第6話 同居人の来訪_2
石化や冷凍冬眠、あるいは魔法的な封印など、何らかの理由で数十年から数百年以上仮死状態で眠りについていた者が蘇生された、文字通り世代を隔てて現在に蘇った人物を指す。
近年発展目覚ましい魔導技術の応用で、こういった過去の世代の生き証人を蘇らせるケースが稀にあった。
学校で慶四郎の口から、既に隔世人だとは聞いていた。
過去の時代の人間である隔世人は、常識も、価値観も、現代人とは大きな
ジェネレーションギャップというありきたりの言葉で済ませられない溝のある存在で、現代社会に適応できるよう、様々な福祉制度の対象にもなる存在だ。
学校などの共同生活の場ではその齟齬が浮き彫りになりやすく、衝突が起こることがしばしある。
隔世人なら、非暴力のルールを知らずキャストデュエルで殴りかかってきたのも、うなずける。
だが。
900年前?
あの勇者?
「はっはっはっは。何を冗談を」
冷や汗を垂らしつつ、乾いた笑いを汪麻は上げた。
「…………」
それをジト目で見つめる美少女。
ふいっと視線を、背後のプラモデルの飾り棚に目を止めて。
「証明が必要かしら?」
「何を持って証明するつもりだ!?」
「面倒だし不快よ。なんで自分自身のことをわざわざ証明しないといけないわけ?」
「……ま、待て。姉上に聞く……!」
この目の前の少女よりも事情の知っていそうな姉に聞いた方が話がはやそうだ。
立場が立場なので、連絡をとれるかは怪しいところだったが、とにもかくにも本人に話を聞ける以上にたやすいことはない。
それに
果たして。
『やあ汪麻。お姉ちゃんよ。頼んでた品はそちらに届いたかしら?』
普段以上に軽薄な物言いの姉の態度で、汪麻は察した。
「あ・ね・う・え! あの女は何なのですか!」
『あら。言葉を慎みなさい。勇者といえば、歴史上の偉人よ?』
あまりの衝撃的な話に、汪麻は自然と声をそばめてしまう。
「……本当なのですか? あの娘が、あの《勇者》というのは……」
『ええ。正真正銘。……あなたが今朝言ったように、《勇者戦争》の当事者。900年越しのお目覚めよ』
「な、なんでそんなのを俺に……。職務とは関係ないという話ではなかったのですか?」
『そこなのよねぇ』
楓華は持ってまわった話振りで言った。
『これが職務絡みなら、紫宸殿に関係ないことだから、担当部署に飛ばしてはい終わり……って顔ができるんだけど。彼女……絶を預かったのは、プライベート。陽国とは直接関係ない、十王司家当主として友人に頼まれたことだから、内々に処理するしかないわ』
「しかし……《勇者》、ですよ? 彼女の存在が明るみになれば、どんな影響が出るか……」
文字通り、歴史上の偉人中の偉人。
奇跡的な秘蹟の体現者として、魔法学研究的な価値も果てしないのなら、救世の勇者としての英雄の価値。
そして後々の魔殊人の虐殺の背景を鑑みるのなら、彼女は戦争犯罪者という見方もある。
戦慄した汪麻の声音に、楓華は何かを悟ったように、落ち着いた声音で言った。
『察しのいい弟で助かるわ。つまり、そう。紫宸殿近衛長官の身である私が身柄を隠しているなんて明るみにでちゃ、国際問題級にまずいわけよ』
「それで俺に責任をなすりつけると!?」
『バレなければいいのよ。大役よ。自慢の弟ならできると思って』
「……そうおべっかを使っても騙されるほど、俺は単純じゃありません」
そういいつつ。
汪麻が言い返すまでに、わずか不自然な間があった。
「……その……目の前に彼女本人がいるのですが。彼女自身の意思は……?」
『聞いてみなさい』
楓華の言葉に促されて、スマホを耳から外し、絶を見る。
スマホからの声が漏れていたのか、絶は汪麻が何か言う前に話の流れを察した様子で、
「もう戦うのは嫌だ。一生を寝て過ごす楽な暮らしをしたい」
と、どう考えても勇者らしくないことを堂々と口走る。
汪麻は再び、スマホを耳に押し当てる。
「……彼女は本当に勇者なのですか?」
『察してあげなさい。彼女は世界を救う覚悟で魔王と相討ちしたのよ。そして現に彼女は世界を救った。あなたも十王司の人間なら、救世魔法《勇者》の代償は知っているでしょう』
「救世魔法《勇者》の代償……」
この世最大の秘蹟の一つとも言われる魔法だ。数限りない工程を踏み、代償と言えば数限りなくある。
だが……楓華の言わんとしていることはわかった。
《勇者》の素体となった、とある少女。
その少女がどんな人物であったか、覚えている者はもはやいない。
少女であることすらあまり知られておらず、先入観で少年や青年と思っている一般人も多いほどだ。
それは記録を消去したのはもちろん、秘蹟と言われるほどの呪的効果で、あらゆる存在から代償として記憶と記録が失われたからだ。その影響は数万年を生きた星の守護者と言われる真祖竜をはじめとした、神話的存在にすら及んでいるのが、救世魔法《勇者》の凄さだ。
少女は《勇者》となった代償として、《勇者》という触媒になり果てた。
彼女はそのために、過去も未来も全て犠牲にして、ほぼ全ての記憶と、自分の名前、そして人間が感じえるありとあらゆる幸福を手に入れることができなくなったという。
初対面から、表情の薄い。
死んだ魚のような目をしている娘、という印象を受けたが。
それは生まれつきそういう面相なのではなく、つまるところ──こうして目の前にいる少女にとって、世界はもはや灰色で、生きているも死んでいるも変わらない、無味無臭の世界なのだろう。
そして──まさかこうして《勇者》本人と出会うと思わなかった自分は、今朝。
『勇者戦争を知っているかしら?』
という楓華の問いに、何と答えただろう。
姉上に知識を引け散らかそうと、ドヤ顔で。
人類史上、最悪の人種差別事件と語った。
……実際にそうなのだ。当時の情勢、当時の年代に生きる人々の事情を無視した後世の歴史的評価では、そうなっているのである。
魔族の脅威などわずかな記録でしか残っておらず、魔殊人は絶滅を危惧されるほど数を減らし、局所的な一部の地域を除いて、世界的に太平の世とされる今の時代では。
自らの過去と未来と名前。
全てを献身的に捧げ、世界を救わんとした少女に対する歴史的な評価がそれなのである。
それを本人が知れば──すべてを虚しく思うだろう。
「……しかし、それなら。十王司家の資産で、隠し山荘などを用意してやり。文字通り一生を寝て過ごす生活を彼女に与えることも可能なのでは」
『本当にそれが彼女のためになるのかしら?』
「彼女のため……」
『私は友人から、彼女……十王司絶という少女を預かったわ。その娘を世間の目から隠し、一生を幽閉させて過ごさせるのは、私にとっては楽な選択肢だわ』
「それが彼女の意思でも……。姉上は、彼女に陽の下を歩いてほしいと?」
『ええ。折角蘇ったのよ。彼女が救ったこの太平の世で、一介の学生としての日常を
《勇者戦争》の結果が魔殊人の大虐殺につながり、それが歴史上最悪な人種差別事件と呼ばれるようになったのは、つまるところ歴史が定まった後世に評価された、後出しの評価だ。
もし《勇者》が魔王を討たなければ、魔王の権能により力を増した魔族たちは勢力を増し……人族と魔殊人の立場は逆になっていたのでは、という指摘もある。
魔殊人の王、魔王当人は穏健派で、人間領の侵略に対してさほど関心はなかったと伝わっているが……それはあくまで魔殊人のトップだけの判断であり、配下や幹部級の中には、人族領の侵略を虎視眈々と狙う者、殺戮を楽しむ破壊者なども少なくなく、魔王も配下たちの統制は完全にはとれていなかったという話も残っている。
《勇者》が魔王を討たなかった場合、歴史がどのような変遷を遂げたかは、結局誰にもわからないのだ。
「もし……。もし、彼女の……絶の存在が世間に明るみになり、それが姉上の主導であることが伝われば……姉上の立場も危うくなりますが、それでもですか」
汪麻の言葉に、楓華は淀みなく答えた。
『ええ。実際にどのようになるかはわからないけど……風向き次第では紫宸殿にもいられなくなり、当主の座を降りなければならないでしょうね。その時は汪麻。あなたが十王司を継ぎなさい』
「いえ、それはさせません。この俺の名前にかけて、俺の失態で姉上の立場を危うくさせることはさせません」
汪麻の凛と張った声に、電話口のむこうで楓華はクスリと笑った。
『──本当に。自慢の弟で助かるわ。それじゃあ、汪麻……。大変なこともあるでしょうけど、彼女……絶の面倒を、頼むわね』
「はい、姉上」
それで通話は切れた。
汪麻はスマホを脇に置き、正面に佇む絶に目線を合わせる。
彼女の面倒を見る……。
あれ?
もしかしてそれは、この1LDKの部屋で同棲をするということ?
「だいたいの事情は飲み込めた?」
汪麻の逡巡を気にした風もなく、絶は退屈そうな表情でたずねてきた。
「それはまぁ……大体は」
「私はこの時代で学生……っていうの? ともかく、アカデミーに通って、仕事を見つけて、十王司の名で自活しなさい……ってあの女に言われたわ」
「そうだな……君は俺を負かすほどの力はあるし……」
そこまでつぶやいたところで、はたと汪麻の脳裏に疑問がよぎった。
「ちょっと質問なのだが……君は、《勇者》としての力をどれほど振るえるのだ?」
「ほぼ使えないわ」
「そうなのか?」
「ええ。《勇者》の儀式加護は、魔王を封印した時に全て終了した。だから私に残されているのは、残りカス。……まあ、身に着けた剣の技や魔術が無くなったわけではないから、こんな平和ボケした時代の人間、目についた瞬間から斬り捨てて屍山血河を築くのも訳ないでしょうけど」
「待て待て待てぇ!」
「例えばの話よ。それだけの力は残されているって話。でもまぁ、あの女狐……楓華クラスが出れば苦戦するでしょうし、この国には、自衛隊っていう騎士団もあるんでしょう?」
「自衛隊は騎士団でもないし軍隊でもないが……。まあ、彼らの装備や力は、そこらの街を歩いている一般市民とは比べるまでもない。900年も経てば色々と進歩するものだ。理外クラス……ああ、昔の言葉で言うと神格級の存在でも、鎮圧できるほどだ」
「そう。私も無駄に戦いたくない。それは本当よ」
絶の瞳はまっすぐと汪麻を見ている。
元々感情が表情に出ない娘だが、なぜか汪麻には彼女が嘘を言っていないと確信できた。
と、そこでふと疑問が浮かんだ。彼女の力について。
「ところで、今朝の話だが……」
「ああ……。あれって、なんか競技で。お互いに殴り合うんじゃないんだっけ? 悪いことをしたわね」
「いや。それはもういい。だが……あの時お前は、俺の魔導端末に何をしたんだ?」
「魔導端末……。この時代の
「そうだ」
つぶやきつつ、絶はポケットからスマホを取り出した。彼女にもスマホは支給されているらしい。
儀式礎点という言葉自体はこの時代でもある。魔法を行使する上で重要な中心核となる霊核のことで、特に古の時代の西洋では杖にして携帯することが多かった。
「人工の精霊を調律して、魔術に必要な演算を任せて魔術の補助装置とする……未来の技術はよくできたものね。過去の時代の私からすれば、精霊をこんな感じに無理やり使役するのは、吐き気がするけど」
「う、うむ……。だが、素体として利用するのは精霊界に充満した、意思などはない低位の存在だ。古の時代の精霊使い達が使役した自我ある精霊たちと違う。あちらの世界でも空気のようにたゆたうだけの存在だ」
「わかっているわ。でもだからこそ、私は無効化できる」
「無効化できる?」
「私は四大の精霊王に拝謁した。……もう、この物質界に精霊王はいないそうだけど、私は彼らに加護を授けられている。だから、この程度の低位の人工精霊は無効化できる」
「無効化、だと……?」
絶は何気なく言ったが、それは汪麻には恐ろしい言葉に思えた。
低位の精霊を調律した人工精霊を利用した人工精霊回路──スペルサーキットとよばれるそれは、生身の人間ではまず不可能な膨大な計算を瞬時にして、そして自動的に行ってくれる。
この人工精霊回路の発達が、ここ100年ほどの急速な文明の発展、情報化社会に絶大な寄与をしていた。
今では様々なインフラ、こうして誰しもが携帯する端末まで、人工精霊回路は搭載されている。
それが無効化できるのであれば──彼女はたやすく文明を滅ぼせる。
「といっても、条件はあるわ」
「条件?」
汪麻の緊迫が伝わったのか、絶はとってつけたように言った。
「私が無効化するには、至近距離まで近づかないといけない。そうね、3メートルぐらいかしら?」
「な、なんだ、そこまで近づかないといけないのか」
3メートルとなれば、色々と不都合のある距離だ。
重大なインフラ機関の中枢部分はもっと奥にあるだろうし、現代的な魔法戦の射程は軽く100メートルを超える。もちろん、悪用しようと思えば大きな被害を与えることも可能だろうが……。そこまで万能な力というわけでもない。
「私は四大の精霊王以外にも、色んな幻想種に拝謁した。彼らに似たような権能を授かったこともあるわ。これも、残った私の力の一端ね」
「……わかった。だがこの陽国は平和だ。それらの力が必要になることはないだろう」
「そう。だといいのだけど」
短く気のない言葉で告げた後、しばし、絶と汪麻は見つめ合う。
「質問は終わり?」
「そう、だな。当面こちらが知りたいことは……。ただ……」
「ただ?」
「その……姉上は、君の身柄を俺に任せた」
「そうね。私も了承した」
「それはつまりその……君も、この部屋で暮らすことだと思う」
「そうね。それが?」
絶は汪麻の言わんとしていることを全く理解していないようだった。
《勇者》となった代償で、人間的な感性が喪失したのかもしれない。そう思うような、意に介さない姿だった。
「ああ──」
汪麻が言葉を選んでいると、その逡巡の間に気付いたように、絶は声を上げた。
気まずそうに口元を抑えて視線を反らす。
「そうね。今の時代では知らないけど、普通、異性が同じ屋根の下で暮らすのは……。そういう間柄の2人だものね。あの女狐と君は、そういうのがお望みで私を?」
「そ、そんなわけがあるものか! これは単に、君を一時的に保護するための措置であってだな……」
「そうよね。私の方は気にしないわ。元々旅暮らしで、異性とか意識するまでもなく同じ部屋や、そこらの森で寝泊まりすることが多かったから。そういう感性は私にはわからないわ」
「そ、そうか。まあ、ならば、この話はこれまででいいか。では家事の分担を」
「家事?」
絶が、何を言っているかわからないといった様子で小首を傾げた。
それはそれで愛らしい仕草だったが。
「姉上は、君に一般的な暮らしをさせろということだった。つまり君はこの部屋に客人としてやってきたのではなく、ルームシェアをしているにすぎない。つまり、家事は公平に分担するということだ」
「ヤダ」
「………。いや。ヤダ、と言われても」
「ヤダ。あなたがやって」
「居候の身でずいぶんと偉そうだな……」
汪麻が嘆息すると、絶は頑とした口調で言った。
「言っておくけど。これはあんたのためでもあるのよ」
「訳がわからん。ともかく、これはルールだ。食事は交代制。風呂掃除は俺がやる。代わりにゴミ出しはお前だ。通学路の途中についででできるから簡単だ。洗濯は……各自でいいか。それ以外の諸々は、今後話し合って決めよう」
「……。不服だけど。とりあえず、承諾しておくわ」
いかにも不承不承といった様子で絶はうなずいた。
これが後々の汪麻の不幸につながるとは欠片も思わず、汪麻は腕組みして満足げにうなずく。
「うむ。では今日の料理当番は俺だ。明日はお前だ。食材は後で二人で買いにいこう。近所の目ぼしい店を紹介する」
「そう。わかった」
内心、汪麻は年頃の少女……それも、内面はかなりアレとしても、見ほれるような美少女と一つ屋根の下で暮らすことでドキドキとしていたが……それを悟られまいと、大上段に構えた。
つまりいつものように尊大な態度である。
「ではチャーハンを作ろう。初めに聞くが、好き嫌いはあるか?」
「チャーハンって何?」
「……。まあ、いいだろう」
「大丈夫。粗食には慣れている。たいがいのものは食べられるわ」
「そ、粗食……。ふ、ふふん。お前に目に物見せてやろう。笹宮さん直伝の、十王司スペシャル滋養強壮魔訶魔訶チャーハンの味をな……!」
一人勝手に闘争心を燃やしてふつふつと不思議なオーラをたゆたわせて、汪麻が台所にむかう。
絶は死んだ魚のような目でその背中を見送ると、手持ちぶたさに素足をぶらぶら。
それから何を思ったか、衣服を脱ぎだす。
「まてぃ!」
即座に台所にむかったはずの汪麻がとんぼ返りで顔を赤くしながらそれを咎める。
絶は心底理解できないといった様子で、
「何」
「なんで突然服を脱ぎだす!?」
「だって。濡れた後で気持ち悪い」
「とにかく……みだりに人前で肌を晒すな! それがこの時代のマナー! 礼儀! 常識だ!」
「口うるさいわね……」
「いいから、シャワーを浴びてこい! それぐらいはかかる!」
億劫そうにつぶやく絶の背中を押し、汪麻は脱衣所に絶を押し込んだ。
話に気をとられていたが、そもそも絶も汪麻も、お互いにシャワーを浴びるつもりだったところだ。
「900年、か……」
隔世人……存在自体が稀な上に、900年以上も経て目覚める例は果たしてあっただろうか。
そんな歳月がかかれば仮死状態を維持する魔法要素の経年劣化により、身体の劣化が進み蘇生に耐えられないことがほとんどではなかろうか。
900年という歳月は重い。これから、このようなお互いの常識のすれ違いは、山とあるだろう。
「まったく……。頭が痛くなる話だ」
そう思う一方で──、その現実が、汪麻以上に重くのしかかるだろうのが、当然絶本人の方だ。
縁者もいない。文字通り一人ぼっち。
──いや。
「……そういえば、一人いるな」
賢者学会のクローヴィス・オルタナ卿。
汪麻も名前だけでしか知らないが、《勇者》と共に魔王を討ち果たした一人である。
魔術の研鑽を積んだ彼は、理外となって人の寿命を超越し、900年以上を生きている。
ロンダル卿が離反したのとほぼ同時期に歴史の表舞台から姿を消し、長い間行方が知れず死んだものと思われていたが、近年、魔法学も人の倫理も発展した頃になってから、存在が知られるようになった。
彼は
常識から掛け離れた存在である理外は、個人でありながらその気になれば文明に大きな被害を与えることができる。だが理外は一人ではない。長い歳月の中で、人間の中にも、そして人間以外の種族の中にも、そのような力の持ち主はいて、種族の寿命を超越して生存している者がいる。
賢者学会は、理外がいたずらに世の中を乱さないように監視し、場合によっては鎮圧に向かう……相互監視組織として、歴史の裏で存続していたそうだ。
「絶は……クローヴィス卿が生きていることを知っているのだろうか?」
自然に考えて楓華が既に説明ぐらいはしていそうである。
何かの理由で話していない可能性もあるが、汪麻に口止めせずに丸投げしている点でその線は薄い。
絶の視点からすれば、見ず知らずの楓華よりも、クローヴィス卿の方が信頼できるのではないのだろうか。
それとも……眠りにつく前、同じ魔王を討った仲でも、クローヴィス卿とはあまり仲がよくなかったのだろうか。
汪麻が物思いにふけっていると、インターホンが鳴った。
応じると、荷物の配達である。
(来た)
表情にこそ出さないが、汪麻は内心喝采を上げた。
雨にも関わらず急いで帰宅した理由が、この荷物を必ず受け取るためである。
荷物を受け取り配達員を送り出すと、ちょうど絶が隣の脱衣所から姿を見せた。
「何? 客がきたの?」
声に振り返ると、タオルで髪を拭きながら、絶がシャワー室から出てきたところだ。
その姿を見て、汪麻は仰天した。
「おおお、お前! 何という恰好を!」
「これ? 悪いけど、着替えなかったし。勝手に借りたわ」
絶は、素肌の上に汪麻のシャツ一枚を羽織っていた。当然サイズの違いでブカブカ。危うい稜線でぎりぎりを隠す、とてもアレな恰好である。
「姉上は着替えももたせなかったのか?」
「足りないものはあんたと一緒に買いにいけって。別にいいでしょ、借りるぐらい」
ずぼらというか無頓着というか……。絶という少女は相当にマイペースのようである。
美人は美人でもこれでは残念美人だ。
そんな風に顔を覆う汪麻の内心など知った風ではないといった様子で、絶は小首を傾げると、汪麻の手の中にある荷物を指し示した。
「それは何?」
「これは……」
汪麻は一瞬、正直に答えるか逡巡したが、同じ部屋で暮らす以上隠し事はできないし、隔世人である彼女には偏見そのものがない。
正直に答えることにした。
「プラモデルだ」
「ぷらもでる?」
「そこの飾り棚に飾ってある物の、新しい一体だ」
「ああ……」
絶は背後を振り返って、ガラス棚に飾られたメカ達を見る。
「あれは、今の時代の呪術人形か何か?」
「いや……。そのような魔法的なものではない。趣味、観賞用の人形、だ」
「ふーん。人形ごっこが趣味なわけ? 私の時代では、そういうのって女の子がやる遊びだけど……」
「メカは男のロマンだ」
拳を固めて力説してから、汪麻は小言で続ける。
「……世の中にはそれがわからん輩が多いが」
「?」
絶は気にした風もなく、視線を汪麻から外して台所の方を見る。
「ところで焦げ臭いけど」
「のわぁ!」
慌てて汪麻は台所へと走り出した。
その背を見送った後、絶はサイズの違いでのびのびの袖を、ふと臭いをかぐように、鼻先に寄せた。
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