3rd ep.ターニングポイント ⑦

ヨシ :『おい』


リバー:『ん?』


ヨシ :『宮下の件のつぐないじゃないけど、情報収集手伝うよ』


ヨシ :『どうせSANの情報を探そうとしてるんだろ?』


リバー:『さすがヨシだな。その通りだ。協力してくれると助かる』


ヨシ :『OK、任せろ』


 こうして『ヨシ』と二人で『SAN』周りの調査を進めた。

 サイト内検索で『SAN』が『②』を含めた数名の素行不良ユーザーと掲示板でコンタクトを取っていた形跡を発見した。

 また、『SAN』のフレンド一覧から奴は俺と同じ高校であることが分かった。


ヨシ :『SANのフレンドから聞いたんだけど、奴は自分の大切な人を学生広場

    から切り離したくて、荒らし屋へお前のフレンドを攻撃するよう依頼した

    そうだ』


ヨシ :『大切な人ってのはお前のことで間違いないな』


リバー:『ってことは、SANと俺はリアルで顔見知りってわけだな』


ヨシ :『大切な人はテニスを辞めてから変わってしまったとSANは嘆いてた

    ってさ』


 同じ学校、【学生広場】をやめさせたがってる、大切な人、テニスを辞めてから――


 脳裏に浮かび上がったのは、稲本、日下、園田さんの三人。

 稲本は俺の【学生広場】での悪行にご立腹だったし、日下も俺が【学生広場】に入り浸ってることをこころよく思っていない。園田さんだって俺の所業を知っている。被害者ではあるものの、あの人の自作自演の線もぬぐえない。

 三人の中で最も『SAN』の可能性が高いのは――

(……やっぱ、そうなってしまうよな)

 顔見知りを疑いたくはなかったが、得た情報から答えは出てしまった。

(だとしたら仁原に【学生広場】を荒らさせ、岳志や園田さんを攻撃する動機はある)

 あるけどやり方が攻撃的すぎる。相手側からしたら強硬きょうこう手段なのかもしれない。なんとしてでも俺を【学生広場】から追い出したいのだろう。

「明日、容疑者にコンタクトを取ろう」

 決意を固めた俺は早めにベッドへとダイブして目を閉じた。

 夢の世界に入るまでは少し時間を要した。


    ▲▲▲


「珍しいねー、寒川君から呼んでくれるなんてさ」

 翌日の放課後。

 ほがらかな声をかけてきたのは――


「――お前だったんだな、日下」

 事前に呼び出していた日下と二人、空き教室の中にいる。


「……なんのこと?」

 日下は何も知らないとばかりに小首を傾げた。

 まぁバカ正直に白状する奴なんてそうそういるもんじゃないよな。加えて日下レベルのポーカーフェイスだと表情が読めないので、しらばっくれる時には有利になる。

「ここ数日の【学生広場】での誹謗ひぼう中傷行為、荒らしどもに指示を出してるのはお前だろ」

 問うと、日下は再度真顔で小首を傾げる。

「私は何も知らないよ?」

「……ほう」

 こっちにはお前が一連の黒幕だって証拠が揃ってるんだよ。

「『②』ってユーザーから教えてもらったんだが、【学生広場】の『SAN』ってユーザーから『COLD』のフレンドかつ関東中央高校生のユーザーを攻撃するよう依頼を受けたそうだ」

 元々個人的に『宮下』をよく思っておらず、度々攻撃していた『②』に目を付けた『SAN』が掲示板とDMから奴にコンタクトを取ってきたのだ。

 DMだけなら非公開情報なので特定は難しかったが、掲示板での接触はサイト内検索でヒットするんだよ。やりとりもスクリーンショット済みだ。

「それと私がどう結びつくのかな?」

「プロフィールから分かるとおり『SAN』も関東中央高校生。つまり『SAN』は『COLD』と顔見知りの人物と見た」

 俺の情報をある程度知っているからこそ、俺とより親密な二人にターゲットを絞って『②』を含めた荒らし屋たちに攻撃させた。

「更に、『SAN』の目的は自分の大切な人に【学生広場】をやめさせることだそうだ。自分で言うのはおこがましいが――大切な人とやらは……その、お、俺のことだろ?」

 自分で言っててめちゃくちゃ恥ずかしくなるナルシスト発言。あーやだやだ。

 けど、この前当の日下本人がそう言ってたんだからセーフっしょ!

「何人かが俺の【学生広場】でのやらかしを心配してくれたけど、その中で明確に「【学生広場】をやめたら?」と提言してきたのは日下ただ一人なんだわ」

 日下はかねてから俺に【学生広場】をやめるよう勧めていた。

 他の面々は「どうするの?」「どうするのか考えろ」と選択を迫ってきた中で、日下だけがはっきりと【学生広場】から離れるよう告げてきたのだ。

「そしてユーザー名『SAN』は……アルファベット読みで『サン』と読み、日本語に直すと太陽になる。太陽=日――日下の『日』になる」

 太陽のスペルは『SAN』ではなく『SUN』だが、ユーザー名作成の際に軽くひねったのだろう。

「俺が【学生広場】に居続ける限り、フレンドが誹謗ひぼう中傷に晒され続ける羽目になる。だったら俺がアカウントを削除すればほとぼりが冷める。ならばやめるしかない――こう考えるよう誘導したんだよな?」

「………………」

「どうなんだ、日下?」

 根拠を話し終えた俺が睨みつけると、それまで口を閉じていた日下は参ったとばかりに息を吐いた。

「――『②』は口が軽すぎだよ……」

 日下は首を横に振って項垂うなだれて自身の狼藉ろうぜきを認めた。


「――私はずっと……寒川君のことが好きだった。今でもそう」

「――――え」


 追及相手からまさかの告白が飛び出してきたものだから、間抜けな声が漏れてしまった。

 彼女は弱々しく微笑んで俺の目を見つめてくる。

「でも寒川君は【学生広場】の顔も分からないような人とばかり交流してて――だったら、寒川君が【学生広場】にいられなくすれば、現実リアルと、私のことも見てくれるかなって考えたんだ」

 日下が、俺のことを好き――?

 確かに大切な人とは言ってたけど、まさかそういう意味だなんて微塵みじんも思ってなかった……。

 そこも衝撃的だが、それを理由に俺を【学生広場】から追放しようと画策かくさくしたことにも驚きを隠せない。

「だからって、こんなやり方……」

「こうでもしないと寒川君、ずっとずーっとSNSに入り浸り続けるでしょ」

 やり方が乱暴すぎる。俺をSNS界隈かいわいから卒業させるにしても、それを理由に第三者に迷惑をかけていいわけがない。他にやりようはあったはずだ。

「寒川君が高校に入ってすぐにテニスを辞めたのは聞いてたけど、詳細までは知らないまま。それが悲しかった。私でも何かできたかも、力になれたかもしれないのに……ってずっと思ってた」

「日下……」

 俺は日下にはテニスを辞めた時の細かい事情を説明していなかった。そのせいで日下の心に不安を生み出し、更に【学生広場】に入り浸る俺の行動が不安を増大させてしまったのだろう。

「ねぇ……SNSは捨てて現実世界だけで生きよう? 辛かったらいつでも私に甘えてくれていいよ。一緒に現実世界で頑張ってこ?」

 日下は相変わらず感情が乏しいものの、悲壮感ひそうかんが伝わってくる。俺のために体裁ていさいも無視して必死になってくれているんだと痛いほどに感じ取れる。

 俺の傲慢ごうまんさが、日下からこのような感情や行動を作り出してしまったんだ。

「現実を……私のことを見てよ……私と――私と、付き合ってよ……」

 すがるような、見放されたくないような声音こわねを漏らす日下は俺のワイシャツの胸倉むなぐらを掴む。

 彼女の大きな瞳は揺れている。

 窓から入ってきた風が日下のボブヘアを励ますように優しく揺らす。

「……悪いが、俺は【学生広場】を続ける」

 日下の想いは尊重したい――が、日下の言いなりで【学生広場】をやめたところで良い結果を生むとは到底思えないんだよ。

「けど、これからは日下ともちゃんと向き合う」

 現実逃避ではじめた【学生広場】だが、日下の言うとおり、俺は本来最も大事にしなければならない現実をないがしろにしすぎていた。

 日下だけじゃない、色んな人が俺を心配してくれている。いつまでもこの状況に甘え続けるわけにはいかない。

「――嘘。寒川君の優先順位くらい分かるよ。私は三番……ううん、三番目ですらない」

 確かに俺の中では【学生広場】、岳志、稲本と、日下はその次になってしまうけれど。

「順位があるのは仕方ないだろ」

「……そう」

 綺麗事が叶わないから現実世界は世知辛いんだ。

 俺が困ったように息を漏らすと、

「……ねぇ、【学生広場】にログインしてみてよ」

 日下は唐突にそんなことを言ってきた。

 眉をひそめつつ、言われたとおり【学生広場】に『COLD』でログインする。

「掲示板を見てみて」

「掲示板……?」

 指示どおり、掲示板にアクセスする。

「なんだよこれ……!?」

 掲示板には『宮下』と『タク』のアンチスレッドが乱立しており、無法地帯となっていた。


②   :『はははは! どうした宮下ぁ? ちょっとは抵抗してこいよ』


名無し :『タクもとんだ腰抜け野郎だぜ』


ぷりん :『アナタたち、いい加減にしなさい!』


②   :『あぁ? 自治厨か?』


名無し :『目障りだから消えろクソが!』


ぷりん :『SNSは健全に利用しなきゃダメでしょうが!』


名無し :『何必死になってんの?w もしかして顔真っ赤? テメェもうぜぇな』


名無し :『コイツ、フレンド一人もいねーぜww』


②   :『ぼっちかよww どうせリアルでも周囲からうとまれてるに

     決まってらぁ』


 ……リアルでうとまれてるのは絶対仁原の方だろ。

「状況は悪くなる一方だな……」

 誹謗ひぼう中傷行為を行う輩は『②』とそれに近い連中だけではなくなっていた。

 それだけではなく、『ぷりん』なる捨てアカなのか登録したてなのか分からないアカウントが『②』たちに注意し、かえって火に油を注ぐ事態になっている。

 ……『ぷりん』、すっげー既視感きしかんあるんだけど。身近に酷似こくじする奴がいるわ。

 正義と悪のぶつかり合いになってはいるが、正義側は『ぷりん』ただ一人しかいないためレスバは一方的だ。多勢に無勢。

 世の中、正義が正しいとは限らない。場の空気にそぐわない正義を振りかざしたところで、待っているのは非難と糾弾きゅうだんだけだ。出る杭は打たれてしまう。

「さぁ寒川君――あなたはこれからどうする?」

 日下が不敵な笑みを浮かべて俺を見据えている。

「このままだと、あなたの大切な友達が傷つき続けることになるよ」

「こんの――!」

 大人しく俺が【学生広場】をやめると白旗しらはたを上げればこれ以上炎は燃え広がらない。

「寒川君の答えを見せてよ」

 ――けどな、それで「はいやめます」じゃ、日下の思うツボじゃねーかよ!

「やってやろうじゃねーか……!」

 どいつもこいつも俺に「どうする?」って選択を迫ってくるんじゃねーっつーの。

 簡単に折れるものか。荒らしどもに好き放題俺の友達を攻撃させ続けてたまるか。

 むしろ、俺としてはみそぎのチャンスを用意してもらえて願ったり叶ったりだぜ。

 正攻法じゃない、俺らしい腐ったやり方で全て終わらせてやる。

 日下、悪いがお前の思い描くシナリオ展開には絶対にさせないからな。

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