第14話 闇バイト事件_1

 翌日から絶も琳の研究室に来ることになった。

 試しにと、蓮司に立ち会ってもらってMAGWSの簡単な組み立て作業をさせてもらうことになった。


「熊さんの許可はとったぜ」


 この研究室で『熊さん』の愛称で親しまれているのは、まさに名前が体を表すと言うべき、熊谷くまがや五郎ごろうと言う名のずんぐりむっくりの髭面の院生で、琳から便宜上整備主任としてMAGWSのハード面での管理を任されている。

 この伏間魔法科大学に貸し出されているのは、『静馬しずま』という名の旧世代型のMAGWS。カラーリングはだいぶ剥げかかっているものの、わかりやすいイエローだ。

 静馬は陽国が自国開発を始めたほぼ初期機体で、実験的なものに近く、現代戦に使うにはだいぶ型後れの代物だ。

 MAGWSとは一般的に正面からの強行突破で殲滅する主力機動兵器としての役目を期待されている。

 高い瞬発力による機動性と、大型魔導炉から送られるエネルギーで強力な魔導障壁を備え、現代の一般的な大型火器類と攻性魔術の弾幕を機動力とシールドで強行突破しインファイトで敵陣地を破壊する。

 そういう役目を期待されたが、静馬は少々出力不足で、ロボアニメの量産機のように爆散する程度の役目しかできないしろものだ。


 蓮司はそんな静馬の足の一部を手馴れた様子で分解した。

 わかりやすいようにボルトとナットを並べて、絶をうながした。


「じゃあ、これを組み立ててみて」


「……」


 絶は無言で手を伸ばして、蓮司の動きを逆行するように、組み立て直して見せた。


「うお、力あるなぁ。普通女の子でいきなりきっちし締められるはいねぇぞ」


 蓮司は驚くが、絶の正体を知る汪麻は今さらな話だ。

 気になるのは別のことだ。


「絶……どうだ?」


「うん。やっぱり。『楽しい』。汪麻……これ、私、『楽しい』よ」


 かすかに上気した顔で、切なそうに瞳を揺らしながら絶は言った。

 ならば、あとは話の予定通りに。


「蓮司、言った通り、今後はこの絶も研究室に顔を見せる。俺と違ってハード面を専攻する。悪いが面倒を見てやってくれ」


「お? おうともさ! ……んじゃ、よろしく頼むぜ! 姫!」


「「姫?」」


 汪麻と絶が異口同音に訊ね返す。


「研究室での愛称だよ。琳は『お嬢』。ぜっちゃんは『姫』。十王司だと汪麻と被るし、『絶ちゃん』は距離感が近くて、勘違いする野郎どもがいるからよぉ」


「私は……別にどちらでもいいけど」


 まさに王制時代から現代にきた絶は、自分が『姫』と呼ばれるのに慣れていない様子だった。

 ともかくこれで絶も研究室に来ることに決まった。

 生憎と楓華の約束があるので、高校で授業を受けた後の放課後のみ、という短い時間ではあったが。

 結局、放課後ほぼ毎日、絶は研究室に来るようになった。


 ある時。

 

 同居する部屋で汪麻が風呂上りに録画していたアニメでも見ようかとテレビをつけたところに、部屋着姿の絶が隣に腰を下ろしてきてぽつりと言った。


「研究室にはもちろん、楽しいから行く訳だけど、機械いじりだけじゃなくて、現代の魔法工学の最先端とされるMAGWSの理論が興味深いの」


 勇者の儀式加護であらゆる幸福を失った絶は、ありきたりな知的好奇心は描かない。

 だが魔王を斃すだけの触媒であった彼女は、言い換えれば純粋な兵器でもあった。

 利用価値のありそうなものには目を通し学ぶ、習慣とでもいうべき自己学習機能が、元々備わっているようだった。


 絶は元《勇者》としての知見で、他の研究生から学ぶどころか、自ら他の研究生たちが舌を巻くような提案を次々とした。

 それまで研究室では琳のことを『お嬢』と呼ぶ者が多かったが、それと比較するように絶は『姫』と呼ばれるようになった。

 琳としても、優秀な才気を持った、同世代の女の子は喜ばしい存在だと思うのだが──


「バカ汪麻!」


「バカ汪麻」


「このバカ汪麻!」


「バ・カ・お・う・ま!」


 絶を連れて来てからその愛らしい甲高い声を跳ね上げさせて、汪麻を罵倒することが増えた。


(はて……? なぜこのように不機嫌なのだろう?)


 汪麻は首を傾げたが、女心は秋の空という言葉を思い出した。

 結局たいして気にかけなかった。


 絶の元《勇者》としての権能なら、ハードもソフトも両方、画期的な発案もできるだろうが、絶の儀式加護の代償の穴がハードの組み立てに限定すること、そしてソフトウェアの方では琳が絶に負けず劣らず高い発想力を示したため、自然とソフトウェアを琳が、ハードウェアの部分を絶が専攻し、その二人の助手に汪麻と熊谷を初めとした各研究生たちがついて補佐する体制がつくられた。

 琳に絶の正体を教えることはできなかったが、彼女の目からしても絶の才気は認めるところらしい。


「教授連を説得して、スポンサーを募ろう」


 そんなことを言い出して、本気で自分たちでMAGWS作りを始めることとなった。






 琳の研究チームに参加し、MAGWSの制作に着手し始めた絶だが、一方で汪麻が買い与えたプラ模型──試作三号機追加兵装『天意無法』付きバージョンの作成も続けていた。


「絶、はいチーズ」

「ん」


 汪麻が絶に買い与えたプラ模型『天意無法』。

 その作り上げた一部を持って、絶が無表情ながらピースのポーズをとる。

 シュールさはあるものの、一周まわって味のある対比だ。


 汪麻はスマホの撮影ボタンを押した。


 最初は単なる思い付きだった。


 絶が少しづつ組み立て幸福を味わう『天意無法』シリーズを、ならば一日一日、記録して残しておけばと思った。

 そう思って汪麻はSNSアカウントを作り、特に考えず『少しずつプラ模型を作る』という何のひねりもないアカウント名で、毎日少しずつ組み上がっていく『天意無法』をSNSに投稿した。


 毎日少しづつ組み上がる『天意無法』、それを上げるだけのアカウントだ。

 フォロー数もゼロ、リツイートもゼロ。

 誰にも見向きもされず、たまに通知が来るかと思えば、セールス用のアカウントやbotらしき有象無象のリプライやフォロー通知。

 ただの記録なので、それで構わないつもりだった。


 しかし。


 汪麻がいる日ばかりではないので、いない時は絶に一人で画像を撮ってSNSに上げる様に提案した。


「…………」


 そして絶は何も考えずに、自分の素顔が映った画像を投稿した。


 次の日から、スマホの通知はSNSで埋め尽くされた。


 アンニュイな表情でプラ模型に頬を添えて映る絶の顔が、絶世の美女と国内外を問わず様々な国で拡散されたのだ。

 汪麻が気づいた時には、手遅れなほどに世界中に絶の顔写真が拡散されていた。


「別にいいわよ。特定されても。襲ってくるようなら叩き伏せてブタ箱送りにするだけよ」


 スマホに融着させた中級精霊スイゼルにより、絶はすでにある程度の現代の文化に馴染んでいる。

 素顔をネットに公開する怖さをわかっていないわけではないが、自分には脅威が無いと思っているようだ。


 SNSも、別に『天意無法』の写真以外、上げる気はない。

 リプライにも目を通さず、もちろん返信も返さず、マイペースに写真を上げるだけの行為を繰り返した。

 今では過渡期を過ぎたものの、それでも投稿をした数分後には様々な国からフォローやリプライが来て、膨大な量の通知が溜まっていたがもう未読のまま放置する日常となっていた。


「はー。俺の方のアカウントはまったく音沙汰ないというのに」


 汪麻も試しにと、自分のアカウントを作って作成したプラ模型を投稿してみたがこちらは泣かず飛ばず。

 元々、SNSで承認欲求を満たすつもりはなかったので、今はもう放置となっている。

 久しぶりにどうなっているか見ようと開いてみると、数件の通知が来ていた。


「ん? なんだ……? 全部闇バイトの勧誘ではないか! 俺を貧乏人だと思っているのか!」


「闇バイト……?」


 絶が顔を寄せてくる。


「それ儲かるの?」


「たわけ! バイトと言ってるがコソ泥の手先になって犯罪するだけだ! リスクの癖に普通の仕事よりも儲からん! ああ、もう、なんでこういう甘言に乗る輩の多いことか……!」


「ふーん。ああ、このニュースの。結構、社会問題になっているわけね」


 絶はスイゼルに命じて、闇バイト関連の情報を集めているようだった。


「前あった時計屋強盗もこの闇バイトって奴ね。でも、これってそんなに儲かるのかしら」


「時計には製造番号が記されていて高級時計であれば足がつく。おそらく裏組織なりの洗浄方法があるのだろうが、実行犯として一番のリスクを背負わされながら実際の儲けははした金だろうな。愚かにもほどがある」


「ふーん」


 この時は話題に出しながらも、二人はさほど気にも止めず、汪麻がスマホを閉じると二人も忘れてしまった。






 毎週に一度のレポート提出の日。

 一年生の4人集まるのが日常となって、絶が琳の研究室に来るようになった経緯を、弥里たちにも知らせた。

 もちろん《勇者》の儀式加護の代償の欠陥云々など一部を伏せてだが。


「へぇ~。そんなことになっているんだ」


 十王司家が援助する琳がスポンサーを募り出し、それに同じ十王司の姓を名乗る汪麻と絶が関わっていることで、琳の研究グループの動きは自然と華族界隈でも話題になった。

 弥里も興味はあるのだろうが、それとは別に、『家』の命令で軽く探ってくるように命じられたような感じだった。


「手ごたえはどんな感じなの?」


 神楽がふんわりと笑みを浮かべながら言う。

 神楽の専攻は今のところ、六道の得意とする白兵戦だが、場合によってはMAGWS乗りになるのもまんざらではないと考えているかもしれない。


「……。あの二人がいると、MAGWSはあっという間に三世代ほどすっ飛ばしてしまいそうだ」


 汪麻の言葉に、清奈がおどおどとした様子で言う。


「そ、そんなにすごいの? あの二人……」


「一人ならともかく……。それぞれ年齢にそぐわない理論と感性を持った麒麟児二人だ。それがそれぞれの分野に専念し話合いながら開発するのだから、相乗効果で進捗が進む……。ただ……問題が……」


「「「問題?」」」


「琳も絶も、年齢故に実績もコネもない。スポンサーがつくかどうか……」


 汪麻が漏らすと、なるほどというに、腰を上げかけた弥里たちが腰を下ろす。

 それを見てから汪麻は白い歯を見せて、嗤って言った。


「と思ったが、意外なところから声がかかった」


「意外なところ?」


「3人も知っているだろう。普通科に通っているあの姉妹の父親……。宝条……今は宝条君雄と名乗る八島グループの総帥を」


「そうか……八島君雄……」


 製鉄業を柱に栄える八島グループは、経済力もあるし、これから新規開拓されるMAGWS開発市場に参入できるのなら、多方面で悪くない話だ。


「まだ話がついたわけではないが……。むこうから声がかかってきている。少しばかり時間をもらってデータを揃えて、売り込む機会をもらえる確約を得た」


 汪麻が腕組みしつつ言うと、3人とは違う別のところから声が降ってきた。


「ははは、すごいね。汪麻君たちは。僕も負けられないな」


 そう言ったのは三年生──特S科の学級委員長をつとめる五条ごじょう火槻かつき

 優し気な面立ちで身長160センチを超える程度と男子にしては小柄ながら、汪麻も一目置く──おそらくこの教室でも一番の名家で、そして純粋な戦闘力では一番の実力者だ。

 華族界では有名な話だが、『五条』とは、『御護浄』のが転じたもの。

 陽国の象徴である穹皇を守り、その敵は浄化し尽くす──すなわち塵も残さぬほど消し潰す。

 そんな業を背負った一族である五条家、その次期継承者と目されるのが火槻である。


「五条先輩は、何を研究しているんですか?」


「そうか、君たちは一年生だから学期末講説会はまだだもんね。僕は純粋に国家魔法士の資格をとって、紫宸殿に仕えるつもりだよ。つまり、汪麻君のお姉さんの部下を目指しているということだね」


 謙遜めいた言葉だがおもねるようでもない、嫌味の感じさせない柔らかな声だ。

 国家魔法士は、公務員の魔法士版。

 その魔法力を国のために活かし、国に誓約をかわしそして制約を受けながらも力を振るうことを許可された存在。

 国家魔法士といっても、ピンキリで、そこらのゴミ清掃車や役所の窓口受付など魔法の関係ないところで働いている人も大勢いるが、紫宸殿に仕えて穹皇の御所を守るというのなら、それはつまり。

 大型魔導端末に頼らず、ありふれた身辺警護の姿で、穹皇を護衛しその敵を屠る。

 魔法使いという言葉から想起される古来のイメージそのものの、対人魔導士を目指しているということだ。


(この教室で一番怒らしちゃいけない人じゃん)


 そのような感想を脳裏で描いたのは、やや分野が似通った神楽だった。

 火槻は別に威圧しにきたわけでもなく、その幼げな顔立ちで柔らかに言葉をかわしてから去っていったが、年上の3年生と五条の名にどうしても威圧けおされるのを拭えない様子の四人だった。

 火槻が努めて優し気な柔らかい言葉を使うのも、こういう対応をされる内に身に着いた処世術なのかもしれない。

 火槻が去った後、今度は隼人がやってきた。


「なんだ、隼人」


 隼人は間抜けにも見える顔で、廊下の方を指さしながら汪麻に言った。


「おい。あれはお前を待っているんじゃないか?」


「なに……? うわっ!?」


 そこには、擦りガラスに張り付くような人影があった。

 その高さからして、どうやら空中に浮いている様子である。

 やがて、擦りガラスより上の窓から、絶の顔がひょっこりとでてきた。


「おうま~~~」


 高いところから無表情な首だけを出して汪麻を呼ぶ姿は、井戸の中から伸びて来たろくろ首のような不気味シュールさがあった。


「……ったく」


 悪態をついて汪麻が外に出ると、絶もぴたっと地面に着地してきた。


「どうした、絶」


「午後授業が休講になっちゃって。だからあんたがどうするのかって」


「俺か……」


 週に一度のレポートの日は、隼人や楓華の顔を立てて、弥里らと行動し、大学の方には結局顔を出さないことが多い。

 汪麻は今日もそのつもりだったが──。


 がらがらがら


 今しがた汪麻が開けて閉めたスライドドアが開く。

 そこから顔を見せた、神楽と清奈を従えた弥里が、そのあでやかな顔で微笑んだ。


「絶さん。今日は僕たちと一緒に遊ばない?」





 汪麻、弥里、神楽、清奈の特S科4人に、絶を加えた5人で伏間高校の門をくぐった。

 街の商店街の方に出て、ゲームセンターなり、カラオケなり、スポーツショップなり、場当たり的に過ごそうということになった。

 予想できたことであるが、汪麻のことなどそっちのけで、絶が質問責めにあった。

 幸い、絶は《勇者》であることを隠して、その無表情な顔で無難な答えを返している。


 蓮司や琳にも使う言い訳として、絶は隔世人で蘇生が十全でなく、過去の記憶をほとんど失ってしまったことになっている。

 しかも解呪できない呪縛があり日常生活に不備があるため、汪麻が世話人としてついている──まだ琳や蓮司には事実上の同棲していることまでは伝えていないが。

 絶も、事情の説明には慣れた様子で、弥里たちの追及をかわしている。


「ずばり、汪麻のことは好きなの? 嫌いなの?」


 直球で尋ねたのはもちろん神楽だ。

 横で清奈が心臓をどっきゅんとさせている。

 絶は言葉少なに。


「便利。一家に一台欲しい下僕」


「……恋愛感情は?」


「絶無」


 皆無の上位語みたいな言葉を出しながらなぜか親指を突き出し、それをぐいっと下にむけた。

 わいわいと話ながら、商店街を歩いている時だった。


「キャ―――――!」


 五人の耳に、悲鳴が飛び込んできた。

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