4th ep.クライマックス、そしてリスタート ①

 日下と別れ、急いで家へと向かう。

 話し込んだせいですっかり遅くなってしまった。岳志や園田さんは帰宅したかな。

 戦禍せんかはリアルではなく【学生広場】だ。俺を【学生広場】から引き離さんとする日下本人と対峙しても意味がない。簡単に直接説得できりゃ世話はない。

(素早くレスを書き込むにはスマホよりもPCのキーボードだ……!)

 駆け足と早歩きを繰り返して帰宅。

「おかえり、兄ちゃん……?」

「ただいま……っ!」

 乱暴に玄関扉を開けたためか、先に帰宅していた龍介が困惑した表情で出迎えてくれた。

「そんな慌ててどうしたのさ?」

「ケジメを、つけないと、いけないことができてなぁ……!」

 息も絶え絶えに雑に説明して、階段を二段飛ばしで駆け上がった。

 いつも【学生広場】にアクセスする際に飲むコーラも持たずに。


「――あの目……野心に燃える瞳。あれ、あれだよ。僕が兄ちゃんに憧れを抱き――嫌いになった源――」


 龍介が何やらつぶやいていたが気にしている余裕はない。早急になんとかしなければならない案件がある。

【学生広場】に『COLD』でログインする。


 COLD:『二人とも、俺の裏アカアホフレンドが暴れてすまない』


 宮下  :『COLD、おつー』


 タク  :『おつー』


 タク  :『俺たちの誹謗ひぼう中傷がすごい規模になってるな』


 宮下  :『もう退会しようかなぁ……』


 COLD:『俺が責任を果たすから気を確かに持ってくれ』


 宮下  :『そっか……あまり無理はしないでね』


 タク  :『何かあれば協力するぞ』


 COLD:『二人とも、ありがとう』


 協力、か……。

 こんな愚かで馬鹿な俺になおも手を貸してくれるフレンドたちには心の底から感謝の気持ちしか生まれない。マジで。

 ――さてと。

 これ以上連中に好き放題させてたまるかよ!

 完全なる被害者の岳志が退会を考えなきゃいけないなんて間違ってる。そんな理不尽、あってはならない。

 退会すべきなのは――俺みたいな加害者側だ。加害者は相応の報いを受けなければならない。いかなる理由であろうとも、他人に危害を加えるのは許されないのだから。

 日下には【学生広場】を続けると宣言したけど、実は退会覚悟でいる。

 あいつの言うとおり、もっと現実に目を向けるべきなんだ。SNSの世界に入り浸るのは潮時なんだ。

「その前に――」

 とあるところにDMを送って返信を確認した。いわば今から遂行する行動の許可証代わりだ。

「――よしっと。これで俺もいよいよ終わりだな」

 自虐的につぶやいて言葉にするとしんみりしてくるが、重要なのはこれからだ。これからが本番なのだ。

(相変わらず荒れに荒れてんなぁ……)

 とはいえ他人事ひとごとではいられない。俺が招いた人災だから。

(ん……?)

 ふと未読のDMに気がついた。昨日届いていたらしい。

(送信者は『N』……? 誰だよ)

 知らないユーザーからのDMに眉根まゆねを寄せつつも本文に目を走らせる。

 えーっと、なになに……。


『リスタートはできるよ、どうか諦めないで』


「………………」

 そこには俺ヘの激励げきれいぶんが。シンプルな短文だけども、俺を想う気持ちは充分に伝わってくる。

 ストレートな文章で俺の心を打ってくる奴といえば――

「稲本……か。夏姫なつきの『N』だ」

 お節介なアイツのことだ。俺を激励げきれいしようとしたものの、照れ臭くて俺のように裏アカからDMを送ってくれたのだろう。垢BANされるリスクを背負った上で。

「あぁ。もちろん諦めないし、必ずや解決に導いてやるさ」

 お前の想いにだって応えてみせるよ。

 さて――俺の複アカ事情を知ってるのは一部のリアル関係者のみ。そいつらは全員複アカのことは黙ってくれている。他のユーザーは『COLD』と『リバー』が同一人物だとは知らない。

「そこを利用する……!」

 だが、まずは『ぷりん』を止めなければ。

 アイツの正体は容易に分かる。自治行動をやめさせないと、奴も悪意あるユーザーからの誹謗ひぼう中傷でどんどんいらぬ傷を負ってしまう。

「ったく、余計な手間増やすなよな……」

 どこまでもお節介な上に正義感で突っ走る奴だけど――俺のせいで、俺のためを思ってこんな行動に出ているんだもんな。

「どこまでも……お節介な奴だ」

 一人憎まれ口を叩くものの、心は温かな光に包まれている。

 稲本はいつも俺を気にかけてくれている。こんな俺なんかのために、手間をかけて憎まれ役を買って出てくれている。

 ――だけどな、いつまでもお前に介護されっぱなしじゃいられないんだよ。お前の熱意に少しでも応えないとな!

『ぷりん』にDMを送る。


COLD:『おい稲本、その辺にしておけ』


ぷりん :『俊哉なの!?』


COLD:『おう。お疲れ』


ぷりん :『な、なによ……?』


COLD:『俺のためにこれ以上お前が傷つく必要はないぞ』


ぷりん :『アンタ、どうして……』


COLD:『けじめをつける。学生広場のことも、リアルのことも全部』


ぷりん :『俊哉……』


COLD:『あとは任せてくれ。ここからは、全て俺が背負う番だ』


ぷりん :『……アンタ』


COLD:『長い間待たせて悪かったな。やきもきしてたろ』


ぷりん :『ホントよ! 遅いのよっ!』


ぷりん :『けれど、俊哉が前を向いてくれて嬉しいわ』


 いつもの憎まれ口が飛び出す。文字だけでも稲本の思いやりが感じられるな……。


COLD:『もうログアウトしていいぞ。これ以上は精神衛生上よくない』


ぷりん :『嫌よ』


COLD:『は?』


ぷりん :『アンタの選択を見届けるんだから』


COLD:『そうか。勝手にしてくれ』


ぷりん :『ええ、そうするわね。静観せいかんしてる』


『ぷりん』こと稲本とのやりとりを終えてひと息吐く。

 ……よし。

 いち優等女子高生が一人で背負うには重すぎる、本来俺が背負うべきヘイトを取り戻すとしよう。

 ユーザーを『COLD』から『リバー』に切り替えた。


リバー :『お前ら刮目かつもく。ネタ明かしの時間だ!』


リバー :『嫌がるぷりんに無理矢理掲示板の自治行為を強要させた黒幕は俺だ』


リバー :『ぷりんは単なる傀儡くぐつにすぎない。ゆえにお前らが嫌悪すべき

     相手はぷりんじゃない、俺だったんだよ』


リバー :『そうとも気づかずにまんまとぷりんを攻撃したバカどもが、ちったぁ

     見る目養えや。この程度も見抜けない節穴野郎は一生ROMロム

     ってろ。いやむしろSNSごと今すぐにでもやめちまえ。ネット回線

     嚙みちぎれや』


 あちこちの掲示板や自身のつぶやき、記事に同文をコピペして稲本を叩く自治厨嫌悪層を煽った。皆の標的を稲本から俺へと誘導するためだ。


レオ    :『は? なにコイツ、超うっぜーんですけど』


佐藤の砂糖 :『クソ自治厨が調子乗んじゃねーぞ』


774   :『おい、みんなでリバー潰そうぜ! ぷりんはもうどうだって

       いいや!』


スカトロ太郎:『ウンコブリュリュリュリューーーーーーッッ!!』


 よしよし。連中のヘイトが稲本から俺へと切り替わっている。

 ……最後のレスだけはまったく意味が分からんけど。変な奴はどこにでもいるよな。ただただ『スカトロ太郎』のリアルが心配になった……強く生きろよ。

 これで稲本への誹謗ひぼう中傷はおおよそ鎮火ちんかするはず。


宮下 :『リバーは酷いよ。自分は手を汚さずにぷりんに自治活動を強要

    してたんだ』


タク :『ぷりんがかわいそうだよ。リバーは最低最悪のクズだ』


ヨシ :『見ろよこの書き込み。リバーって悪質な野郎だよな。お前ら許せるか?

    こんなの知って黙ってられるか? 俺は我慢できねぇ! コイツを野放しに

    してていいのかお前らよぉ!』


「三人ともいいねぇ。素晴らしい仕事をしてくれてる」

 彼らには『ぷりん』は悪くない、真の悪役は『リバー』だと各所で書き込んでもらっている。

「いいんだけども……」

 俺へのヘイトが増えていくことにちと凹むが……すぐさま気を取り直す。

 岳志や園田さんは現在進行形でもっと嫌な思いをしてるんだ。俺がこれしき耐えないでどうする。

 ついでに金子も「どのツラ下げてほざいてんだ」「今まで散々荒らしまくってきたお前が言うな」「ゴミ野郎」「童貞」とレス攻撃を食らっていたのはご愛敬あいきょう。日頃の行いがものの見事に跳ね返った光景だった。

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