第3話 入学初日_2
陽国においては、6才から12歳までを小学校に、その修了後から15歳までを中学校に通うのが義務課程とされている。
それ以降は各家庭の裁量に任されるのだが、先進諸国に含まれ教育水準の高い陽国では、各種高等学校に進学する割合が非常に高い。
高等学校は一般的に高校と言われ、広範な世俗常識を学ぶ普通科高校への進学率が最も高く、各都道府県にもっとも多いのが普通科高校である。
だが。
華族のエリートである
太古より連綿と受け継がれし血脈を持つと認められる華族は、いわゆる庶家と比べて魔術的素養に恵まれた者が生まれる割合が高い。
そして汪麻も、
そう、汪麻が進学するのは、魔法士を養成する魔法科学校。
都立
(そして、十王司家に生まれた俺は庶家とは違う)
午前7時40分。
学生服に身を包んだ大勢の生徒たちの群れの中を、頭一つ飛び出た長身で歩を進めながら、汪麻は内心ほくそ笑んだ。
ふと彼に目を止めた女子生徒が、
「待って。あの人すっごく恰好よくない?」
「だれだれ!? 。……あーうん。恰好いいけど……でもなんか、目つき悪くない……?」
「う……。確かになんか怖そう……」
と微妙な反応を示しているのにも気づかず、汪麻は文字通り周囲の生徒たちを見下しながら、内心思った。
(理外と言われた姉上がいたとはいえ、俺も十王司の人間。姉上さえいなければ俺が当主になってもおかしくなかったと先生方も言っていた。姉には劣るが、俺にはそこらの庶家とは比べるくもない才能がある)
端正な背筋を伸ばし、反りかえるように胸を張っている姿は、尊大とも言える彼の自信の現れだろう。
(俺はお前ら庶子たちとは違う──。すでに高等学校で習うような基礎的な魔法学は修めた。この学校で学ぶものなどない)
汪麻が今日から通う伏島魔法科高校だが、そこには3つの科がある。
まずは普通科。
高等教育に入ってはじめて専門的な魔法学教育を学ぶ、庶家出身などの一般的な学生にむけてのクラスだ。普通の名の通りこの科がもっとも多く、在校生の8割以上を占める。
そして特進科。
学力優秀だったり入学試験の検査で突出した魔法力の内包が確認されたりした、成績優秀者で占められた科だ。学校としても優秀な生徒を率先して集めているので、授業料を免除されて推薦を受けてこの科に入る者も多い。
しかし汪麻が入るのは、その特進科のさらに上。
特S科である。
在籍しているのは三学年合わせても20人に届かない、超少数クラス。
生徒のほぼ全てが十王司家のような、古くから魔法士を輩出してきた華族出身。つまり幼少期から魔法士となることを期待されて専門的教育を受けてきて、高等教育で修める範囲の基礎魔法学を既に修了してしまったエリートたちのためのクラスである。
(ふ……。いずれ君たちの上に立つ十王司の人間として、同じクラスで顔を覚えられないのが残念だよ……。だがこの十王司汪麻、きっと大成し、その暁には、『あの十王司汪麻と同じ学校の同学年だった』と君たちの誉れになることを誓おう……)
「ふっ……」
汪麻は自分の妄想にふけるあまり、その口の端を歪ませる。
それを見とがめた先ほどの女子生徒たちが、
「うわ、なんか突然笑った」
「こわっ……」
と囁いているのはもちろん本人は気づかず、堂々たる足取りで歩を進めた。
「ん?」
校門を超えた先には新入生用に教師が立って案内をしている。
それに従った人の波に並んで進んでいた汪麻だが、校舎の前にさしかかったところで、道の脇に立てられた掲示板の前に人垣が出来ているのを見つけて、興味をそそられて立ち寄った。
(これは……クラス分けか)
掲示板にはクラス名と、生徒の名前の一覧が列挙されている。
群がった生徒たちは、掲示板に自分の名前や知り合いの名前を見つけて、一喜一憂しているようだった。
(はて……俺たち特S科も張り出されているのだろうか?)
そうやって探してみると、端の方にほとんど人垣のいない掲示板があった。
3人ほどの男女の生徒たちが眺めていたが、どうやら普通科の生徒が興味本位で覗いていただけの様子で、汪麻が近づくと圧に押されたのかそそくさと立ち去ってしまった。
(ふむ……。神宮家の三女に長谷部家の次男坊……。この名前はたしか六道家の末娘か、序列は低いが優秀と聞く。……お、五条家の嫡子がいるではないか。これは忘れずに挨拶しておいたほうがいいか……)
伏島高校の特S科は三学年全て同一クラスであり、名前の数を確認すると汪麻を含めて18名。その内一年生は4名だ。
汪麻が名簿を見ていると、普通科の方の人垣の方で、横柄な声が聞こえた。
「お、没落した宝条家の娘がいるぞ」
「没落して家ごと金で買われたんだってな」
(………)
声につられて汪麻が視線をふると、いかにも軽薄そうな締まりのない顔に、校則スレスレに制服を着崩した二人組の男が、二人の女子生徒を取り囲んでいた。
「なんですのあなた達は……失礼じゃないですの!?」
「ね、姉さま……。この方たちは……」
女子生徒たちの方は、種類が異なるがどちらも美人と評していい顔立ちだった。
姉さま、と呼ばれた方は背が高く髪を編み込み、身だしなみに相当気をつかっている風で、男たちに臆さずに肩をいからせている。
それにかばわれながら、後ろからおそるおそる声を上げたのは、見るからに大人しい楚々とした少女で、どこか庇護欲をくすぐる可憐な少女だった。
姉さま、と言ったが二人は身長の違いや顔立ちは似てないのはもちろん、髪色も異なり、直接の血のつながりはなさそうである。
「なんだよ成金。普通科のお前たちが俺たちに歯向かうのか?」
男たちのその声で、少女たちの素性は知れた。
(宝条と八島の子か)
宝条家は華族であるが長らく優秀な魔法士を輩出しておらず、華族の資格を剥奪されかかったいわば没落華族である。
その宝城家に婿養子として嫁いだのが、
製鉄業を中心に栄える八島グループの総帥であり自身も優秀な魔法士である。
八島家は三代に渡って優秀な魔法士を輩出したが、100年程度の歴史しかなく華族ではない庶家だ。
世間では華族の地位を欲した八島の総帥が没落した宝条家を金で買い、婿養子として転がり込んだ──などと噂されている。
その結婚した宝条の娘と、八島君雄──現在は婿養子に入ったので宝条君雄──にはそれぞれ連れ子となる同年代の娘がいると聞いたことがある。
あの二人の少女が「姉妹」と呼び合うのは、つまり大人しそうな方が宝条の連れ子で、背の高い気の強そうな方が八島の連れ子なのだろう。
「文句があるなら受けて立つぜ。恥をかくのはそっちだろうがなぁ」
「くっ!」
横柄に振る舞う男子に、八島の娘がほぞを噛む。そういえば八島の娘には特別に高い魔法の素養があると聞いたことはなかった気がする。
普通科に在籍しているところからして、並みの才能しか持っていないのか、あるいは幼少期からの魔法士としての教養をつんでいなかったのかもしれない。
(やれやれ見苦しい)
汪麻がそう思ったのは、勝ち誇った顔をする男子生徒二人の方だ。
「おい、九崎の三男坊と千曽司の末っ子」
「なんだ、と……。げぇっ!? 十王子汪麻!?」
男子生徒の片方が、汪麻の顔を見て露骨に顔を歪める。
その大仰な反応が、汪麻の自尊心をくすぐった。
「同じ華族として嘆かわしいぞ。華族に生れた者としての責務と言えるはずの力を、いたいけな婦女子を辱めるために使うとはな」
「ち、違う、汪麻……。俺たちはだな……」
「文句があるのなら受けて立つ……と言っていたな? この十王司汪麻、そちらのレディの代役として、お前たちとキャストデュエルで競ってもいいのだがな」
汪麻はそう言うと、ポケットからスマホを取り出してそのディスプレイをかざした。
威風堂々たる汪麻の姿勢に、男子生徒二人は及び腰である。
──その時。
「……十王司?」
掲示板とは離れたところで、そのまま校舎に向かおうとした一人の女子生徒が、汪麻の名乗りを聞きとがめたようで、髪をたなびかせながらくるりと進路を変更し、掲示板の方へと歩を進めた。
背中を見せていた汪麻はそれに気づかず、および腰の男子生徒に迫る。
「ほらどうした。特進科が、この特S科の俺に勝てるとも? ──なんならハンデをやろう。そちらは二人、いや呼べるだけ呼んでかまわん。特進科と普通科の仲間、集められるだけかき集めてこい。この十王司汪麻が全員相手をしてやる」
「十王子汪麻」
「ん?」
背後からの声に、汪麻は振り返った。
そこには先ほど、十王司の名を聞いて進路を変えた少女が立っていた。
麗しい少女だった。
八島と宝条の娘も年頃の娘にしては可憐だったが、それとも次元が異なる風である。
この時代のこの世代の娘にしては、化粧気が全くなかった。
眉毛を整えた様子も髪を染めた様子も、薄くリップを縫った気配もない。髪にいたってはどこか縮れて毛先が痛んでいる風である。
しかしその肌は抜けるように白く、どこか気怠げな瞳は、憂いを帯びたように映り、こうして立って汪麻を見据えながら、どこか儚い、幻想的な色香のある少女であった。
「……君は?」
汪麻の知らない顔だった。こんな少女、視界の隅をかすめただけで印象に残る。
「十王司」
少女は、汪麻の姓を繰り返した。
汪麻には、それが自分の問いかけを無視して汪麻の名を呼んだように映った。
少女は、
「特S科、というのはずいぶん偉そうね」
「ううん?」
少女の反応に違和感を覚えて、汪麻は軽く首を傾げた。
一拍の間の後、
「ああ──」
(これは──勘違いさせたか)
おそらく少女は話の全部を聞いておらず、最初に男子生徒二人が八島と宝条の娘を愚弄したところを聞いていなかったのだろう。
そのために少女には、汪麻が一方的に男子生徒を威圧したように映った──のか。
「いやこれは……」
「普通科ならいいんでしょ? あんたの相手をしても」
「……」
風が吹いて、肩口で切りそろえた少女の髪を揺らす。少女は髪を手で押さえながら面倒そうに言った。
少女は相変わらず、気怠げだったが──。見かけによらず、好戦的な性格のようだ。
(……ふむ。誤解は後で解けばいいか)
内心で汪麻は思った。
まずはこの少女を、負かす。
十王司の名に懸けて圧倒的な力で。
その後相手の誤解を解き、まあ──むこうが望むのなら? お互いの連絡先を交換し? 友達からはじめてやらないまでも?
「コホン──。この十王司汪麻、何人の挑戦も拒まん」
「ならやるわよ」
「ああ──」
汪麻はスマホを少女にかざす。
少女は、半身を前にした、合気術の型のような体勢。
怪訝に思って、汪麻は少女に訊ねた。
「君の
「……デバイス? いらないわ」
「……?」
少女の答えの意味が、いまいち汪麻はわからなかったが、自分の常識に照らし合わせて咀嚼し、とりあえず無視をする。
「ではこちらから行こう」
汪麻が言った瞬間、何事かと様子を伺っていた観衆たちが、ざわついた。
「決闘だ!」
「片方は、十王司だってよ! 特S科の!」
「相手は普通科!? 十王司家に歯向かうなんて、なんて身の程知らずな……」
観衆たちの反応に、汪麻は得意満面、喜悦に口元を歪めながらスマホの画面をスワップすると、スマホから手を離した。
──スペルサーキット、起動。
汪麻の手から離れて重力のままに落下するはずのスマホだが、青白い燐光を放ちながらふわふわと浮遊し、そして──
目まぐるしい数のウィンドウが、スマホの画面を飛び出して空中の三次元にポップアップした。
汪麻はそのポップアップした三次元ウィンドウを、目まぐるしい速度で指先でタップする。
タップする度に指先に光が灯り、それが尾を引いて空中に紋様を描く様は、まるでオーケストラの
「──なんて指捌きだ。あんな高速度で多重術式構築を……」
「……ほ、本当に即興なの? 固定術式を指に教え込んでいるだけじゃ……」
「馬鹿、わからないのか、あの構造式の
汪麻が指を振るうごとに、彼の頭上に幾何学模様の魔法陣が生まれる。そしてその中心には、魔法士の資格ある者なら例外なく感じられる、大量の魔力が渦巻いていた。
「か、華族っていうのはあんな化け物なのか……!? あれが本当に俺たちと同世代の人間……!?」
観衆たちがどよめく。
その中心で汪麻は得意満面で鼻先を伸ばしながら、調子にのって指の動きを加速させる。
(フハハ……! 俺のデバイスは一見、普通のスマホに見せて……その実、十王司の財で作ったオーダーメイドのフルカスタム! 16コアの人工精霊回路を有したこのデバイスならそこらの大型端末すら凌駕する! このデバイスであれば、俺が力を振るうに当たって不足するということはない!)
「これが十王司家が長子、十王司汪麻の力の一端だ」
最後に力強いタップを押して、汪麻の術式が完成する。
観衆たちは、息を呑んでもう沈黙するしかない。
魔法学の発展、そして教育水準の向上により、魔法士の存在が普遍的な存在になるに従って切り離すことができないのが、魔法犯罪と魔法士同士の私闘である。
超常の力は犯罪の阻止はもちろんのこと、証拠の発見なども困難にし日進月歩に新たな手口が脚立される。
魔法犯罪への対処法は、魔法学の発展に付随する永遠の課題だった。
魔法士の私闘も同様であり、感情的になった魔法士同士のいさかいが、魔法を行使しての闘争に発展することは大いにあった。
そして些細ないさかいから発生したそれらはしばし、災害的な被害を周囲に巻き散らす。
しかしもちろん、増加していくこれらに対して指を噛んで眺めるだけではなく、対処法も進歩していく。
魔法士同士の私闘は、魔法士同士の対決を競技化することだった。
サーキットキャストデュエル。
もっとも伝統的な魔法士同士の決闘競技であり、国際競技にもなっている。
これらは一切の相手への直接攻撃は禁止し、自由な発想で魔法幾何法陣を編み、それを互いにぶつけ勝った方が勝ち、というシンプルな競技である。
ただ強力な魔力を練り込み、パワーで押し込んでもよし。
あるいは相手の魔法幾何法陣にアクセスし、その論理構造を紐解いて弱体化することもよし。
どちらもかなわないなら、相手の苦手な相性の属性で搦め手で攻めても良し。
相手本人への直接攻撃は禁止だが、相手の魔法幾何法陣に対してはどのように対処してもよいので、力押しから知恵を釣った論理パズル、複数の攻め方がある。
サーキットキャストデュエルは、魔法士としての才能として力と知、あらゆる要素で競う、特に道具も必要なくその場で行える最も普遍的な魔法士同士の決闘の形なのである。
(フフン──どうだ)
この時点で汪麻は勝ち誇っていた。
自信家である彼は、例え三学年の特S科でも自分なら渡り合えるのでは──特注の魔導端末もあり、それぐらい
一方、少女はというと、その物憂げな表情を一切変えることなく汪麻を見据えている。思えば出会った時からほとんど表情が動いた様子がない。
(ふむん。驚かせすぎて、言葉を失わせてしまったか)
そう勝手に納得した汪麻は、場を取り持つ言葉を考えた。あくまで彼は新入生のこの時期に、自分という存在を学年に誇示するのにいい機会と考えたまでで、目の前の少女の名誉をいたずらに傷つけるつもりはなかった。
「いや何ら君は恥じるまでもない。俺は名門華族、十王司家の人間なのだから。そもそも、順を追って話したい。君は誤解しているようだが──」
「……その程度?」
「なんだと?」
少女の繰りだした言葉に一種衝撃を受けて、汪麻は繰り返した。
一方、少女はやはり物憂げな表情を動かさず、退屈そうな声音で。
「数は多いけど……。全部下級の人工精霊じゃない。その程度じゃ私をどうにかすることはできないわ」
「……この魔法陣を、君は突破できるのかね?」
「──簡単だわ」
少女はそうつぶやくと、踏み込んだ。
「なっ」
汪麻が声で制する暇もない。
一瞬に
(ルールを破って直接攻撃か? 野蛮な。障壁を──)
汪麻は咄嗟に編んだ魔法幾何方陣の一部を綻ばせて、障壁を展開しようとした。
しかし、彼の意思に反して魔導端末の人工精霊回路が反応しない。それどころか──
彼の頭上で編まれていた魔法幾何法陣が、霧散した。
「なっ」
「地水火風、四大の精霊王に拝謁した私にはこの程度の人工精霊──」
驚愕に目を剥く暇もあればこそ。
「──無意味だわ」
「ぐぼぉっ!?」
まともに顔に鉄拳を受けて、汪麻は優に数メートルを吹き飛んだ。
土を巻き上げて倒れ込んだ汪麻に、観衆たちから悲鳴が上がる。
ガバッと汪麻が身を起こすと、鼻筋から滴る深紅を抑えながら叫んだ。
「な、お前は魔法士同士の決闘をなんだと考えている! キャストデュエルは非暴力を前提とした紳士的な競技で──!」
「
「ヒィッ!」
少女は無情にも言い捨て汪麻に馬乗りになると、拳を振り上げる。
がっつんがっつんがっつん。
「だ、誰かあの女子を止めろ!」
「先生―! 先生―!」
この年の伏間高校の入学式は、このような騒動から始まった。
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