第10話 露見する同居生活_2
一方、汪麻の頭は真っ白になった。
絶によって開けられた玄関からは、級友たちの顔がぞろぞろと並んでいる。
記憶力のある汪麻は、宝条の姉妹のことも覚えていた。
「な、な、な!?」
制服の上着の前だけをはだけさせながら、顔を赤く染めながらズンズンと玄関に歩く。
「お前たちなんで!? 絶、貴様が連れて来たのか!?」
矛先をむけられた絶は、何故か偉そうに足を広げて腕を組み仁王立ち。
「そうでもあり、そうでもない」
と胸をそびやかすように言う。相変わらず表情は無表情だが。
と、地面にへたり込むように倒れた宝条キアラが、すがるように言った。
「お、汪麻様……? これは何か複雑な事情が……」
そのころには、汪麻は玄関を出ていた。
背後で扉を閉め、何か覚悟を決めたように歯噛みすると。
ガバッとした動作で地面にひざまずき、まさしく土下座そのものに大柄な退屈を窮屈に丸めて、嘆願した。
「すまぬ! これは他言無用にしてくれ!!」
「汪麻……?」
「汪麻くん……?」
「これは……十王司家に連なる、複雑な事情があるのだ! 故あって俺が彼女……絶の世話人となっている。故に同じ屋根で暮らしているが、決してふしだらな関係ではない!」
「ええっと……?」
周囲の困惑を置き去りに、絶は片足を持ち上げて、汪麻の尻の上に乗せる。
「そう、こいつは私のための奴隷」
「奴隷!?」
「汪麻が!?」
(奴隷ではない!)
汪麻は内心叫び声を上げるが、今はとにかくこの窮地、多少の体裁に気を払う余裕はなく誤魔化し切るしかない。
なにしろその絶の正体が《勇者》であり、それを秘密裏に匿うよう主動したのが紫宸殿近衛長官である姉の楓華の指図と知れれば、十王司家はもちろん、ひいては陽国そのものの危機である。
彼にしては恥も外聞もなく初手土下座を敢行したのも、そういった危機意識からである。
「ぜ、絶は隔世人である上、根治し切れなかった呪縛によって現代には適応しづらいのだ。だから俺がよく面倒を見るようにと、言われたのだ」
「そんな感じ」
宝条の姉妹2人も、弥里や神楽も清奈も、状況はよくわかっていなかったが、あの汪麻が土下座をしたのだ。並大抵ではない事情ではないことを察した。
「コホン」
腰が抜けたように地面にぺたりと座り込んでいた清奈が、咳ばらいをして立ち上がると、わずかに潤んだ瞳で、気丈に声とまつ毛を震わせながらたずねた。
「汪麻くんと絶さんは……。同じ部屋で暮らしているけど、恋人ではない、ということですね?」
「そうだ!」
「そうよ」
そこに食いついたのが神楽だ。
「じゃ、じゃああの弁当を作ったのは、誰?」
その問いに汪麻は自分自身を、絶は足元の汪麻を指さす。
「俺だが」
「こいつ」
「うっそだぁ!」
「……弥里、お前までそういうことを言うか?」
この中で一番付き合いが深くて、理解者でありそうな弥里からも全力否定をされて、さすがに汪麻も思うところがある。
と、絶がぽんと手を叩く。
「そうだ。そもそもたゆんたゆんシスターズを連れて来たのは、汪麻に料理を教えてもらうつもりだった」
「「たゆんたゆんシスターズ?」」
姉妹と言えば自分たちだと思い、キアラと美香の2人が自分たちをそれぞれ指さす。
「たゆんたゆん」の意味がわかっていない様子だがその間にも二人の胸はたゆんとしていた。
汪麻は小声で叱るように絶に言う。
「絶……! 笹宮さん直伝のあの料理は、ただレシピをなぞるだけでは真似できない代物だと言っただろう!」
「何事も、やってみなければわからない」
「ええい、くそ! 信じられないという者がいるのなら俺の部屋に上がれ! 夕飯には早いが、軽食を振る舞ってやろう!」
「おおう……?」
絶以外の全員、全く予想していなかった展開だが、1LDKで絶と汪麻の2人暮らしの部屋、というのも興味がある。
「宝条の……美香とキアラだったか? 2人は俺を手伝ってくれ」
「は、はい」
「後は部屋の方で自由にしてもらえばいい」
総勢7人。
さすがに手狭となるが、汪麻の部屋はあらかじめ広い部屋を借りたので、身を寄せ合えば入らないことはない。
汪麻と絶の共同生活がどうなっているのか、それも弥里以外は全員女性なので、男子の部屋というそのものに好奇心があったりする。
「エロ本探すぞー!」
「おおー!」
神楽と弥里の2人が謎のやる気を出しているが、そんなものは置いてない。
清奈は絶となんとかコミュニケーションをとろうとしている。
汪麻は、キアラと美香の2人をアシスタントに、料理をはじめた。
「ちょうど一週間分の食材を買っていたところでよかった」
二人分と思っていたところに7人分、並みの主婦であれば献立に頭を悩ませるだろうが、汪麻は春雨などの保存用食材も含めて、数種類のレパートリーが頭に浮かんでいた。
制服を脱いでその下のシャツを腕まくりした。
キアラなどは、逞しい汪麻の腕の筋肉に少し興奮している。
「二人とも、料理の心得は?」
「私は生憎……。料理は……」
「私ができます!」
見かけ通りというか、明らかに派手なお嬢様といったキアラは心得のない様子で、代わりに張り切るように美香が声を上げた。
汪麻は鷹揚にうなずく。
「では美香君は、俺の指示通りアシスタントをしてくれ。キアラ君は盛り付けを頼む」
「はい!」
「わかりましたわ!」
冷蔵庫から次々と食材を取り出し、一部を美香に任せつつ、汪麻はそれに差をつけるように包丁でリズム良く刻み次々と調理し、包丁の腹をヘラか何かのように使って、三つあるガスコンロの上の鍋やフライパンに次々と放り込んでいく。
それぞれ具材を炒めるもの、薄く油で揚げる物、ゆがくもの。
それぞれのタイムテーブルをフル活用して、美香が添え物にしか見えない様子で、次々と調理していく。
鳥のから揚げや、ライスペーパーに春雨やサラダと茹で肉を包んだ春巻きのようなもの、食パンの耳をとってサンドイッチにして、内側に卵マヨネーズやサラダを含んだもの。
まるで複数の屋台をまわってかきあつめたような彩の多彩な軽食が、キアラの手によって他の4人のもとに運ばれる。
「これ以上は俺だけでいい。二人とも、あっちに混ざってくるといい」
ある程度調理のペースがつかめたところで、美香とキアラの2人も他の四人に混ざって食事することになった。
「汪麻にこんな特技があったこと初めて知ったよ……」
弥里が完全に予想を裏切られたという様子で、から揚げを頬張りながら言う。
神楽もライスペーパーでくるまれた生春巻きをかじりながらうなった。
「チリドレッシングなんて即興で作れるの? 料理のレパートリーも豊富だし……美味しい」
「ふふん」
自分のことではないのに、なぜか誇らしげなのは絶。
本来、彼女は《勇者》となった儀式の代償によって、あらゆる幸福を失った。
そのため、どんな食事をとっても、それで旨さを感じることはない。
だがそれでも、汪麻が笹宮なる使用人から教わったという料理は、摩訶不思議なほどの調和的合理性で作られたものであり、悪魔的芸術品と言いたくなるような価値がわかる。
幸福という感性とは違うが、元《勇者》としてその凄みを感じ取って、絶は愉悦とでもいうべき情動を覚えるのだ。
(皆が喜んでくれているようだな)
一方、汪麻も、三つのコンロが放つ熱気に汗を拭きながらも、やりがいのようなものを覚えた。
自分の振る舞った料理で級友たちが喜んでくれることに、本人も想像しなかった満足感を覚えていた。
と、神楽がひょっこりと台所の方に顔を出してきた。
「みんな満足している様子だし、あんたも混ざってきたら?」
「いや。シンクの片づけが先だ」
「正直あんたのことを見直したわ。今日は。色々とね」
劍道の手合わせも含めてもそうだし、見かけの尊大さにそぐわぬ家事スキルも含めて言っているのだろう。
「色々と
「……ああ。こちらこそ。六道神楽」
汪麻は汗ばむ手のひらをエプロンの裾で拭った後、神楽が差し出してきた手を握り返し握手をした。
「……」
絶が茫洋とした様子でそれをながめながら、もさもさと焼き鳥を咀嚼した。
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