本編
第2話 入学初日_1
2024年4月7日
極東 陽出ずる国──陽国。
一人暮らしのマンションの一室。
「う~ん……」
陽国では珍しい根本まで染め上げた金髪で、地毛なのか染めたてなのか根本から陽光を反射するような金色を輝かせている。
「んががが……ごご……」
陽国人にしては大柄な体格で、その尊顔もどこかふてぶてしいというか。
どこか横柄さを滲ませた寝顔である。
「ぐがが……ごっ!?」
青年の寝息が中断される。
それは
「誰だ!? こんな朝っぱらから!」
青年は布団を跳ね除けて飛び起きると、悪態に顔をしかめながらスマホの画面を凝視した。
間違い電話だったら怒鳴り散らしてやろうかと考えていた様子だが、相手の名前を見て、面白いほど顔色を変えた。
怒気を一瞬で萎えさせて蒼褪めた土気色に変えると、咳払いの後通話のボタンを押して、声を猫撫で声に変えて応じた。
「あ、姉上。いや、当主。おはようございます」
『姉上でいいわ。おはよう。汪麻』
「いかがされましたか」
『あら。弟の折角の入学式よ。電話を入れるのに要件が必要かしら?』
「そうは言いませんが……。お忙しい立場でしょう」
青年──その大柄な見た目からそう形容したが実際は15歳の少年──の名は
通話の相手はその一回り上の姉、十王司
十王司、とはこの陽国では名の通った家名である。本家は源氏の頃より連綿と続く華族の家柄で、代々輩出した中には国の要職を担う歴史に名を刻んだ者も少なくない。
かくいう通話の相手──十王司楓華こそ、齢28にして十王司家の現当主であり、陽国の象徴たる
国を代表する国内最強の魔法士の一人なのである。
汪麻としては、実の姉ながら、物心ついたころにはすでに当主の座について忙しくしていた姉とは、一般的な姉弟のように接する時間が少なかった。
そして顔を合わせる時は、他家の者を招いたパーティや、十王司に名を連なる者が一同に介する会合などで、楓華も当主として実の弟に厳格に接さざるを得ない。
それ以外の場では、このように、気軽な言葉づかいで接してきて威圧的な姉ではないのだが──進学祝いにしても、入学式当日の朝にかけてくるとは思わず、汪麻も寝ぼけた頭で突然の電話に戸惑った。
「……忙しいのに、わざわざ電話をかけてきてくれたのですか。大丈夫。十王司の恥になることは致しません」
『ふふ。私は汪麻にはもっとのびのびと学生生活を楽しんで欲しいのだけど。でも、国を預かる近衛長官としては、大志を抱く学徒がいることは好ましいことよね』
電話口で楓華は声を綻ばせた。職務中の彼女を知る者であれば、このようにたおやかに笑う声に耳を疑ったかもしれない。
幼きころより陽国の象徴として、この国でただ一人、人ではなく神として振る舞うことを義務づけられた穹皇。
柔和な笑顔を浮かべて国民や海外の使節に手を振るその穹皇のそばに常に控え、対照的な氷のような美貌を崩さず、不忠あらば即座に切り捨てんという意気を周囲に漂わせた楓華を、外国の使節は畏敬を込めて《ダイヤモンドカレス》と呼ぶ。
『ところで、母様たちが心配していたけど、一人暮らしの調子はどう? ゴミは貯めていない? ちゃんと毎日三食食べている?』
「大丈夫ですよ。俺の家事は笹宮さんに仕込まれていますからね」
『笹宮には懐いていたものね。でもどうして屋敷から通わず、一人暮らしを始めたの?』
「いや……、まあ、一人の男子として、いつまでも親に頼るのもどうかと……」
『ふぅん……?』
汪麻の答えを、楓華はピンときてないようだった。
『まあいいわ。……ああ。一人暮らしだからって羽目を外しすぎないようにね。もし悪いことをしたらお姉ちゃんが自ら捕まえにいくから』
「か、管轄外でしょう。それに、そんなことしません」
『あら。紫宸殿近衛長官とあれば様々な権限があるものよ。まあ冗談はこれぐらいにして……あなた、《勇者戦争》はどのぐらいご存じ?』
「は? いきなり歴史の授業ですか? 世界史はとっていませんでしたけど、これでも十王司の人間ですから、並みの庶子よりは知っていますよ」
汪麻はそう言って言葉を続けた。
「
『……そうね。でも勇者は、そんなつもりはなかった』
「ええ。そうです。勇者は傀儡です。当時の王制に唆され、儀式素体とし利用された……まあ、可哀そうな存在です。そのことは、勇者と共に魔王を討ち取ったロンダイン卿の逸話がわかりやすいでしょう」
『続けて?』
「アロール・ロンダイン。下級貴族から現場の叩き上げで騎士団長の座に上り詰めた男性で、彼の人生については、若いころから晩年まで、オペラや小説、映画など様々な媒体でテーマとして取り扱われています。ですが、彼の名誉が回復したのは近世になってから。それまで、ロンダイン卿は、勇者と共に戦いながら魔殊人に魅入られた大罪人ということになっていました。彼は……魔王を倒して帰国した後、それまで魔殊人と続いていた千年戦争の意味と、救世魔法《勇者》の本当の意味を理解しました。そして、当時の王制の企みを理解したロンダイン卿は離反し、魔殊人の味方をしましたが……。善戦むなしく、有名なサイグローク城跡における決戦で捕らえられ、斬首されました
『その、王制の企みとは?』
「大航海時代における植民地政策と一緒です。魔殊人の土地を欲した。当時のプロパガンダでは、魔殊人たちは人族領を脅かす侵略者と王制は情報統制しましたが、実際の侵略者は逆。魔殊人を脅威と認知し、その土地を欲した王制が戦争を先導したというのが、千年戦争の真実でした。そして王制は魔王という存在の本質を知っていました。魔王は、魔神の王にして魔殊人の神。当時の魔殊人は、低級ですらそこらの人間では束になっても叶わない力を持っていましたが、それは魔殊人の王たる魔王の
『そうね』
「その魔王を、勇者が討ち取りました。魔王を失ったことで権能を失った魔殊人は数の多い人間軍に抗する力を失い、数に勝る西洋諸国は、魔殊人の土地に宣戦布告なく攻め入り、そして侵略──。まあ、現代の倫理観を当時の人間に持てと言うのも酷でしょうが、虐殺し……以降、魔殊人は長く、人族の奴隷としての立場を強要されました。これが、魔殊人が長く受けた差別の始まり……そのきっかけとなったのが、《勇者戦争》でしょう」
なめらかに言葉を口にしながら、これで姉の目に適ったかと、汪麻は内心ドキドキしながら彼女の反応を伺っていた。
楓華は、感情の悟りにくい声音で言った。
『よく先生方の講義を受けているようね。流暢に話せているじゃない。まあ、その程度の予備知識があるのならいいわ』
「はぁ。《勇者戦争》がどうかしたのですか?」
『ちょっとあるものを人から預かったんだけど、私の手元に置くとまずいから、あなたの方に送っておいたのよ。私の方の用意がつくまで預かっていて欲しいわ。大丈夫、危険なものじゃないから』
「は……? そ、それは姉上の公務絡みですか?」
紫宸殿近衛長官の仕事絡みとなると、さしもの汪麻でも身構えてしまう。
そんな汪麻の内心を見透かしたように、楓華は鈴のような笑い声を上げた。
『ふふふ。大丈夫。いたってプライベートな話よ。そういうわけでお願いね』
「はあ……。何かは知りませんが、まあ預かっておくぐらいなら……」
『ありがとう。物分かりがいい弟で助かるわ。それじゃ、よく面倒を見るように』
そこで通話が切れる。
沈黙したスマホを片手に、汪麻はしばし動きを止めた。
「今、日本語がおかしくなかったか……?」
とつぶやいた瞬間、じりりんと、今度は枕元の目覚ましが鳴り響いた。
「うおっ! 入学初日に遅刻は洒落にならん!」
そう言って、ベッドから降りて、身支度を始めた。
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作者から
カクヨム初投稿です。
ちょっと勢いで投稿したので機能がまだよくわかりません……。
続きが気になったりしたら応援やフォロー、☆などをいただけるとモチベになります。
遅筆ですがよろしくお願いします。
この時代の世界設定について。
魔法技術の関係で若干技術が進んでいる分野がありますが、わりと現代の日本とそんなに変わっていません。(魔法が存在するのにそこらへんの整合性の説明はおいおい)
陽国=現代日本と思ってもらってかまいません。
その他
アメリカ=亜国
中国=
台湾=台国
ロシア=露国
となっています
ヨーロッパ=欧州となっていますが、欧州付近はファンタジー要素が多く詰まって国際事情が我々のものとかなり変わっており、全く違う国々となっています。(ギリシャもバチカン市国もイギリスもドイツもない)
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