第17話 白昼夢
琳の研究室が2階にある、伏間大学の巨大倉庫。
その一角には研究生たちの休憩用のスペースとして、テレビやラジオが置かれていた。
「はぁ~。テレビをつければこの話ばっかり。嫌になっちまうな」
ぼやいたのは手拭いをバンダナのように巻いた皆川蓮司。
ちょうど休憩時間のようで、その周囲には他の整備士たちの姿もある。
その片隅には、制服から整備士用に着替えて体育座りをする絶の姿もあり、また一人だけ折り畳み用の椅子を出して腰を下ろした琳の姿もある。
琳がぼやくように言った。
「人の露悪性の出たゲームだからね。そしてそれはこの報道もそうだけど」
絶と汪麻が突き止めた闇バイトの実態と、その裏で開催されたYAMITUBEという名のゲーム。
今ではウェブでは、趣旨としては似たデスゲームをもじって、『闇バイトゲーム』として広まっていた。
「ざまぁってやつか」
蓮司はつぶやいた。
それまで闇バイトゲームの観衆たちは神の視点で、法を犯す闇バイトの参加者たちを嘲っていただろう。
しかし今は立場が逆転し、彼らが嘲笑われる立場として、テレビやウェブでバッシングを受けている。
YAMITUBEの主催者は、サイト利用者の秘匿性を保証の元、主に大学サークル内などの口コミで、顧客を勧誘していた。
顧客はあくまでサイトの閲覧権を買っているにすぎず、別に犯罪に加担しているわけではないと言って。
だから犯罪をしているわけでもないし、罪に問われることもないと言って顧客を集めていた。
また、顧客データは魔導的プロテクトを施したサーバーで管理し、万一にも漏れないと保証していた。
事実、楓華や竜崎が、その存在を知りつつ長年かけて調査をしながら、その摘発には至っていなかった。
しかし元勇者の絶というイレギュラーな存在と、彼女が中位精霊スイゼルを操って魔導的プロテクトを突破するばかりか、サーキットウェブを掌握し次々と情報を掘り出すことで、『闇バイトゲーム』のほぼ全貌が明るみに出た。
ここまで明るみになりワイドショーでも取り上げられ話題になった以上、YAMITUBEを利用していた顧客たちも、何らかの制裁を受けることは必至だろう。
そしてテレビの話題は、YAMITUBEの利用者が財政会の大物の子息や華族で占められていたことで、現在の華族制度の在り方の是非や在職代議士などの進退にまで波及している。
国会の答弁でもまた、連日のようにこの話題で与野党が紛糾していた。
「何で人ってこんな業の深い存在なのかしら」
琳は幼さゆえに理解できないという風に、小言を漏らした。
誰かに答えを求めた言葉ではなかっただろう。
それに答えたのは、絶だった。
数日間、行動を共にして。
ある程度、この絶という少女の特異な無感動性を分かってきていたこの場のメンバーは、体育座りで膝に顔を埋めるようにしながら絶が言葉を吐いたのを、意外と思った。
「人っていうのは元は狩猟民族で。獲物を追い詰めることに、愉悦を感じるものなのよ」
その言葉が、この隔世人で記憶を失ったと
一方そのころ。
汪麻はふらふらと、霞ヶ関の街通りを歩いていた。
「つ、疲れた……」
YAMITUBEの情報を掴んだのはほぼ絶の行ったことだが、彼女は隔世人だし、それも元勇者。
矢面に立たせたくないということで、警察からの事情聴取は汪麻が一人で受けることとなった。
名義的には十王司家当主、楓華の代役という立場で、保護した隔世人であり一応十王司家の一員である絶を守るため、であった。
中級精霊スイゼルで魔導的プロテクトを突破してサーキットウェブとつながったサーバーから情報を盗み出すハッキング行為。
もちろん不正アクセス法違反である。
楓華が裏で手をまわして、YAMITUBEの情報を提供する司法取引でこの不正アクセスは不問に処すという態だったが、それでも事務手続き上の説明が必要で、汪麻が矢面に立ったのだ。
どうやら話はついているようで、警察庁側から応対に出た刑事との話は淡々と進んだ。
だが一回りも二回りも年上の強面の刑事たちに問答を繰り返されるのは、汪麻でも神経をすり減らす時間だった。
汪麻は自分でも気づかぬ内に休息を求めたのか、ふらふらと吸い寄せられるように、カフェへと引き込まれた。
中には休憩中の会社員などでほとんどの席が埋まっていて、空いている席を探す方がむずかしかった。
「はぁ~い」
そこで男声ながら甘い声が響いて、汪麻が視線をむけると、はっきりと汪麻にむかって手を上げながら、四人用の席に一人座った長髪の青年が手を上げていた。
「ここ空いているよ。どうだい?」
会ったことのない青年のはずだ。
これまた汪麻もわからぬことだが、なぜか青年の提案は抗いがたく、むかいの席に腰を下ろしてしまった。
特徴的な青年だった。
中性的な端正な面差しで、180を超えるだろう高身長と肩幅がなければ、長い髪もあいまって女性に見えていただろう。
その髪は鮮やかな緑色で、光の反射できらめくような光彩を放っている。
濃密な魔力に接することで発生する、魔晄という体組織の末端の発光現象だろう。
汪麻は近くに通りかかったウェイトレスに、アメリカンを注文した。
そのウェイトレスが背中を見せるのを待って、青年は自分の手元のコーヒーを啜ると、見ず知らずの赤の他人であるはずの汪麻に、友好的に話しかけて来た。
「学生さんかい? 疲れているようだね。なんでこんな霞ヶ関に?」
「はぁ、まぁ、ちょっと……」
「悪いことをしたのかい? それで怖い刑事さんに怒られたのかい?」
揶揄するようなちょっとしたからかい口調だった。
普段の汪麻なら気にせず無視するはずであったが、この時の汪麻はなぜかわからず、感情的になって否定した。
「俺じゃありません! ただ……絶が……俺の、面倒を見てる友人が、首をつっこんでしまって」
「へぇ。絶って言うんだ。その子は。その子のことを僕にも教えてくれる?」
柔らかな声で顔を傾ける青年に汪麻は我知らず、堰を切ったかのように矢継ぎ早に絶のことを吐露していた。
元勇者であることや、一部のことは話さなかったが、なぜか見ず知らずの青年に絶について思うことを洗いざらいぶちまけるようなことをしていた。
「ははっ、その絶っていう
「面白くなどありません! 本当に手のかかる奴で……。いつも自分はどうでもいいって顔をしているのに、そのくせ厄介ごとに自分から首を突っ込んで……」
酒を飲み、くどくどとくだを撒く老人のように、自分の弁舌に酔ったかのように舌が回る。
(はて……?)
汪麻自身も、自分の行動に違和感を覚え出したころ。
「ありがとう。君のおかげで絶が今どう暮らしているかわかったよ。そのまま彼女の友人として仲良くしてあげてね」
青年はそう言うと、汪麻の分の伝票も持ってレジへとむかった。
(???)
汪麻は状況のわからぬまま、惰性のようにコーヒーを啜った。
そしてすぐには、青年のことは白昼夢のように記憶から消えていった。
一方、青年。
カフェをでてすぐのところで一瞬、霞ヶ関の摩天楼を見上げる。
しかし日差しの強さですぐに興味を失った様子で路地をすすむと、装いもばらばらな数人の者たちが彼の元に集って話しかけて来た。
「クローヴィス卿」
その一人が、青年をそう呼んだ。
「例の者は、あのままでいいのですか」
「うん、いいよ」
何でもないように、クローヴィスと呼ばれた青年は、汪麻と接してきた時と同じように柔らかな声で言った。
「僕の方の準備はまだ済んでいない。いましばらくは、この極東で、彼女を自由にしてあげようじゃないか」
「ですが、一刻も早く我々の手中に収めた方が」
「それはまずいね。学会にもこの国にも、目をつけられる。動きを見せるのなら、全ての準備が整って、カードを全て裏返す準備ができた時だ。いずれにしろ、今は時期尚早だよ」
「はっ……。浅慮なことを言って申し訳ありません」
「うん」
柔らかな声で青年は言って。
どこかに佇むであろう無表情の少女を思って、言った。
「絶。今しばらくは、この時代の学生時代という青春を味わって」
また別のところ。
留置所の面会室に、竜崎と、汪麻の父
さすがに父子だけあって似ている。特に陽国人ばなれした体格がそうだ。
ただ父汪羅は若々しい茶髪で、横柄さはなく、どこかくすんだ感じのする笑みを浮かべたタレ目の優しそうな男だった。
「竜崎、お疲れ様だったね。大丈夫、この場には君の所属する零機関の者しかいない」
「は……」
周囲には刑務官などが同席しているが、全て汪羅の息がかかった人間というわけである。
「無事、奴らの尻尾をつかむことはできましたか」
「それはYESともNOとも言えないな。『闇バイトゲーム』に関しては関係者や仕掛けた犯罪集団、全てを抑えることができた。陽国の膿は取り除くことができたよ。ただ……本命の
「そうですか……」
『闇バイトゲーム』にはもう一つの裏があった。
それは一種の儀式──負の想念を集める儀式であった。
魔法が不自然な法則とされる内に、無視できない要素として『想念』というものがある。
つまるところ、強い想い。何かへの祈り──。
そういった感情が寄り集まって、儀式を補強する要素となりえる力だ。
しかしこの力は儀式を補強する要素としては不安定で、最も不確定要素の強い要素と言える。
過去、世界中──特に文明発達と軍事発展の過渡期の第一次世界大戦から冷戦終結まで。
人工的に強い想念の持ち主を作りだそうと、非人道的とも言える過酷なサバイバルを被験者に行わせたり、候補者たちを殺し合わせ一人になるまで繰り返す蟲毒のようなことが世界各地で実験的に行われた。
しかし結論として、人間の感情ほど、思い通りにすることが難しいものはない。
これらのような方法で人工的に強い想念の持ち主を作ろうとする実験は、結論として全て失敗に終わった。少なくとも効率を考えれば徒労でしかなかったのだ。
そうして文明が進み多くの者が飢えもしない時代が続いたことで、かつての時代のように偶発的なことが重なって強い想念の術者が生まれることはさらに稀になった。
そうして現代魔法学では想念という要素は今では当てにできない要素とされ、制御できない変数の一つという位置に落ち着いた。
今では国際条約により、こういった強い想念の持ち主を人工的に作るために殺人などを強要したり、不当な虐待下に置くことは固く禁止されている。
一方で強い思念は魔法的な理力となって還元されるのは確かだ。
今回摘発された『闇バイトゲーム』を仕掛けた犯罪集団とその裏には、今しがた竜崎と汪羅の話題にも出た、『
その存在は陽国に古くから巣くい、明確な目的も存在意義も不明だが、一人の魔殊人の
過去の陽国の歴史に幾たびか現れ、事件を引き起こした。
竜崎が実の妹を失ったのも、陰頭が関わった事件だ。
汪麻たちに話した妹のことに関してはすべてが嘘というわけでもなかったわけだ。
絶以外の誰にも解けなかったYAMITUBEと顧客情報の入ったサーバーに施された強固な魔導プロテクトは、陰頭が今回摘発された犯罪組織に与えたものらしい。
目的は『闇バイトゲーム』の運営も含む、関わって破滅を味わった者の怨嗟と負の感情。
陰頭は、それら負の想念を集めていたと思われる。
絶は『闇バイトゲーム』を駆逐したが、この陰頭にまではいたらなかった。
「妹を失ったお前さんとしては……陰頭にたどり着けなかったのは無念だろうが。陽国を蝕む前に対処できたことで、満足して欲しい」
「ええ……。話には聞いています。汪麻が友人とやってくれたそうですね」
「ああ」
「俺としては任務を達成できて満足ですよ。結果として、陰頭に集まる理力は予想より下回ったでしょうし。……兄貴分を気取っていた身としては、少し情けないところを見せてしまったのが悔しまれますがね」
「そういってくれると助かる」
それから汪麻のことを二、三言話して留置所を出ると、汪羅は空を見上げながら息を吐いた。
「
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