとすると、それまでのものと違って吸い込まれることはなく、ぽーんとスマホは弾かれ跳ね返ってきた。


「第六世界魔法《楔》が打ち込まれた時には、私は眠っていて、中の物はずっと異次元の中にあった。《楔》の論理的効果範囲を考えるなら、この中にあるものは元々、異次元の中のものと認識されるの。そして世界魔法は、異次元には影響しない」


「だから出したり中になおしたりする分には問題ないということか……?」


 世界魔法とはその名の通り世界──。ものにもよるが、基本的にこの地球という星そのものを対象として発動している。

 そのため例えば宇宙に出れば、第一世界魔法《聖歌》は効果を失うと実証されている。

 絶のマジックポーチにあるものは、《楔》──第六世界魔法の発現時には、異次元にあったものだ。


「第六世界魔法の空間の移動制限だって、完全なものじゃない。精霊とかの異界の存在は対象外。たぶん、マジックポーチで異次元に保存していたものは、それらと同様に異界の存在と認識したんじゃないかな」


 第六世界魔法《楔》が本当に完全に空間や次元の移動を妨げるものかというと、そうでもなくいくつかの抜け穴がある。

 例えば精霊などの元々別次元の存在は《楔》の制限を受けない。

 この物理世界と精霊界などの別次元は、完全に独立したものでなく、細かなつながりがあり理力が循環することで生命が育まれる環境になっている。完全に断絶されては困るのだ。

 また転移門といった儀式場を作ることで、強引に第六世界魔法の制限をパワーで押し切ることも不可能ではないとされている。

 明確には理由を断定できないが、何らかの方法で絶のマジックポーチは限定的に使えるということだ。

 

「中にはどんなものがあるんだ……?」


 思わず口にすると、絶はすらすらと述べた。


「オリハルコンとか使わなくなった仲間の装備含めていろんな」


「いやいい! 言うな!」


「……私も、この中の物、どう扱うのか困っているのよねぇ……」


 絶が珍しく悩むように言った。

 おそらく、躊躇せずに使えば世界最強のMAGWSが誕生してしまうだろう。


(ぜ、絶がこの国にいてよかったぁ……!)


 過激な国にいれば、間違いなく戦争に利用されていただろう。

 絶がそれに従うかはともかくとして。


「で、あれどーするの」


「ん……」


 さきほどテーブルに放置したままの剣を差して絶は言った。


「あたし、MAGWSをお金に気兼ねなく作ってみたいし。特例としてこれぐらいズルしてもばちは当たらないと思うの」


「う……ぐ」


「それともフルバーストする? 全身……は無理だけど魔導線全部オリハルコンにする?」


「ま、待った……! それはさすがに……まずい!」


「じゃあこれで妥協して」


「わ、わかった……」


「言い訳はさっきのあんたの誤魔化しでいいでしょ。十王司家の禁呪の蔵? にあったってことで」


 なんだか絶に説得された気もするが、汪麻としても……。MAGWSは思い通りに開発してみたかったり。

 自身の道徳に従って我慢したが、本当はフルバーストにも心は動かされた。


 会議の場に戻った後、自分でも嘘臭いという説明を汗をだらだら流しながら汪麻は言った。


「こ、この剣は十王司家で代々伝わった宝剣で……。と、特別に姉上から使用の許可がでた」


「ん。その代わり、魔導炉の調整は私と汪麻でする。他の人はあんまり口出さないで」


 絶がそういえば、蓮司が首の裏をかきながら他の面々の言葉を代弁した。


「いや……っていうか、魔導炉の調整なんてこの中に出来る奴いるのか?」


 しーん。


「私も専門外よ。だからスペックが100%出るのは期待しないで。でもなるだけ強くするから」


 こうして。

 MAGWSに搭載できるサイズの魔導炉としては、自衛隊の最新機を超える出力スペックのものが出来上がった。


「イェイ」


「イェイ! ではない!」


 出力テストの結果で唖然とする琳達の前で無表情でダブルピースをする絶に、汪麻は頭を押さえながら一喝した。



#########

ようやく世界魔法の話出せれたー。

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