第9話 露見する同居生活_1

「じゃあな、三人とも。さらばだ」


 校門を出たところで、汪麻は胸をそびやかしてそう宣言すると、背を向けて去っていった。

 古式ゆかしい……というか、傍目には尊大にしか見えない。


 その背を見送って、神楽がぽつりと漏らした。


「あいつ……帰る方向違うくない? 十王司の本家宅はこの辺にはないでしょうよ」


「ああ、そういえばそうだね?」


 神楽の言葉に弥里は相槌を打ったものの、それがどういうことかとピンとこないようで訝しむ。

 となりの清奈も意味に気づいていない様子だ。

 神楽は、マジ顔で言った。


「あいつ……女がいるわ」


「えっ! ど、どういうこと?」


 慌てたのが清奈だった。彼女には聞き捨てならない話らしい。


「昼休み、あいつのお弁当箱見たけど……。シンプルな黄色い弁当箱だったじゃん。中身も手の込んでいた料理で……絶対めかけをかこって作らせているわ」


「妾ってそれ普通に恋人じゃ……?」


「妾!? 恋人!?」


 言葉の違いも、清奈にとってどちらでも変わらず重要らしい。


「ねぇねぇ、ちょっとあいつ尾行けない?」


 面白がった神楽の言葉に、清奈は理性が押しとどめようとするも、気になる様子。

 弥里としては、そんな面白くなるような展開にはならないだろうと思ったが、二人の様子が面白かったので話に乗ることにした。


「いいよ。じゃあ憑けようか」


 弥里はそういうと、懐から扇子を取り出して広げる。

 呪家である長谷部家では、他のほとんどの魔法士がスマホを魔導端末デバイスとする中、いはくのある現物を術的礎点セプターとして利用する。

 弥里は広げた扇子をくねらせ、舞のようなものをあでやかに踊った。


 呪家の能力は、直接的な攻撃を行う術を苦手としているが、逆に術の応用範囲は広く多彩な術を扱うことができる。

 弥里は『隠蔽』の呪術を使った。

 周囲の人間の認識力に作用し、自分たち3人を意識の対象外とする術だ。

 例え視界にとらえたり足音がしても、それが認知されづらく、例え知り合いや不審な動きだったとしても意識が勝手に無視をする呪術だ。

 もちろん、陽国では公共の場での魔法の使用は禁止なのだが、女性ならともかく級友の男性、警察に見つかっても注意程度だろうし、そもそも弥里は自分の術に自信があったから、そう簡単には見破られないだろうと思った。


「僕の後をついてきて」


 弥里はそう言って、汪麻の後を見失わない程度に距離を開けつつ尾行けた。

 尾行は長くは無く、10分程度で汪麻がとあるマンションに入ったのを見届けた。


「一人暮らし用の1LDKって感じだね……」


「一人暮らし用……? じゃあ誰があの弁当作ったの?」

 

 三人とも、汪麻が自炊できるとはつゆとも思わないらしい。

 警備の整ったマンションで、鍵が無ければ一階の入り口を素通りできない。

 立ち往生の状況で悩んでいると、また別の伏間魔法科高校の制服を着た3人の女子生徒たちがやってきた。

 その中の一人が、隠蔽の呪術をかけているにも関わらず気づいた様子で、弥里の方に一直線にやってきた。

 その顔立ちは見惚れるほど整っていて、どこか憂うような儚げな眼差しで、表情が薄く、幻想的な雰囲気の少女だった。

 後ろに連れた二人も、それぞれ味は違えど美少女と言っていい容姿だ。

 その弥里の隠蔽を見破った少女が、腰に手を当てて詰問してくる。


「なによあなた達。こそこそして」


「あなたは……十王司絶さん?」


「そうだけど」


 『十王司の眠り姫』の噂は、三人とも知っていた。

 顔まで知っているのは神楽だけだったが、噂に聞く美貌も確かなものだと、納得できる美少女だった。


 うなずいた絶に、弥里が尋ねる。


「汪麻に用があって来たんだけど、君は?」


「ああ。私も用があって」


 特に考えもない様子で絶はうなずくと、無造作に親指を立てて、汪麻が姿を消したマンションを親指で指し示した。


「来る? うち」


(うち……?)


 弥里たち3人は、その言葉の意味を不思議がっていたが、絶が歩き出したので訊ねる機会を逸して、後を追いかけるしかない。


 マンションは一階の時点でロックがかかっており、それが入口で弥里たちが立ち往生していた理由だが、絶は指先ひとつでロックを解除してエレベータではなく階段を使う。

 その背に従いながら、絶が連れていた二人の娘と会話をすると、同じ一年生で最近魔法士界隈を賑わす宝条家の連れ子2人だと知って、それぞれ名乗りをかわした。


「は、長谷部家に、六道家に、神宮司家……」


 いずれも名だたる名家に、妹の美香は没落華族のころのトラウマで気後れした様子だが、姉のキアラは尊大な様子で、


「よろしくお願いしますわ。おーほっほっほ!」


 と謎の高笑いをしていた。

 さほど言葉をかわす時間もなく、2階が目的地だった様子で廊下の方に進むと、とある部屋にたどりついて、絶が茫洋とした声で言った。


「ココ」


「ここ……?」


 多くの者が、その意味を理解できない様子で胡乱気に繰り返した。


「ココがアタシの部屋で、」


 言いながらドアノブをガチャリ。

 扉を開くと、玄関から伸びた廊下の先、リビングで制服の上着を脱ごうとする汪麻の姿が見えた。


「汪麻の部屋でもある」


「おお、帰ったか、絶。……ん?」


「お、汪麻……?」


 弥里は思わぬ友人の姿に戸惑い、他の者もそれぞれ混乱した様子だったが、正解を当てたのは神楽だった。


「ブハハハハ! まさかあんた達、この部屋で同棲しているわけ!?」


「ど、同棲……?」


 その言葉は、この場にいる二人の生徒に突き刺さった様子だ。

 清奈とキアナの2人が、貧血でも起こしたかのようにパタリと倒れ伏した。

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