第15話 闇バイト事件_2

 通りに響いた悲鳴に、五人は視線を鋭くする。


「なに……?」


 神楽かぐらが反射的に腰元の攻性デバイスに手を添える。

 弥里みさとが腰から呪符を取り出すかどうかを逡巡していたところを、


「俺が探る」


 と汪麻おうまが宣言し、右手の指を二本、眼前に立てて掲げると念じた。


 ──静寂に走る遠き哭、我が元に招け──

みちはしれ──風音結界!」


 音──。

 つまり風の振動を増幅した結界が音源付近と五人に道をつなぎ、現場の騒音が届いてくる。

 バリンバリンとガラスの砕ける音。

 遠巻きに上がる悲鳴。

 威勢を上げる男の声。


「音源は大通りの高級時計店。押し込み強盗だ。幸い怪我人は出ていない」


「最近テレビでやってるやつ……。っていうか、汪麻。あんた、結界術が得意だったの?」


「汪麻は万能術者ゼネラリストだよ。たいていの術はなんでも使える」


 神楽の言葉に、汪麻本人に代わって弥里が答える。

 その緊迫した四人にどこ吹く風で。


「あんた達はどうするの」


 春風でたなびく髪を押さえ、近くの商店に歩みよりながら、平素と変わりないように絶は言った。

 神楽が佩刀の握りを触りながら言った。


「そりゃ当然とーぜん


 弥里も、懐から扇子を取り出しながら妖艶に唇を曲げた。


「義を見てせざるは勇なき成りってね」


 汪麻が当然のように腕組みしてうなずくと、


「こういう無法者に対処するのが華族に生まれた者の役目だ」


「みんなが行くなら、私も行くよ! 支援は任せて!」


 普段大人しい清奈まで勇気を振り絞った様子だ。


 絶はあくまで淡々とした様子で、商店の軒先に置かれていた売り物の傘を物色する。

 その内の一本を引き抜くと、代わりのように千円札をそれとわかるところにねじこんだ。


「そう。じゃあ全員ね」


「絶もくるのか?」


「え、それで戦う気……?」


「そう」


 それぞれが魔導端末を構える中、絶は傘を剣に見立てて構える。

 弥里たちが奇異の視線を向ける中、絶の実力を知っている汪麻が急かすように言う。


「どうした。俺一人でももう行くぞ」


「あ、うん」


「一番槍はもらったぁ!」


「あ、バカ者!」


 神楽が猪武者のように足に闘気を巡らせて、疾風のように走っていった。


「ええい、功名を焦るなというのに」


「悪いけど、汪麻。僕も勝手に動かせてもらうよ」


「お前もか!」


 弥里も言うと、扇子を振るって、一陣の風となって姿を消した。

 姿を消した弥里の声だけが、殷々いんいんと木霊する。


「僕は遊撃要員として動くよ、汪麻」


「はぁ……」


 汪麻は嘆息すると、残った二人……清奈と絶に視線を配り、言った。


「……仕方ない。絶!」


「うん」


「あの……絶さん? ひゃっ!?」


「しっかりつかまってて」


 阿吽の呼吸で汪麻の声に察した様子で、絶は清奈の腰に手を当てると、お姫様抱っこの要領で抱え上げた。

 そして雷鳴の如く商店街を走り抜ける。


「あひゃあああああああああああああああ!?」


 先ほどの女性の声を倍する悲鳴が、清奈の喉からドップラー効果で響いた。


 商店街を出た大通り。

 真昼間、強盗たちは衆目を浴びているのも気にせず、店内のガラスケースをバットで砕いて商品を袋につめこんでいっている。

 幸い、無秩序な攻撃性を示すわけでもなく、誰かを怪我させた様子はない。

 店員たちも客も皆、建物の外に逃げ出した様子だ。

 それをいいことに、通行人たちの中には呑気にスマホで撮影している者もいた。

 先に突っ込んだかと思った神楽だが、佩刀を手に、何かを探すように首をめぐらせていた。


「あ~! もう! 警察お・そ・い!」


 やきもきした様子で悪態をついている。

 彼女の攻性デバイスは、警察などの公的組織に許可を得てしか、使用は許されていない。

 市民に直接的な命の危険がない状況、勝手に攻性デバイスを使用すると、過剰防衛で折角取った免許も剥奪である。


(姉上に電話して十王司の名で封印解除も可能だが……)


 華族特権というもので、各華族の当主の命令で非常事態宣言を出し、通常なら厳しく取り締まられるような魔法の行使を制限解除する超法規的なルールがある。

 しかしこれを行使した場合、とてつもない説明責任を負うことになり、ほとんどの華族は例え人命の瀬戸際だろうと後々の面倒を考えこれを出し渋る。


(盗人もみだりに害意はないようだ。そこまでせんでもいいか)


 汪麻がそんな風に胸中でつぶやいた時だ。


「なんだ……」


 普段もそうだが、声音に退屈さを乗せて絶がつぶやくと、傘を構えるのを止め、気だるげに石突を舗装された床につきたてる。


「しょうもないゴロつきね。正直私が出る幕でもないけど。せっかくだから前線に出るわ。汪麻、指示は」


「俺か……」


 意外にも思ったが、汪麻はたしかに万能魔術師で応用力のある自分が後方で支援と指揮に回った方がいいと判断した。


「絶と神楽で前衛を頼む。清奈君はここから神聖術で加護を。おそらく食い詰めたようなゴロつき達だ。治癒術に力を温存するよりも加護に力を注いでくれ。俺は二人が暴れやすいように結界を敷く」


「暴れやすいように……?」


 汪麻は先ほどしたのと似た風に二本指を立てて、それを振り下ろすと曲げて声を発する。



──定礎に奉じられし座敷の付喪よ。我が声に応えその守護の加護を──

「家護結界!」


 いずれも魔法に通じた弥里たちは、汪麻の命令により、強盗たちがあばれる建物から、異質な理力が湧きあがるのを感じた。

 それと同時に、強盗達も異変に声を上げる。


「なんだ!? 急にガラスが硬くなったぞ!」


イテッ……! どうなっているんだ、一体!」


 神楽が、呆けたように言った。


「建物全体に……祭殿級の結界加護を……?」


「長くは持たん。早急に戦闘を終わらせてくれ」


 汪麻が敷いたのは、建物が蓄えた霊的加護を一時的に引き出して、建物全体に強力な霊的防壁を敷いた。

 これによりただのガラスがバットを弾く硬度を持つ他、周囲に破壊をまき散らす攻性魔法の余波を受けても、よほどの攻撃でなければ建物を損なうことができず、延焼も防ぐ。

 建物への被害を考えずに派手に暴れられるということだ。

 ただし。

 この結界は無機物にしか効果はなく、それ故に強盗達はもちろん、絶たちにも一切の防御的効果は働かない。

 逆に言えば、もし強盗達に結界術を看破できるほどの魔法士がいれば、強力な攻性魔法で反撃してくる可能性もある。

 だが強盗たちが壁などを破壊して強引な方法で脱出路を作ったり、生き埋めにしようと建物を破壊するのを防げる。

 仲間ゆうじんたちを信頼して汪麻は建物の保護を優先した。


「清奈君! 加護を!」


「わ、わかった! ……神宮司の名に置いてたてまつる──心命を賭して邪気に立ちむかわんとする我が友に加護を──祝福よブレス!」


 清奈の祈りに呼応して、聖性由来の強力な防護被膜が全員に付与される。

 驚いたことに儀式場を用いたわけでもないのに、清奈の簡易式の加護だけで劒道で使った防具を凌ぐ防御効果があった。


「じゃあ、行くわよ」


「う、うん」


 気怠げに呟く絶とは対照的に、神楽は声をうわずらせていた。気圧されているのではなく、武者震いだ。

 神楽は攻性魔導端末を抜くのを諦めた様子で、鞘に納めた制限状態のまま、腰から引き抜いて使うつもりだ。

 絶は傘を無造作に構えて走る。


「なんだこのガキども!」

「ふざけてんのか傘女!」

「──待て! そいつら魔法士だ、見た目で判断するな!」


(……? どこかに聞き覚えがあるような……)


 強盗達はヘルメットや覆面などで顔を隠していたが、その内の一人、内包する理力の量からリーダー格と思われる男の声に、汪麻は聞き覚えがある気がした。

 しかしその既視感をすぐに打ち消す。


(いや気のせいだろう。例え会ったことのある相手でも、見過ごすことはできん)


 結界の維持と、戦局の変化に集中する。

 強盗達は5人。

 バッドを放り捨てて、懐からスマホ──魔導端末を取り出す。

 ……いや。


「気を付けろ! 違法端末だ!」


 あまり一般には知られていないことだが、一般的に陽国で普及している魔導端末には、あらかじめ安全装置がかかっている。

 いはゆる周囲に破壊をもたらす攻性魔法には、威力を抑制する制限がかけられており、さらにはブラックボックス部分に使用した魔術の痕跡を記録する仕掛けがあり、刑事裁判でも有力な証拠となる。

 犯罪を起こす反社会的組織の中には、この安全装置を意図的に解除した違法端末を用いる者たちがいる。スマホから身元を特定されないように、盗んだり金で買ったりした盗用端末を改造するのだ。


「吹き飛べ!」


 強盗たちの一人が、雷球を生み出すと、それを絶と神楽の2人にむかって放った。


「ふん」


 絶が息一つ。

 一歩足を踏み込むと、黒い傘を閃かせて、雷球を切り裂いた。


「なっ……!」


「やあああああ!」


 驚く強盗に、神楽が腰から引き抜いた鞘で斬りかかる。


「盾よ!」


 それを、後方にいた斬りかかられたのとは別の強盗が障壁を張って防ぐ。

 さきほど、汪麻が既視感を覚えた声の持ち主だ。

 やはりあの男だけは、実力が一つ上の様子である。


(あの魔力の波長……やはりどこか覚えが……。いや……既視感でそう感じているだけか……?)


 汪麻の内側でふつふつと疑念が湧きあがるが、敵味方に分かれている現状、どうしようもないことだ。

 強盗達は、魔術を駆使して神楽と絶を制圧しようとするが、実力が違いすぎた。


 魔力の多寡や扱う術式の複雑さはもちろん、正面切っての対魔法士戦の経験が違いすぎるのだ。

 勇者であった絶はもちろん、六道の血筋である神楽は、実戦形式の鍛錬も積んでいる。

 強盗達は多少のいざこざは経験があっても純粋な魔法士戦は経験が薄い様子で、2人がすぐそこまで迫っているのに中詠唱の魔法を詠唱しはじめて無防備なところを斬りかかられたり、威勢よく手に光の剣を生み出すものの、出力の違いを理解することができず、剣で受け止めようとしてそのまま2人に剣ごと薙ぎ払われたりした。


「くそっ!」


 リーダー格の男が立て続けに強力な術を行使して時間を稼ぐが、隙を見逃さない絶が一人、また一人、とその傘で打って気絶させる。

 汪麻でもわかるほど傘に理力を充溢させて、神経を打ちのめす呪詛を纏わせている。

 汪麻も入学式の初日、拳打だったが似たような方法で気絶させられた。


「くそっ、捕まる訳にはいかん!」


 神楽が一人、絶が二人、強盗達を昏倒させたところで、リーダー格の一人が声を上げた。

 一人背中を見せて逃げ出す。


「逃げるなぁ!」


 神楽が叫び、絶が取り残された最後の一人を傘で打って気絶させる。

 リーダー格の男は、認識阻害の魔術を使用した様子で、その姿が汪麻たちの視界から掻き消えた。

 汪麻でも看破できない、かなり高度な術だ。


(この術……。そうか!)


「竜崎さん!? なぜあなたが!」


 竜崎敏郎。

 かつて汪麻の家庭教師の一人をつとめていた魔法士だ。

 痩せぎすの細面で、頬に事故で負った傷痕を持つ男だった。

 見た目の割に面倒見のいい、汪麻の兄貴分のように指導してくれる男だったが、ある日から汪麻の前に姿を見せなくなった。

 後に家の者に聞くと、仕事の都合で来られなくなったと教えられた。

 優秀な魔法士だったはずだ。

 こんな場当たり的な犯行に手を染めるような人物ではないはずだ。


(くっ……! 問い詰めないと……! なんとかならんのか、絶!)


 汪麻は現在結界を敷いている。

 結界はたやすく展開と解除を切り替えられるものではない。

 正規の手順を踏まずに解除しようとすれば、術式を織りなす理力が暴れ狂い、術者である汪麻の霊的神経をずたずたに切り裂く可能性があった。

 元勇者である絶が、その超常的な感性で、姿を消した術を暴くのを期待したが──。

 絶は何かに気をとられた様子で、竜崎が消えた方ではなく、後方、遠くからスマホを掲げて観察する群衆の群れを見つめていた。


(逃げられたか……)


 汪麻が諦めかけた瞬間。


「逃がさないよ」

「ぐっ!」


 姿を消したのとは別方向、空いたままの裏口に、竜崎と通せんぼするように立ちふさがる弥里の姿が忽然と現れた。


「逃走用に用意した車と運転手はもう制圧したよ。大人しく自首した方がいいんじゃない?」


 弥里はわざと挑発するような物言いで言った。

 竜崎は被ったヘルメットの奥で、歯軋りするような声を上げた。


「俺はここで捕まる訳にはいかんのだ!」


 そう言うと、懐から何かを取り出した。

 形状は角度的に汪麻には見えないが、纏う理力──強力に濃縮された呪力を感じた。


「逃げろ、弥里!」


「うわっ……」


 あらかじめ呪力を注ぎ込んで仕立てた魔道具だ。

 現代でも作るのは簡単な代物ではないが、強力な魔法的効果を瞬時に発動できる。

 弥里も咄嗟に扇子を振るって術を展開しようとしたが、それよりも竜崎の魔道具の発動が早かった。


「がっ……!?」


 いつも優美な姿を崩さない弥里の顔が苦悶に歪み、関節をぎくしゃくとならしながら地面に倒れ伏す。

 清奈の神聖加護を受けていれば別だったろうが、生身では後遺症を受けてもおかしくない理力の奔流だった。


(くそ、だから単独行動するなと……)


 そう思ったが、


「危ない危ない」


 気づいたら地面に倒れて痙攣していた弥里の体が消え、五体満足の弥里が奥の方に立っていた。


「あらかじめ式神にむかわせていて助かったよ。やっぱり呪家は矢面に立つべきではないね」


 見ると、先ほど弥里が倒れていた場所には、紙で作られた人型の形代が落ちている。

 おそらく今立っているようにも見える弥里も、本体ではなく式神なのだろう。


「偽物なら……!」


 式神なら、大したことはできないと踏んだようだ。

 竜崎は腰から伸縮式の警棒を取り出すと、それで威圧するようにして走り出す。

 闘気を纏って加速しようとした様子だが、その動きがつんのめった。


「なん……!?」


 竜崎の足を、地面から生えた腕がつかんでいた。


(いや、あれは幻……)


 幻術だ。だが魔術による幻術は、意識的な霊核に作用して、本物のように肉体に作用する。

 足をつかむ幻を打ち消すには、意識的な集中が必要だった。

 しかしそのころには、背後に神楽が迫っていた。


「たぁあああああああ!」


 喉から咆哮のような威声が迸る。

 竜崎は、取り出した警棒で防ごうとした。

 だが──


「裏咲雪しょうせつ──《威光神いみつがみ》!」


 上段から振るわれたのは、六道が家伝する武技──。

 竜崎は、汪麻と同じ万能術者で、汎用的な術の使い手だが、逆に言えば器用貧乏だった。

 窮地に陥れられ、弥里に足を封じられた状況では、打つ手も防ぐ手立てもなかった。

 ぎりぎり障壁の展開が間に合うが、神楽の《威光神》をわずかに軽減した程度で、防ごうとした警棒も押し切られ、胸に鞘刀の一撃を受ける。

 神楽が放ったのは、斬撃に霊的攻撃を乗せて、純粋な破壊エネルギーではなく、相手の霊的神経を打ちのめし切り裂き、結果として行動不能にする──非致死性の制圧型の武技だった。


「───っぁ」


 竜崎は声にならない叫びを上げて、がくりと地面に倒れ伏す。


(……動く様子はない。完全に意識を刈り取ったか)


「弥里……。これで全部か?」


「そうだと思うよ」


 別行動していた弥里は、様子からしておそらく、周囲を俯瞰して状況を見ていた様子だ。

 竜崎を含むこの場の五人。あと先ほど口にしたのがはったりでなければ、逃走用の車を用意した運転手……それで全員というところだろうか。


「よし、全員封縛して警察に引き渡そう。……絶、どうした?」


 さきほどから、絶の意識は他に持っていかれているようだった。

 スマホで撮影をする一般人たちの方を見て、今は懐からスマホを取り出して、何か集中している様子だ。

 その表情の乏しい顔が、不意につぶやいた。


「……あいつね」


 絶はつぶやくと、次にはスカートを翻して駆けだしていた。


「絶?」


 傘を手に、観衆たちの方にずんずんと歩く。

 一部の人がヒーローに興奮した様子で、そしてそれ以外の多くの人間が、警戒した様子で後ずさった。

 そして絶の狙いはただ一人。

 その中で逃げ出そうとしたスマホを抱えたまま背をむけた男だった。

 絶が瞬歩を使って瞬間移動をし、他の観衆たちを飛び越えると、逃げようとした男を捕まえた。


「絶!?」


 汪麻が止める間もなく傘で打ち末拘束し、スマホを手から奪いとる。


「一般人に何をしているんだ!?」


 汪麻が走り寄って詰めよると、


「──一般人?」


 絶は汪麻も聞いたことのない、底冷えのするような声で、吐き捨てるように言った。


「こいつは元凶よ。この闇バイトのね」

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